122:【CHAMBER】RAAZとハーラン、仇敵と3675年ぶりに対峙する
前回までの「DYRA」----------
タヌを先に逃がしながら追い詰められていたDYRAだったが、RAAZの機転で無事に脱出に成功。タヌと再会を喜び合った。その一方で、ついにRAAZとハーランが激突する。
RAAZがDYRAを外へ出すことに成功したときだった──。
(受け止めてやりたいが、望むべくもない、か)
相手が並の人間なら、舞い上げたDYRAの身体を受け止め、再会に安堵する余裕くらいはあっただろう。しかし、これまでとは違う。相手が悪い。抱き留めた瞬間を狙われでもしたら反撃できない。それに、地面に落ちたところでDYRAが死ぬことはない。
「──DYRA!」
RAAZの耳に、聞き覚えある声が飛び込んだ。もう心配はない。
同時に、扉がなくなって事実上、穴のようになった出入口の跡から、一人の男が宙を舞い上がって地上、RAAZの正面に姿を見せた。ハーランだった。
「さっすがケミカロイド、か」
RAAZがせせら笑う。
「いつぞやの仕返しをしに来たのか? 何も知らないガキは本当におめでたいなぁ」
「手ぶらでも勝てる、か。私も随分ナメられたものだ」
「こっちは別に、今日は負けなければ良いだけだからな」
口角を上げたハーランにRAAZは剣を向けた。呼応するようにハーランも両手で拳を作って構えた。
振り下ろされた大剣の刃をハーランは左腕の肘下で受け止めた。着ていたシャツは裂けた部分が焦げていき、手甲で覆われた腕が露わになる。
「なるほどな!」
ハーランが左腕の肘下で受け止めたRAAZの剣を押し返しながら、右手をRAAZの胸の下付近の高さに構える。同時に右手首のあたりから一条の細い光が放たれた。
「っ!!」
光は赤い外套を焦がし、RAAZの腹部を撃ち抜いた。
「楽しませて……くれるじゃないか!」
RAAZがにやりと笑みを浮かべるとほとんど同時に、赤い花びらが舞い上がる。服が焦げた痕は残ったが、腹部はすぐさま回復していった。
RAAZは雄叫びにも似た、だが声にならぬ声を上げながら、振り下ろした剣を押し込んだ。一方、ハーランも、刃を受け止めた手甲で押し返す。
ハーランはRAAZの向こう脛に、RAAZはハーランの膝上へ、同時に蹴りを入れた。互いにバランスを崩しながら、二人の間合いが開く。
そのときだった──。
「何だ!?」
ハーランが声を上げたときには、彼の左足首に蛇腹剣が巻き付いていた。体勢を立て直そうとしたところを、足を引っ張られる形となったハーランはそのまま仰向けに倒れてしまう。
「もらっ……」
RAAZがすかさず大剣を構えて、ハーランへ振り下ろす。だが、完全に倒れた上に、引きずられる形となったハーランへ直撃することはなかった。
「消えた!?」
それはRAAZにとって、予想もしていない展開だった。倒れた瞬間を狙って振り下ろしたはずが、獲物がその場にいないとはどういうことなのか。
「このぉ!」
DYRAの声だった。RAAZはすぐさま振り向いた。獲物が、地面を引きずられるように移動しているではないか。
引きずられる形でRAAZの剣を逃れたハーランだったが、立ち上がることはできなかった。蛇腹剣が左足首から膝上まで巻き付いており、足を曲げられないからだ。
「ふっ……!」
地面に仰向けに倒れているハーランの右肘を踏みつけ、DYRAが見下ろしていた。右手には蛇腹剣を握り、左手に持った細身の剣の先端をハーランの首に突きつける。
「ハーラン。タヌの腕輪を外せ。この先は言わない」
細身の剣の尖端がハーランの首に触れた。このとき、RAAZが大剣の尖端をハーランの額に突き刺そうと構える。
「お嬢さん? 忘れた? 俺が死んだら……」
RAAZは聞いた瞬間、DYRAが何故こんなことをしているのか察すると、タヌの方を見る。
「ならば、死ぬより辛い目に遭わせてやる」
ハーランが言い終わるより早く、DYRAが蛇腹剣を引く。
「!」
刃が容赦なくハーランの左足に食い込んでいく。
「五体が揃っていなければ、満足に戦えまい? お前にRAAZを叩きのめす大義とやらがあるのなら、さっさとタヌの腕輪を外して、お前も自由を取り戻したらどうだ?」
DYRAが言い切ったときだった。
「DYRA止めて!」
タヌだった。
しかし、DYRAはタヌの声など聞こえないとばかりに意識を集中し、ハーランを睨みつけていた。時折、ぽつぽつと雨粒が空から降ってくるが、誰も気に留めない。
「ガキ」
マスクで顔を隠したRAAZがこれまた剣を構えたまま、タヌに声を掛ける。
「さっさと外してもらえ」
RAAZが言ったときだった。
「おいおい」
ハーランだった。彼はDYRAの方を見ながら話す。
「お嬢さん。この状況だと、助けても、助けなくても俺は死ぬことになる。なら、助けるのは割に合わない」
