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120:【CHAMBER】愛と執着と殺意を携え、RAAZも山を越えてくる

前回までの「DYRA」----------

DYRAはハーランの歯に何かを挟んだような物言いと、自分を見ながら死んだ女を見ていることに怒りを露わにすると、タヌを助けるべく、なりふり構わぬ行動に出る。その甲斐あって、タヌ救出に成功、脱出を図ったが、ハーランはDYRAに的を絞ってきた。


 DYRAとタヌがハーランの居所からちょうど逃げ出していた頃のこと。

(この辺の、はずだ)

 昨晩、会話の合間に飛び出すようにしていなくなったDYRAを捜していたRAAZは、周囲を見回しながら、マイヨから聞いた話と自身の記憶にある位置関係と今いる場所とを照らし合わせていた。

(ここらは完全に軍用施設の外だ)

 記憶が確かなら、今ネスタ山と呼ばれている場所は、もともと平地だった。ここはRAAZが文明を滅亡させた後、この地が一〇〇〇年以上の長い時間をかけて作っていった山なのだ。

(今はこの山のおかげで、奴らの施設の方が要塞化しているってことか)

 壁やトーチカ、シェルターといった防護施設は所詮人間が作ったものなので、一気に爆破することも含め、対応策はある。しかし、これが自然の要害となれば話が違う。破壊工作がそう簡単にできない上、やってしまえばしまったで、この文明下の自然体系などを始め、悪影響が出てしまう。もっともRAAZは後者を気にすることなどない。

 今いるこの地の足下へ少々苦々しげな視線をやるうち、RAAZの中で、昔の記憶が鮮明に蘇り、主立った出来事が走馬灯のように駆け抜けていく。しかし、RAAZは過去へ意識を飛ばすのを避けた。

(まったく。戦争をやると決めた張本人共が、実際に戦っている奴を後ろから撃つような真似などするからだ)

 あの忌まわしい始まりからすでに三五〇〇、いや三六〇〇年を越えるという。RAAZの中で、数字が与える重みほどの時間の感覚が湧くことはなかった。

(あのときの不始末が、今になって回ってくることになろうとはな)

 それはRAAZの偽らざる本心の一端だった。あのとき、自分の最愛の存在であるミレディアに手を下そうとした存在を確実に仕留めることができなかった。その間の経緯がどうであれ、少なくとも、それがRAAZにとってすべての始まりだった。

(あのとき、奴を仕留めていれば)

 ミレディアは死なずに済んだかも知れない。そして、その後の世界もまったく変わっていたかも知れない。何より、今、こんな鄙びた時代で、この世で最も許し難い、顔も見たくない存在とこれから戦うこともなかったはずだ。

(今度こそ)

 RAAZは今一度、自らの確たる思いを確認した。ハーランを仕留める。そして、ハーランが存在したこの世界を滅ぼそう、と。

(DYRAを見つけないと)

 滅ぼしたくとも、DYRAがいない状況ではどうすることもできない。砂の地に変えてしまうには、彼女の力が必要不可欠だ。早く見つけて、連れ戻そう。彼女が気にするガキは正直、邪魔だ。彼女はもちろん、ガキだって、自分の父親が今どこで何をしているのかを知れば、考えを変えるはず。

(まったく。ガキの父親が何をしていたのか、私が何も知らないとでも思っていたのか)

 RAAZはDYRAと行動を共にしていたタヌに対して、苛立ちに似た感情を隠しきれなかった。タヌが持っている『鍵』も、その正体が何かを知らず、親がくれたものとして持っているだけであれば何も言わない。一度は自らの見えるところから消えたものであったが、それがまた目の届く場所に姿を現したのだ。『鍵』が目の届くところにある限り、いつでも取り戻すなり何なりできる。DYRAと縁を持ち、彼女が気に掛けるようになっていたからこそ、これまで一切黙っていた。サルヴァトーレとして表に姿を見せたのも、目的の一つは目を離さないためだ。平たく言えば、タヌが死んだ時点で返してもらえば良い、と。この時代の人間たちの寿命など知れているのだから。

(だが、展開次第では、もうそうも言っていられない、か)

 RAAZは、決断の時が迫っていると認識するようになっていた。

(DYRA。キミには悪いが、ハーランが現れた以上悠長に構えてはいられないかも知れない)

 そんなことを思いながら、RAAZがもう一度周囲を見回したときだった。

(何だ?)

