124:【CHAMBER】倒れたRAAZは、「銀髪のサルヴァトーレ」だった──
前回までの「DYRA」----------
ハーランがタヌを攫った際、彼の手首に填めた爆弾腕輪を外すべく戦うDYRA。ようやく外すことはできたものの、爆発までもう間に合わないと、DYRAはタヌを突き飛ばし、爆弾腕輪を抱きしめた──。
「マ、マイヨさん!」
RAAZから引き離すようにタヌの肩を掴んで引っ張ったのはマイヨだった。
「あれだけ派手に爆発が起これば何かが起こったって誰でも思うよ。近くまではすぐに来られたけど、そこからは結構時間を取られてね」
マイヨは、説明は後だとばかりに、もう一度タヌの肩を引っ張り、RAAZとの距離を取らせた。
「マイヨさん! DYRAと、RAAZさんが!」
この状況で、顔見知りの頼れる人物が来たことで、タヌは今まで精神的に踏ん張ってきた分、その糸が切れてしまう。頼るような、甘えるような声が出てしまった。
「RAAZは後だ。奴はくたばらない。DYRAは?」
マイヨの問いに、タヌは震える手で、大穴が開いてしまった場所を指差した。
「わかった」
マイヨはすぐに大穴の開いてしまっている場所へと走った。だが、下を覗き込む必要はなかった。
「DYRA!」
階下から、螺旋階段の残骸を掴んで這い上がろうとする女性の手が目に入ると、マイヨはすぐさま身を屈めて腕を伸ばし、彼女の手首を掴むと、引き上げる。
「もう大丈……」
引き上げられたDYRAを見たとき、マイヨの言葉は途中で切れた。
「あああっ!」
タヌもまた、引き上げられたDYRAの姿に、悲鳴にも似た声を上げた。
マイヨはDYRAの肩に腕を回し、抱きかかえる。
「DYRA!! 再生装置に!!」
マイヨの言葉を聞くなり、DYRAは自分の肩を抱くマイヨを突き飛ばす。と、同時に体勢を崩し、うつ伏せに倒れた。
「DYRA!!」
タヌがDYRAの側へ駆け寄ろうとするが、マイヨが強引にタヌの腕を掴み、行かせない。
「ダメだってば!」
「どうしてっ!? DYRAもRAAZさんも、だって、まるで……!」
RAAZの背中だけではない。DYRAの左足も、ほんの少し前に見たときと違い、白くなって冷気のようなものを放っているではないか。しかも、RAAZを見たときは気づかなかったが、DYRAを見るとわかる。白くなった左足が動いていないのだ。
「嫌がらせじゃない! 触ったら、タヌ君が死ぬからだ」
「そんなっ!」
マイヨはDYRAとRAAZに何が起こったか、最初に見た時点で理解していた。液体窒素らしきものを浴びせられたのだろう、と。そのため、RAAZは背中、DYRAは左足が凍ったのだ、と。万が一、タヌがこれに触ってしまえば、言わばドライアイスに触ったときのような冷凍火傷を負ってしまう。それだけではない。DYRAはさらに腹部から大量の出血の形跡がある。自己再生を始めていない今の状態で触ってしまえば、タヌの生命力がそっくり吸われてしまう可能性もあるのだ。タヌが触れてはいけないのはDYRAだけではない。RAAZもそうだ。
マイヨがタヌを止めている間、DYRAは雨で濡れ、ぬかるみがかった地面を匍匐前進さながらに這って、RAAZの元へ近寄っていた。
「おい……」
血だらけの腹部のことなど気にも止めず進んでいくDYRAの表情は、見ているタヌもマイヨも何と表現すれば良いのかわからないほど、ただならぬものだった。
「RAAZ……」
「DYRA」
マイヨが必死になって言葉を探し、声を出す。
「RAAZは大丈夫だ。死ぬことはない。君こそ、早く」
DYRAは振り向くことこそないが、マイヨの言葉はちゃんと聞こえているのか、首を横に振った。
「タヌを、助けたんだろう? ……RAAZが」
「そ、そうだよ。ボク、DYRAにも、RAAZさんにも」
「RAAZ……」
倒れているRAAZの姿がDYRAの視界にハッキリ捉えられる。DYRAは手を伸ばした。
「DYRA、ダメだ! ここで再生を掛けたら街が……」
マイヨは止めなければとばかりに叫ぶ。ネスタ山一帯が最悪そっくり砂になる。DYRA一人の再生でも危険だと言うのに、RAAZまでも再生させようものなら、確実にそうなる。場合によっては、山を挟んで反対側のピルロも無事では済まない。今、DYRAの力を利用する形で再生を行わせてはいけない。できることなら、二人とも再生装置に入れる必要がある。そう思った瞬間、マイヨはハッとした。
(俺が使っているところじゃ──!)
