127:【Marotta】タヌが心配するDYRAは未だ意識を戻さない
前回までの「DYRA」----------
RAAZは大ダメージを受けたDYRAを抱いて姿を消した。ネスタ山に一人取り残されたタヌは、マイヨと共にネスタ山を走破して戻ろうと動き出す。
「君の足だと、丸一日使うと思った方が良い。天気も回復したし、今のうちに動き出そう」
タヌは、マイヨの言葉に背中を押されるように歩き出す。
「わかっていると思うけど、俺たちは君を攫ったあのハーランから逃げるんだ。急ぐよ?」
ハーランから逃げる。この言葉にタヌはハッとした。
「マイヨさん」
「ん?」
平地から傾斜のついた場所へ足を踏み入れるが、歩みを止めることなくタヌはマイヨに質問する。
「ハーランさんは、ボクの父さんのことを知っているって言って、それで……」
歩きながら話すが、タヌは頭の中で聞きたいことを最後まで上手く言葉にできなかった。
「だろうね」
あっさりと認めるマイヨに、タヌは一瞬だけ、目を丸くする。
「え……」
マイヨからの思わぬ回答に、タヌの中で疑問が膨らんでいく。
「どうしてマイヨさんが?」
「俺だって、タヌ君に協力できることがあればと思って、道中、多少は調べているんだよ?」
「ええっ?」
「タヌ君。色々話をしたいけれど、今日、陽が暮れるまでに山越えをしなきゃいけない。おしゃべりをするのは、山の反対側へ出てからだ」
マイヨから急かされたタヌは、「うん」と小さく頷いた。そして、傾斜がだんだんきつくなる山道を一歩一歩、マイヨに置いて行かれぬよう、しっかりとした足取りで進む。
いつもなら、空を見ながら何となく時間の流れを察するが、今日は曇っている。タヌはどれくらいの時間が経ったのか想像できなかった。
まだ陽は暮れていない。それどころか、DYRAとRAAZの凄惨な姿を見てから何時間経ったのかもわからない。数時間のはずだと思うのに、何日も歩いたような気がする。タヌはそんなことを思い始めていた。
「あの、マイヨさん」
「休みたくなった?」
「いえ。それは大丈夫です」
「そっか」
「ところで、ボクたちどこへ向かっているんですか?」
マイヨが足を止めることなく、タヌの方を見ながらクスッと笑っている。
「タヌ君。RAAZから、何て言われた?」
「え? えっと、『今日から数えて一五日経ったら、マロッタへ来い』って」
「そうだね」
この答えで、タヌは、自分たちがネスタ山を超えてマロッタへ向かっているのだと察する。
「マイヨさん。でも、それって『一五日経ったら』って言っていたから、今日行ってもDYRAには……」
会えないのではないか。しかし、タヌの言葉はそこまで続かなかった。
「え? 誰も『一五日経たないとマロッタへ行ってはいけない』なんて言っていないよ?」
マイヨの指摘に、タヌは言われて見ればその通りだと納得する。確かに、マロッタは大きな街であり、誰かの家ではない。街にいる分には迷惑を掛けなければ何ら問題はない。
「そうですよね。……あ、あの」
タヌは言いにくそうに、だが、言わなければならない、そんな気持ちを込めて切り出す。
「マイヨさんは、このあたりのこととか詳しいんですか?」
「どうして?」
「だって、ここって……」
タヌは、今歩いているこの場所が、傾斜こそきついが、歩き始めたばかりのときと比べ、道らしきものができている印象を持っていた。少なくとも、DYRAと一緒にピルロから山へと歩いたときよりもよっぽど道っぽい、とさえ思えるほどだ。
「人通りっていうか、あるのかなって」
「まぁ、色々あるんだよ」
「色々?」
「けれど、それを説明するのは今じゃない。さ、空が暗くなる前に、頑張って歩こう」
タヌは知る由もないが、マイヨは、ハーランが衛星で自分たちを監視している可能性を警戒していた。だからこそ、山を越え、軍の縄張りに入る必要がある、と。今なら何となくわかる。錬金協会とは、軍のネットワークがあった一角にできたエリアの中にある街を抱き込むように組織されたのではないか、と。
(マロッタまで一気に行きたいが、まだちょっと距離があるか)
自分一人、もしくは、同行者がDYRAやRAAZであれば、一日で山越え強行はやってできないことではない。しかし、タヌが一緒ではそうはいかない。ごく普通の人間では、足が保たない。タヌをどこかで休ませる必要がある。
(今日はもう、ハーランの監視網さえ逃れられればいいと割り切るしかない!)
