126:【?????】取り残されたタヌはマイヨの手を借りて脱出する
前回までの「DYRA」----------
ハーランはRAAZとの因縁を思い出し、必ず報復をなすと心に誓い直す。
その頃。西の都アニェッリに次ぐ大きな都市マロッタのとある料理店で、二人の男が向かい合っていた。錬金協会副会長のイスラと若手幹部のディミトリだ。
料理店『アセンシオ』はマロッタ中心街にあり、個室も完備されている。四、五人程度の客なら余裕で入れそうな広さの部屋は、桃花心木製のテーブル、小ぶりながら美しいシャンデリア、ステンドグラスの窓ガラスと、調度品が整っている。
「あの、お呼び立てして、本当に申し訳ないです」
「どうしても協会の部屋で話すのを避けたかったなら、仕方ないね」
本格的な食事をしに来たわけではないので、テーブルには水とワイン、それに冷やした紅茶が注がれたガラスのピッチャーといくつかのグラス、それに少量の菓子の盛り合わせが置いてあるだけだった。ディミトリはこの個室を、相場の数倍の食事代金を前金で支払って確保していた。理由はもちろん、他の人間を入れることなく、年老いたこの副会長と話をしたい一心からだった。
「俺。この数日、何度かピルロへ行きました。で、そこでおかしな話を聞いたんです」
「おかしな話?」
正面に座るシルバーグレーのくせがある髪が印象的な老人の瞳がディミトリを見つめる。その眼光が鋭い輝きに変わったことに、ディミトリはすぐさま気づいた。緊張したが、別に悪事を告白するわけではない。ただ話すだけだ。グラファイトグレーの瞳で正面から副会長の姿を見つめ返す。
「誰の耳がどこにあるかわからないし、万が一、聞かれたことを言いふらされでもして話が大きくなっても困るから、それで、お呼びしました」
「よほど、ピルロで穏やかならぬことがあったんだね」
心配そうな表情で老人が問うと、ディミトリはグラスに水を注いで一口飲んでから、静かに頷いた。
「イスラ様。あのピルロって街では一体、何が起こっているんですか? それだけじゃない。ソフィアがあんなことになっちまった原因もそうだし、あのアレーシって奴のことも含めて、何が、どういう関係があるんですか?」
ディミトリの言葉にまとまりはない。それでも彼なりに、目の前の老人に伝わりやすく話をしようと言葉を探し、口にしたつもりだった。
「……そこまで、知ったのだね」
老人は穏やかな口調で言うと、ディミトリと同じようにグラスに水を注ぎ、飲んだ。このとき、ディミトリは老人の手が僅かに震えているのを見逃さなかった。
「『君は、知らなくてもいいことだ。気にすることではない』と言いたいが……」
老人が告げたときだった。
「ピッポって、誰ですか?」
ディミトリは、はぐらかされまいと、核心部分の一つにあたる質問を老人に対し、直球でぶつける。
さらにディミトリは続ける。
「アレーシは、何者なんですか? 俺はアイツがフランチェスコでソフィアを殺したのを見た。それだけじゃない。アイツそっくりの顔をした奴がアイツを殺す瞬間も見た」
老人の表情がどんどん硬くなっていく。内心動揺しているのだと、ディミトリにも手に取るようにわかる。それでもディミトリは言葉を止めない。
「一年ほど前、アレーシはピルロにも現れた。アイツだけじゃない。他にも、俺が知らない人間で、アレーシと繋がっているっぽいヤツも来たって。結局、あいつらは誰なんですか?」
ディミトリはここで敢えて言葉を切った。
老人は無言のまま、天井のシャンデリアとディミトリへ、交互に視線をやった。
「繋がっていると知ってしまった、か……」
やはり、目の前の老人は知っているのか。ディミトリは内心、ほんの少しではあるものの、驚いた。
「『知ってしまった』って……」
老人の身体から、ここで殺すようなオーラが放たれているわけではない。何より、目の前にいるのは温厚と評判の人物だ。彼に限って物騒なことはしないはず。頭ではディミトリもわかっていた。しかし、老人が発する言葉の響きの重さが一瞬とは言え、ディミトリの思いに疑念を抱かせたほどだった。
副会長が穏やかな表情のまま、首を横に振るのがディミトリの目にハッキリと見えた。
「ディミトリ」
「はい」
「話は一つずつ、しよう。そうでないと、君が驚き、戸惑って、ついていくことができなくなってしまうから」
やはり、目の前の老人はそれなり以上に多くを知っている。老人の言葉を聞いたディミトリは、今まで知らなかったことを知ることができるかもと期待する一方、それを表に出さないようにと努める。
「順を追って、だ。まず、ピルロはどうだった?」
老人からの問いに、ディミトリは「そこじゃないだろ」と言いそうになるが、グッと言葉を呑み込む。たった数秒前に「順を追って」と老人から言われたからだ。
「ピルロは……結論だけならひどい有り様だった」
ディミトリは、見てきた様子を思い出しながら話す。
