142:【Pirlo】再びピルロへ。マイヨはアントネッラと再会する
前回までの「DYRA」----------
マイヨのリクエストに応え、タヌも一緒にピルロへ向かう。道中、道の駅でアオオオカミに遭遇し、危機一髪の目に遭遇する。
「マイヨさん。これ、門が閉まっていますよ?」
跳ね橋の向こう側、ピルロへの入口である木で作られた格子状の門が閉じられている。タヌは開かないものかと、格子の一角を掴んで押したり引いたりと試みたが、無駄だった。
「タヌ君、下がって」
マイヨは言いながら、門の上の方を確認する。
「罠っぽいものはなさそうだ。大きさから、馬車とかを通す門だ。君なら身体が小さいから、隙間から入れるよ」
「わ、わかりました」
そんなことをして良いのか。タヌは一瞬、眉間に皺を寄せるが、今は選り好みをする場面ではない。タヌは割り切ると、一番端の格子と格子の間に身体を入れた。
「う、うわっ」
タヌの身体が格子に挟まった。マイヨがすぐさま、たすき掛けにしているタヌの鞄を少しずらす。タヌは無事に通り抜け、門の中へと入った。
「今、開けますね」
タヌは門の真ん中の方へ走った。手探りで開閉部を見つけたタヌは、そっと鍵をずらし、ゆっくりと門を開いた。人ひとりが通れる程度まで開いたところでマイヨが中へ入る。
「タヌ君。少しの間、静かに」
マイヨが言いながら、タヌの口元へ人差し指をやった。タヌはマイヨが何を言いたいのかを理解し、頷いた。
「……今、何か物音が聞こえなかったか?」
「……ああ、夜だし、また動物が通り掛かって揺らしたんだろ」
見回りらしき男たちの声が聞こえると、タヌはマイヨの合図を見て、影の中に身を隠し、やり過ごした。
声が遠くなっていき、やがて聞こえなくなると、タヌはマイヨを追うようについていった。
微かな星明かりの下、街が見えるなり、タヌは口だけを動かして声を出さずに、うわぁ、と驚いた。屍の山こそ片付けられているが、街は完全に廃墟だった。見える建物はどれも何処かしら崩れており、パッと見では時計台以外で無事な建物を見つけることができなかった。
(RAAZさんが燃やしたから……)
街に火を放っていったRAAZの後ろ姿を思い出しながら、タヌは歩き続ける。
「マイヨさん」
小声でタヌは呼んだ。
「今、どこに向かっているんですか?」
「最低限、見つからないで朝までやり過ごせそうな場所を探している」
「あの時計台とかは?」
「ちょっと、様子を見てみようか」
二人は時計台の陰まで歩いた。タヌが一休みとばかりに息を整える間、マイヨが時計台の建物に忍び込めそうな窓や扉がないか探して回った。建物の外周をぐるりと回りそうになったところで勝手口のような目立たぬ小さな扉が視界に入った。マイヨは取っ手をそっと引き、中を覗き見る。埃っぽい空気が充満しているだけで、人の気配はまるでない。
マイヨはタヌのいるところまで戻ると、無言のまま、手招きで合図した。
(あ……)
マイヨに呼ばれたタヌは、音を立てないよう気をつけつつ、早足で移動した。マイヨが開いた扉の向こうへ行き、視線だけを動かして中をざっと見る。タヌの目には、真っ暗で何も見えなかった。耳に聞こえたのも、マイヨがそっと扉を閉めた音くらいだ。
「タヌ君。ランタン持ってきた?」
タヌはたすき掛けにした鞄から小さなランタンを取り出すと、マイヨに渡した。マイヨはライターを使ってランタンに火を点ける。少しの間だけ、あたりを見回すために掲げてから、タヌに返した。
「ランタンには布を被せておいて」
建物の中に入り短い廊下を歩くと、途中に一つと突き当たりに一つ、扉があった。途中の一つは洗面所だ。
「ここにいて」
マイヨはタヌにそう言ってから、突き当たりの扉をそっと開いて覗き見る。
「誰もいない。でも静かにね」
二人が入ったのは、集会場とおぼしき広い部屋だった。
(すごい。外から見るより、全然広いんだ! レアリ村で村長さんが村の人を集めて話し合いするところだって、丸い椅子が二〇個くらいしかなかったのに)
部屋の真ん中を挟んで、長椅子がいくつも同じ方向に並んで列になっている。タヌの目には、長椅子一つで村の集会場の椅子七個分くらいに感じられた。そんな椅子が二列に並んで一〇以上あるではないか。さらに、すべての長椅子が向いている先には壇があり、机が置かれている。そして、机の真正面、つまり長椅子の列の一番後ろに大きな扉があった。
火災で無事だったならどうしてここを避難所にしないんだろう。タヌがそんなことを考えたときだった。
ガチャ
二人が入ってきた場所とは別の方向から、扉が開く物音が二人の耳に入った。
(えっ!)
