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125:【?????】ハーランは3600年越しの仕返しに満足する

前回までの「DYRA」----------

DYRAがタヌを守るため、爆弾腕輪を抱えて倒れた。そしてRAAZもハーランが去り際に投げた爆弾からタヌを守ろうとその身を楯にする。不老不死のはずのふたりが倒れる、凄惨な現場がそこに広がった。

(あのときの仕返しを、ようやく一割くらいはできたかな。正直言って、今回はこの半分でも満足いく結果だったが……予想を遙かに超える大戦果に大収穫、か)

 映像が流れる数枚の大型モニターが空間に浮かび上がった暗い部屋で、ハーラン・ハディットは背もたれのついた椅子に腰を下ろし、満足そうな表情で一つの映像を見つめていた。映っているのは、金色と銀色のオッドアイを持つ、三つ編みを結った髪の男が少年と共に山の方へと歩き出すそれだ。

(ま、あそこは放棄しても何も問題ない。あの施設一つの犠牲でこれだけのリターンを得たんだ。コストパフォーマンス的に申し分ないね)

 サイドテーブルに置かれたマグカップを手にすると、ハーランは美味しそうにコーヒー牛乳を飲んだ。テーブルには他に、電子タバコとワイヤレスチャイムのボタンが無造作に置かれている。

 流し込むようにコーヒー牛乳を半分ばかり飲んだところで、ハーランはモニターから目を離した。そして一転、気難しそうな顔をしてみせる。

(ここまではいい。ここまでは。三〇年近く掛け、この時代の人間たちも利用し準備してきた甲斐があった。だが、今後はあのクソガキも情報を取らせまいとガードを固くするはずだ)

 ハーランは胸ポケットからプラスチックのケースを取り出して開き、中からカプセルを出した。それを口に咥えると、電子タバコの本体を手に取り、カートリッジへ口で押し込んでからスイッチを入れ、燻らせる。

(ここから先は、俺も表に出て動くしかない。……ったく、あの日、クソガキに部下四八人全員殺されたのは痛すぎる。おまけに、マッマのところにあったネズミ(・・・)も全部は奪えずじまいの上、ネズミの親玉は生きていると来た。どうしたものかね)

 メンソールの味が心地良いのか、ハーランの表情がほんの少し和らいだ。改めて、最終目的を思い返しながら、どこからどう手を付ければもっとも効率が良いか、一つ一つ確認するように思い巡らせる。

(『トリプレッテ』をどうしたら押さえられる?)

 ここで、すべてのモニターの映像に人の存在が映らなくなってから多少の時間が流れたためか、モニターがすべて消えた。電子タバコの電源部にある小さな青白い光だけが灯る、静寂に包まれた真っ暗同然の空間でハーランは目を閉じ、浮かび上がってくる記憶や思考だけに意識を集中する。

(今使える、ヒト、モノ、コトは徹底的に利用するしかない、か。でないと)

 咥えていたタバコを離すと、ハーランは蒸気を吐き出すかのように息を吐いた。

(……自分の身すら、あのクソガキから守ることができない)

 段取りは概ね決まった。

 ハーランは、ワイヤレスチャイムのボタンを押した。

「はい」

 扉が開いた。小柄なシルエットを持つ人物がそこに立っている。逆光で見た目はハッキリとわからないものの、声から少年のようだと推測できる。

「ちょっと、お遣いを頼んで良いかな? タヌ君を追いかけて欲しいんだ。上手く追い付いたら、タヌ君に声を掛けてあげてくれ。久し振りに会えれば、嬉しいだろうからね」

「はい」

「それともう一つ。出かける前に、例の端末を起こしておいてくれ。そちらは俺の方で細工をしてから、ピルロへ持っていくんだ」

「わかりました」

 小柄な存在は小さく会釈すると、扉が閉まる音と共に、その場から消えた。

 ハーランは再び暗くなった部屋で、椅子の背もたれを倒し、さらに足置きを上げると、仰向けの体勢になった。

(あのクソガキ、いや『殺戮する哲学者』。存在すること自体が許されぬ、忌むべき存在。そして俺から大切な仲間をすべて奪った……)

