135:【Marotta】父親にまつわる情報は収穫なし、な反省会?
前回までの「DYRA」----------
タヌが聞き出せないことでも、俺は聞き出すよ? そんな気持ちで錬金協会の副会長を問い詰めたマイヨ。だが、思ったより収穫を得られなかった。
三人が出入口のある一階へと下りるときだった。
「なぁ」
「はい」
ディミトリに声を掛けられたタヌは返事する。
「メレトで会ったときさ、お前、あの後、無事だったんだな」
「あのときは本当に、ありがとうございました」
タヌは礼を言ったものの、内心は穏やかでは無かった。
(あのとき! あっ、そうだ。この人確か、サルヴァトーレさんを嫌がっていたんだ!)
メレトでのやりとりを思い出しながら、無難にやり過ごさなければとタヌは考えたが、それは杞憂だった。
「いや。サルヴァトーレに喰われたりしていないならいいってことよ」
ここで、三人は入口の扉の前に着いた。
「じゃ、気をつけてな。イスラ様も言っていたけど、何かあったらいつでも来いって」
「ありがとうございました」
「ま、君もお仕事頑張って。あのおじいさんによろしく」
タヌが丁寧に頭を下げる傍ら、マイヨは小さく手を振った。
タヌとマイヨを見送り終えたディミトリは、唇をわなわなと震わせながら階段を上がり、部屋へと戻った。
「イスラ様。これって……」
単刀直入に切り出したのはディミトリだった。
「この間、聞いたことじゃないですか。ピッポってのがあのタヌってガキの父親で、一年前にピルロに現れた奴と……」
ディミトリは勢いに任せてぶちまけるようにまくし立てたが、考えていることを上手くまとめることができないせいか、いったん言葉を切った。肩で息をしながら、ようやく浮かんだ言葉を口にする。
「これじゃあまるで、錬金協会は会長にだけじゃない、行方をくらませたピッポや姿を見せないもう一人に振り回されてるみたいだ」
「だから、私たちは主導権を握らなけ……いいや、取り戻す、と言うべきか」
老人は、射るような目つきでディミトリを見つめ、そう言い放った。
「ことは会長か、我々か、という話ではない。『文明の遺産』を使うか、使わないかなどという単純な話でもない。……私たちの文明が発展するか、それとも『文明の遺産』に振り回され続けたままでいるかを選択する。これが、本質なのだよ」
「イスラ様。俺にはその、おっしゃっていることと、あのタヌってガキの父親がどう関係あるのかがわからないんです」
「わかりやすく言えば……『勝利の鍵を持って消えた』と言うべきか」
「勝利の、鍵……」
ディミトリはその言葉を聞いたとき、ソフィアがレアリ村襲撃を命令したときのことや、修羅場となったフランチェスコでのやりとりを思い出していた。
(あのタヌってガキが持っているアレが、文字通り勝利の『鍵』ってことか!)
たった今この瞬間、腑に落ちた、とでも言いたげな表情でディミトリは頷いた。
「ただ、そこに至るまでに突き止めるべきことが別にまだある」
老人が話を続ける。ディミトリはじっと耳を傾けた。
「ピッポがいなくなったきっかけは、ある名前を聞いてからだった。しかし、それが何を意味するのか、どういうものなのか、それが皆目わからないのだ」
「つまり、人の名前か、物の名前か、地名か、概念か、それすらわからない、ってことですか?」
質問に対し、しっかりと頷く老人の様子がディミトリの目に入る。
「その通りだ」
「それ、俺が聞いても大丈夫ですか?」
