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129:【Marotta】この先を考えるため、マイヨはアントネッラと情報交換する

前回までの「DYRA」----------

DYRAを案じるRAAZは昔を思い出す。それは最愛の女性が悲劇に見舞われ、あまりに無惨な最期、非業の死を遂げた日。

誰がやったのかはわからない。無念を未だ晴らせぬ苦しみが、彼の心を蝕んでいく。

 ピルロの中心部から少し離れた場所にある、延焼を免れた数少ない場所、植物園。マイヨはそこへ姿を見せていた。彼の周囲には黒い花びらが数枚、散っている。

(夜で、人気がないのは有り難い)

 植物の大半は枯れ落ちてしまっている。その不気味さから不用意に人が近寄ってこないであろうことがマイヨには都合が良かった。

 人の気配はもちろん、自分たちの文明で使っていた頃のようなセンサー類が密かに設置されていないかも目視と聴覚でわかる範囲で確かめながら、マイヨは鉄扇を手にすると、息を殺し、ゆっくりとした足取りで奥の方へと進んで行く。

 植物園の奥、隠し扉のある場所の近くまで歩いたときだった。

(ん?)

 突然、カサカサともフサフサとも聞こえる微かな音がマイヨの耳に飛び込んだ。

(扉の方?)

 マイヨが身体を硬くし、枯れた植物の大きな鉢植えの陰に身を隠す。微かな音が少しずつハッキリし始める。マイヨの耳に、それはまるで髪の毛をかき上げているか、足の長い毛を擦っているような音に聞こえた。


 コトン


(!)

 マイヨが、賊ならすぐに飛び掛かることができるようにと身構えたときだった。隠し扉のあるあたりの小さな隙間から、白い何かが姿を現す。

 毛足の長い、白い子犬だった。翡翠のトップがついた首輪を付けている。だが、マイヨの目を引いたのは、畳んだ白い紙を咥えていることだった。

(確かこの犬は)

 間接的ながら、マイヨはその犬を何度となく見たことがあった。

(アントネッラが確か犬を飼っていたな)

 マイヨは敵意を見せないようにとばかりに、少しだけ身体の緊張を解いた。すると、子犬が高い鼻声を出し、スタスタとマイヨの足下へ歩いてくる。

 マイヨは腰を落とすと、子犬が咥えている紙を掴んだ。

(考えたな)

 飼い主に忠実な子犬に何も書いていない白い紙を持って行かせれば、見も知らない相手の前に犬の方から出ることはないだろう。よしんば悪意ある者に見つかっても、犬のイタズラ程度にしか思われない。マイヨはアントネッラが機転を利かせていることを察すると、彼女は決してバカではないのだと改めて納得する。

 マイヨは右手を顔の高さに掲げて黒い花びらを舞わせると、一枚を摘まんだ。そして、子犬が咥えている白い紙を折りたたんで挟み、再び子犬の口に咥えさせた。

「よしよし。さ、お戻り。俺は少しここにいるから」

 マイヨは子犬の頭と背中とを何度か撫でた。子犬が嬉しそうに、再び高い鼻声を出す。手を離すと、背を向けてスタスタと来た方向に戻っていき、先ほどの隙間の向こうへ消えていった。

(愛犬がこうして動いているってことは恐らく、アントネッラの体調は回復したんだろう。だが)

 体調がそれなりに回復しているのに動けないのは何を意味するのか。良く解釈すれば、見られないように用心深く振る舞っている。逆の解釈なら彼女の身に何かが起きて、身動きが取れなくなっている。後者の可能性から考えた方が良いだろう。前者なら杞憂で済む。しかし、楽観論で構えて最悪の展開になれば打つ手がなくなる。マイヨは思い巡らせながら鉄扇を弄る。

