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137:【Marotta】サルヴァトーレ、マロッタに到着!!

前回までの「DYRA」----------

錬金協会の副会長からは収穫がなかった。だが、落ち込んでいる暇はない。気を取り直そうとした矢先、タヌとマイヨは、マロッタにあの、生体端末と言われるマイヨと同じ姿をした人物らしき者の後ろ姿を目撃する。

 マロッタの中心街へ戻ったタヌとマイヨは、朝食時に利用した料理店『アセンシオ』へ再び姿を見せた。

「あー。お客さんっ!」

 タヌとマイヨが外のテラス席あたりに姿を見せると、店の出入口の扉が開く。中から、金髪の給仕が姿を見せた。駆け足で近寄ってくる。幸い、テラス席に客の姿はまばらなため、注目されることはなかった。店の前を通りすぎていく人々も取り立てて気にする様子はない。一人、街路樹の陰にいた背の高い人物が足を止めて眺めているようだが、ジロジロ見ているわけでもない。

「確か、お早いお時間にお店で」

 タヌは朝食を採っていたときに給仕として対応してくれた金髪の中年男だとすぐに気づいた。マイヨも、二日連続で来店したことで顔見知りとなった金髪の給仕の慌ただしい様子を不思議そうな表情で見つめる。

「すみませんね」

 駆け寄って二人の前に立った金髪の給仕は肩で息をしつつ、頭を下げた。

「あの、ボクたち、忘れ物かなんかしました?」

 タヌは給仕へ、心配そうに問うた。

「ああー、いえいえ。お客さん宛に預かったものがありまして」

 誰から何を預かるというのか。タヌもマイヨも互いに、そんな知り合いがこの街にいただろうかと言いたげな表情をする。二人は給仕の顔を見てから、互いの顔を見合わせた。

「外での立ち話もアレですんで、お店へどうぞ」

 給仕はもう一度、今度は先ほど以上に丁寧に頭を下げると、タヌとマイヨを店内へ招いた。

「お二階、貸切入りますよー」

 入るなり、先頭を歩く給仕が店内で働いている他の給仕や厨房の耳に入るように凜とした声で告げる。二人はそのまま、店の片隅にある瀟洒な階段を上がって二階へ上がるよう誘導された。

「うわっ」

 二階に上がると、テラス席や、一階の客席とは雰囲気が似ても似つかないほど違うことにタヌは驚きの声を上げた。ピルロでサルヴァトーレと共に入った高級そうな店を思い出すほど豪華だ。

「どうぞこちらへ」

 二階の席はすべて個室で、部屋ごとに引き戸があり、入口こそ開いているものの、レースのカーテンが二重に掛けられている。さらに、引き戸には鈴がついており、開閉時に音が鳴る仕掛けだ。二人が案内されたのは、一番奥の個室だった。

 二人が入ると、給仕がカーテンを開いて脇にまとめてから引き戸を閉じた。引き戸の無粋な開閉音を打ち消すような、心地良い真鍮の鈴の音が聞こえる。部屋の中の調度品はすべて豪華で、天井には大きなシャンデリア。さらに壁付けシャンデリアも四つ使われている。桃花心木のテーブルも八人どころか一〇人でも使えそうな大きなものだが、椅子は四脚だけ。それも、大金持ちか、王様が座りそうな豪華な作りだ。部屋の奥の壁はすべてステンドグラスで、一階席のために設けられたシャンデリアの灯りと共に、一階の様子を見下ろせる。

「何か、随分豪華なお部屋みたいだけど」

 マイヨが誰に言うともなく呟いたときだった。

「改めまして。自分は、この店の店長をしている者でございます」

 金髪の給仕がおもむろに切り出した。

「失礼ですが、そちらの男の子がタヌさん、でお間違いないですかね?」

「はい、ボクです。けど、どうしてボクの名前を?」

「ウチの店の常連さんで、サルヴァトーレさんって人がいらっしゃいましてね」

 タヌは、給仕の口から飛び出した名前に目を見開いた。まさか、こんな形で名前を聞くことになるとは思わなかったからだ。

 給仕はタヌの返答と反応とで、伝える相手に間違いはないと確信したのか、言葉を続ける。

「その、サルヴァトーレさんから言づてを預かっておりまして。……『今度食事しましょう』って」

 それはタヌにとって、二つの意味で思いも寄らぬ申し出だった。一つはもちろん、DYRAのことや、疲労感が露わになってきたマイヨを休ませるなど、相談したいことが山ほど出てしまったところへ、心強い相談相手の登場で助かるかもという意味で。今一つは──。

