121:【CHAMBER】タヌはRAAZを見ながら、彼の正体を疑う
前回までの「DYRA」----------
RAAZはDYRAの姿を求めてネスタ山を歩く中、山の一角で小規模な爆発を見ると、そこに何かがあると確信、足を向けた。行った先にはタヌが倒れていた。
「靡かないとみるや、荒っぽい手を使う、か」
タヌが先に逃げ、DYRAが後を追うように走ったとき、ハーランが爆弾の類を投げて螺旋階段を破壊したのだ。階段にたどり着くまさにそのときに爆発したことで階段が破壊され、階下にいたDYRAの元へと落ちた。
DYRAは、鉄の棒やら板やらの下敷きとなりながらも、生き埋めさながらになるような重さではなかったことが幸いし、自力で脱出、立ち上がろうとしていた。
頭部や顔に切り傷が何か所もできたことで、顔はすでに血だらけ、服もそこかしこが破れている。それでも服の裏地は破れていない。それ故、あられもない姿を晒すようなことにはならなかった。
「防刃の、特殊素材を使った服を着ていたとはね」
鉄の板の角や棒の折れた部分の突端であちこち切りつつも、大きなケガをしていないDYRAを見ながら、ハーランが少し呆れ気味に呟いた。
ハーランの呟きを聞いてDYRAは理解した。RAAZが用意した服は見た目こそ変わらなかったが、裏地の感触が僅かに違った。それは、不測の事態を想定し、彼ら本来の文明で利用していたものを見えない形で自分の服へ採用していたのだ、と。これがなければ今頃半裸だったろうし、何よりケガもよりひどくなり、自己回復をさせる手間が生じているところだ。
立ち上がろうとするDYRAへ、ハーランが手を差し伸べる。しかし、DYRAは睨みつけながら払いのけると、自力で立った。
「お前は本当のところ、何をしたい? 何をしたくてタヌを攫った? 何をしたくて、私を連れてきた?」
DYRAの金色の瞳がハーランを正面から見つめる。
「何をしたくて、か」
ハーランは苦笑しながら、これまた正面からDYRAを見つめる。
「居場所を作りたいだけだ」
「本気で言っているとは思えないな」
DYRAは額のあたりから顔を流れる血を拭うこともなく、身構える。
「本気で言っているから、彼らへ友情と厚意の証を示しているんだけどな」
「あれで厚意か」
DYRAはハーランの言い分に呆れ果てた。恐らくピルロの件だろうと想像がついた。しかし、あの街は無残な結末を迎えたではないか、と。
DYRAの右手の周囲に青い花びらが舞い上がり始める。だが、ハーランはDYRAの耳元を見て、すぐさまあることに気づいた。
「来る、か……!」
突然、DYRAの頭上のあたりから鈍い金属の音が響いた。
「えっ!?」
DYRAは剣を顕現させず、反射的に廊下の壁の方へ避けた。DYRAが動いた瞬間をハーランは見逃さない。彼女の右手を掴もうと手を伸ばした。
「ぬっ!!」
ハーランは反射的に、自らの手を引いた。
一瞬の差で、金属の床に到底似合わぬ、恐ろしく鈍い音と共に大きな何かが落ちた。いや、突き刺さったと言うべきか。
それは、螺旋階段の上にあった、扉だった。
DYRAとハーランのそれぞれの視界は、落ちてきた扉によって遮られる形となった。
反射的にDYRAは階上を見上げた。
「あっ!」
扉の形にくりぬかれて外が見えるが、その間に、遮断棒のように何かがあるのが視界に飛び込んだ。それが意味することを理解したDYRAは、右手を伸ばして、蛇腹剣を顕現させた。
「行けっ!」
青い花びらを舞わせながら蛇腹剣が伸びていき、渡し棒状に置かれたものに巻き付く。続いて、青い花びらが舞う中をDYRAの身体が宙へと浮いた。
宙を舞い上がるDYRAの身体が四角く見える光を潜り抜けていく。
次の瞬間、DYRAの視界に入ったのは、蛇腹剣が巻き付いた片刃の大剣を釣り竿のようにして引き上げたRAAZの姿だった。
DYRAの身体が地面に向かって落ちていく中、蛇腹剣は青い花びらが舞う中で霧散する。身体が地面に激突しそうになったときだった。
「──DYRA!」
DYRAは地面に仰向けに落ちたが、激突は免れた。
「な、何?」
「あ、あ、ああいたたたたた……。だ、だ、大丈夫?」
DYRAは自分の背中のあたりで聞こえる声にハッとすると、痛みなど気にしていられるかとばかりに身を起こし、振り向く。そこには、四つんばいのような体勢で身を起こそうとしている小柄な少年の姿があった。
「タ、タヌ!?」
地面に落ちないようにとDYRAのクッション役になろうとしたが、間に合わず、それでもと半分身体を投げ出すようにしたタヌは、自身の肩から背中のあたりでDYRAの背中を受け止めたのだ。
「タヌ……!」
互いの無事を確認できたからか、二人とも、ぶつかった痛みなど気にもならなかった。
