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141:【Pirlo】タヌとマイヨ、再びピルロへと向かうけど

前回までの「DYRA」----------

ハーランは誰もいないタヌの家に乗り込んで、家捜しを……! それだけではなく、彼の足取りも探り始めたではないか。

 サルヴァトーレは屋敷の庭先に揃えた荷馬車を指して、タヌとマイヨに説明を始めた。

「馬車を調達しておいたよ。目立たないように移動するなら、救援物資の荷馬車が一番無難だろうしね」

「サルヴァトーレさん、ありがとうございます」

 タヌが丁寧に頭を下げる様子を見ながら、サルヴァトーレは笑顔で言葉を続ける。

「マロッタからピルロへ行くとなると、山道側を通れば到着は夜、いや、下手したら深夜になる。それなら、わざと回り道をして、フランチェスコの先、ネト村から川沿いにトルドとパオロを通って、明日の昼下がりにピルロ着が良いと思うよ。馬を二度、変えられる。それに……」

 サルヴァトーレは言いながら、マイヨに視線をやる。

「目立たず、見つからずなら、このルートが最適だ。最初はフランチェスコかアニェッリへ戻ると偽装、川を上がるときはフランチェスコから来たとも思わせることができるからね」

「まぁ、そうだろうね」

 マイヨの返事を聞いたところで、サルヴァトーレは二人に出発を促した。

「じゃ、気をつけてね。何かあったら連絡くれればいいから」

 サルヴァトーレは荷馬車に乗り込んだ御者を一瞬だけ思惑ありげな視線で見てから、タヌとマイヨを見送った。

(ま、ガキにはロゼッタを付けてあるから大丈夫だろう)

 サルヴァトーレは、荷馬車が完全に視界から消えるのに合わせ、赤い花びらをその身の周囲に舞わせ、姿を消した。そのとき、彼の姿は銀髪と銀眼へと戻っていた。


 タヌとマイヨを見送った後、RAAZは真っ白な空間へ戻った。

 大型の円筒形容器の中にDYRAが収まっている。磨りガラス越しで見る限り、左脚は完全に回復していた。

(予想以上に早かったな。あとは、消耗した体力と気力次第、か)

 目を覚まさぬDYRAの姿を見ながら、RAAZは考える。

(ISLAは言った。『ミレディアの遺産にあの日の真相がある』と)

 それは、最愛の妻が残した『遺産』。

(『トリプレッテ』!)

 RAAZは人生最悪の絶望を突き付けられた日以来、動揺を露わにすることはあまりなかった。ただ一度、DYRAと出会ったあの日を除いて。しかし、そんな日々もハーランが表舞台に再び現れたことで一変した。有り得ないと信じていた再会が現実となったこともだが、それ以上に、ハーランが『トリプレッテ』の存在を知っていたことが大きな衝撃だった。

(何故、奴が『トリプレッテ』を知っている!?)

 RAAZが記憶している限り、当時それをその名で呼ぶ者すらいなかったはずだ。そう。その名はミレディアと自分、そしてせいぜいISLAことマイヨだけが知る名だからだ。当時、瀕死の状態だったマイヨの居場所は機密事項。治療用の施設から外へ出られるはずもなかった。この時点で、外部へ漏らしようがない。ハーランは一体、どこでどうやって知ったのか。しかし、今となってはそれを調べる術もない。何より、今気にすべきはそこではない。

(私が知る限り、あれを完全な形で起動するには二つの鍵がいるはずだが……)

 少なくとも、RAAZが認識する『鍵』は一つだけ。タヌが持っているものだ。二つ目については、同じ形なのか否か、そもそも形あるものなのかすらもわからない。

 もし、ハーランがとっくに死んでいたなら、『トリプレッテ』が本来の姿であろうがなかろうがどうでも良かった。よしんば自分を狙う黒幕がマイヨだったとしても、自分と同様、『鍵』が揃わない時点でどうすることもできない。もう一つの形や所在がわからない時点で『トリプレッテ』をどうにかする選択肢自体が存在し得ないのだ。しかし、今はもう安心など微塵もできない。

(奴が、ハーランが、生きている!)

