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123:【CHAMBER】ハーラン、あらかじめタヌに掛けていた保険を使う

前回までの「DYRA」----------

RAAZによって助けられたDYRAは、タヌの手首に填められた爆弾腕輪を確認する。RAAZとハーランが激突する中、DYRAは一瞬のチャンスに懸け、ハーランから爆弾を外す方法を聞き出そうと勝負に出る。


「お嬢さんは、優しいから!」

「ちっ!」

 自由を取り戻したハーランはRAAZの足下からバランスを崩すことに成功すると、一気に仰向けに倒し、その上にまたがった。

 一方、DYRAが走った先はタヌの側ではなかった。

「!」

 DYRAは雨で濡れ、泥まみれになった地面に、微かに青く光る場所を一つだけ、見つけた。そこは、先ほどハーランが唾を吐いたその場所だ。タヌも、何がどうなっているのか理解したのか、DYRAの方へと走り出した。

「タヌッ!」

 DYRAが小石のようなものを拾う。いや、人間の奥歯程度の大きさをした、銀細工と言うべきか。針先ほどに小さい蛍火のような青い光が明滅しているのが見える。

「時間が!」

 DYRAはタヌの腕輪で、小さく青い光が灯っている部分に拾ったものを近づける。すると、金属が擦れるような音と共に、タヌの手首から腕輪が外れた。

「外れた!」

 タヌが笑顔を見せる。だが、DYRAはそんな表情など見る間もないとばかりに、タヌの両肩をいきなり全力で突き飛ばし、自分から引き離す。

「DYRA!」

 突き飛ばされると思わなかったタヌは、驚きと困惑の表情を浮かべてDYRAを見た。

「タヌ! 伏せろ!」

 DYRAの声で反射的にタヌは目を閉じ、地面に蹲った。タヌからは見えないが、このタイミングでRAAZは、首を絞めようとしてくるハーランの両手首を、両腕で掴んでいる。

 次の瞬間、ドン、という低い音が響き渡る。同時に、タヌの身体に僅かではあるものの、爆風が当たった。

 RAAZは何が起こったか把握すると、自身の上に乗り、身体の自由を奪っていたハーランの両手首をへし折りに掛かった。

「──!」

 両手首を一気に有り得ない方向に曲げられたハーランはたまらず悲鳴を上げ、仰け反った。RAAZはその隙を見逃すことなく身体の自由を取り戻し、立ち上がる。

「このぉっ!」

 その瞬間に合わせて、ハーランが飛び掛かるような勢いで組み付く。しかし、RAAZは膝蹴りを喰らわせて応戦した。

「ガキ!」

「DYRAをよくもっ!」

 RAAZは素手で構える。持っていた剣は、仰向けに倒されたときに、赤い花びらを舞わせながら霧散していた。

「マッマの姿をしたお嬢さんを、お前みたいな人でなしのバケモノに持たせておきたくはないからな!」

「お前が言うか!」

「ガキ。マッマも『トリプレッテ』も、お前には過ぎた玩具だからな!!」

「夢でも見ていろ! 『トリプレッテ』など、とっくの昔に消え失せている!!」

 二人の男が素手の殴り合いを始めたとき、タヌは、あたりをずっと見回していた。

「DYRA! DYRA!」

 DYRAの姿がどこにもない。それどころか、ちょっとした地響きがしたほどの爆発だったというのに爆発の跡地が見当たらない。雨が降る中、タヌはあたりを見回しながら声を張り上げた。

 まだどこか探していない場所があるのではないか。タヌは、山や木々が生えている方まで目をやった。そのとき、地面で一箇所だけ、明らかに違う場所が残っているのが見えた。そこは鉄骨や鉄の板のようなものが見えるところだった。

「DYRA!」

 DYRAに助けられて逃げたとき、螺旋階段を上がった記憶がある。タヌは一縷の望みを抱いて走った。すぐに、先ほどまで扉があった場所へたどり着いた。そこはもう、穴が開いており、地面の下が見えていた。残骸まみれの、大理石とも何とも言えない材質でできた床と壁の空間が見える。

 鉄骨や鉄板の残骸の上に、見覚えある人影がタヌの目に見える。白いはずのブラウスの腹部が真っ赤に染まっており、激しい出血をしているのがわかる。

「DYRA!」

 タヌは何があったのか、何となくわかった。タヌを爆発に巻き込まないため、DYRAは自らこの穴に飛び込んだのだ、と。

 階段がなくなっており、下りることもできないことに気づいたタヌは、どうしたらいいか、何か使えるものはないかと、周りを見るが、何も見当たらない。

 タヌがとっさにRAAZがいる方を見たときだった。

「マッマの『鍵』も返してもらうぞ!」

「私の妻のもので、お前に渡すものなどない!」

「あの『鍵』があって、『トリプレッテ』がないわけないだろうが!」

「そんなものはすべて、私が燃やし尽くした!」

「あっはっはっは」

 ハーランが笑ったそのとき、タヌと目が合ってしまった。

「ガキ! 嘘をつくのは良くないな」

 ハーランは一歩一歩、タヌへと近づく。

「えっ?」

 近づいてくるハーランの表情に、タヌは心底から恐怖を感じずにはいられなかった。少なくとも、タヌが見て知った男のそれではない。今、タヌの視界に入っているのは、数え切れないほどの人を殺しても何も感じない、冷たく輝くガラス玉のような瞳を持った男だった。