(サルヴァトーレさんは……)

 タヌの脳裏にあの瞬間が蘇る。


 自分を助けてくれた人物がうつ伏せに倒れたのだ。赤い外套に身を包んだ背中に爆発したときの破片がいくつも突き刺さっている上、真っ白になっている。


(そう。あの人はRAAZさん……)

 DYRAにもRAAZにも深手を負わせてしまった上、その罪滅ぼしの一つもできていない自分が一体どんな顔、いや、どの面下げて会えば良いのだろうか、と。タヌは思い悩む。

「で、給仕さん。俺たちはその言づてを聞いたところでどうすれば? 時間とか場所とかは?」

 俯いて考える仕草をするタヌに代わって給仕へ尋ねたのはマイヨだった。

「いやー、自分は伝えることを伝えましたし……そうですね、うーん。言われてみれば」

 給仕が困ったと言いたげな顔でタヌとマイヨ、それに天井を交互に見つめ、考える。

「もー。サルヴァトーレさん。肝心なことを~」

 給仕がぼやいたときだった。

 突然、引き戸についている鈴の音が響いた。誰か事情を知らぬ客が来たのかも知れないと思った給仕が慌てて開いた扉の方へ走る。

「申し訳ございません。お客様、こちらは貸切になってお……」

「言い出したのは自分だ。何も問題はないだろう? 店長」

 引き戸の扉の向こうに立っていたのは、膝程まで丈があるワイン色のシングルボタンの──時代によってはチェスターコートなどと呼ばれる──上着をラフに着こなしている人物だった。身長は天井まで高さがある引き戸とほぼ同じ、煉瓦色の髪をハーフアップでまとめた、端正な容姿の男だ。手には白い四角い鞄を持っている。

「ああー! サルヴァトーレさん!」

 金髪の給仕が飛び上がって驚く。その仕草は、タヌやマイヨの目には芝居がかっているように見えたほどだ。

「仕事の合間にちょうど通り掛かったら、二人がお店に入る様子が見えたから。後追いで入らせてもらったよ。それにまだ仕事が終わってい……」

「ああ、そうでしたか! すぐ、お飲み物、ご用意いたしますねっ」

 給仕はサルヴァトーレの言葉を最後まで聞かず、最敬礼をするなりすぐに個室から出ると、扉を閉じた。

 サルヴァトーレの姿を見ながら、マイヨは内心、納得したと言いたげな気持ちだった。

(あー、これがこないだの夜、ネスタ山で話題になった、RAAZの表向きのナリってことか)