 かつて自分たちが属していた文明世界で、政府がその存在すら秘匿していたファンタズマの隊長だった男。「存在しない部隊」の秘密をほぼ完全に維持した上で、忠実に任務をこなした男。それがボンクラだの無能なわけがない。RAAZは苛立ちを募らせそうになるが、感情的になってはいけない。息を整えて落ち着きを取り戻す。

(結果的に、『世界を挙げて』ハーランを『匿っていた』。そういうことか)

 RAAZはDYRAへ視線を落とす。

(……それならもう、愚民共とは今度こそこれっきり、だ。ミレディアを『贄』にした上、それだけでは飽き足らず! なぁDYRA、キミもいい加減、こんな世界、見限りどきだと思わないか?)

 このとき、DYRAが微かに目を開いたが、RAAZは気づかなかった。




 マロッタを出発した翌日の夕方。

 タヌとマイヨは、ピルロへ向かう途中、馬車旅の休憩所とでも言うべき場所、パオロまで着いていた。

「えっ……!」

 荷馬車から下りたタヌは目の前の光景に我が目を疑い、口をぽかんと開けてしまう。

 一〇日といくばくか前に寄ったとき、パオロは煌びやかだった。なのに、今はどうだろう。建物の周囲などをいくつかランタンの灯りで照らしているだけではないか。明るくないわけではない。しかし、以前と比べれば雲泥の差だ。

「どうしたの?」

 タヌに続いて下りてきたマイヨが問う。タヌは、以前と比べてパオロの明るさが違うことを告げた。

(なるほど。ここもプロパンガスを、ね。ピルロと一蓮托生だったってことか)

 タヌはさらに、もう一つの変化に気づいた。

「マイヨさん。そう言えば、誰もいない」

 記憶が確かなら、火を点けて回る若い男がいたはずだ。だが、今は人の姿がない。タヌはきょろきょろとあたりを見回す。

「すみませーん」

 気持ち大きな声で呼びながら、タヌは半開きだった休憩所の引き戸をそっと開いた。

「──!」

 タヌは、声にならない声を上げた。その、空気が切り裂かれるとも何とも言えぬ響きが耳に入ったのか入らなかったのか、マイヨも休憩所の方へと走ってくる。

「……マ、マ、マイヨさ……」

 目の前の光景に震えたのは声だけではない。膝もだ。

「タヌ君?」

 マイヨが休憩所の扉の向こうをタヌの肩越しに覗き見た。そのとき、マイヨの鼻を血の匂いがくすぐった。その一瞬こそ目を見開いたマイヨだが、数秒もするといつも通りの落ち着いた表情に戻る。タヌは、マイヨの僅かな時間での表情の変化に気づくよしもなかった。

 タヌとマイヨの視界の先には、バラバラに食い荒らされた肉片と、やや大型で、毛並みが黒く短い六つ目の四足歩行動物が三頭いた。三頭は揃って肉片を貪っており、口の周りが血だらけだ。タヌやマイヨに気づいた様子はない。

