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143:【Pirlo】ピルロを舞台に恐ろしい陰謀が進む現実に、タヌは困惑する

前回までの「DYRA」----------

タヌとマイヨはピルロにようやくたどり着く。が、真っ暗で静まりかえった廃墟の街だった。そんな中、数少ない無事だった建物へ入ったタヌとマイヨは、これから起こる、謀議を聞いてしまった。

 タヌは、アントネッラがいることに改めて驚いた。もう一度火を点けたランタンの灯りと星明かりだけが頼りのため、姿はハッキリとはわからない。それでも、声を聞く限り、前に見かけたときと雰囲気が随分変わった気がする。それがタヌの印象だった。

「あなた……あのときの」

 アントネッラが声を掛けると、タヌはぺこりと頭を下げて挨拶をした。

「私、あなたと、あなたと一緒にいたあの人にひどいことをしたわよね……。ごめんなさい」

 タヌは、まさかここで謝罪されるとは思ってもみなかったので、頭を振った。

 マイヨは、二人のやりとりが一段落つくのを待ってから話を切り出す。

「じゃ、そろそろ本題に入ろう」

 その一言が、この場所の空気の流れを変えた。タヌもアントネッラも表情を少し硬くする。

「今、私、隠れているのよ」

「隠れている?」

 まさか、第一声でそんな言葉が飛び出すとは思わなかった。マイヨは、すぐさま彼女の話が長いだろうこと、そして聞くべきことがいくつもあると直感した。

 ここで、アントネッラがタヌが手にしたランタンを見ると、それを預かり、すぐさま背の高い観葉植物に囲ませた。マイヨは、彼女がランタンの光が植物園の外へ極力漏れないようにしているのだと気づき、振る舞いに口を挟まなかった。

「君やこの街に何が起こっている?」

 マイヨからの問いに、アントネッラが深呼吸をして息を整える。

「大変なことが。……あなたと同じ姿をした人とあの男、『髭面』が来たのよ」

 タヌはすぐさま『髭面』がハーランだと理解した。マイヨも先ほど時計台の建物内で声を聞いた人物がハーランで間違いなかったことを改めて確信した。

「マイヨさん」

 タヌは、二日前の昼間、マロッタの乗合馬車待合所で見かけた、マイヨと見紛う後ろ姿の人物が乗っていた一台の馬車を思い出していた。

「それで、何があった?」

「堂々と普通に来て、私に用があるから会いたいって。アレッポが応対しているところを私、寝室に行こうとしたとき廊下でたまたま見ちゃったの」

 タヌは、そんなことを聞いてしまえばアントネッラがここに逃げるのも無理ないと納得する。そして、この後は聞き役でいた方が良いだろうと察した。

「アントネッラ。二人の姿を見た?」

 マイヨの問いに、アントネッラは首を横に振る。

「覗き見したのがバレたら大変なことになるもの」

 返ってきた答えに、言われてみればその通りだとマイヨは思う。DYRAのように自力である程度排除ができるならともかく、アントネッラにそれを期待するのは無理な話だ。

「じゃ、どうして『髭面』と、『俺と同じ姿の人』だとわかったの?」

「髭面は声を覚えていたから。……あなたと同じ姿の人については、そこで話が出たのよ。『この間、大ケガをした子も連れてき』た。『あなたがたは助けなかったようですが』って」

 アントネッラの話を聞き、マイヨは先ほど時計台の中にあった集会場のような場所で盗み聞きした話と、頭の中で突き合わせる。さらにアントネッラへ視線を向け、続きを促した。

「その後は?」

「ごめんなさい。私、どうして良いかわからなくて、身の危険を感じてここへ逃げてきたのよ」

 アントネッラが伏し目がちになる。足下の子犬も心配そうに主人を見上げている。

「それで、隠れてからどれくらいの時間が?」

「ちょっと前に来たから、時間はそんなに経っていないわ」

 ここでマイヨはちらりと天井のガラスの向こうに見える星空へ目をやった。集まっている情報を頭の中で整理してから、視線をアントネッラへ戻す。

「状況はだいたいわかった」

「来てくれて本当に良かった。あの、でも、ピルロにあの髭面が居座ったらどうしよう……」

 不安そうに呟くアントネッラの姿をタヌは心配そうに見つめた。

(ハーランさんはピルロで何をしたいんだろう。それにマイヨさんは『だいたいわかった』って言ったけど、ボク、全然わかんない……)

