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128:【Reminiscenza】RAAZは「絶望の日」を思い出し、うなされる

前回までの「DYRA」----------

マイヨの手を借り、タヌはどうにかしてネスタ山走破できる見通しが立った。DYRAが心配だが、今は我が身を守るのが先だ。

そのDYRAだが、意識を取り戻しておらず、RAAZは彼女を案じる。

 非番だったその日──。

「あ……?」

 徹夜での作戦会議を終え、司令部よりあてがわれた宿舎の一室でようやく仮眠から起きたRAAZは、上半身を起こすと、サイドテーブルに置いた耳飾りを左耳に填めようと手に取った。耳飾りはこれ一つで、楕円の両端を尖らせた形の大粒のブルーダイヤモンドと、小さなルビーがついているものだ。

「ん?」

 何の前触れもなく、ダイヤモンドの部分だけが外れて、床に落ちた。落ちただけならまだいい。小さな部分ではあるが、ルビーとダイヤモンドとを繋ぐ環状の留め金が割れているではないか。

 そのとき、奇怪な違和感がRAAZの心にわき上がった。

「何だ?」

 だが、違和感の正体を探ろうとするより一瞬早く、部屋にある内線電話が鳴った。RAAZはスピーカー受信のボタンを押した。

「──非番なのに申し訳ございません。折り入ってのお願いがあるのですが……」

 電話の主は、憲兵隊の小隊長の女性だった。いつだか、軍の施設を襲撃した武装警察の一団を撃退したときに縁があり、以来、何かと小さなことを伝えてくれる。

「ん? 何のつもりだ? 聞いてやる」

「──あ、ありがとうございます。実は今日、研究所の最下層で、超伝送量子ネットワークの試験が行われることになっております。ごく小規模ではありますが」

 RAAZも試験については情報を得ている。

「それで?」

「──言いにくいのですが……ドクター・ミレディアは、研究室どころか、研究所の建物にさえ護衛が入ることを嫌がります。護衛というか、御自身とほんの一握りの関係者以外と言いますか。それで、いつかのようなことが起こったらと思うと……」

 RAAZはここで、電話の主の自分への連絡目的を理解した。

「わかったわかった。休みだし、外からでも様子を見てくる」

「──ありがとうございます!」

 電話を終えると、身支度を調えた。

(ミレディアの様子を見にいくか)

 つい先日、部外者には秘密で結婚の手続を済ませたものの、その日以来、互いに仕事が多忙で、顔を合わせそびれていたパートナーをRAAZは案じた。


 RAAZは私服姿で、ガラスか透き通った樹脂でできているのではと思わせる、半透明の建物ばかりの一群へ、何食わぬ顔で入った。

(監視カメラが動いていない?)

 軍の施設はあちこちに監視カメラがある。だが、それが動いている気配を見せていないとは何を意味するのか。RAAZは嫌な予感を抱くと、ミレディアが勤めている建物へと急いだ。

「おい」

 低層──と言っても地上一〇階、地下一〇階建て──の建物の入口に着いたRAAZはドア脇に立っている二人の警備兵に声を掛けた。返事はのんびりしたものだった。

「お疲れ様です。いや、今日も何事もなく、平和ですね」

「ドクターが……あ? え? どうしました」

 呑気に声を掛けてきた警備兵らに、RAAZは怒りをチラつかせる。

「怠慢じゃないのか? このエリア一帯、監視カメラが動いていないようだが?」

「まさかそんな」

 指摘を一蹴する警備兵に、RAAZはドア上に設置されたカメラを指差した。

「作動ランプも点いていないようだが?」

 それだけ言い残すと、RAAZは話すことはもうないとばかりにドアを開き、建物の中へと入った。

「……何だ?」

 入った瞬間、RAAZは異変に気づいた。

 いつもならエレベーターの入口に立っている警備兵や、天井ギリギリの高さで巡回しているドローン型監視カメラの存在もない。設置型監視カメラの電源も切れている。そして、エレベーターの現在位置を示すランプすら点いていないではないか。普通に考えて、電源トラブルが起これば予備電源が入るはずだ。警備室なり制御室で何かが起これば警備兵なり、必要に応じて憲兵なども集まるだろう。だが、それらがまったくない。さりとて、通常通り、警備兵が所定の位置に立っているわけでもない。なのに、外にいた警備兵はいつも通りだと言う。それが何を意味するのか。

(建物内部とすぐ周辺の監視カメラや有線無線を問わず、この区画のネットワークシステムが一時的に乗っ取られたんだ! 敵の目的は、この建物の中にある!)