 サルヴァトーレはマイヨの存在など目にも入っていないとばかりにタヌの方を見る。

「やぁ。タヌ君。たまたまオーナーさんから話を聞いてね。この街にいるって聞いたから驚いたよ。ピルロでまた事件に巻き込まれてどうなっちゃったかって心配していたから」

「こ、こんにちは。サルヴァトーレさんも、ご無事で」

 タヌは、何と言っていいのかわからないとばかりに、硬い口調で話した。

 サルヴァトーレが膝を落としてタヌと目線を合わせ、そっと肩を叩いた。

「無事で良かったよ。本当に」

 ハッとするタヌの様子など見ることもなく立ち上がると、今度はマイヨの方を見る。

「初めまして。自分はアニェッリで洋服屋をやっております、サルヴァトーレという者です」

 どこか棒読みの、いかにも社交辞令としてやっている感がありありと滲み出たサルヴァトーレの挨拶に、マイヨも察するものがあったのか、合わせる。

「マイヨ・アレーシだ。ちょっと成り行きでタヌ君と行動を共にしている」

「話はタヌ君から聞いています。とっても強いお兄さんだって」

 サルヴァトーレはそこで、思い出したような表情でタヌの方を見る。

「あ、そうだ。タヌ君。自分は今日、まだ仕事が残っているんだ。すぐに出ちゃうから、店長、ああ、さっきの給仕さんに『二人分でいい』って伝えてくれる?」

 タヌはサルヴァトーレの言葉を聞くと、少し残念そうな顔をしてみせる。

「え、そうなんですか?」

「ゴメンね。食事は改めて、だね」

「わかりました。じゃ、ボクちょっと行ってきます」

 タヌが席を立ち、給仕に伝えるべく部屋から出た後だった。

「……ISLA」

 男の態度が、それまでの笑顔と柔らかい雰囲気からでは想像もできない、鋭い視線と口調に変わる。その声の主はサルヴァトーレなどではない。マイヨにとってそこにいるのは、赤毛の変装をしたRAAZその人だ。

「おいおい、アンタ多重人格者かよ」

「無駄口をきいている時間はないぞ。お前のナノマシン、そろそろまずいんじゃないのか? 充填に何時間いる?」

 RAAZからの質問に、マイヨはタヌの身柄を預かって欲しいことを相談できるかも知れないと、僅かな期待を抱いて答える。

「最低、七二時間。その間、タヌ君を一人にはできない」

「カンベンしてくれ。DYRAの方で手一杯だというのに。……ったく、DYRAがあのガキと縁を持たなければ、さっさと殺すだけで済んだものを」

 RAAZはにべもない。

「DYRA絡みで、ハーランとタヌ君のお父さんが繋がっている可能性があるなら、そうもいかないだろう」

 マイヨからの指摘に、RAAZはウンザリだとでも言いたげな表情で二度三度、頷いた。

「そこらへんも含めて、倒れる前にアンタに話したいことがある」

「何だ?」

「少し長話になる」

 RAAZはマイヨの言葉の裏側を汲み取った。

「では、食事を終えた頃に迎えを回す。ガキを少しの間なら隠せる場所へ連れて行く。そこで話そう」

 RAAZはそう言うと、話はまとまったとばかりに、引き戸を開いた。

 そのとき、殺気にも似た鋭い雰囲気はすっかり消えているのがマイヨに伝わった。それはまさに、一瞬前までRAAZとして話した男がサルヴァトーレなる世を忍ぶ仮の姿に変身した合図そのもののようだった。

「それじゃ、ごゆっくり。あ、今日の御代はご心配なく」

 笑顔で去って行く男を、マイヨは黙って見送った。




 マロッタの料理店『アセンシオ』で豪華な食事を振る舞われたタヌとマイヨはそのまま、迎えに来た馬車に乗って移動することになった。

「サルヴァトーレさんがわざわざ」

「みたいよ。タヌ君がいない間に、『帰りに馬車回しておくから』って」

 馬車を手配したのがサルヴァトーレだとマイヨから聞かされたタヌは、移動中、驚き半分、困惑半分と言いたげな表情をしてみせた。

「タヌ君。もしかして、あのサルヴァトーレさんって、お金持ち?」

 腕を組みながら、マイヨはサルヴァトーレの正体などまったく知らないとでも言いたげな素振りで呟いた。

 馬車は街を二、三周ほどぐるぐる回った後、小高い丘の上にある屋敷の敷地へと入っていった。

 それから少し経ったときだった。

(あれ?)

 マイヨは本能的に、この敷地が今までいた場所と、ある一点でまったく異なる条件の場所だと気づく。それは、この文明の下で生きているすべての人間はもちろん、DYRAであっても、気づけないことだ。おそらく「体感」でこれに気づけるのは、マイヨを除いて誰一人いないであろう。

(GPS除けに無線通信、いや、それどころか量子通信も?)