 それは、三六〇〇年以上も昔の出来事だった──。



「君の部隊は、裏方も含め一人残らず」

「な……。い、今何と?」

 政府の中枢機関の一つである、五〇階建ての警察省ビルの最上階。そこにある副長官室の一角にある応接スペースの床に、電子タバコが落ちる音が響いた。

 テーブル越しに二人の男が向かい合ってソファに座っていた。そのうちの一人、黒シャツに黒スラックス姿の髭面の男──ハーラン──は、目を丸くした後、表情を歪めた。反対側に腰を下ろしている、若干小太り気味だが紳士然としたスーツ姿の年老いた男性は、口調こそ柔らかいものの、言いにくそうに告げた。この男は、警察省の副大臣だ。

「ケミカロイド部隊は、調整を担当する技師も含めこれで全員殺された」

 副大臣の言葉に、ハーランは返す言葉を失っていた。

「ハーラン。この件は一年半近く、ずっと秘密にしていたんだがね……。君に伏せていたのはすまないと思っているが、仕方なく」

「そういうことですか。ま、国家が秘密を抱えるのは当たり前です。驚きはしませんよ。自分を含め、誰もね」

「おいおい。ここは私と君だけだ。普段通りでいい。敬語なんか止めてくれ」

「それはまずいでしょう?」

「『自分は』なんてかしこまった言い方はしないでいいって」

 副大臣はそう言ってから、続ける。

「国家としても警察省としても今なお世間に伏せていることだが、この件は、友人である君を思う故に個人的にも伏せるしかなかった」

 友人としての気遣いと言われて、穏やかな気持ちで続きを聞けるわけはない。しかし、それでもハーランは静かに話を聞くスタンスを崩さない。ここはバーでもなければ互いのプライベートな空間でもないからだ。

「実はな……」

 副大臣はここで言いよどんだが、それでも何とか言葉を続ける。

「その、今となっては君たちのメンテナンスを完全な形でできる唯一無二の人材は、軍の秘密研究機関にいる、ってことだ」

 ハーランは聞いたところで、身を屈めて落とした電子タバコを拾った。しかし、その手は僅かではあるものの、震えている。

「副大臣。それはつまり、ケミカロイドとそれを支える人材が全員殺された上、残ったただ一人の技師は、既に軍に引き抜かれていた、ということでしょうか?」

 副大臣は頷くこともせず、話を続ける。

「政府と軍は方針が違ってね。そして、政府の研究機関は彼女個人の研究成果を『政府として』開発したとして黙らせた経緯がある。それが襲って脅すという古典的なやり方でねぇ。正直『殺されても文句は言えない』わけで、今回部隊が全滅させられた件も、それでおしまいと言われればそうなんだけどねぇ。だが、個人の事情はそうだとはいえ、このまま政府が引き下がる話じゃない」

 冷静だが、どこか他人事と言った風な口振りで話す副大臣に対し、ハーランはわかりやすいほど厳しい表情で睨んだ。

「襲って脅した? 何ですか、それ」

「彼女個人の研究と言ったって、機材やら人材を使ったんだから、成果は組織のものだ。それに、天才だろうが何だろうが、女の子が手柄の独り占めは、良くないよ。まあ、そういうことだからよくある結果(・・・・・・)になったわけだよ。君だって、彼女とヤッたんだろ?」

「そんな破廉恥なことをする部隊員は俺を含め、ウチには誰一人おりません」

 ハーランは呆れ果てていた。──女性がかくも劣悪な職場環境で自分たちとの仕事をさせられていたなら、そんなロクデモナイ職場など一刻も早く辞めたいに決まっている。それが率直な印象だった。おそらくは軍から極秘のヘッドハンティングがあり、彼女は辞める決心がついたのだ。ストレスが最高潮に達したタイミングで舞い込んだであろうその話に、食いつかないわけがない。事情を知った今、ハーランは心底納得がいった。