だが、DYRAの金色の瞳は迷いもよどみも見せない。
「そんな話は外してから聞いてやる。それに、『助けなくても殺す』といつ私が言った?」
ハーランはDYRAの言葉を思い出す。彼女は確かに「死ぬより辛い目に遭わせてやる」と言ったが、殺すとは言っていない。
「そうだった」
「外した瞬間爆発してタヌが死ぬようなことになれば、もちろん容赦はしない」
DYRAは、腕輪を外すと同時に爆発させるような真似でタヌに危害が加わるリスクも排除しておこうとする。
そのときだった。
「起爆装置をそっくり私の可愛いDYRAに渡した方が、お前のためということだ」
「キバクソウチ?」
初めて聞く言葉に、DYRAは振り返ることなく問う。
「ああ。わかりやすく言えば、爆弾をドカンと爆発させる鍵だ。同時に、外したり止めたりする鍵も兼ねる」
RAAZの答えで、DYRAはそれをハーランから奪えばいいのだと理解する。
だが、次のハーランの言葉はDYRAにとって予想もできないものだった。
「じゃあ、渡しても良い。もっとも……六〇秒後、爆発するがな」
追い詰められている状態とは思えぬしれっとした口振りだった。DYRAは眦を上げそうになるが、RAAZのせせら笑う声がそうさせなかった。
「お前の生体反応の停止を確認して六〇秒で爆発か。時間は充分にあるなぁ?」
「今すぐ起爆もできるが?」
RAAZの言葉など脅しにもなっていないとばかりにハーランが切り返す。DYRAが睨むようにハーランを見つめ、呟く。
「だが、今それをやれば、お前は次の瞬間RAAZに殺される」
「お嬢さん。やらなくても、どの道このままでは殺される」
「起爆装置を作動させずに渡すなら、私の可愛いDYRAに免じて、六〇数える間は待ってやるぞ?」
聞きながら内心、かなり現実的な落としどころが見えてきたかも知れないとDYRAは思う。その矢先だった。
「DYRA」
DYRAを呼んだのはタヌだった。
「待って。この人は、ボクの父さんのことを知っているって……」
DYRAの耳に、タヌの言葉が途中までしか聞こえない。雨が本格的に降り始め、雨音が遮ったのだ。倒れているハーランはもちろん、この場にいる全員の、服や身体がみるみるうちに濡れていく。
「外し方を教えろ」
DYRAがハーランに細身の剣の切っ先を僅かに押し込むように突きつけ、蛇腹剣を握る柄をさらに引っ張り、足への締め付けも強める。
「簡単だよ? センサー同士をつきあわせるだけだ」
RAAZはDYRAの顔をちらりと見て、ハーランの言葉を理解できていないと察知する。
「青く光っているところを接触させろ。それで外れる」
RAAZの説明を聞いたDYRAは、振り向くことなく小さく頷いた。
「ハーラン」
DYRAが言い切る。
「もう一度言う。起爆装置を渡せ。お前が望むなら、私が受け取ってから六〇数える間、時間をやる」
顔に雨が当たることを気にする様子さえ見せず、ハーランが笑みを浮かべる。
「俺はこの体勢。で、起爆装置が俺の身体から離れてから六〇秒で、ドカン、だ」
ハーランの言葉を聞いたところで、RAAZは自らの剣の切っ先を外すと、すぐさまDYRAが踏みつけているハーランの右肘より下、手首のあたりを踏みつけた。
「二度、同じ手は喰わんよ」
飛び道具を、使われる前に封じる。ハーランは、右手首に自衛用の小型の粒子銃を隠すように填めていて、RAAZは先ほど腹部に一発もらっている。RAAZは手首を踏みつけた。鈍い音が聞こえ、金属の何かがひしゃげる音が聞こえた。
「じゃ、渡してもらおうか?」
RAAZが勝ち誇った口振りで要求したときだった。
「ったく、ガキに負けるとは思っていないが、ま、アレだ。それじゃ、六〇、数えてもらおうか?」
ハーランはRAAZの表情を視界に入れることなく、タヌのいる方をちらりと見てから、反対側を向き、雨の中へ唾棄する仕草をしてからそう言った。RAAZは一言「数え始めたぞ」と告げる。
「う……」
ハーランの奇妙な声が響く。
「うふふ……ふふふぁははは」
小馬鹿にするような笑いを零すハーランに、RAAZはハッとする。
「DYRA!」
RAAZが声を上げたのと、ハーランが上半身を起こして自らの右手首を踏みつけている足の足首を左腕で力一杯締め付けるのと、DYRAが走り出したのは同じタイミングだった。ハーランの左足に絡んでいた蛇腹剣は青い花びらに包まれて消えていた。
改訂の上、再掲
122:【CHAMBER】RAAZとハーラン、仇敵と3675年ぶりに対峙する2025/01/15 19:28
122:【CHAMBER】誰も、死んではならぬ(1)2019/09/26 22:00
CHAPTER 122 惨劇の地、回顧しながら2018/03/23 00:45