 そのときだった。

 植物園の奥にある、隠し扉が開く音が聞こえた。マイヨは反射的に扉の方を見る。

「マイヨ」

 明るい金髪のショートヘアと、トパーズブルーの瞳が印象的な孔雀色のワンピースを着た若い女性が現れた。足下に先ほどの白い犬もいる。マイヨはたった今まで考えていたことが思考から吹っ飛んだ。

「アントネッラ……!」

 前回会ったときのアントネッラは頭に包帯を巻いていたが、今はない。マイヨは彼女の容態がそれなりに快癒していることに安堵する。

「無事で良かった」

「ええ。何とか。顔や目につきやすいところの傷はだいぶ。昨日ようやく動けるようになったから、ビアンコにここの様子を見にいってもらっていたの。そうしたら、さっき戻ってきて……」

 犬の名前はビアンコ。マイヨはシンクで得た情報を思い出す。

「貴方がいるみたいだってわかったから」

「俺も事情があって、あれから二日ばかり遠出をしていてね。今しがた戻ったところ」

「何かあったの?」

 アントネッラが問うと、マイヨは少々厳しい表情で切り出す。

「ああ。五日前のあの日、あの地下室に来たヤツのこと、覚えている? 髭面のオジサンね」

「正直、思い出したくもないけど……」

「印象とか感情の話はいったん、後にしよう」

「ええ」

「ピルロが焼け落ちた次の日の夜だけど、俺はここで、錬金協会の人間に会った」

「何ですって?」

 驚くアントネッラを、マイヨは話しながら、柔らかい仕草で制した。

「この間君が教えてくれた、例の、『いつぞや、俺じゃないし、用心棒代わりに君が雇ってくれた親戚でもない奴』が屋敷に来た話をそいつがしてくれた」

「私はその錬金協会の人、会ったかしら? この数日は貴方以外には……」

「いや、そいつが会って話を聞いたのは多分、行政官サンじゃないのかな」

「アレッポが援助物資の件を仕切っていたから、その件で来た人かしら」

「じゃないの? 多分」

 マイヨはここで言葉を切ってから、話の核心に入った。

「結論から言うと、その子が話してくれたのが、五日前に現れた奴だった。君のお見舞いに寄った後、俺は奴を追っていたんだ」

 そんな言葉が飛び出すとは思わなかったとばかりに、アントネッラが目を見開いて驚きを露わにしている。だが、マイヨは意図的に彼女の反応に言葉を返すことを避け、淡々と話を続けた。

「今ここに来たのは、奴を追いかける過程で助けた子がいるんだけど、食料と毛布を譲ってほしいのが一つ。もう一つは、君や行政官サンに誰か知らないお客さんの類が来ていないかとか、何か変わったことが起こっていないかを確認するためだ」

「お客さんが来た、みたいな話はないわ。と言っても、今さっき聞いた話さえ知らない私だもの。そもそも『誰か来たか』なんて上がって来るかさえ怪しいし、何とも言えないけれど」

 アントネッラの言葉に、マイヨは少しだけ苦い表情をした。夜の植物園には星明かり程度しか光度がないことが幸いし、彼女に見られずに済んだのが救いだった。見られてしまえば心配のあまり、質問攻めされかねない。

(アレッポにピルロを乗っ取られる可能性がある、か。行政官サンのことだ。下手をすれば『彼女に脅されてルカレッリ殺しをやった』とでも言って、彼女を断頭台送りにしかねない)

 タヌを守る必要がある。だが、アントネッラとピルロを放置するわけにもいかない。アレッポの出方次第では彼がハーランと手を組む、いや、下る可能性すらないとは言えない。マイヨは時間と、人的な意味でギリギリのリソースをどう配分するべきか考える。

「状況はわかった。アントネッラ。君は『ピルロを再建する』と言ったね? これから俺が言うことを良く聞いて」

「言って。私がピルロのためにできることなら、何でもやるわ」

「行政官サンのところに来るお客さんに注意するんだ。だけど、どんなにとんでもないやりとりになったとしても、話に積極的に入ったり、飛び出したりしちゃダメだ。いつ、どんな人が来たかできる限り正確に記録して欲しい。できるのであれば、密会も含めて」