「大丈夫だ。タヌ君。俺もいるから、落ち着いて。悲鳴を上げたりしちゃだめだ」

 後ろからマイヨが耳元へ小声で指示を出す。さらにタヌの両肩に両手を軽くのせ、卒倒しないよう支える。おかげで、タヌは少しずつ落ち着きを取り戻した。

「タヌ君。俺の合図で、ゆっくりと下がるんだ。外へ出たら、そっと戸を閉めて」

 タヌは小さく、こくこくっと頷いた。

「行くよ? ……一、……二、……三、……」

 マイヨの合図に合わせて、タヌはゆっくり一歩ずつ下がる。タヌの前に出たマイヨが戸の内側へ足を踏み入れたところで、静かに戸を閉めた。

 その後、低めの鼻声らしきものが聞こえてくる。タヌはマイヨの身に何か起きたのではないかと心配した。しかし、それは杞憂だった。

 しばらくして、引き戸が内側から開く。

「やぁ、お待たせ」

 笑顔のマイヨが現れると、タヌは安堵の表情を浮かべた。

「マイヨさん! だ、大丈夫!?」

 タヌはマイヨがその身の周囲に黒い花びらを舞わせつつ、双剣を手にしていることに気づくと、刃に目をやった。ブラックダイヤモンドのような輝きを放っているはずの刃が血だらけになっている。

「俺は平気だよ? 六つ目のオオカミさんの子どもかな? 大人しいもんだ」

 マイヨは何食わぬ顔で頷き、黒い花びらと共に剣を霧散させた。

「それにしても、タヌ君は運が良かった。連中が腹を空かせていたらどうなっていたか」

 パオロに誰もいない理由をタヌはたった今、理解した。だが、それを言葉にすることはなかった。

「マイヨさん。もう、あの、行きましょう」

 いつの間にかアメトリン色になっていた空を見上げ、タヌは誰にともなく呟いた。

 早くここを離れたい。それがタヌの率直な気持ちだった。

 この後、馬をある程度休ませたところでタヌとマイヨを乗せた馬車がパオロを出発した。空にはもうすっかりアメジスト色の幕が下りている。

 以前のように、煌びやかな光で道のそこかしこが照らされているのであれば、夜の出発でも何ら問題はなかった。しかし、今は違う。夜の帳が下りきる前に到着しないと、本当に真っ暗になってしまう。

 いつの間にか、荷馬車の荷台でタヌは眠っていた。

(そりゃ、ひどい夢だと思いたいよね)

 傍らに座っているマイヨは、無理もないと言いたげな表情でタヌの寝顔を見つめた。パオロでアオオオカミに喰われた無残な死体をまともに見てしまったのだ。早く忘れたいのだろう。よほど死体を見慣れている人間でもあれを正視するのはかなりしんどい。

 寝ているタヌと、ランタンの灯りを頼りに馬車を走らせ続ける御者の後ろ姿とに視線を何度も往来させながら、マイヨは先ほどの出来事を思い出し、疑問点を整理し始めた。


 タヌを逃がしたマイヨは両手の周囲に黒い花びらを舞い上がらせ、細身の双剣を顕現させた。

(タヌ君に振り向きもしなかった。まさか、RAAZあたりがタヌ君にしっかりと識別センサーを持たせていたってこと?)

 マイヨの目の前で肉を貪っている三頭が頭を上げる。人々から「人間を捕食する」と恐れられているアオオオカミだ。一八の目がマイヨを睨むように見つめている。

(俺を殺せるものなら、殺してみろ)

 マイヨは意にも介さず、金色と銀色の瞳で、アオオオカミを威嚇するように睨み返す。

(おや?)

 数秒睨み合ったが、三頭はマイヨを襲う様子も見せなかった。


(あそこにいた六つ目のオオカミさんは……)

 あれは、自分たちの文明下で存在していた軍用犬、または警察犬ではないのか。それならナノマシンや識別チップの判読センサーから敵味方情報を識別できる。当然、味方へいきなり噛みつくこともない。

 マイヨは状況を理解し、推論を積み重ねる。普通に考えれば、哺乳類の動物が個体として三六〇〇年以上生きるなど有り得ない。だとすれば可能性は二つ。一つは環境に適応するため他の生き物と交雑、雑種となって大型化し、生き延びたもの。通常、人間を襲う獰猛なアオオオカミとして恐れられているのはこちらだろう。もう一つは、クローニングで産み出された純粋種。こちらなら登録済みの識別データが消えることはない。

(そういうこと、か)