 RAAZは連絡も惜しいとばかりに、エレベーターの脇にある、非常階段へ走った。非常階段は扉の向こうにあり、平時は開かないが、非常時には開く作りとなっている。

 だが、扉には鍵が掛かっており、開かない。

 RAAZは、セキュリティプログラムを乗っ取られたと確信した。

(やむを得ん!)

 決断した瞬間、RAAZは右手の周囲に赤い花びらを舞い上がらせた。片方の刃にだけカバーを被せたような形状の大剣がその手に顕現する。剣は、そのもう一方の刃にあたる部分から時折、雷のような白く細い閃光を発している。

 剣で扉の鍵の箇所を刺して破壊し、扉を蹴破ると、RAAZは階段を駆け下りた。

 

(な、何だ……!?)

 階段から廊下、そして研究室に至るまで血の海が広がっていた。それだけではない。死体も積み上がっている。RAAZは表情を歪めた。

「ミレディア!」

 RAAZは妻の無事を祈りつつ、警戒しながらゆっくりと部屋の奥へと進んでいく。しかし、部屋のかなり奥まで進んだのに人の気配がまるで感じられない。RAAZはさらにもう一つ、あることに気づいた。

(ここに例のあの、ISLAを入れたカプセルがあったはずだ)

 ISLA。それはミレディアが研究・開発したRAC10と呼ばれるナノマシンを注入した兵士の新作だ。RAAZと違い、情報収集と集約に特化したタイプだとミレディアから聞いている。だが、いくつかの問題点が解決していない上、中核システム周り以外は不安定で、現状では完成からはほど遠い、とも。

(何故、なくなっている!?)

 人が二人は寝られるであろう大型のカプセルを簡単に持ち去れるはずはない。引きずって運んだ形跡もないし、血で汚れた床がカプセルのあった場所だけ綺麗なわけでもない。RAAZがカプセルとその中身の行方を考えたときだった。

 突然、足の裏に柔らかいと硬い、その両方の感触が伝わってきた。

「何だ?」

 RAAZは足を僅かに避けてから腰を落とし、両方の感触の正体を確かめようとそれを拾った。

「……!」

 耳飾りが填められた、耳だった。しかも、耳飾りは起床直後に壊れたものとほとんど同じ。楕円の両端を尖らせた形の大粒のブルーダイヤモンドだ。違いは、ダイヤモンドの周囲を飾るのが小さなルビーではなく、サファイアであるだけ。これはもともと一対の耳飾りだった。

 一瞬だが、RAAZの目の前が真っ暗になる。

(いや)

 こんなことになれば、突然の惨劇による精神的ショックと斬られた激痛とで気を失う。そう。部屋のどこかで気を失っているだけだ。きっとそうだ。RAAZは息を整え、動揺を抑え込むと立ち上がり、今いる場所をもう一度、見回した。

 部屋の一番奥、壁際近くにある、部屋を見渡せる向きになった仕事机は血だらけだった。机の上には、モニターとキーボード、花瓶、それにいくつかの私物が置かれている。椅子は壁際の角に倒されている。RAAZは花瓶に目を留めた。

(あそこには……)

 いつもなら、一輪の赤い花が挿してあったはずだ。「種を復活させることができた」と喜ぶミレディアは、その花を『薔薇』と呼んでいた。その花が、ない。

 それにしても、これだけ部屋を探しているのにミレディアの姿がないのはどういうことなのか。RAAZは疑問を抱いた。同時に、心のどこかで、トイレや簡易シャワー室に隠れているのを期待している自分にも気づく。だが、それを示すような血の跡は床にはない。ふと、仕事机の壁側の床に目を向けた。

 血の海に溺れている何かがあった。

「!」

 RAAZはそこにあるものが何かわかるまでに、少しの時間が必要だった。

「……!」

 そこにあったのは、血だらけなどというものではない。大量の血を流した後の死体だった。いや、死体、という表現は美しすぎる。猟奇殺人の被害に遭ったそれだ。これが人だというのなら、原形をもはや留めていない。大量の肉片、と言った方が適切かも知れない。