再生装置が一つしかない。となれば、そばにいるタヌのことを考えてみても、DYRAを先に入れる必要がある。
(くそっ!)
確かに、DYRAだけを連れて、RAAZを放っておくわけにはいかない。ハーランがもう一度来て、これをチャンスとばかりに常軌を逸するほど大量の窒素を使ってRAAZを完全に凍らせ、その身体をバラバラにしようものなら、再生に一〇〇年、いや、バラバラにされた度合いによっては一〇〇〇年近い時間が必要になるかも知れない。そんなことになれば、今のDYRAなら悲しむのが目に見えている。マイヨは、究極の選択を迫られているような錯覚に陥った。
(それでも、DYRAの再生能力を使うようなことになれば、このあたりが砂になる! RAAZには申し訳ないが……)
マイヨにとってそれは、この文明下の世界とタヌへ気を遣うなら、やむを得ない選択だった。
「DYRA!」
マイヨがRAAZのそばへ近づきつつあるDYRAに駆け寄ると、彼女の身体を強引に抱き起こす。
「君だけでも再生装置に! 君が倒れたままなら、タヌ君が!」
マイヨは、今度は離すまいと、DYRAを強引に抱き留める。
「DYRA! RAAZは最悪、一〇〇〇年あればいつも通りだ!」
そのときだった。
DYRAとマイヨの目が合った。血と泥にまみれたDYRAの、その顔にはくっきりとした涙の跡があった。
(DYRA……)
タヌにも、涙の跡が見えた。DYRAがこんなにも泣くのか。タヌには信じられなかった。
「離せ……」
「えっ」
マイヨが驚いたその一瞬だった。
「離せっ……!」
DYRAは今出せるすべての力を振り絞って、もう一度、マイヨを突き飛ばした。
「DYRA!」
そのままDYRAの身体は崩れ落ち、手を伸ばせばRAAZに届くところに倒れた。
「マイヨさん」
もう一度DYRAの元に駆け寄ろうとするマイヨへ声を掛けたのはタヌだった。
「マイヨさん!」
タヌは恐る恐るながらも両腕を広げ、マイヨと、倒れたDYRAの間に立つ。
「DYRAを、今、RAAZさんから引き離さないで」
「何を言っているんだ? タヌ君。彼女がRAAZを助けるようなことをすれば、DYRAは自分を再生させるために、凄まじい勢いで生命力を吸い上げる。フランチェスコのときどころじゃなくなる。この山どころか、山の反対側まで最悪、砂になるかも知れないんだよ?」
マイヨの言葉はきっと正しいのかも知れない。タヌは彼なりに理解はしていた。しかし、正しいかどうかとDYRAの気持ちは別だとも思うようになっていた。
「でも、今、無理矢理DYRAをRAAZさんから離すようなことをしたら、砂になるのは、DYRAの心じゃ……」
DYRAがRAAZを救えばこのあたり一帯は砂になるだろう。だが、この世界に気を遣って、RAAZを助けないとなれば──? タヌはいつしか、DYRAの立場になって考えていた。DYRAにしてみれば、自分をラ・モルテと蔑む世界なんかより、良くも悪くも色々あったにしても、長い時間を共に過ごしたRAAZの方がずっと大切な存在なのではないか。事実、RAAZはタヌが知る限りだけでも何度もDYRAを助けている。
「おい……」
弱々しいDYRAの声がタヌとマイヨの耳に入った。
「RAAZ、起きろ。まったく……」
DYRAはうつ伏せに倒れているRAAZの手に自分の両手を重ねている。
「お前、散々好き勝手やって……私を、一人にするのか?」
重なる手の周囲に、青い花びらが一枚、また一枚、ふわり、ふわりと舞い上がり始める。
