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140:【Marotta】ハーラン、レアリ村のタヌの家へ!!

前回までの「DYRA」----------

タヌとマイヨがマロッタで朝を迎え、今後の動きを決めていた頃、ハーランはかつてタヌが住んでいたレアリ村へ現れた。

(おやおや。タヌ君は戻ってこないのかな。会えなくて残念だよ)

 レアリ村で唯一焼け残ったタヌの実家。床に書類や本が散乱し、足の踏み場もないその書斎に、ハーランが立っていた。

(やはり、『鍵』はない、か)

 書斎の一角にある棚をハーランはじっと見つめていた。埃がたまりつつあったものの、一か所、何かが持ち出されたとわかる四角い跡がまだ残っている。

(大きさ的に、本か?)

 ハーランは、タヌが持っていた物を思い出す。たすき掛けにしていた鞄だったが、その中に、この埃の跡と合致する大きさのものは入っていなかった。あったのは地図や手ぬぐいなど、言葉は悪いがどうでもいいものばかりだった。

(タヌ君はあのとき、『鍵』を持っていなかった。なのに家にも、ない?)

 おかしい。それが率直な印象だった。

(それにしてもあの男は……)

 ハーランはほんの僅かではあるものの、くぐもった笑みを漏らす。

(俺を裏切って、何ができると思ったんだかなぁ)

 書斎を出ると、今度は台所の方へと足を運んだ。

(普通、家出でもして行方知れずになれば、道すがらで目撃者が必ず出るものだ。家さえ出れば、そこから簡単に衛星で追跡できる。なのに実際はできていない。だが、それがすべてを伝えている、か)

 家を出ると、ハーランはあたりを見回す。この家とその周囲だけは火事に巻き込まれず、木々も無事なままだ。

(ん? 何か、ある?)

 木々の陰に隠れるように覆いを被せられた井戸だった。ハーランは井戸の前まで歩くと、麻紐で結びつけられた木の桶の内側を見る。桶は外側こそ埃を被っているが、内側は比較的綺麗なままだ。次に覆いを外して井戸を覗き込んだ。万が一を想定した梯子が設置されており、井戸の底の方へと続いている。幅も、人が一人なら上り下りに困ることはなさそうだ。

(やられた。これでは衛星からも見えなかったわけだ)

 ハーランは井戸から離れて、もう一度あたりを見回した。続いて、手近な焼け跡の一角へ足を運ぶ。足下を見ると、物が散乱している。村が焼けて以来、物盗りの類も近寄っていないのだろう。瓦礫に紛れて宝石類を始め、貴重品などが散乱していた。

(これはこれは。良いものがあるじゃないか)

 笑いながら、ハーランは落ちていた金の指輪を拾うと、井戸の前まで戻った。

(答えはここにある、か)

 早速、井戸に指輪を落とす。小さいながらも、鋭く甲高い音がハッキリと聞こえた。

(そういうこと、か)

 満足そうに真っ暗な井戸の底を見つめてから、ハーランは井戸の内側に掛かっている梯子を伝って、迅速に底まで下りた。井戸の底に下り立つと、おもむろに耳を澄ます。どこからともなく、水が流れる音が聞こえてくる。

(考えたな)

 ハーランはパンツのポケットから、細身の鉄製の筒らしきものを取り出した。筒の一方をどちらかへと向け、反対側の端を捻ると、筒が光を放ち、周囲が見えるようになった。はるかな昔、懐中電灯と呼ばれていた道具だ。光が照らし出したのは、年季の入った石造りの壁と床、そして通路だった。ハーランは反対側の手でポケットから別の、懐中時計と似たものを取り出す。方位磁石だ。水平にして盤面に目をやると、一方の先端が赤く塗られた長い針が通路と平行に指し示している。ハーランは針が赤く塗られた方、すなわち北へ向かって歩き始めた。ほどなくして、左右にわかれた分岐に当たる。

(こっちか。この通路はそうすると……)