 グレーダイヤを彷彿とさせる曇り空の下、一瞬だけ、光と、空へ舞い上がる煙とが見えた。こんな山間で見られるようなものではない。火山があるとは聞いていないし、よしんばネスタ山が火山だったとしても、噴火する兆候があるという情報は入っていない。

 だとすれば。あの光と煙が自然発生でないとするなら、意味することは一つしかない。

 RAAZは反射的に、光と煙が見えた方へ全速力で走り出した。赤い花びらが舞い、その右手には、ルビー色の刃の大剣が顕現していた。


 ハーランの下から逃げようと、タヌが螺旋階段を上り切って、外に出られる重たい扉にたどり着き、これまた扉の幅と同じくらい大きい取っ手をぐるぐると回し、ようやく開いたそのときだった。

「うわああああ!」

 突然、背中から爆風に煽られると、外へ投げ出されるようにタヌの身体が宙を舞い、うつ伏せに地面に倒れた。

「……うあ……あいたた……」

 柔らかい土の上に落ちたことが幸いし、タヌは、ケガらしいケガをしないで済んだ。

「いて……て」

 鳩尾のあたりを押さえようと、タヌは少しだけ身体を浮かせる。そして、口元についた土を空いている方の手で拭った。

 背中のあたりが少し熱い。火傷のような熱さはないが、たき火を背にしているときに似た感覚だった。

「DYRA……」

 腹部まわりの痛みや、背中のチリチリした感じを堪えて立ち上がろうとしたときだった。

「え?」

 うなじのあたりに、チクリと針が刺さったような感触が伝わった。

(えっ!!)

 このまま立ち上がるのは危険すぎる。タヌは本能的に察知して起きるのをやめ、動かずに視線だけで周囲を見回した。

 ほんの少し前までなかったはずのものが、視界に映る。

(く、靴?)

 自分の目の前に見える長靴。そして赤い外套の裾。

 タヌは、自らが置かれている状況を把握するのに、少しの時間が必要だった。

「ガキ。DYRAはどうした? どこにいる?」

 ちょうど、頭の上から響いてきた声は、タヌにも聞き覚えがあるものだった。

(……この声って)

 そうだ。うつ伏せに倒れているままで、顔を見ることこそできないが、銀髪と銀眼を持った、あの男──RAAZ──の声だ。

(でも……)

 タヌの記憶にあるRAAZの声は、もっとくぐもったそれだった気がしなくもない。

(あっ)

 くぐもった声だった理由をタヌは思い出す。フランチェスコの地下水路で初めて出会ったときも、夜中のフランチェスコで遭遇したときも、数日前にピルロで後を追ったときも、僅かに目元だけが見えるマスクで顔全体をほぼ覆い隠していたではないか。

(いや、でもRAAZさんじゃなくて、どっかで……)

 今聞こえる声はくぐもっていない。それだけではない。クリアに響くこの声を、どこか別の場所で何度も聞いたことがある。もっとも、聞いたときはこんな冷たい響きの怖い声ではなかったが。

(って……)

 記憶にある、その声の主の姿がタヌの脳裏を掠めていく。

(そんな……やっぱり……?)

 タヌにはにわかに信じることができなかった。しかし、それ以上考えることはできない。

「っ!」

 タヌのうなじのあたりに針が刺さったような痛みが伝わってくる。顔を上げようとした覚えはなかったが、無意識のうちに動いてしまったのかも知れない。タヌは今顔を上げたり首を浮かせたりしないようにと意識する。

「ガキ。もう一度聞く。DYRAはどこにいる?」

 もう一度、タヌの耳に質問が聞こえた。

(間違いない!)