「副大臣。今おっしゃったことは、本人同意がないなら組織的なパワハラに加え、セクハラ、いえ、もはやただの集団暴行以外の何モノでもありませんよ? よくもまぁ今まで警察、いえ、政権のスキャンダルにならなかったものだ」

「当たり前だろう? 警察とは権力の番人。不利なネタを揉み消すプロだからな」

 胸を張って答えた副大臣に向けて、ハーランは芝居がかった大きな溜息をついた。

「あなたが古い友人でなかったら、権力者であろうが、ここで自分のなすべき(・・・・)仕事をしていたところだ」

「そうカタいことを言いなさんな。これはまぁ、ひいては君の部隊を支えるスタッフの職場環境を良くするためでもあった。天才だからって、女にエラそうな顔されたら皆、仕事がしにくいったらありゃしない。業務を円滑に進めるために当然のことをしたまでだ。ま、それはともかく」

 副大臣は相変わらずの口調で返すと、テーブルの下から何かを取り出し、それをハーランの前に置いた。樹脂製らしき透明のタブレット端末だった。ハーランは早速手に取る。透明だった板が書類のように情報を映し出していった。

「仕事をして欲しいんだ。二段構えで」

「二段構え?」

「こいつをまず始末してくれ。ただし、|担ぎ込まれるまでは死なない《・・・・・・・・・・・・・》程度に」

「マイヨ・アレーシ。階級は少尉。情報工作局所属……?」

「要するに、知りすぎた情報将校ってヤツだ。ここだけの話だが、政権は戦争終結のための和平交渉を始める。が、困るんだよ。この優男君がいると」

 プロフィール欄に目を通しながら、ハーランは苦い表情をしてみせる。目を引いたのは強行偵察や威力偵察などを記載した、達成任務の項目だった。若さと所属年数とに似合わず場数を踏んでいる上、成功率も高い。武装警官どころか、かなり手練れの兵士でも彼を仕留めるのは難しいだろうと容易に想像できる。

「こいつの寝首を掻け、と?」

「キモは掻いた後だよ?」

 副大臣はいつしか目をギラギラと輝かせ、口元を歪めて嬉しそうな笑みを浮かべている。

「コイツは能力の高さから、軍の特殊強化対象リストの最上位に入っている。……そう、彼女の次のオトコ(・・・・・)、ってな」

 ハーランは与えられたミッションの内容を大雑把ではあるが、理解した。要は、このアレーシ少尉を襲って半殺しにし、軍の秘密研究機関の施設、その位置を特定しろ、と。

「アレーシ少尉にはどんな手を使ってでも発信装置の類を付ける。それで位置を特定したらそこを襲撃。彼女を連れ戻せ。他のデータは破却処分しろ。特に特殊強化兵士計画の関連はな」

「紳士的に連れ戻します」

「ダメだ」

 ハーランへ、副大臣がスッパリ言い切る。

「ここだけの話だ。特殊強化兵士計画の最初の一体目がすでに極秘でロールアウトしている。政府も把握していない秘密計画など、警察、いや、国家の威信を懸けて、必ず潰さなければならない」

「政府も知らない!?」

 副大臣の放った言葉に、ハーランは我が耳を疑った。だいたい、そんな兵士を作るなり育てるなりするとして、軍の連中は資金を一体どこから捻出したのだ。さらに、そんな規模の施設をどこに作ったのだ。あまりにも現実離れした話だった。

「ああ、知らなかったんだ。この情報をどうにか政府は入手した。引き替えに警察や政府の、内部情報収集組織はどこもかしこも壊滅同然。しかも、よりによって問題の一体目は、噂じゃラファエル・アザール中佐らしい」