「協会の中で高位の者であっても私は告げていない。これは個人的に信を置けぬ者には絶対に言えないこと故。過去に一度、錬金協会に来たばかりのソフィアに言っただけだった」
ディミトリは老人の言葉の矛盾に気づく。
「待って下さい。信の置けない相手に言えないのに、来たばかりのソフィアに言ったって、どういうことですか?」
「それは……」
老人が答えに一呼吸置く。ディミトリにはその一瞬が恐ろしいほど長い時間のように感じられた。
「『どんなに時間が掛かっても、身体を張って調べる』と言ったからだよ」
「は……」
予想もしなかった、想像すらもできなかったまさかの答えに、ディミトリは言葉を失った。
「……って……」
このとき、ディミトリは、それを聞いてしまえばもう後戻りすることができない道へ足を踏み入れることになるのではと直感する。
「ディミトリ。君を信じているのと、この件に巻き込んでいいかは別の問題だと思っている。私は、ソフィアにも悪いことをしたと思っているしね」
「……え、あ」
「そのことがあるので、君に教えるのも気が引けてならないのだよ」
「イスラ様の気持ちは、何となくだけど、わかります」
ディミトリはそう答えるのが精一杯だった。この件に関わりたくないのではない。目の前にいる錬金協会の副会長に対し、できることなら何でもしたいし、可能な限り尽くしたいとディミトリは心の底から日々思っている。しかし、自分の手に余る規模の話である上、それを成したとき、協会が人々の幸せのために役立つ存在たりうるのかのイメージがディミトリの中で浮かんでこないのだ。
「これからも信じてついてきてくれるかね?」
「それはもちろんです」
老人の質問にディミトリは即答した。
「では、今言えることはこれだけだ。彼を……」
「まさかあのガキを」
「いや違う」
ディミトリは内心、『鍵』を奪えならまだしも、タヌを殺すだのと言われたらどうしたものかと動揺していた。老人からの否定の言葉に思わず安堵の息をついた。多少の無茶は聞く。が、罪もない人間、それも子どもの命をみだりに奪うのは忍びないからだ。
「ディミトリ。みなまで言わせるでない」
老人の言葉に、ディミトリは安堵から一転、表情を一気に硬くした。
(それって、ガキじゃなくて……!)
ディミトリは現実的でないと思わずにはいられなかった。
「イスラ様。申し訳ありません」
この場を収めようと謝罪すると、ディミトリは丁寧に頭を下げた。
錬金協会の建物を後にしたタヌとマイヨは、街外れの方まで歩いていた。別に目的があってそこへ向かっていたわけではない。周囲に人の気配がない、静かなところで話したいからと、どちらからともなく、歩いたからだ。二人がたどり着いた静かな場所。そこには、乗合馬車の待合所と、マロッタの外へ出る門とがあるだけだった。
「Verita……」
この瞬間、タヌの脳裏に、レアリ村を出るときの記憶が蘇っていた。
父親の書斎の奥にあった本一冊程度の大きさの角丸形箱だけを持ち出して、村外れの井戸の脇にある小屋へと走った。
箱の蓋を開く。
中には、金属と透き通った透明の硬い材質でできた鍵が一本とメモが一枚入っていた。
次にメモを見た。
Verita
と書いてある。他には何も書いていない。
(もしかして!)
タヌの中で一つの考えが浮かぶ。タヌは、自分の胸元に手を当てていた。
(これ……!)
書斎の箱に入っていた『鍵』が父親の消息に繋がる手掛かりなのではないか。そして父親と先ほどの老人が行動を共にしなかった理由にも関わっているのではないか。
(そっか!)
