012:【PELLE】出会う人が皆、いい人すぎる
前回までの「DYRA」----------
故郷のレアリ村が炎に焼かれ、ピアツァの町は火薬で爆破された。DYRAを死神と信じたくないタヌは事実を話して欲しいと願うが、DYRAは一蹴する。次に着いた村でタヌが昼食を取っている間、通りすがりのはずの郵便馬車がDYRA宛の届け物を差し出す。自分は誰かの監視下に入っている。DYRAは警戒する。
そしてふたりは、レアリ村から次の街、交通の要衝ペッレへ着いた。
ペッレはそれまでと違い、人の頭より少し高い程度ではあるものの、街の内側と外側を隔てる石の壁があった。入口には門があり、そこには門番とおぼしき男が二人立っている。
DYRAとタヌはこの地に寄る旅行者程度にしか思われなかったのか、特に門番が気にする様子もなかった。二人は門をくぐると、そのまま中へと入った。
「うわあーっ!」
ピアツァとは比べものにならない人通りと建物の多さ、何より街の賑わい。店もたくさんあり、陽が落ちてなお、どの店もまだ開いている。しかも、客の往来もある。タヌは初めて見る都会に驚き、あちこちきょろきょろ見回した。
興奮気味のタヌとは対照的に、DYRAは、タヌから聞いた話や地図を思い出しながら街の様子を眺める。そして、この街は往来や交易の「ハブ」としての機能を持っているのだと理解した。
「DYRA。また、宿に入るの?」
「そうなる。だが」
タヌも言っていたが、自分がいることでまた何か起こる気がしてならない。先ほどのルガーニ村は自分が入らなかったことで何も起こらなかった。けれども、何故か郵便馬車は自分の居所を知っていた。タヌだけ泊めて自分はいったん、街の外へ出た方がいいのではないか。そんな考えが頭をよぎる。だが、今回は情報が欲しいのでそうも言ってはいられない。DYRAなりに妥協点を模索する。当面の策として浮かんだのは、別行動を取ることだった。少なくともこれなら直接巻き込むこともない。
「タヌ」
DYRAは財布を出すと、アウレウス金貨一〇枚を渡す。
「泊まるところを捜せ。そしてそこに泊まれ。朝になったら、さっきの門のところで会おう」
一緒に泊まらないのか。タヌはそれを口にしようとするが、DYRAの威圧的な視線の前に言葉にできなかった。
「あっ……」
もう一度DYRAへ声を掛けようとしたが、すでに彼女の姿は大勢の通行人の中に溶け込んでしまった。
一人になったタヌは、通りをあちこち見回しながら、街の中心とおぼしき噴水広場がある方へと歩いた。その間、何人かの宿や食堂の呼び込みに遭遇したが、「ここ」という気分になれる場所はなかった。
タヌはぶつからないように気をつけながら人混みの中を歩き、ようやく噴水広場へとたどり着いた。あたりを見回すと、石造りや木造の建物、さらには煉瓦造りの大きな建物があった。
「あれ?」
タヌは煉瓦造りの建物に興味を引かれた。窓のステンドグラスと鍵の印が彫られた扉が印象的だった。建物の前まで進み、扉の脇に掲げられた金のプレートを見つめる。
「錬金、協会?」
タヌはプレートに彫られた文言を読む。
(一〇〇〇年以上の歴史を持つ、神聖なる、錬金術の自助共助の団体で……)
そのとき、入口の大きな扉が突然、開いた。
「えっ⁉」
タヌは小さいながらも驚きの声を上げてしまう。
「こんばんは」
顔を出したのは、タヌとそう年の変わらない少年だった。この建物で働いている、もしくは手伝いでも頼まれているのだろうか。タヌは少年の方をじっと見る。
「こ、こ、こんばんは。ボ、ボク、旅行でこの街に立ち寄って。その、今、宿を探していたら、目に留まったからつい……」
しどろもどろになりながら話すタヌに、少年はにこやかな笑みを浮かべた。
「旅の人ですか? 大丈夫ですよ。見ちゃいけないなんて、どこにも書いていませんし。ただ、目に留まったってことは、何か、こちらにご興味あるってことですよね?」
少年の笑顔がタヌを安心させる。
「あ、え、ええ、まぁ」
「ここにお客様、それも旅の人が来るなんて、滅多にないことです。だって、旅とは無縁ですから。なのに、あなたはここに立ち止まってくれた。これも何かの縁です。一休みも兼ねて、どうぞお入り下さい。お茶くらいお出しします」