 見るものを見たと、ハーランは方位磁石をしまった。最後に、先ほど落とした金の指輪を見つけるとそれを拾ってから、何食わぬ顔で地上へと戻った。

 外へ出たところで、ハーランは再び、方位磁石を取り出すと、赤い針が指す方向を確かめる。針は麦畑の方を指し、その向こうにはネスタ山が見える。

 ハーランはタヌの生家へ戻ると、持ち込んでいた黒い四角い鞄を回収した。

(近隣の町や村も確かめる必要がある、か。……面白くなってきた。身体を戻すのに二〇年以上も掛かっちまったからな。こんな本格的な『敵陣』潜入は本当に久し振りで、胸がときめくもんだな)

 ハーランは口角を少しだけ上げる。廃墟と化した村を軽やかな足取りで歩き、入ってきたところとは別の、村の出入口へと向かった。

(部下が皆無事だったなら、今のこの文明でも、そこそこ楽しかったろうに)

 歩きながら、本来の文明下で行動していたときのことをハーランは思い出していた。



 四八人の部下と共に活動していた頃は、任務が身内の敵や獅子身中の虫、モグラを潰すなどの汚れ役ばかりだった。必ずしも楽しいばかりとはお世辞にも言えなかったが、充実した日々ではあった。少なくとも、自分たちにしかできない汚れ仕事が国家の平和を内側から守っている。そのことにハーランは誇りを持っていた。たまに、世間からわかってもらえず、一抹の寂しさを抱くことがあるとしても。



 昔を思い出しながら歩くうちに、ハーランは村の外れへとたどり着いた。そのとき、枯れた数本の木々の陰にある井戸と建物とが彼の目に留まった。

(焼けていない家がまだあったのか)

 そこは家というより小屋だった。村の外側からは、木の陰に隠れて見つかりにくい。見張り小屋だろうか。ハーランは早速、井戸と小屋のある方へと歩いた。

(人はいないが、何故延焼を免れた? まさか……)

 ハーランはまず、井戸を見た。こちらにも梯子がついている。しかし、桶や桶を繋ぐ麻紐を見る限り、長いこと使われていないのが一目瞭然だった。

(なるほど)

 次に、ハーランは小屋の方へ視線を移すと、そちらへ足を運んだ。

(扉が……)

 ハーランは、扉の取っ手に付着した埃や汚れがまだらになっているのを見逃さなかった。また、扉の蝶番のところにも視線をやり、罠が仕掛けられていないかを確かめる。

(誰か使った、か)

 ハーランは扉の脇で耳をそばだてた。小屋の中からは何一つ物音が聞こえてこない、人の気配もないことを確かめると、取っ手にそっと手を掛け、ゆっくりと扉を開く。誰もいない、罠もないとわかると、扉を蹴って大きく開いた。

「!」

 小屋の中を見るなり目を引いたのは、テーブルの上に置いてある箱だった。

(あれは……)

 そのとき、ハーランの脳裏にタヌの生家の書斎が鮮明に浮かぶ。

(書斎の棚の!)

 埃がたまっていながら、一か所だけ、何かが持ち出された形跡のあった棚だ。あの四角い跡と、この箱の大きさはほぼ一致している。ハーランは気づくと口角を上げ、歪んだ笑みを漏らした。

(やはり持ち出していた、か。タヌ君か、あの裏切り者か)

 黒い四角い鞄を壁際の床に置き、中から、先ほど使った懐中電灯と良く似た筒状のものを取り出した。

(これで見れば目鼻はつく、かな)

 懐中電灯と同じ要領で片方の端を床へ向け、反対側の端を軽く捻る。紫とも青とも見える色の光が現れると、床を細く照らした。床をあちこち照らすうち、靴跡のようなものが浮かび上がった。ハーランは腰を下ろして、じっと見る。気持ち小さめの跡と、大小二つで足に似た形になる跡が見えた。

(ヒール靴、か。ということは『お嬢さんが来た』か)

 消去法でおおよそ想像がついた。ハーランは腰を上げると、再びテーブルの前に立ち、箱を見る。箱は開いたままで、中に紙切れが一枚入っているだけだった。


  Verita


 書いてある文字を見てから、ハーランは少しだけ苦い表情をしてみせる。

(タヌ君が『何か』を持っていった、か)

 ハーランはタヌが持っていったことは計算外だったと思いつつ、頭の中で可能性を考える。

(中身を開けて、メモしか入っていなかったからと捨て置いたのか、それとも、メモ以外を全部持っていったのか)