これまでの状況や説明に合点がいく。錬金協会が突然、自分の家を残して村をそっくり焼き討ちしたこと。母親が父親の研究内容と引き替えに若さを得ていたことも。
(って……)
自分が思っている以上の価値がこの『鍵』にはあるのではないか。
それだけではない。
「あげる。お父様の大切なものを絶対になくしてはいけない。まして、他人に盗られるなんて決してあってはならない。そして、どこで誰が見ているかもわからないから、みだりに人に見せるのも、止めた方がいい」
タヌは、サルヴァトーレが自身のチョーカーの紐をプレゼントしてくれたときのことも思い出していた。他人であり、あの日、初めて出会った関係に過ぎないのに的確な忠告をくれた。今にして思えば、『鍵』が何かを含め、その重要性をわかっていたのではないか。
そして、そのサルヴァトーレの正体は──。
タヌの中で猛烈な勢いで話が繋がっていく。同時に、自身の置かれた状況について、一瞬前までとまったく違う認識を抱いた。
(DYRA以外は……)
現時点で信用できないし、一〇〇パーセント心を許すことは危険だ。それは、今現在行動を共にしているマイヨですら例外ではないかも知れない。
(でも……)
だからと言って、一人で何ができるのか。落ち着いて考えたい。タヌがそんなことを思った矢先だった。
「タヌ君」
マイヨの声があれこれ考えるタヌを引き戻す。
「は、はい」
「あの副会長さん、どう思う?」
マイヨからの問いかけに、タヌは慎重に言葉を選ぶ。
「うーん。えっと、その、何て言ったらいいんだろう。その、肝心な部分が破れた宝の地図を渡してきたような感じがして」
肝心な部分が破れた宝の地図、というタヌの表現が、マイヨをクスリと笑わせた。
「そういう言い方もある、か。上手いな」
言いながら、マイヨは懐から鉄扇を取り出すと、弄ぶ。
「肝心な部分を意図的に破った、かも知れないけどね」
思わせ振りなマイヨの言い回しに、タヌは表情を引きつらせる。
(そうか)
言われて見れば、そんな考え方もあったのだ。これまでは全員を善意で見るようにしていたが、その結果、父親捜しが進まないのみならず、DYRAとRAAZに深手を負わせてしまった。一々目の前に現れた人間や語られた言葉を悪意だけで取る必要はないが、ほんの少しだけ疑うことも心の隅に留め置いた方が良いかも知れない。それがタヌの中で確たる思いとなっていく。
「タヌ君。今日を入れて一二日、いや、もう一一日半か。次はどうする?」
「マイヨさん。それなんですけど、ボク、さっきの副会長さんが話していた場所を」
「うん?」
「ボクが、ハーランさんに攫われたとき、連れて行かれた場所がもしかしたら、何か関係あるのかなって……」
「どうしてそう思えるのかな? 聞かせてくれる?」
「根拠はないです。ただ、あの人はボクの父さんのことを知っていた。その上で、ボクを連れて変わった場所へも行った」
「変わった場所?」
マイヨは聞きながら、徒労に終わる可能性を危惧しつつも、場所如何では調べる価値があるかも知れないと考える。
「どこだった? だいたいの場所でいいよ」
「確か、ネスタ山を挟んで、向こう側で、結構歩いたところです」
「そうか……」
あっさりした返事とは裏腹に、マイヨは頭の中でだいたいこの辺だろうとアタリを付けると共に、今すぐそこへ行くべきか、別の方法を講じるべきか考えるが、妙案が出ない。
マイヨの目に、乗合馬車の待合所が目に入った。
「待合の椅子に座っても、いいかな」
マイヨに言われたことで、タヌはハッとした。錬金協会の建物を出てから歩き通しで、休憩も取っていなかったではないか、と。
タヌとマイヨは、誰もいない待合所の中へ入った。待合所と言っても、外観は窓と引き戸だけがある丸太小屋のような作りで、引き戸の内側も四、五人が座れる壁沿いの木の腰掛けがあるだけ。とにかく簡素なところだ。
中へ入った二人は、どちらからともなく、腰掛けに座った。
座るなり、マイヨは天井を仰ぎ見て何度か深い息を漏らすと、うなだれた。
「マイヨさん?」
「あ、うん。……大丈夫。ちょっと、考えごとをしたいんだ」
マイヨはタヌに告げると、顔を上げてからもう一度深呼吸し、壁に背中を預けた。
隣に座るタヌは、じっとマイヨの様子を見つめる。今まで気づかなかったが、こうして近くで見てみると、お世辞にも顔色がいいとは言えない。額に汗も浮いているではないか。
(きっとあのとき)
タヌは、マイヨと一緒に山を越えようと歩いたものの、途中で休憩したときに意識がなくなるように寝てしまい、目が覚めたときにはすでにマロッタの宿屋だったことを思い出した。状況から考えて、マイヨがタヌを抱えて山越えを敢行したのは明らかだ。