「ラファエル……ラファ・アザール? もしかして、『殺戮する哲学者』とかいう?」

 面識こそないものの、ラファと呼ばれる人物が存在することをハーランも聞いてはいた。軍内では有名で「待機時は物静かそうに本を読み、休息時はピアノを弾いたり、ときには哲学的な話をしたりする」のだという。しかもその人物は、戦場へ出ると一転、凄まじい勢いで徹底的に敵を仕留めるとも評判だ、と。

「それが本当なら早いうちに、そう、身体に強化骨格や特殊筋繊維が馴染む前に叩かないと、誰にも止められなくなりますよ? 俺たちが誰も勝てなくなる前に殺らないと」

「だから言っているんだよ? 彼女の新作は、君たちなど比べものにならない、とんでもない自己再生能力を持っている、そんな噂もある」

 つまり、身体の回復・再生スピードを超える勢いで叩かなければ絶対に仕留めることができない。そういうことだ。その一戦は、時間との勝負になる。長引けば長引くほど不利になる。ハーランは二度三度、小さく頷いた。

「面倒だな」

「簡単だよ。……童貞の哲学少年の前で、彼女をひん剥いて動揺させろ」

「最低すぎる。人としても男としても」

「『殺戮する哲学者』相手に、手段なんか選べるか。やらんと、君のマッマが筆下ろしに使われちまうぞ? それに、君や未来の部下たちのメンテナンスが不可能になるのはもちろん、他人の肉体を喰って寿命維持というのもできなくなるし」

「如何なる手段を用いても『殺戮する哲学者』を排除しなければならない点は同意します。ですが、おっしゃるような破廉恥な手段は、断じて拒否いたします。我々ファンタズマも、最低限の守るべきモラルくらい持ち合わせていますので」

「名無しの幽霊部隊がプライドだのモラルだの、バカらしい」

「そのバカらしいものを自分から捨てるようなことをしてしまえば、国家と国民を守るための嫌われ役や汚れ仕事など、できません。我々は、国家と国民が『背に腹はかえられぬ』と望むからこそ、味方を後ろから撃つような『外道と罵られかねない振る舞い』すら厭わぬのです」

 睨みつけるような鋭い視線で副大臣を正面に見ながら、ハーランは畳みかける。

「ファンタズマが少しでもモラルなき振る舞いをすれば、国家に、我々を殺処分する大義名分を与えてしまう。その手には乗りません」

「さすが、君たちは」

 副大臣は、いつの間にか柔らかい表情に戻っていた。



 そう、これがあのクソガキとの最初の縁だ。夢の中で、ラファ・アザールとの出会いまでを思い返す。

 いつしかハーランは、背もたれを倒した椅子で小さな寝息を立てていた。


125:【?????】ハーランは3600年越しの仕返しに満足する2025/06/22 21:31

125:【?????】左足の代償(1)2019/11/11 22:00



 11月になって、いきなりすっごい寒い日々になりました。風邪でダウンとか起こっていらっしゃらないでしょうか。皆様いかがお過ごしでしょうか。


 今回もお読み下さり、心から感謝いたします。ありがとうございます。

 ブックマークしてもらえたり感想とかいただけるととっても嬉しいです。


 前回に続き、皆様にご報告です。

 冬コミ当選しました!


 2日目(日曜日)

 西館C-50a

 サークル名「11PK」


 今回はいわゆる「お誕生日席」となります!! どうか冬コミ新刊となる6巻、ご期待下さいませ。

 CHAMBER編に大幅な加筆が入り、まさかのサプライズもあります。


 今回は意図的に分量が少なめ。でもすでに話は次へ進んでおります。なんてこったい。


 次回の更新は11月18日を予定しています。週1ペースになっている理由は単純で、次章練り込みと冬コミ版の校正作業のためですね。

 詳細確定次第、twitterでお伝えしていきます。


 次回も是非、お楽しみに!


 愛と感謝を込めて


 ☆現在、最新話更新は、「pixiv」の方が14時間ばかり、早くなっております☆


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