 とにかく、今、自分の目の前に立っているのはRAAZに違いない。今すぐ正直に答えなければ殺されてしまうかも知れない。タヌは左腕を僅かに浮かせ、拳を自分の足下の方へ向けてから、指差す。

「ボク、DYRAに助けてもらって…………ケホッ! ゲホ!」

「それで?」

 話をしながら土が口に入ってしまい、タヌは二度ほど咳き込んでしまう。しかし、冷たい声が容赦なく続きを促した。

「DYRAに、扉を開けたままにして先に行けって言われて、螺旋階段を上がって、扉を開けて、そうしたら背中から熱い風みたいなのがすごい吹いてきて、ボク、背中から押し出されて今、外に……」

「ガキ、動くなよ? 動けば死ぬぞ?」

 タヌは、自分の前に立っていた人物の靴が見えなくなったことで後ろに回り込んでいったと理解する。続いて、背中を一瞬だけ、触れられた感触が服ごしに熱と共に伝わった。

「ウソはついていない、か」

 言いながら、身を屈めていたRAAZは、手にした大剣の刃をタヌのうなじにそっと当てた。

「ウソをついたり、彼女を置いて逃げたりしたなら、首を落とすつもりだったんだがな?」

 そんなことをしなくて良かったとも、できなくて残念だとも、どちらにも聞こえそうな言い方に、タヌは内心、震え上がる。

「だがガキ。私はお前にまだ、いつぞやの褒美を渡していない上、面倒に巻き込んだことの詫びもしていなかった」

 タヌは、今すぐ命を取られる心配がなくなったことを察した。だが、うなじに伝わる感触がなくなったわけではない。

「あ、あの……RAAZさん?」

「ん?」

「これ……」

 タヌは言いながら、それまで足下の方を指差していた左手を背中の方へゆっくり移動し、手を開いた。

 タヌの背中にぽとりと落ちたものを見たとき、RAAZは顔色を変えた。

「ふむ」

 RAAZは、タヌの背中に落ちたものを手に取ってから、まず、手首に目をやった。

「DYRAは、あの中で、ボクを助けるためにハーランさんと今も……」

 タヌが言い終わる前に、RAAZは一瞬だけ、タヌの腕輪越しに左手首を強めに握った。それはまるで、腕輪が何かをわかっていると言わんばかりだった。

「死にたくないなら今しばらく、逃げるなよ?」

 次にRAAZは手にしたものを見つめる。それは、見覚えのあるものだった。いや、誰が忘れようか。

(どうして? 何故これをガキに?)

 それは、サファイアと、楕円の両端を尖らせた形のダイヤモンドの耳飾りだった。一〇〇年前になくしたと思ったものをあるきっかけから見つけることができ、修復してDYRAの右耳に填めたものだ。

 RAAZはDYRAがタヌにこれを渡した理由を考える。彼女なりに自分たちの経緯を知ったことで、ハーランに渡さないためだったのか。それとも──。

「ガキ、今から一〇〇数えろ。小声でいい」

「え……?」

「一〇〇数えたら、立ち上がっていい。だが、この場にいろ。死にたくないならな」

 言葉には、有無を言わせぬ圧があった。タヌは言われた通り、ゆっくりと数え始めた。

「一……二……三……四……」

 タヌが数え始めると、RAAZはゆっくりと立ち上がり、大剣の刃をタヌのうなじから遠ざける。次に、耳飾りを空いている右耳に填めてから、最後に赤い外套の懐からマスクを取り出すと、自らの目元以外を隠した。

 両刃の大剣を水平に構えると、赤い花びらが舞い上がり、同時に霧散する。その花びらの嵐の中で、剣が姿を変えて再び顕現する。片側の刃がカバーで覆われたような形状で、ルビー色の刃が見える側に、白い雷にも似た細い閃光が時折見える大剣だった。

 RAAZは再度顕現させた剣を構えると、ゆっくり、タヌが先ほど指し示した場所の方へと歩き始めた。

 うつ伏せになっていたタヌは気づいていなかったが、このとき、空の色はラブラドライトのように暗く、どこか不気味なグレーに染まっていた。ほどなくして、砕けた水晶の欠片の如く美しい水滴が降ってきた。


改訂の上、再掲

120:【CHAMBER】愛と執着と殺意を携え、RAAZも山を越えてくる2025/01/15 19:12

120:【CHAMBER】死んだ女に振り回される男共(2)2019/09/19 22:00

CHAPTER 120 反撃の準備2018/03/15 23:00

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