マイヨは、タヌを休ませる場所をどこにするか決めた。位置的にはほぼギリギリだ。
(彼女、もうそろそろ歩くことくらいできるだろう。それに、何か情報が入っている可能性もある)
上着の懐から懐中時計を出すと、マイヨは時間を確認する。時計の針は長短共に四を指していた。
(陽が落ちるまで、あと二時間あるかないか、か)
急ぐ必要がある。マイヨはタヌの様子を見ようと振り返った。
「タヌ君」
「は、はい」
「かなり疲れているとは思うけど、あと少しだけ頑張ってほしい。陽が落ちる前にはピルロの近くまで行ける」
ピルロと聞いて、タヌはハッとした。
「え、でも」
RAAZが数日前、派手に燃やしてしまった街だ。そんなところに今、寄って大丈夫なのか。タヌの返事には、そんな困惑のような感情が滲み出ていた。
「街の中はアレだけど、山側だから大丈夫」
「わかりました」
タヌが太腿のあたりを何度か手で擦ったりする仕草をして、歩くペースを落としているが、足を止めていない。それを見たマイヨは、あと少しなら大丈夫だろうと思った。
この後。
グレームーンストーンのようにどんよりした空に夜の帳が下り始めて暗くなって来た頃、二人は見覚えのある場所にたどり着いた。
「ここは……」
「今日はここまで、か」
そこは、ネスタ山の中腹で、爆発のような一件があった場所だった。タヌにとっては、DYRAが襲撃され拉致された場所、でもある。爆風の煽りで倒れたり傷ついたりした木もあるが、いくつかの大木は倒れることなく、そこに存在している。
「タヌ君。動かないで、ちょっと待ってて」
「は、はい……」
タヌはしゃがみ込むように大木の下に腰を下ろした。それまでの疲れと痛みとが一気に足へと伝わってくる。その間、マイヨは何かを探しに行くように周囲を歩き出した。ほどなくして、両手に少なくない量の木の枝を抱えて、タヌがしゃがみ込んだ場所まで戻った。
「火を点けるよ」
マイヨはタヌにそう告げると、ポケットから小さな四角いものを取り出し、木の枝の数本に火を点けた。火の点いた木の枝からまた別の、少し大きな枝に火を移し、それを繰り返して焚き火を起こす。奇しくも火が点いたところで、空には夜の帳が完全に下りた。
「それ……RAAZさんがピルロに火を放つときに」
タヌが声を掛けてくる。マイヨは頷いた。
「ああ、これ? 君たちの時代ではまだ登場していないけど、俺たちの文明では時代遅れの遺物だ。この間ピルロへ君たちを探しに行ったとき、通りすがりで拾った」
タヌが不思議そうにマイヨが手にした使い捨てライターを見つめている。だが、マイヨは質問をさせまいとばかりに言葉を切り出す。
「さて。俺はこれから食料調達をしてくるよ」
「えっ! ボクここに一人!?」
驚いて目を丸くするタヌを見ながら、マイヨは笑って頷く。
「うん。タヌ君に六つ目のオオカミさんが襲い掛かることはないみたいだからね」
「えっ。どうして……?」
そのとき、言われるまで記憶からすっかり抜け落ちていたあることがタヌの脳裏を掠める。
「錬金協会御謹製の、アオオオカミ除けの護符。あげる。鞄と彼女の外套持って、店の中に避難していて」
タヌは思い出したようにポケットの中に手を突っ込む。金属の硬い感触が指先に伝わってくる。ペッレでサルヴァトーレからもらった、金のメダル状の護符だった。これをもらって以来、確かにアオオオカミとは無縁になっている。
「それに、大抵の動物は火を恐れるから、ここで大人しくしていれば大丈夫。すぐに戻るから、ちょっと待ってて。食べ物とか調達してくる」
マイヨは笑顔でタヌにそう告げると、闇の中へと溶け込んでいった。
床も壁も天井も真っ白な空間──。
二つ並べておかれた大型容器の一つにDYRAが収まっていた。顔が見えるあたりを除き、全体的に磨りガラス状になっているため、中にいるDYRAの様子は眠っていること以外、具体的にはわからない。
RAAZは眠るDYRAを容器越しに見つめていた。彼自身が腹部や背中に負ったダメージはすでに跡形もない。しかし、着替える時間も惜しかったのか、下半身は木綿の検査着のような服を着ているものの、上半身裸のままだ。
(裏地に特殊なコーティングを施した服でなければ、五体がバラバラになっていたところだ)
タヌを助けると息巻いていたDYRAに、最悪の事態が起こらないようにと用意した、肌触りが通常の裏地とまったく異なるそれの着替えのことだ。裏地の正体は、RAAZ自身が本来属していた文明で開発されたボディースーツと同じ素材だ。元々、単独での殲滅作戦などで使っていたスーツだったので爆発・爆風などに対する防御措置も施されている。超至近距離での爆発だったため、さすがに二度目はないほどのダメージを受けたが、彼女を守ることはできた。
(どうしてすぐに再生を掛けなかった? どうでもいい、キミが守るに値もしない世界と愚民共にキミは一体、何の義理立てをする?)