「アントネッラ」

 マイヨが言いにくそうに切り出す。

「実は、俺たちもほんの少し前にピルロに着いた。それでハーラン、君の言う『髭面』と行政官サンが一緒に話しているところに偶然、居合わせた」

「じゃ、何か聞いたの?」

 眦を少しだけ上げてアントネッラが問い、首を横に振るマイヨ。二人の様子を見つめるタヌは、訴えるような視線でマイヨを見る。それに対し、マイヨがタヌを手で軽く制する。

「アントネッラ。これから俺が言うことを落ち着いて聞いて、冷静に行動してほしい」

「ええ」

 マイヨの声が半トーンほど低い。タヌはマイヨがこれから大事なことを話すのだろうと、息を呑んだ。

「ここから先、君が無条件で信じていいのは、君のその犬と、タヌ君だけだと思ってほしい」

 タヌは耳を疑った。それは、マロッタの乗合馬車の待合所で自分へ告げた言葉とほぼ同じだったからだ。マイヨが何を考えているのかわからない。さらには、アントネッラが微塵も動じる様子を見せないのだ。タヌは彼女に目を見張った。

「君の周りは敵だらけだと思うくらいでちょうど良い」

 アントネッラが一瞬だけ屈んで足下の子犬を抱いてから、しっかりした面持ちで頷く。

「何もしなくても、逃げ出しても、どのみちこのままじゃ君は殺される」

 殺される。この一言にタヌは表情を引きつらせる。マイヨが言葉に間を置いた後、話を結ぶ。

「もう一度言う。君が今無条件で信じて良いのは、この子犬とタヌ君だけだ」

「わかったわ」

「君がやるべきことは、今、ピルロで生き残った人で、君の味方になる人と敵になりそうな人を君の心の中でちゃんと色分けすること。名前や家柄じゃない。振る舞いだけで判断するんだ」

「ええ」

「その上で、どちらに対しても今は普通に、何もない素振りで接するんだ。行政官サンでもね」

 瞳に強い輝きを宿して、しっかりと頷いたアントネッラ。タヌは、今の彼女はマイヨが言ったように、本当に自分の知る彼女とは違うのだと納得した。

「それからアントネッラ。頼みがある」

「聞けることなら」

「今夜から二、三日、タヌ君を匿うことができそうな場所はないかな?」

 アントネッラが少しの間、うつむいた。ほどなくして、候補が思い浮かんだのか、顔を上げる。

「あるわ」

 マイヨは、今度はタヌを見る。

「タヌ君」

「はい」

「君はハーランに見つかったら本当にまずい。だから、彼女が言う安全な場所へ」

 タヌは、本当に大丈夫かと心配そうにマイヨとアントネッラを見る。

「安心して。そこはお兄様が昔一人で考えごとをするときに使っていた部屋。でも、そこが利用されていたこと自体、知っている人がほとんどいないの。何かあったときのため、逃げ道も教えておく」

 死んだ人間以外、誰も知らないも同然の部屋なら大丈夫だろうとマイヨは判断した。

「タヌ君。明日明後日はいったん身を隠すんだ。俺はその間、やることをやる」

「わかりました。でも、あの! 例の、アレーシの件とか。もしあのそっくりな人が髪切ったりしてきたら」

 タヌが言わんとすることをマイヨは理解した。どうやって生体端末と見分ければ良いのか、と聞きたいのだろう、と。言葉で説明しなかった。代わりに、自分の両目を指差し、次に、懐から鉄扇を取り出してそれを見せる。マイヨの仕草をアントネッラと、彼女に抱きかかえられた子犬も見ていた。

「マイヨ」

 アントネッラが呼ぶ。

「一つ、教えて」

「何かな?」

「貴方はこれからどうするの?」

「君は、君たち兄妹を愛した人たちとピルロを建て直すんだろう?」

「ええ」

「君たちに利益になる言い方をするなら、俺は再建を邪魔する奴をこの街から排除する、ってところかな」

 マイヨなりに思うところがあっても、ピルロのためになることをしてくれるならそれだけで感謝してもしきれない。タヌは、マイヨを見つめるアントネッラの瞳にそんな気持ちが宿っている気がした。