「ええ。それは良いとして。でも、どうして?」

「ハッキリ言っておく。ピルロは『ただでさえこの有り様』としか言いようのない状態だけど、もっと悪くなる可能性すら出てきている。説明したいのは山々だけど、残念ながら時間的な余裕がない」

 マイヨの説明に、アントネッラは小さく頷く。

「そこまで言うなら、いったん、信じるわ。それでも、聞くとか確認するだけなら良いとして、もしピルロの運命に関わるような書類に『署名しろ』とか迫られたら?」

「どんな手を使っても時間を引っ張るんだ。次に俺がここに来るには少なくとも、二、三日は必要だ。それまでに俺の方でもできることをやる」

「わかったわ。でも、本当に何が起こっているの?」

 アントネッラの問いに、マイヨは首をゆっくりと横に振った。

「さっきも言ったけれど、説明するには時間が足りない。そして残った時間もそんなに多くない。話せるようになったら全部話すけど、今ピルロが置かれている状況は君たちが思っているより悪い。それだけ覚えておいて」

 マイヨは冷静な口調で、だが、厳しい視線でアントネッラを見つめてそう告げた。

「ピルロのために力を貸してくれると言ってくれた貴方がそう言うなら、今は信じるわ。それしかできないから」

 アントネッラが言いたいことや思っていることを全部心の内側にしまって頷く。その様子にマイヨは僅かではあるが、眦を下げ、口角を上げた。

「悪いようにはしない」

「ええ」

 そのときだった。

 子犬がアントネッラの足下で、植物園の入口の方を向き、低い声で一度だけ吠えた。

「ビアンコ?」

 アントネッラがすぐに子犬を抱いた。

「誰か来るのかも」

「君はもう戻った方が良い」

「ええ。……そうだ」

 アントネッラは何かを思い出したような声を出した。

「食料とか毛布や寝袋はこの裏のテントにあるわ。職員の人に言えば一組、くれるはずよ」

 その言葉を残して、アントネッラは子犬を抱いて、隠し扉の向こうへ消えた。

 植物園の奥に一人残ったマイヨは、身を屈め、大きめの観葉植物の陰に隠れて様子を見る。ほどなくして、ランタンの小さな灯りが見えた。灯りの大きさから、入口のあたりに立っているようだ。

「……怪しい人影はない」

 聞こえてきた男の声に、ただの見回りだと気づくと、マイヨはそっと、植物園の内周を回るように移動を始めた。

「……なぁ、聞いたか? あの噂」

「……何だよ?」

 マイヨは忍び足で歩く。その間に聞こえてきた会話から、見回りが若い男二人だと察した。

「……ルカ市長やアントネッラ様をこの機会に殺すかも知れないって」

「……本当か?」

「……何でも焼死したことにして、ピルロの市長になるって」

「……そっか。だから、医者さんも容態を教えてくれなくて、お見舞いもダメだったのか」

 やりとりを聞きながら、マイヨはそっと植物園を抜け出し、外に出た。


129:【Marotta】この先を考えるため、マイヨはアントネッラと情報交換する2025/06/22 22:29

129:【Marotta】タヌとマイヨの戦い(3)2020/01/06 22:00



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 令和2年最初の更新となります。

 改めまして、今年もどうぞよろしくお願い致します。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。


 冬コミで新刊として6巻を出しましたが、web小説分についても、CHAMBER編が加筆分を「ドラフト(下書き)版準拠」で、反映いたしました。


 そうそう。

 ビックリしたのは、マイヨとアントネッラだと思います。おほほほほ。


 次回の更新ですが──。


 1月9日(木)予定です!

 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆現在、最新話更新は、「pixiv」の方が14時間ばかり、早くなっております☆


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