 もう一度、タヌの鞄の中身をハーランは思い出す。貴重品らしい貴重品は、それこそいくばくかの金銭が入った財布くらいで、あのときは気にも留めなかった。

(俺はあのとき、タヌ君にちょっと甘い顔をしすぎたかな)

 ハーランは苦笑を漏らすと、メモを手に取って膝のポケットに収めてから鞄を手に、小屋を出た。続いて、先ほどちらりと見た井戸へ向かった。ハーランはここで磁石を取り出すと、針が指し示す方向を確認する。怪訝な表情をして赤い針が指す方向を見ると、次に、タヌの家の側にあった井戸のときと同様、金の指輪を投げ込み、耳を傾けた。しばらくして、ぽちゃん、と水音が聞こえた。それを聞いたところで、ハーランは納得したと言いたげな表情を作る。

(タヌ君にもう一度会わないといけないか。お嬢さんはあのクソガキが連れ去っちまって、一緒にいたのはネズミの親玉、だったな)

 どうすればもう一度、ことを荒立てることなく会えるか。ハーランは良い方法がないか思案する。しばらく時が流れたが、これと言った良案が浮かぶことはなかった。

(あの二人は確か、ピルロのあたりで消えたな。そう言えば顔を拝んだのはあそこだった。まぁ、あの近くには確か……ああ、そうだったな)

 ハーランは次の行き先を決めると、村の外、街道へと繋がる小道を軽やかな足取りで歩き出した。

 ほどなく街道へ出ると、二頭立ての四輪馬車が停まっていた。御者は小柄な、はちみつ色の髪とエメラルド色の瞳が印象的な少年だった。

「待たせた」

 ハーランは馬車に乗り込んで腰を下ろす。おもむろに馬車が走り始めた。

「もう一か所、寄り道をしてもらえるかな。爆発騒ぎがあった町と、例のペッレの間にある村だ」

「はい」

 御者の少年が馬に鞭を打つ様子を小窓越しに見ると、ハーランは少年に話しかける。

「キミを錬金協会に送り込んでいたわけだけど、会長サマは隙無しだった、か」

「はい」

「はぁ。せっかくキミを送り込んだのに、何も得られなかったとは。残念だよ、本当に」

 ハーランはポケットから紙巻きタバコが入った箱を取り出すと、一本取って、火を点けた。

「とは言え、『何も得られなかった』ことそれ自体が貴重な情報とも言える、か」

 タバコを燻らせながら、独り言とも何とも言えぬ呟きをこぼした。少年は聞こえていないのか、ただただ、馬を走らせることに専念した。

 馬車はかなりの速さで街道を進んでいった。

 ほぼ休み無しで進むうち、アクアマリン色の空と、ところどころに枯れた色が混ざったマラカイト色の森が続く景色の向こうに、どす黒い塊が見え始める。

「あそこは?」

「ピアツァという町です。協会の人間が暴走して、火薬で爆破しました」

 抑揚のない口調での少年からの回答に、ハーランはすっかり吸い殻と化したタバコを手に、煙を吐いた。

「あそこが、か。まったく、この文明の奴らは本当に野蛮だな。どうせやるなら残骸も残さないほど綺麗にやるか、人だけ効率良く殺してインフラを無傷で押さえれば良いものを」

 続いて、呆れたとでも言いたげな溜息を漏らす。

「ま、それができないから野蛮なの、か」

 ハーランはタバコの吸い殻を携帯用灰皿に収めると、少年に町の側で馬車を止めるよう指示した。

「気が変わった。すぐ戻る」

 馬車が停まると、ハーランはそう言ってすぐに下り、瓦礫の山となった町をざっと見回す。死屍累々。傷んだもの、白骨化したものを問わず、あらゆる場所に転がっていた。だが、ハーランは気にも留めなかった。

「井戸を確かめたかったが……」

 しかし、この状態の町でわざわざ井戸を探すのは時間の無駄だろう。見たいものは見たからもう良い。ハーランはそそくさと馬車に乗り込み、出発を指示した。本来の次の目的地である村は比較的近い場所にあったようで、ほどなく到着した。

 そこはレアリ村と同様、小さな村と言った感じだ。牧場があるのと、役場と食堂らしき建物がそれぞれ一軒見える他は、手狭な感じの石造りの家が数軒あるだけで、これと言った特徴は見当たらなかった。村の入口にある小さな看板はここがルガーニ村だと告げている。