普通に考えれば、一人で山越えをするのだって相当慣れていなければできると思えない。まして一日でやるなど無謀と言える。仮に、マイヨが近道をある程度知っていたとしても、自分を連れていたため、数倍の体力と気力を消耗してしまったのではないか。タヌは心の底からマイヨを心配する。
マイヨの身体が傾き、待合所の角に身を預けたまま目を閉じる。その様子を見たタヌは、少しの間そっとしておこうと思う。
タヌは立ち上がって、待合所の外へ出ると、あたりを歩いて回った。
(そう言えば)
歩きながら、タヌは先ほど錬金協会の副会長と話した内容を思い出した。漠然とではあるものの、答えが見えたような気がする。
(やっぱりハーランさんが絡んでいるんじゃ? 話に出たのはきっと攫われたあの場所か、一緒に行った廃墟の、どちらか)
ハーランは父親のことを知っている風だった。だとすれば、確かめてみる価値が充分にあるはずだ。
(もう一度、何とかしてあそこへ行かなきゃ)
タヌはDYRAと再会するまでに、自分で赴いて、自分の目で確かめようと思い立った。
そのとき、遠くの方から、馬車が近づいてくる音がタヌの耳に入った。
「あれ?」
タヌは音が聞こえる方へ振り向いた。目を凝らすと、西の、町の外の方から馬車が近づいてくるのが見える。
二頭立ての馬車だった。乗合馬車のようだが、人を乗せていないからか、何となく早足で近づいてくるようにも見える。
タヌは待合所の方へ振り返った。
(ったく……)
タヌがちょうど待合所を出たところで、身体を休めていたマイヨは、目を開くと姿勢を整えて意識的に深く呼吸しながら、ここまでの情報を整理し始めた。
まず、錬金協会の副会長が話した場所──タヌがハーランに連れられて行った先かも知れない場所──についてだ。
(政府、今となってはハーランの縄張りか。いくつか確認したいこともあるから見にいきたい。けれど、タヌ君を連れては……)
タヌを連れて行くわけにはいかない。彼を安全な場所に置いてから行くしかないが、どうしたら良いのか。
(ったく、RAAZのヤツ)
それにしても、DYRAを連れたRAAZは今、どこにいるのか。
(理屈ではわかる。理屈ではね。けど)
マイヨは、RAAZが今どこにいるのか、その場所が座標としてわからないことに内心、地団駄を踏む。この状況下で、確実に信頼できる存在にタヌを預けた上で問題の場所へ行くにはどうすればいいのか。
(だけじゃない)
マイヨにはもう一つ、どうしてもやりたい、いや、やらなければならないことがあった。これもまた、タヌがいるのでままならない。いつしか、睨みつけるような表情で天井を見つめていた。
(取り敢えず、時間を無駄にするだけの休みってのはイヤなんだけどね)
そのときだった。マイヨの耳に、馬車が近づいてくる音が微かに聞こえた。
(馬車が来る?)
マイヨは壁に貼ってある、時刻表に目をやった。続いて、懐から懐中時計を取り出して現在の時間も確認する。
(何? 馬車は遅れているってこと?)
マイヨは立ち上がった。そのとき、こちらを見るタヌが目に入った。もっと新鮮な空気を吸いたいとばかりにマイヨは待合所の外へ出ると、空を見上げた。
天に輝くダイヤモンドは、天の頂点を過ぎ、西の方へ移っていた──。
135:【Marotta】父親にまつわる情報は収穫なし、な反省会?2025/06/22 23:39
135:【Marotta】新しい嫌な予感(1)2020/01/27 22:00
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東京に雪が降るという予報が何度か流れましたが、ことごとく雨。さて月曜日は……なんて思いながら窓の外の光景を眺める今日このごろです。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。
ようやくお疲れなマイヨさんに助けの船(?)がやってきました。何と言うかアテにならない船ですが(笑)。しかし、DYRAと再会するまで何も起こらないとは到底思えません。一波乱、二波乱は当たり前ということで。
さて。来る2月9日のコミティア131にサークル参加することになりました。
サークルスペースは 西1ホール 「け」06b サークル名は「11PK」でございます。
当日東京ビッグサイトへ訪れるご予定の皆さまにおかれましては、是非当サークルへも足を運んでいただければと存じます。
なお、当日は、文庫本6冊、全部持ってきます。
次回の更新ですが──。
1月30日(木)予定です!
日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆現在、最新話更新は、「pixiv」の方が14時間ばかり、早くなっております☆