 さらに、錬金協会でアオオオカミ除けの護符なる胡散臭いものを売っていたことも思い出し、マイヨは納得する。護符は基本、気休めにすぎないが、ごく一部は本物で、正体は時限式で識別コードを発信するマイクロチップをカモフラージュしたものではないか、と。時限式の理由はもちろん、お布施の額によって効果時間を変えるためだ。これならタヌが至近距離にいても襲われなかった理由に説明がつく。何らかの形でRAAZ本人やその周辺の人間たちが使っていた識別チップを持たされているに違いない、と。

(さっきのオオカミさんたちは、出所がハッキリしている血統書付きってわけか)

 次に考えるべきは、現時点でクローニング技術によって起こしたアオオオカミを放てる存在、もしくは組織がどれほどあるか、だ。マイヨは何となく推理する。

(RAAZかハーラン。どちらかってことか。けど、DYRAとの再会をタヌ君に約束したRAAZがここに放つ理由はない。いや、待てよ。犬ころの識別センサーを無効化プログラムでぶっ飛ばせる俺たちはともかく、タヌ君は……)

 おかしい。RAAZが仮に何らかの形で識別チップを持たせているなら、雑種のアオオオカミに襲われる可能性こそ運の要素が絡むが、クローニングなら──。

(そんな馬鹿な。軍用犬、警察犬、どちらからも身を守れる?)

 一体どうしたらそんなことができるのか。あり得るとすれば、両方の識別チップを持っている必要がある。マイヨはタヌがどこかで手に入れたのかなどあれこれ考えるが、納得できる答えが浮かぶことはなかった。

 疑問が解決しないうちに荷馬車が停まった。マイヨは御者の肩越しにあたりを見回す。ピルロへ繋がる跳ね橋の近くだった。

 マイヨは御者へ声を掛けてからタヌを起こした。

「マイヨさん? 着いたんですか?」

 眠そうな声で尋ねるタヌに、マイヨは彼の頭を手のひらで軽く叩いてから頷いた。

「ああ。俺たちは目立つわけにはいかない。こんなところで見つかりたくはないからね」

 言っている先から馬車を下りたマイヨ。彼の手を借りて、タヌも下りる。周囲は星明かり以外に頼れる光がほとんどない。

「真っ暗……っていうか」

「ん?」

「ここ、本当にピルロなんですか?」

 一五日ばかり前に初めてこの街に来たときには想像もできなかった風景だ。タヌとマイヨはそれぞれ、気が重かった。

「ああ。……さ、行くよ」

 タヌとマイヨは腰を屈めて目立たないように跳ね橋へと近づく。幸い、二人は誰にも見つかることなく、忍び足で橋を渡った。

 橋を渡る二人の後ろ姿を黙って見送った馬車の御者は、外套の被りを外し、脱ぎ捨てた。ブルネットの髪をアップにした、筋肉質でしなやかな身体をボディスーツに包んだ女性が姿を現す。

(予想以上に面倒な予感がするが、タヌさんを守らないと)


141:【Pirlo】タヌとマイヨ、再びピルロへと向かうけど2025/06/30 23:43

141:【Pirlo】もう一度(3)2020/03/23 20:00



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 初夏まがいになったり冬に戻ったりと落ち着かない日々ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。


 新型コロナウィルス騒ぎが収まる気配を見せない中、本当にコミケ実施されるんですかね? という感じの日々となっております。

 皆様におかれましては、うがい・手洗い・睡眠で健康管理を気をつけつつ、日々を過ごしていただければと願うばかりです。

 それにしても。

 現時点では、5月のコミケ、コミティア132、9月のコミティア133、11月の第三十一回文フリ東京、コミティア134……ですが、どうなることやら、です。


 前回「街をあと4か所くらいまわって事件を起こしたかったです」と書きましたが、やります! やります! 絶対やります!

 DYRA、タヌの、タヌの父親捜しはまだまだ続きます!

 読者の皆様、どうぞ楽しみにして下さい。


 これからも応援どうぞよろしくお願い致します。


 次回の更新ですが──。


 3月30日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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