マイヨが反射的にタヌが持っているランタンの灯を消すと、タヌを長椅子の下に伏せさせた。小柄なことが幸いし、椅子の下にすっぽりと隠れる。マイヨはその間、部屋の壁際に身を伏せ、耳をそばだてながらどの扉から何人入ってくるか確認する。
今度は扉が開く音がハッキリと聞こえた。音が聞こえた方向から、開いたのは入った扉とは反対側の、長椅子の列に挟まれた大きな扉だとタヌとマイヨはそれぞれ察した。続いて、足音が聞こえる。二列の長椅子の間を通って机のある方へ歩いている。一人ではない。三人ないし四人いるとマイヨは察知する。
「……捕まえ損なって、申し訳ない」
「……別に。小娘一人、この街にいる限りは俺の手の中。慌てることはない」
「……彼女が全部背負って死ねば、万事解決です。そもそも兄に女装をさせて難を逃れた卑劣な小娘。こちらが証人になってくれるなら、話は早い。今すぐにでも兄殺しの罪を全部被せて公の場で堂々と消せます。そうすれば、自分が名実共にこの街を支配できます。きっとあなたのお役にも立てますよ?」
聞こえてくるやりとりに、タヌとマイヨはそれぞれ、息を殺して耳を傾ける。
「……ほう。それなら連れてきた甲斐があった。じゃ、『無事で本当に良かった』ということで」
「……ええ。証人の小間使いが無事だったことは、本当に喜ばしい」
「……そうだ。あと、何かあったときのために、この子も街に置いておく。街の様子を見るために放つもよし、連絡係に使うもよし、自由に使ってくれ。お好みなら、そっちでも」
少しの間、静寂が場を覆った。ほんの数秒の沈黙も、タヌとマイヨには、何分にも何十分にも感じられる。
「……感謝します。それと今後、内密にお会いするときですが、連絡は……」
「……何かあるようなら小間使いに伝えてくれれば結構。基本、深夜ここで。緊急で何かあれば、目印代わりに市庁舎の正門にリボンでも掛けておいてくれれば」
「……ええ。わかりました」
「……そういうことで」
足音が遠のき、扉が閉まる音が聞こえた。しばらくして、完全に人の気配がなくなったと確認できたところで、タヌがゆっくりと長椅子の下からマイヨのいる壁際側へ這い出た。
「マイヨさん。今の声って……」
タヌが小声で切り出した。しかし、マイヨは何も返事をしなかった。窓から入ってくる星明かりがマイヨの神経質そうな表情を照らし出す。タヌは心配そうにマイヨを見つめた。
(奴じゃないか! どうして!? アントネッラの身が危ない……! すぐに動かないと!)
マイヨが意を決して頭を上げ、その場から立ち上がる。そして無言のまま、先ほど入るときに使った扉の方へと歩き出した。タヌも、マイヨを追った。
「タヌ君」
時計台の建物から出たところでマイヨが声を掛けた。
「悪いね。急いで」
二人は夜陰に紛れて、市庁舎の敷地の端、学術機関の建物がある方へ向かった。そこは街の端で、比較的山寄りの場所だった。あたりには見回りを含め、誰の姿もない。学術機関の建物の裏手に回り込んだところで、タヌがランタンを取り出し、マイヨが火を点けた。
「タヌ君。目立たないように、置く場所、気をつけて」
言いながら、マイヨが街の側から見て木の陰になる位置にランタンを置き直す。
「マイヨさん。あの声って、ハーランさんと、確か市長さんの隣にいた人じゃ」
「背の高い、ちょっと浅黒い男の人かな?」
マイヨが生体端末から得ていた情報から、それらしき人物を頭の中で割り出す。タヌは質問を念押しか何かだと解釈し、頷いた。
苦い表情でラピスラズリ色の夜空を見上げるマイヨを、タヌは心配そうに見つめる。
(この街で一体何が起きているんだ? しかも、ハーランが自ら来ているんだ。何もないはずがない)
マイヨは考えごとを始めそうになった。しかし、今はそれをやるときではない。軽く首を二度ほど振って、自制した。
「タヌ君。ちょっとまずいことになったかも」
まずいこと、と言われて落ち着いていられるわけがない。タヌは目を見開いてマイヨを見る。
「知らせるべき人に知らせないと」
「ええと、誰にですか?」
タヌは、マイヨが誰のことを言っているのかわからず、尋ねた。
「大公家のお嬢さんだ。彼女、無事だったんだ」
聞いた瞬間、タヌは言葉にこそしなかったが、DYRAへひどい仕打ちをした人をマイヨが助けるつもりなのかと疑問を抱いた。
「タヌ君から見たら、DYRAの件があるから複雑だろうけど、俺は今の彼女に会った。彼女は信じるに値する。大丈夫。それに、タヌ君にしてみれば、こんな状況で彼女がいなくなったらお父さんを捜す手掛かりも断たれてしまうかも知れない」
「父さんの? あの人が何か知っているんですか?」
「ああ。君のお父さんがピルロへ来たことがあるって話を聞いている」
「そうだったんだ……」
タヌはマイヨがやろうとしていることを否定するつもりはなかった。それでも、それを告げる気の利いた言葉も浮かばなかったが。
「マイヨさんがここに来てやらなきゃならないことがそれだったら、ボクは良いと思います」
「そう言ってもらえると助かるよ、タヌ君」
気難しそうな表情だったマイヨのそれが僅かに和らいだ。それを見たタヌは安堵した。
「とはいえ、早く彼女に伝えないと」
「もし、その、嫌でないなら、ボクも行って良いですか。会うときに二人じゃないと困るとかだったら、見張りくらいならできるし」
「わかった。ありがとう。タヌ君」
マイヨがランタンの灯を消した。
(えっ!)