 タヌは逃げようとするが、恐怖で身体が動かない。いつしか、膝もガクガクと震え始めていた。

 あと数歩のところでハーランは足を止めた。そして、タヌを指差した。

「この少年の父親が、『鍵』を持っていたんだよ?」

 言いながら、ハーランは自らの靴の踵あたりから何かを取り出すと、タヌの頭越しに、空高く投げた。

「タヌ君。ここから今すぐ逃げるんだ。近いうちにまた会おう。お父さんのことも心配だろう?」

「えっ……」

 タヌは何も言い返せなかった。ハーランが言い終えたときにはもう、その姿はどこにもなかったからだ。まるで、宙に溶け込んだかのように消えていた。同時に、先ほどハーランが投げたものが落ちてくる。

「あれ……──!」

 タヌが呆気に取られたとき、突然、身体が宙を舞った。ほぼ同時に恐ろしい爆発音が響く。

「──!」

 少しした後、地面に着地した感触が伝わってきたものの、タヌは、自分の身体が地に足も何もつけていないことにすぐ気づいた。

「……ガキ。無事か?」

 耳元で聞こえた声で、タヌはようやく自分の状況を理解する。RAAZに抱きかかえられていた、と。

「は、はい……」

 タヌが小さな声で答えたのと同時に、コツン、とタヌの後頭部に何かが当たる感触が伝わった。続いて、地面に何かが落ちる音が聞こえる。

 そのときだった。

「ん……ぁっ!」

 RAAZが発する苦悶の声と共に、タヌを抱きかかえていた腕が解かれた。身体に自由が戻ると、タヌは反射的にRAAZを見る。

「──!」

 タヌの発した声らしきものは言葉どころか、音の塊にすらもなっていなかった。

「そ……」

 タヌの顔色が白くなっていく。自分を助けてくれた人物がうつ伏せに倒れたのだ。背中には、爆発したときの破片がいくつも突き刺さっている上、外套が真っ白になっているではないか。

「えっ……」

 RAAZを見るタヌの瞳は驚きのあまり、ひどく揺れていた。驚いたのは、RAAZが手傷を負ったからではない。苦悶の声を上げたからでもない。破片が突き刺さった状態で真っ白になった背中から、冷気が出ているからでもない。

「あっ……」

 やはり。

 まさか。

 今、自分の目に映るものに対し、我が目を疑い、ひどく混乱しているタヌは、心に浮かんだこの二つの表現のうち、どちらの表現が相応しいのだろうと考えそうになる。

 タヌが動揺している理由──。

「そんな……」

 タヌが驚き、我が目を疑って見つめていたのは、RAAZの顔だった。

「ぎ……」



 銀髪の、サルヴァトーレさん



 だが、それは決してタヌの喉から先へは進まず、声になることはなかった。いや、声にすることができなかったと言うべきか。

 人を見下すような態度を隠しもせずに接してきたRAAZと、いつも親身に相談に乗ってくれたサルヴァトーレ。同一人物だと言っても信じる人間はほぼいないだろう。しかし、タヌの見方はまったく違った。

(確かに、そうだよね)

 DYRAを守るために手段を選ばない。彼女を守るためなら何でもやる。そこはある意味、二人とも一貫していた。だからこそ、同一人物だとわかっても落ち着いていられた。薄々ちらついていたことに加えて、いつも心のどこかで、サルヴァトーレこそDYRAの側にいるのに相応しい存在という思いを抱いていたタヌにしてみれば、やはりの一言しかないとも言えた。

「RAAZ、さん」

 蚊の鳴くような声でタヌが呼び、RAAZの様子を見るべく傍らに身を屈めようとしたときだった。

「ダメだタヌ君! 触っちゃダメだっ!」

「うわっ!!」

 突然、聞き覚えのある声がタヌの背中にぶつけられると、そのまま後ろから肩を掴まれる形で身体を引っ張られた。

 反射的にタヌは振り返った。


改訂の上、再掲

123:【CHAMBER】ハーラン、あらかじめタヌに掛けていた保険を使う2025/01/15 19:43

123:【CHAMBER】誰も、死んではならぬ(2)2019/10/07 22:00

CHAPTER 123 兄の死因2018/03/26 23:43

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