 今は生体端末と同期していないので、万が一、量子通信ジャックが起こったところで身体に何かが起こる心配はない。それでも、やろうと思えばできることが選択肢から奪われた状態になるのは別の問題だ。時代が時代なら、携帯電話やスマートフォンを持っていながらWiFiやLTG回線をまったく使えない建物に入ったときの不安感みたいなもの、というべきか。

(おいおい。RAAZのヤツ、俺への警戒心丸出しじゃないか)

 マイヨは自分が今この瞬間、警戒していることをタヌに悟られまいと、手持ち無沙汰そうに懐から鉄扇を取り出し、弄り始めた。

 二人が乗った馬車は速度を徐々に落としていき、そして、停まった。

「到着でございます」

 御者が声を掛けると、キャビンの扉が開く。

「すごい……」

 扉が開いて飛び込んできた光景を見るなり、タヌが声を上げる。

「ん?」

 マイヨもタヌが下りてから外を見る。目の前に、いくつもの外灯の光に照らし出された、城か宮殿とでも言いたくなるような大きさの大邸宅があった。

「こちらでございます」

 馬車の扉を開いた、執事然とした初老の紳士が恭しく一礼してから大邸宅の方へ歩き出した。二人はその後をついていく。

「こんなすごいところが、サルヴァトーレさんの家なのかぁ」

 タヌの知る限り一番豪華で、ピルロで見た市庁舎も霞んで見える。

 執事がポーチのところで足を止めると、大扉を開いた。

「どうぞ、お入り下さい」

 二人は、言われるまま、中へ入った。

 大理石の床に真っ赤な絨毯、高い天井に描かれた美しい絵画、金の装飾がほどこされた壁や柱、どれもこれも今まで見たこともないような絢爛豪華さだ。タヌは入るなりただただ圧倒されてしまう。

(どこの王様の家でも買い取ったんだか)

 タヌとは対象的にマイヨは冷静だった。それどころか、内装の豪華さには興味も示さない。

(すごいなこの家。アイツ、自分でこれ全部やったのか)

 マイヨは、この文明下で存在し得ないものが絢爛豪華な装飾の陰にいくつも隠されているのを見抜いていた。

(隠し方が上手いのは認めるけどさ。防犯用のセンサー、ちょっと過剰すぎやしないか?)

 内心、マイヨが呆れそうになったときだった。

「ようこそ」

 エントランスホールの遙か奥の方から足音と共に声が聞こえてくる。足音がハッキリ聞こえるようになるにつれ、二人の目に、だんだんと姿が見えるようになる。現れたのは、仕立ての良い真っ白なシャツと濃いめのブルーのパンツというシンプルな服装の、ハーフアップした煉瓦色の髪とルビー色の瞳を持った、背の高い男だった。

「自分もさっき帰ってきたばっかりで、アレなんだけど。積もる話はお茶でも飲みながらね。さ、どうぞ」

 それからサルヴァトーレに案内される形で、タヌとマイヨは長い廊下を歩いて行った。

 突き当たりを曲がった先の大扉の向こうをさらに三人で歩いて行く。扉の向こうは御影石の廊下だった。数歩ごとに壁にランタンが置いてあるため暗くはないものの、先ほどまでの絢爛豪華な空間とは違い、灰色の壁と天井しか見えない。ある意味、タヌの目にはごく平凡な空間に映った。

 廊下の突き当たりでサルヴァトーレは足を止めた。そして、金色の取っ手がついた真っ白な扉を開くと、二人を招く。

「着いた。どうぞ」

 中に入ると、タヌとマイヨは驚きの声を出した。


137:【Marotta】サルヴァトーレ、マロッタに到着!!2025/06/23 00:00

137:【Marotta】実質6時間(2)2020/02/03 20:00



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 三寒四温なのか、単に異常気象なだけなのか。もはや2月だというのに何とも言えない今日このごろです。

 皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。


 今回から、22時更新→20時更新へ変更となりました。激戦区すぎることをやってしまったので、状況次第でまた変えるかも知れません。

 それにしても、だよ? 「そっちのシュミ」はないと言いつつ、君たち一体何やってンの状態の2回目。

 男ふたりで身体をコードで繋いでボーイズトークですかいとツッコミ入れたくなりそうでした。しかし、ラストの方がね。うん。


 お知らせもういっちょ。

 来る2月9日のコミティア131にサークル参加することになりました。

 サークルスペースは 西1ホール 「け」06b サークル名は「11PK」でございます。

 当日東京ビッグサイトへ訪れるご予定の皆さまにおかれましては、是非当サークルへも足を運んでいただければと存じます。

 なお、当日は、文庫本6冊、全部持ってきます。



 次回の更新ですが──。


 2月13日(木)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆最新話更新は、「pixiv」の方が12時間ばかり、早くなっております☆


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