 そのとき、RAAZは血の海の中で、違う赤を見つけた。ゆっくりと近づき、すぐそばで腰を落とした。


 花瓶に挿してあるはずの赤だった。


「あ……!」

 喉が凍り付く感触があるとすれば、こういうことだろう。声が声として出なかった。

 血だらけの手が、赤い花を握っていた。そこにあったのは、肘下から切り落とされ、さらにズタズタにされた「手」だ。

「うっ!」

 RAAZは血の匂いにやられ、一瞬だけ、嘔吐感を催した。口元に手をやり、堪える。

 この瞬間、この肉片と化した恐ろしい死体が誰かをRAAZは把握した。


「嘘だ……」


 冗談ならタチが悪すぎる。

 しかし。

 そこにあるのは苛烈そのものの「現実」だった。

 血だらけで、原形すら留めているとは言えぬその死体で、もう一つ、RAAZの目を引くものがあった。

「──!」

 この仕打ちは、殺し方は、尋常ではない。相手へ恨みがある人間でも、果たしてここまでやるだろうか。否。否。メッタ刺しにしなければ気が済まないとしても、だ。この犯人は、恨みがどうこうではない。異常者だ。それ以外、何と表現すればいいのだ。ただでさえ原形を留めていない死体。中でも、下腹部だったとおぼしき箇所へのこのダメージは一体どういうことなのか。しかも、脚の間はメッタ刺しどころか、性器を切り取ってからズタズタに刺しまくっているではないか。

 そのときだった。

 RAAZが先ほど拾った、耳飾りのついた耳から、光るものが落ちた。

「あっ」

 落ちたのは、耳飾りのダイヤモンドの部分だった。奇しくも、朝、自分の耳飾りが壊れた場所と同じところが破損したのだ。それは、赤い花に当たった。


 コトリ


 聞こえたのは、金属が当たる音だった。ダイヤモンドが落ちて、花に当たったときには絶対に聞こえない音だ。これだけの血の海なら床に落ちてもこんな音は聞こえない。RAAZはすぐさま、赤い花を確かめた。

「これは……」

 赤い花に隠されるように手の中に握られたあるものが露わになった。

「ミレディア……キミは……!」

 それは、純金と、水晶のように透明な材質でできた『鍵』だった。ミレディアが大切な記録などを残すときに利用していたメモリーチップだ。古美術風装飾品としてカモフラージュすれば、悪意ある者に見つかる可能性は低いとミレディアなりに判断しての隠し方だった。RAAZはミレディアから、この鍵の中身を見るなり使うために必要な方法をあらかじめ預かっていた。最悪の事態を想定してのことだ。

「……キミは……どうして……一体誰が──!」

 RAAZは、部屋の惨状となくなったものから、何が起こったのか、察した。


「……ISLA。ふざけるな。この仕打ちを許すものか」


 たった今、人間らしい感情がごっそりと剥がれ落ちる音をハッキリと聞いた。


「……ミレディアの才能を使ってお前を生み出すことを許したこのイカレた世界も、それを支持する愚民共も、許すものか。……殺してや、いや、こんな世界は滅びてしまえ……!」


 ダイヤモンドと『鍵』を手にしたRAAZの目に、涙と、狂気が宿った──。




「ミレディア……ミレディア……」

 うつ伏せの体勢で眠るRAAZは、魘されていた。


128:【Reminiscenza】RAAZは「絶望の日」を思い出し、うなされる2025/06/22 22:12

128:【Marotta】タヌとマイヨの戦い(2)2019/12/12 22:00



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 12月も中旬に突入、本当に「年末」になってなりました。

 今年の目標がまったく達成できていないとか、いやまだ2019年は再来月の節分までだからまだ時間があるとかあれやこれやなんて体たらくではございますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。


 まずは恒例の、PRです。同時に前回お約束していた、「改訂差分のWEBでの対応は?」について、ご報告です。


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☆コミックマーケット97(冬コミ/C97)☆

 2日目(日曜日)

 西館C-50a

 サークル名「11PK」


 今回はいわゆる「お誕生日席」でお待ちしております!

 冬コミ新刊となる6巻、ご期待下さいませ。こちらはCHAMBER編に大幅な加筆が入り、まさかのサプライズもあります。

 なお、既刊の在庫状況ですが、1巻は再版しました。逆に、2巻がかなり薄くなっております。

 今回のコミケ分で頒布仕切ってしまう可能性もございます!

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☆CHAMBER編加筆分のWEB版対応について☆

 WEB組読者様が一番気になるホンネかと思います。

 こちらについてですが、時期は年末年始の連休中に、「紙版準拠」ではなく「ドラフト(下書き)版準拠」で、順次アップしていこうと考えております。

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 次回の更新ですが──。

 冬コミ直前に伴い、

「今から追いかけて、15分以内で追い付くDYRAの物語」紹介を敢行します。

 ディープ読者様にも「おっ!」と思っていただけるキャラたちをナビゲーターにし、彼らの視点で(SFらしく?)紹介させていただきます!


 12月23日(月)予定です!


 日程は詳しくはtwitterでお伝えします。よろしくお願いいたします。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆現在、最新話更新は、「pixiv」の方が14時間ばかり、早くなっております☆


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