「一〇〇〇年、私を、一人にするのか……?」
それは、タヌが聞くDYRAの、初めての涙声だった。
「ふ…ざけ…る……な……」
青い花びらがどんどん増えていき、倒れて寄り添う二人の男女の周囲を守るように舞い上がっていった。
「あ……」
DYRAの小さな呻き声と共に聞こえた何かが割れるような音。タヌは反射的に振り返る。マイヨもDYRAの様子を見つめた。
音の正体は、液体窒素を浴びて真っ白く凍って動かなくなっていたDYRAの左足が、砕け散る音だった。そして、青い花びらの小さな嵐が突然、何の前触れもなく止んだ。
「……!」
「……」
目の前の光景に、タヌもマイヨも、言葉を発することさえできなかった。
「ん……」
低い呻き声がタヌとマイヨの耳に入った。
「RAAZさん!」
タヌは、白くなっていたはずのRAAZの背中が元通りになっていることに気づいた。突き刺さっていた破片もすべて、周囲に落ちている。
「キミは、何て……バカなことをするかなぁ……」
RAAZはゆっくりと身体を起こして立ち上がると、傍らに倒れているDYRAを介抱するべく、抱き上げた。服は背中も腹部も赤い外套に穴が開いてひどい状態だが、RAAZ自身は何事もなかったようにケロリとしている。
「自分以外のすべてのために、キミがすべてを背負うなんて……」
RAAZの言葉で、タヌとマイヨは周囲を見回した。そのあたりはもちろん、ネスタ山も、どこも砂のようになっていなかった。
マイヨはハッとした。
(DYRA、まさか!)
再生をせず、現状残っている力をRAAZの回復のために回したのではないか。マイヨはそれが何を意味するかわかると、一瞬とはいえ、背中に寒いものが走った。
(ナノマシンリアクターが!)
DYRAは自身の自己回復機能を意図的に作動させまいとしたことにより、急激に生命力が消耗していった。それに対し、ナノマシンリアクターの安全装置が働いたのではないか。一方、RAAZの方も急激な温度低下で安全装置が働き、一時停止をしたものの、DYRAによって力を分け与えられたことで再起動へのスターターになったのだろう。マイヨは大雑把ながら、何が起こったのか把握すると同時に、DYRAの気質のようなものも何となく理解しつつ、新たな疑問を抱くようになっていた。
(優しすぎるほど、君は優しい。けれど、どうして君のことなど愛してもいないし、振り向くこともないとわかっているRAAZをそうまでして?)
一方、タヌはDYRAとRAAZを見つめることしかできなかった。DYRAは無事なのか。左足が太腿のあたりからなくなってしまっているが大丈夫なのか。質問をしたくとも、頭の中でぐるぐる何かが回るような感じがするばかりで、思考をまとめることすらままならなかった。
「ガキ」
RAAZがタヌを呼ぶ。その声で、タヌは我に返った。
「あっ! は、はい」
「今日から数えて一五日経ったら、マロッタへ来い。……DYRAにまた会いたいなら。父親を共に捜すと言うのなら」
その言葉と赤い花びらの小さな嵐を残して、RAAZの姿はその場から消えていった。──DYRAとともに。
改訂の上、再掲
124:【CHAMBER】倒れたRAAZは、「銀髪のサルヴァトーレ」だった──2025/01/15 19:54
124:【CHAMBER】銀髪の、サルヴァトーレ2019/11/04 22:00
CHAPTER 124 激突前夜2018/03/30 00:12