 話が一段落したと判断したマイヨが懐中時計を取り出すと時間を確認した。〇時を少し過ぎていた。

「次に合流するのはこの場所で、明日の夜、同じ時間。もし、昼間に出会ったらお互い知らないフリ。いいね?」

 マイヨの言葉にタヌとアントネッラがそれぞれ頷いた。

「それから、ここへ来るときは誰かに見られないように気をつけて」

 今度は、白い子犬が小さな鼻声を出した。

「ビアンコもマイヨの言うこときちんとわかっているみたい」

 主人以外に懐く犬の姿に、マイヨは一瞬だけ、困ったなと言いたげな表情で笑みを浮かべた。

「タヌ君。マロッタで俺が言ったことを忘れちゃダメだよ?」

「はい」

「じゃ、アントネッラ。タヌ君を頼む」

 マイヨは先に抜け出すと、周囲に誰かいないか確認して回る。誰もいないと確認できたところで、アントネッラがランタンを持ったタヌを連れて植物園を出る。後ろ姿を見送った後、マイヨは少し遠回りをして、瓦礫の山へと変わり果てた、かつての繁華街の方へと向かった。

(それにしても、今回ばかりはタヌ君のお人好し振りに感謝するばかりだ)

 マイヨは鉄扇を弄びながら、奥へと歩いて行く。

(何も聞かずに俺のピルロ行きを快諾してくれたことに、感謝しかない)

 目的地とおぼしき場所を見つけたマイヨは足を止めた。周囲は誰によって片付けられたのか、死体もないし、瓦礫も半分以上片付けられている。

(寂しいだけとか、何となく無為に過ごすことはもう、状況が許してくれない、か)

 マイヨは、一昨晩、RAAZと過ごした時間のやりとりを思い出していた。


 ベッドで、コードで繋がれた身体を重ねたままマイヨはRAAZと話す。

「RAAZ。俺が無実を証明したら、アンタはどうするつもりなんだ?」

「言う必要はない」

 RAAZの返事を聞いたところで、マイヨは淡々と告げる。

「独り言半分くらいで、聞いてくれ」

「ああ」

「俺はただの寂しがりで、この世界をどうこうなんて気持ちもない。助けようなんて義理もない」

「それで?」

「生体端末からログを取って、何が起きているのか調べ続けて、それから表舞台に出て……。率直に思った。何も知らないこの文明下の人間が考え無しに『文明の遺産』に触れることがどれほどまずいか。そういう意味じゃ、アンタが錬金協会とかいう怪しげな組織を作って、考えナシを抑え込んでいたのは正しかったと思う」

「褒めても、何も出ないぞ?」

 RAAZの苦笑交じりの返答に、マイヨは少しだけ首を横に振る。

「褒めているつもりはないよ。それでも、アンタと再会して、DYRAやタヌ君や色んな人と出会って、何だかんだで、俺にも、俺なりにできることがあるのかなって」

「愚民共相手に何か義理があるとでも?」

 マイヨは小さく頷く。

「ハーランなんて規律を守るフリした最低のケダモノをのさばらせるわけにはいかないんじゃないの? この世界で俺たちの時代のものが『文明の遺産』って名で通っているなら、悪いがハーランは『負の遺産』そのものだ」

「確かに、そうだな」

「アンタの言う、愚民共とやらへの復讐にケチを付ける気はない。けれど、それをやるならその前に、ハーランを俺たちで責任もって処理するのが筋じゃないか? もしハーランが人心を掴むようなことになってみろ。アンタの終わりなき復讐は、失敗する」

「私の心を書き換えるつもりか?」

「何だよそれ」

 マイヨは、このときにばかりにと言い始める。

「俺が女の子を口説くのに、まるでマインドコントロールしているみたいな言い方は止めてくれ。軍にいたときから、あれはガセの中でもひどい噂で、結構迷惑だった」

「そうなのか?」

「ああ! あの噂のせいで、声を掛けたかったコにさえ逃げられたくらいだ」

 マイヨの言葉を聞いた途端、RAAZが吹き出す。

「ははははは」

「本当にあれほど迷惑な作り話はなかった。フェイクニュースだ。ったく」

 マイヨは笑っているのか苦々しいのかわからないような表情で返した。その後、深い息を吐いてから、真顔に戻る。

「で、話を最初に戻すけどさ。アンタが本当のことを全部知って、それでなお俺を殺すって言うなら止めない。俺は俺の無実を証明するつもりだけど、その後アンタがどう思うかは別問題だからな。だが、ハーラン排除は、アイツのヤバさを知る俺たちが責任を持つべきじゃないのか? アンタだって、『人間全部殺しまくったけどハーランだけ生きてました』なんて、胸クソだろうが」