「何て言うか、悪意で火を放たれていたようだった。失火とかじゃない。まるで、戦争で街中に火矢が放たれた跡みたい、ってか」
「続けて」
「はい。俺がイスラ様に言われて、焼けた翌日のピルロへ向かって、着いたのは午後でした。街へ入ってみると、もう、何て言えばいいのかって。俺が特に驚いたのは、死体だった」
街の様子が記憶に鮮明に蘇っていくにつれ、ディミトリの表情が硬直する。
「死体が?」
「俺が見た限り、街の中心へ行くほど、火事で死んだんじゃない死体が……」
「火事でない死体?」
老人は、この話には心当たりがないらしい。やや不審そうな表情をディミトリに向けてくる。それでも、ディミトリは気を取られることなく続ける。
「街の外の方が火事の死体、けど、中心部に行くにつれて、まるで、火であぶった剣か何かで斬り殺されたような死体があって……」
「何と……火であぶった、と?」
「はい」
ディミトリはいったん、皿に盛られた小さなケーキを口にした。次に、空になったグラスへピッチャーから紅茶を注ぐ。それを飲んでから話を再開する。
「生き残った人は本当に少なくて、市庁舎の周りに集まっている人たちしかいないんじゃないかって。生き残った役人や、例のあの、アレッポって行政官から話を聞いた。おかしな話ってさっき言ったけど、正直言って、聞いた内容は……おかしいっていうか、むしろ、俺には信じられなかった」
老人はグラスの水を飲みながらも、聞く姿勢を崩すことはなかった。ディミトリは意を決し、話の核心に踏み込んだ。
「あの街に、一年前、何が起こったんですか? ピッポって奴が出入りしていた話、そして、そのピッポも一年前頃ピルロに現れた奴のせいでいなくなったって」
ディミトリはアレッポから聞いた話を報告した。
「ピッポ、か……」
老人は呟いた。
「懐かしい、名前を聞いたな」
この言葉で、ディミトリはやはり目の前の老人が何か知っているのだと確信した。
「あれは、夢だったのか、それとも。……あのときのピッポはそう、君より若かった。好奇心旺盛で、新しいものや見たこともないものへの興味は、誰よりも強かった」
ディミトリは老人の語ったことを一言たりとも聞き逃してはならないと、気持ちを集中する。
「あれは、三〇年くらい前か。経っていないくらいか……」
老人の言葉が語り進められていくにつれ、ディミトリは何と言葉を返せばいいのかわからなくなっていった。
老人が語り終わったとき、ステンドグラスの窓から注がれる光の量が心なしか、少なくなっているようだった──。
雨が上がったその場所で、青と赤の花びらが数枚、風に舞い上がっていた。宙を舞う花びらは少しずつ弱く小さな粒子の輝きと変わり、やがては消えていく。
残されたタヌは、口をポカンと開けたまま、その場に膝を落としてしゃがみ込んだ。傍らでは、マイヨ・アレーシが心配そうに彼を見つめている。
「DYRA……」
タヌの脳裏には、一つの映像が焼き付いている。DYRAが爆発から自分を守ろうと、爆弾腕輪を抱きかかえ、腹部のあたりを血だらけにして倒れた姿だ。
「RAAZさん……」
DYRAだけではない。RAAZもまた、自らの身を楯にして、投げ込まれた爆弾の爆発からタヌを守った。RAAZが自分を守ったことも衝撃だったが、それ以上に彼の正体がタヌの心に刃となって刺さった。薄々わかっていたものの、やはり、自分とDYRAを何かと気に掛けてくれたサルヴァトーレがRAAZだったのだ。
「ごめんな……さい……」
タヌの目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。自分が攫われるようなことにならなければ、あの腕輪を填められていなければ、DYRAとRAAZが敗北を喫するようなことにはならなかったはずだ。その思いがことさらタヌに重くのしかかる。
一方、涙をこぼすタヌとは対象的に、傍らに立つマイヨは、視線をタヌから雨上がりの空へ移すと、考え込んだ。
(一五日、か)
RAAZは去り際、タヌに対し、今日を入れて一五日の猶予時間を望み、姿を消した。それについてマイヨは思いを巡らせる。一五日は短すぎる。一体どうやって、一五日で彼女を完全再生させるのか。自然再生はもちろんのこと、再生装置に入れたとしても、通常の再生方法では到底、間に合わない。
(まさか……)
短期間で赤子を筆頭に人間から見境なく生命力を奪いまくることは現実的な方法ではない。だいたいそんなことをすれば、この文明世界のいくつかの街を中心に不必要な社会不安が広がるのがオチだ。RAAZとしては他人の命など意にも介さないだろう。知ったことではない、と言いそうだ。いや、言う。だが、目を覚ましたDYRAがそんなおぞましい方法で回復したなどと知ったら、一体どういう反応をするか。考えるまでもない。
(ったく)