「ちょっと見てくる。また、待っていてくれ」

 ハーランは少年の返事を聞かずに黒い四角い鞄を手に馬車を下りると、早足で村へと入っていった。

 村人に気づかれぬよう、数軒しかない村の家々をそっと見て回る。

(井戸はすべて、使っている、か)

 どの家にも生活感があり、井戸にも使っている形跡がある。見える範囲からでは、使われていない井戸は一つたりとも見つからなかった。

(ここは外れ、か。でなければ、相当奥にあるか)

 村の奥まで確かめたかったが、控えた。見知らぬ人物がずかずかと足を踏み入れれば悪目立ちし、村人から怪しまれてしまう。一通り見回したところで、ハーランは食堂へと足を向けた。

「おやいらっしゃい。遠くからのお客さんですかな」

 エプロンを掛けた、食堂の店主が愛想良く声を掛ける。ハーランは「やぁ」と返した。

「どうして『遠く』と?」

「こんな小さな村です。お客さんと言えば、この村か、隣の町からくらいしか来ませんから。それ以外のお客さんと言えば、郵便馬車か、荷馬車の御者くらいのもんです」

 店主の言葉にハーランは二度ほど頷いた。内心、やはり余計な踏み込みをしなくて良かったと思いながら。

「じゃあ、ちょっと聞いていいかな?」

「ええ。わかる範囲でよろしければ」

「ありがとう。では。最近ここに、俺みたいに余所から来たってお客さんはいたかな?」

 ハーランは質問しながら、店主にそっと数枚の銀貨を掴ませる。店主が一瞬、何事かと怪訝な表情をするが、素直にエプロンのポケットに収めた。

「はて。あれは、確かそう、一か月経ったかな? 子どもが一人、来たくらいで」

「子ども? 一人? 連れもないのか」

「ええ。連れはなかったですね。一人で食事をして、その後、『地図が欲しい』って言うから、あげたりもしたね」

 店主の言葉で、ハーランはあることを思い出す。

「どんな子だった?」

「小柄な男の子ですよ。ああ、子どもの割にはかなりしっかりした子でしたね」

 ハーランはここまで聞いたところで、鋭い視線で店主を見る。

「どこから来たとか、どこへ行くとか話していない?」

「いやぁ。全然。けど、『地図が欲しい』って言ってきたから、きっとペッレとかフランチェスコじゃないですかね」

「教えてくれてありがとう」

「いえいえ」

「余計なことを喋らない方が、キミのためだと言っておくよ」

 そう言い残して食堂を後にすると、村の外に待たせてある馬車の傍まで戻った。店主がキツネにつままれたような顔で見送っていたが、ハーランがそれを見ることはなかった。

「キミはピルロへ行くんだ。錬金協会から来た救助のフリでもして、適当に時間を潰してくれればいい。タヌ君が来たら、仲良くしてあげてくれ」

「はい。それじゃ」

 馬車はハーランを乗せることなく、そのまま街道を走り出した。その姿が視界から消えるまでハーランは動かない。

(ま、俺の方が早く着くけどね)

 そしてハーランの姿は、空気の中へ溶け込むように消えていった。


140:【Marotta】ハーラン、レアリ村のタヌの家へ!!2025/06/30 23:35

140:【Marotta】もう一度(2)2020/03/19 20:00


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 春はひたひたと近づいております。皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。


 連載再開2回目です。

 コミケ登場予定分とにらめっこしつつ、頃合いを見てweb版もちゃんと増補をしていく予定ですのでご安心下さい。


 即売会の参加予定ですが、現時点では、5月のコミケ、コミティア132、9月のコミティア133、11月の第三十一回文フリ東京、コミティア134……ですが、実際は、当落とかコロナウィルス騒ぎとかに左右されると思いますので流動的です。


 いよいよ、タヌの父親ネタが本格的に出てきたりして、物語もクライマックスへ向けて動き出します。それにしても、街をあと4か所くらいまわって事件を起こしたかったです。

 何はともあれ、読者の皆様、どうぞ楽しみにして下さい。


 これからも応援どうぞよろしくお願い致します。


 次回の更新ですが──。


 3月23日(月)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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