(俺としては、やってもいないことでRAAZから目の敵にされるのは面白くないからな)

 そのとき、マイヨの瞳がほんの一瞬だけ、誰に見られても気づかない程度だが、プリズムのような輝きを放った。

(RAAZ。アンタも真実を知りたいなら、これ以上、目を背けるのは止めた方が良い)

 その瞬間、マイヨの脳裏に、膨大な量の情報が飛び込んだ。

(ハーラン! アンタは俺の持ち駒を悪用したんだ。キッチリ責任を取ってもらうよ?)


 タヌがアントネッラに案内された先は、学術機関の建物だった。その中の、裏口から入って隠し扉から階段を上がった先に隠し部屋があった。

(アントネッラさんは、裏口から入るところを見られないようにって念押ししていた)

 タヌは、アントネッラから鍵を渡されたときのことを思い出しつつ、内側から施錠しようとした。まさにそのときだった。

「タヌさん」

 突然、扉の向こうの廊下から、覚えある女の声が聞こえてきた。

「えっ!」

 ここには誰もいないはずではなかったのか。呼ばれるとは夢にも思わなかったタヌは、びくりと反応した。そして、ゆっくりと閉じかけた扉から首を出し、周囲を見回した。

「えっ……!」

 自分に声を掛けたのが誰かわかったタヌは、呆気に取られた。目の前にいたのは、牛乳瓶の底のように分厚い眼鏡を掛けた、シニヨンヘアーの冴えない小太りなメイドだった。口元に人差し指を当てて、静かにするように促している。

「ロゼッタさん」

 タヌは口だけ動かし、声を出さなかった。いや、驚きすぎて、出せなかったと言うべきか。

「ここにいると知って、様子を見に来ました」

 一体どうしてここにいるんだろう。いや違う。どうしてここにいると知っているんだろう。タヌはロゼッタに質問をぶつけようとするが、それはできなかった。

「話は後です。タヌさん。ご安心下さい。お食事やお飲み物を持ってきましたから」

 おっとりとした口調で話すロゼッタが足下に置いてある大きめの麻袋を指差している。けれども、タヌは何から質問すればいいのか頭の中でまとめることさえできなかった。

「え、ど、どうして!?」

「ええ、まぁ。友だちの友だちの友だちが心配でこの街にきたら、サルヴァトーレ様から『タヌ君が心配だから見てきて』って連絡が来たんです」

 ロゼッタの言葉に、タヌは自分が決して一人ではないのだと安堵した。マイヨだけではない。RAAZもいる、と。同時に、一層注意深く振る舞う必要があると、気持ちを引き締めた。ロゼッタやマイヨへ迷惑を掛けてしまえば、とりもなおさず、DYRAやRAAZにも不利益になるのだから。

「あ、ありがとうございます」

「ささ、取り敢えずこれを持って」

「はい」

「それでは。お疲れでしょうから、まずはゆっくりお休み下さい」

「あ……えっ!」

 タヌが身を屈めて麻袋を持ち上げるその間に、ロゼッタは風のように姿を消していた。

 部屋の扉に施錠してからタヌは眠りについた。夜が明けるまでに時間は掛からなかった。


143:【Pirlo】ピルロを舞台に恐ろしい陰謀が進む現実に、タヌは困惑する2025/06/30 23:56

143:【Pirlo】そこは伏魔殿(1)2020/04/13 20:00



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 コミケ、コミティアは相次いで中止、それどころか、東京を始めとしたいくつかの都府県に「非常事態宣言」が出され、もうリアルがSFさながらの世界になってしまった今日この頃ですが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。


 自分は花粉症と風邪と喘息が併発しました。さすがに「武漢か!」とか動揺しましたが、ムコスタ目薬が口に入ったときの絶望的な苦さと、ビタミンCの酸っぱさ、エナドリコーラの味がちゃんとわかったので、大丈夫でした。いや、ホッとしました。


 アントネッラ再登場です! マイヨとアントネッラ。何かいい組み合わせですね。しかしながら、物語はタヌの父親もいよいよ絡み始めて大荒れの予感です。DYRAとRAAZもぼちぼち、再登場。


 これからも応援どうぞよろしくお願い致します。


 次回の更新ですが──。


 4月27日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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