タヌという存在がいないなら、DYRAの回復に一〇〇年掛かったとしてもRAAZにとってさしたる問題はなかっただろう。しかし現実は違う。DYRAはタヌの父親捜しの旅に協力し、行動を共にしている。加えて、ここに来てハーランという不確定要素が出現してしまった。
マイヨが見聞した限りの印象では、RAAZはタヌに対していくばくかの不快感を抱いているものの、その存在を今すぐ処分する発想に行き着いていない。それに、あそこでタヌを助けなければ、ハーランが去り際に放り込んだ、液化窒素の入った爆弾を喰らうようなミスをRAAZがするとは思えない。
つまり、RAAZはDYRAの不興を買いたくないのだ。マイヨはそんな仮説を立てる。この可能性は多少なりともあるだろう。そうでなければここで起こった出来事に説明がつかない。
(今後、もっと面倒なことになりそうだ)
マイヨは考えるのを止めると、タヌの前に立ってから身を屈め、目線の高さを合わせた。
「タヌ君」
俯いたまま泣いていたタヌは、肩をそっと叩かれたことでハッとすると、少しだけ顔を上げ、マイヨを見る。
「マイヨさん……ボク」
タヌの顔に涙の跡があることに気づくと、マイヨは優しげな笑みを浮かべた。
「タヌ君。まずは君が無事で本当によかった」
「……でも、ボク」
「『DYRAが』、はいったん置いておこう。彼女は大丈夫だ」
マイヨとて、タヌがDYRAを心配していることくらいはわかっていた。
「でもね」
マイヨの口から飛び出した「でもね」の一言。タヌはもう一度、今度はじっとマイヨを見る。
「今日を入れて一五日の時間をRAAZは要求した。見方を変えればこれは、俺やタヌ君にも一五日の時間が与えられたってことだよ?」
「ボクたちに、時間……?」
「タヌ君。もう一度言うよ? DYRAは大丈夫だ。見たことがあると思うけど、彼女には自分の身体を再生させる能力がある。足は治る、いや、戻る」
タヌは小さく頷いた。
「タヌ君はきっと、『自分のせいで』って思っているのかな。そう、どうしても『自分を許せない』みたいな」
マイヨの言葉に、タヌは先ほどとは違い、大きく頷いた。
「そっか」
マイヨは自分の両手を、タヌの両肩にそっと置いた。
「ならば、一五日の間、今の君にできることを全部やろう」
自分にできることをやるしかない。その通りだとタヌは思う。本当ならマイヨに言わせてはいけない言葉だ。それでも、タヌはその言葉をもらったことで、今、この瞬間の考えを変えることができた。
(父さんのこと! ハーランさんのこと!)
自分を助けてくれたDYRAとRAAZに、今自分ができることをやることでしか、感謝も謝罪も伝えられない。タヌはそう思い直して前向きな気持ちを取り戻すと、涙を拭って立ち上がった。
「さ、タヌ君。まずはここを出るんだ。山を越えないといけない」
「はい」
タヌはしっかりした視線でマイヨを見た。
126:【?????】取り残されたタヌはマイヨの手を借りて脱出する2025/06/22 21:45
126:【?????】左足の代償(2)2019/11/18 22:00
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11月になって、今年の目標がまったく達成できていない状況に焦りまくっております。皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。
ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。
まずは恒例の、シーズン柄のご報告です。
冬コミ当選しました!
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2日目(日曜日)
西館C-50a
サークル名「11PK」
今回はいわゆる「お誕生日席」となります!! どうか冬コミ新刊となる6巻、ご期待下さいませ。
CHAMBER編に大幅な加筆が入り、まさかのサプライズもあります。
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今回は、DYRAの件やタヌとの今後をどうするのか悩むRAAZのお話。でも結局結論が出ないという救いようがないダメぶり(笑)を発揮する一方、ひとつだけハッキリ決めたことがありました。
そして今回も登場した謎のキーワード『トリプレッテ』。それが何かは、少しずつ明らかにしていきます。
物語はもうひとつ、錬金協会の側からも核心に迫り始める様相が描かれるようになりました。ディミトリって、いい奴だよね。アニメだったら浪川さんとかが声をやりそうな「外せないサブキャラ」ポジションを確立しつつあるといいますか。
次回の更新ですが、少し間が空きます。冬コミの準備に入る必要がありますので。予定調和的には、12月2日か9日から連載再開の見通しです。
次回も是非、お楽しみに!
愛と感謝を込めて
☆現在、最新話更新は、「pixiv」の方が14時間ばかり、早くなっております☆