いきなり火を消されると思わなかった。タヌは、声にこそ出さなかったものの、驚きを露わにした。暗がりの中ではぐれてしまったらどうしようと一抹の不安を抱く。
「タヌ君。行こう」
マイヨが小声で告げてから、タヌの手を軽く引いて歩き始めた。手を繋いでいれば心配はない。タヌもマイヨに続く。到着したのは見覚えのある場所だった。
(植物園……?)
タヌはこの場所のことを覚えていた。初めてピルロに着いた翌朝、ショートカットの金髪とトパーズブルーの瞳が印象的な若い女性──アントネッラ──と最初に出会った場所だ。
「入って大丈夫ですか」
「ああ」
マイヨが植物園の入口、ガラスの扉をそっと開き、中へ入る。タヌも続いた。
「そうだ。タヌ君、ちょっとだけ、ここで待っててくれる?」
「え?」
「誰か来そうだったら、中へ入って大きい植物の間とかに隠れてやり過ごして」
そんな頼りない方法で大丈夫なのか。タヌは心配するものの、今は反論している場合ではない。その間、マイヨがタヌを残して、植物園の奥へとすたすたと歩いていった。
マイヨは、星明かりと記憶とを頼りに、植物園の一番奥へと進んだ。暗がりの中を警戒するように見回すが、人はもちろん、動くものの気配すらない。
(確か、このあたりに)
生体端末と同期したときに取得した情報に間違いがなければ、大公家の敷地へと繋がる隠し扉があったはずだ。なのに、それらしいものが見つからない。
と、そのときだった。
犬の高めの鼻声が聞こえた。
いつの間にそこにいたのか、マイヨの足下に、白く長い毛足がふさふさした子犬の姿があった。
(アントネッラの犬!?)
白い子犬が、マイヨのカンフーパンツの裾を口に咥え、軽く引っ張る。
(な、何だ?)
マイヨは犬が何かを伝えようとしていることを理解した。ほどなくして犬が裾を咥えるのを止めると、突き当たりの壁の向こうへと走って消えた。
犬がいる。この時点でマイヨはアントネッラがこの植物園のどこかにいると直感する。植物園の中にタヌ以外に誰か人が隠れている気配はないか、外から覗いている者がいないかをざっと見回してから、犬が姿を消した方へ視線をやった。
(犬がいなくなった。ってことは、どこかにこの向こう側へ行くための何かが……)
マイヨは手探りで突起物や違和感のある場所がないか壁を探す。そのとき、ちょうど腰の高さのあたりで何かに触れた。
(もしかして)
もう一度、マイヨは振り返る。パッと見では隠し扉の存在に気づかれることはない位置だ。
(なるほど。ここは周囲からは死角になるのか)
合点がいったとき、突然、隠し扉と見破ったまさにその壁が開いた。
白い犬が姿を現し、続いて、金髪ショートカットが印象的な、マイヨが見知った若い女性が姿を現した。
「アントネッラ」
呼ばれるなり、アントネッラが挨拶をする間も惜しいとマイヨの側へと駆け寄った。
「マイヨ……! 良かった! 会えて、良かった!」
今にも泣き出しそうなアントネッラの表情に、マイヨは悪い予感を抱いた。
「大変なことになっちゃったのよ」
「大丈夫だ。君は一人じゃない」
マイヨは、アントネッラの肩を抱いて、彼女が落ち着きを取り戻すまで宥めた。子犬はアントネッラとマイヨの足下をくるくる回っている。
「落ち着いて。何が起こったのか、話を聞かせて」
それからしばらくして、ようやくアントネッラが冷静さを取り戻す。マイヨは彼女へ簡単に事情を説明してから、タヌを呼んだ。
142:【Pirlo】再びピルロへ。マイヨはアントネッラと再会する2025/06/30 23:52
142:【Pirlo】もう一度(4)2020/03/30 20:00
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コミケ中止という騒然とする状況になってしまった桜のシーズンですが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。
現時点では、5月のコミケ、文フリは中止と決まり、コミティア132もおそらくは、という状態です。それでもエアーコミケでも、エアーコミティアでも、あるなら可能な限り参加したいと考えております。
さて。いよいよタヌとマイヨがピルロ入りしました。いきなり陰謀全開モードのスタートになりました! DYRAもRAAZも、もうじき再登場です。読者の皆様、どうぞ楽しみにして下さい。
これからも応援どうぞよろしくお願い致します。
次回の更新ですが──。
4月13日(月)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