「……助けてくれてありがとう。DYRA。あと、迷惑掛けちゃった。ごめん」
「お前が無事で、本当に良かった」
「ボクが外に出られたとき、RAAZさんがいて」
「RAAZが?」
二人はそれぞれ、赤い外套に身を包んだ、RAAZが立っている方へ少しの間、目をやった。
「うん。逃げるときにDYRAがボクに預けてくれたものは、RAAZさんに」
「そうか」
素っ気なく答えたDYRAを、タヌが心配そうに見る。
「ねぇDYRA」
「ん?」
「今こんなこと言うの、ヘンだけど」
「ああ」
「RAAZさんってやっぱり、サ……」
DYRAはタヌの口に自らの手のひらを押し込み、反射的に塞いだ。
「そんなこと冗談でも言うな。それから」
ここでもう一度、DYRAがRAAZが立っている方を見たときだった。
「あ!」
タヌは、DYRAの表情が一気に硬くなったのを見ると、すぐさまDYRAと同じ方向へ視線を向けた。
ほんの少し前まで、赤い外套に身を包んだRAAZしかいなかったが、今は違った。
アッシュ系の色合いの短い髪と髭が印象的な男が、RAAZと対峙しているではないか。
「DYRA、ねぇ……」
「何だ?」
耳打ちするような小声でタヌが声を掛けた。
「あのね、これなんだけど」
言いにくそうに、自分の左手首をDYRAに見せた。
「何だ? これ」
言い掛けたところでDYRAの言葉が止まった。しかし、タヌは気づかず、質問されたと思い、話す。
「ハーランさんがボクを攫ったときに填められたんだ」
(まさかとは思うが)
DYRAの表情が険しくなるのを見ながら、タヌは続ける。
「腕輪を外して逃げたら、ドカン、って言っていたんだ」
タヌの言葉を聞いた瞬間、DYRAはハーランに言われた言葉を思い出す。
「気になるならついて来れば良い。ただし、俺の生体反応が消えれば、つまり殺すようなことをすれば、少年の居場所がわからなくなるだけじゃない。確実に死ぬことになると言っておく」
「見せろ」
DYRAに言われるまま、タヌは自分の左手首がDYRAに良く見えるような角度に構えた。銀色の細い腕輪はパッと見、何の変哲もない。しかし、良く良く見ると、目立たない場所で蛍火のように小さく光っている場所があることにDYRAは気づく。
(ハーランが死んだり、この蛍火が消えたりしたら、ということか?)
DYRAは、今置かれているこの状況を前に、どうしたらいいか彼女なりに脳みそをフル回転させる。
タヌの言う『ドカン』は恐らく、この腕輪が爆発する、で間違いないだろう。タヌの話と組み合わせれば、爆発の条件は、『ハーランが死ぬ』、または、『タヌが必要以上にハーランから離れてしまう』だ。一番円満な解決は言うまでもなく、ハーラン自身がこの腕輪を自発的に外す、だ。しかし、それは期待できそうにない。さらにまずいのは、RAAZが今まさにハーランと刃を交えることだ。RAAZのこれまでの言動を鑑みれば、タヌを助けるためにハーランを死なせるなと言っても、聞いてもらえるわけがない。タヌがいなくなったところで、RAAZにはメリットこそあれ、デメリットは何もないのだ。では、ハーランに外してくれと嘆願するのはどうか。
(だめだ)
ハーランへの嘆願は条件次第では通るだろう。しかし、同じくらい無駄に終わることもわかりきっていた。やった瞬間、RAAZが自分に不利な状況を許さないとばかりに即刻タヌを殺してしまうからだ。
「やっぱりこれ、外れないのかな?」
険しい表情のDYRAを見ながら、タヌがどこか心細げな表情で問うた。
「何とか、なるだろう」
タヌに険しい表情を見せていたずらに彼の不安を煽ってはいけない。DYRAはそこに気づくと、少しだけ笑顔を見せた。
「ま、あの男次第なのが、面白くないがな」
「RAAZさん……」
タヌを安心させるために笑顔を作ってはみたものの、実際、DYRAはどうしたらいいか、それなりにでも有効そうな手段を見つけられなかった。
DYRAがあれこれ考えている間にも、状況は動いていた。風に乗って舞ってきた赤い花びらと、赤い外套の腹部のあたりが光った様子とが二人にそれを知らせた。
「ハーランさん!」
「ああっ……!」
この後、RAAZとハーランが間合いを開けたところを見たDYRAは、タヌを助けるにはどうしたらいいか考える。
(ハーランを殺してはいけない)
結果がどう出るかわからない。だが、DYRAの中で、一つだけ、方法が浮かんだ。
(今しか、ない!)
DYRAの手の中で、青い花びらが舞い上がり始めた。
改訂の上、再掲
121:【CHAMBER】タヌはRAAZを見ながら、彼の正体を疑う2025/01/15 19:17
121:【CHAMBER】ついに来るその日(1)2019/09/23 22:00
CHAPTER 121 心の準備2018/03/19 23:50