義理立て。
DYRAが自己再生を行わなかったことについて、適切な理由が思いつかないRAAZは、この表現以外浮かばなかった。
直前の状況を思い返せば、DYRAはダメージを受けた内臓を最低限再生させていただけだった。そして、それ以上の再生機能を絶対に発動させまいとしていたようにも見える。普通の人間だったら爆弾腕輪を抱きかかえて爆発の被害拡大阻止を図るなどというバカげたことをした時点で即死だったにも拘わらず。
(彼女の左足、まずは完全再生を急がないと)
RAAZは考える。誰からも何からも生命力を奪い取らずに自然再生に委ねるなら一〇年、いや下手したら一〇〇年単位の時間が必要になる。どこかから再生に必要なエネルギーを調達しなければならない。DYRA自身、自分以外の人間から生命力を奪うことを好まない。結果的に、それなりの量のエネルギーを使う場合、周囲の自然を枯死させることで吸い上げていた。だが、今回彼女はそれすら意図的に行っていない。
(原因はわかっている。多分……)
タヌとの出会いが彼女を変えた。それ以外、何があるのか。RAAZは苛立たしげな表情で溜息を漏らす。
今後を考えれば、タヌを速やかに殺してしまった方が良いのではないか。
(いや)
RAAZは脳裏を掠めた考えをすぐに否定した。
(殺してしまえば……)
確かに、DYRAを兵器として安定的に運用する観点からは、絶対にやるべきだろう。変数や不確定要素になり得るものは排除あるのみ。理屈の上ではその通りだが、今一つ、RAAZは気乗りしない。以前なら迷わずこの選択肢を採っていたはずだが、今回は違った。
(あんなに、美しかったか)
RAAZの心の琴線に触れたのは、DYRAの表情の変化だった。少なくとも知る限り、DYRAはいつだって無表情か、限りなくそれに近い表情で通していた。ひどい目に遭おうが、不快な思いをしようが。たまに苛立ちをチラつかせる言動が出たときさえ、露骨に表へ出すことはなかった。にも拘わらず、タヌを助けると息巻いて動き出した際、DYRAは止めようとした自分に対し、苛立ちの感情を露わにした。中でも、『死んだ女の尻を追ってろ』は暴言以外の何物でも無いが、そんな言葉をあんな表情で吐いたDYRAの姿に、RAAZは今までにない新鮮な印象を抱かずにはいられなかった。
(だが、それでも)
もともと彼女は兵器として生み出した存在。完全運用できないなど論外だ。そんな考えもRAAZの頭を掠める。DYRA運用のためにはタヌを処分した方が良いのはわかりきったことである。
(この件は、場所を変えて考えよう)
即断することはできない。RAAZは思い直すと、再びDYRAへ視線を落とした。
(左足は戻る。あとは……)
思考が始めに戻ってループしている。これは、思っているよりはるかに自分は疲れているのかも知れない。RAAZはそのことに気づくと、深い溜息をついてから、真っ白な空間を後にした。
先ほどの部屋と同様、真っ白な空間である廊下を移動すると、RAAZはたどり着いた先の扉を開いた。扉の向こうは小さな部屋だった。使用感がほとんどない簡素な作りのベッドと、枕元の位置の近くにある、ロケットペンダントが無造作に置かれたサイドテーブルくらいしか目につくものはない。
RAAZは糸の切れた人形のように簡素なベッドに倒れ込んだ。
(ミレディア。……『トリプレッテ』は絶対、奴には……)
RAAZはそのまま、泥のように眠った。
その手には、サイドテーブルにあったロケットペンダントがしっかりと握られていた。
127:【Marotta】タヌが心配するDYRAは未だ意識を戻さない2025/06/22 21:58
127:【Marotta】タヌとマイヨの戦い(1)2019/12/05 22:00
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12月になりました。今年の目標がまったく達成できていないとか、事態の急変に愕然としたりとか色々参っておりましたが、そんなことを言っても12月なのです。皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。
まずは恒例の、シーズン柄のご報告です。
冬コミ当選しました!
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2日目(日曜日)
西館C-50a
サークル名「11PK」
今回はいわゆる「お誕生日席」となります!! どうか冬コミ新刊となる6巻、ご期待下さいませ。
CHAMBER編に大幅な加筆が入り、まさかのサプライズもあります。
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タヌとマイヨでも無事に戻ってきて話が進むことになりますが、マイヨはRAAZが何を考えているのか気づいて怖くなってきております。さて、これから一体どうするつもりなのでしょう。
次回の更新ですが、少し間が空きます。冬コミ入稿に伴い。予定調和的には、12月12日の見通しです。
また、WEBと紙版が大幅に異なることの件の対応については、12月中旬頃に発表する方針です。
詳しくはtwitterでとなります。よろしくお願いいたします。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆現在、最新話更新は、「pixiv」の方が14時間ばかり、早くなっております☆