少年はタヌを扉の中へ招き入れた。
扉をくぐると、中は天井の高いエントランスホールだった。中央に二階へ上がる階段が二つと、小さな、しかし豪華な彫刻がほどこされた扉が三つあった。扉は一つを除いて開いている。ガラスのシャンデリアの灯りが煌々と空間を照らしだし、夜とは思えないほど明るい。大理石の床は、木の床と違ってひんやりとしている。これまで村から出たことがなかったタヌにとって、初めて見るものばかりだった。
「すごい! ウチの村じゃ、こんなの見たことない。床も、こんな硬いんだ」
「さ、こちらへどうぞ」
タヌを空いている小部屋の一つへ手招きした少年は、背丈はほとんど変わらない。はちみつ色のくせ毛とエメラルド色の瞳を持っていて、品の良さそうな雰囲気だ。服装は、仕立ての良さそうな白いシャツに金の刺繍が入った濃い緑色のジレ、それに緑のキュロット風ショートパンツ姿。タヌの目には、いかにも育ちの良さそうな都会のお坊ちゃんに見える。
案内された小部屋にもシャンデリアがある。エントランスホールのものより小さいが、十分明るかった。こちらは床だけではなく、テーブルも大理石製だ。椅子にはベルベットが張られている。タヌにとっては、これまた見たこともない豪華なものだった。
「す、すごいや」
「お座り下さい。すぐお茶を出します」
少年に言われるまま、タヌはベルベットが張られた椅子に座った。
「すごい……村長さんの椅子より豪華だし」
タヌが戸惑っていると、ほどなく少年が戻ってきた。お茶が入ったカップと小さなケーキを盛った皿をのせた銀のトレイを持っている。
「旅の方、どうぞ」
見たこともない美しいカップと皿、フォーク。盛られたケーキはガレット・デ・ロワだ。
「い、いいんですか? こ、こんなすごいの」
「もちろんです」
「じゃ、い、いただきます」
タヌは慣れない手つきでケーキを切って、口に運ぶ。
「お、おいしい……こんなの、生まれて初めて」
アーモンドクリームが舌の上でふわふわと溶けていく。口の中に広がった甘さは優しく、決してくどくまとわりつかない。タヌの人生で初めての味だった。
「良かった」
少年は向かい側の席に座り、タヌがケーキを半分くらい食べたところで声を掛けてくる。
「そういえば、どうしてこの建物に興味を持ったんですか?」
「あ……父さんが持っていたものとよく似た鍵の印があったから、つい」
少年は笑顔で驚く。
「それは奇遇ですね。それだったら見ちゃいますよね」
少年の笑顔とケーキの甘さがタヌの緊張を解きほぐす。
「う、うん。でも、父さんは何やっているかとか、全然わからないんだ」
「もしかしたら、協会の会員さんかも知れませんね。そういえば君は、どこから来たの?」
「レアリ村」
「へぇ。あ、そうだ。このケーキの生地、レアリ村の麦畑からのものなんですよ」
「え! そうなの。あの麦がこういうのになるんだ」
タヌの話を聞く少年は笑顔を絶やさない。その上、村の名前を聞いても焼き討ちやアオオオカミの襲撃、ラ・モルテが出た騒ぎの話題もまったく振ってこない。野次馬みたいな声掛けをしてこないこの少年に、タヌは安堵した。
「あ、そうだ。そっちの方から来たなら、教えてほしいんですけど」
「何?」
「レアリ村からここまで、何日くらいかかるんですか」
「えっと、村を出て、もう丸二日かな」
「歩き通し? 大変でしたね。お一人の旅ですか?」
「うん。ま、まぁ、宿屋さんのお世話にはなったけど、そんな感じかなぁ」
どうしてそんなことを聞くのだろうか。タヌは一瞬まごついた。
「あ、あのー」
迷いながら切り出す。
「ボク、バカみたいな質問しちゃうんだけど」
「いいですよ」
「錬金協会って、何するところなんですか?」
タヌからの質問を聞いた瞬間、少年は納得したような笑顔を見せた。
「ああ。そうですよね。うーんと、錬金術っていうと、言葉のせいか、黄金を作るみたいなイメージですけど、実際は薬を作るとか、色々やっています。たとえば、麦畑がもっと早く育ついい肥料ができないかなとか、ね」
意外な、そして実用的な答えに、タヌは驚いた。
「え! 錬金術って魔法みたいなのじゃないんですか⁉」
タヌの言葉に、少年が「あはは」と笑い出した。
「魔法っていうか、まぁ、魔術みたいなこと研究している人も確かにいるはいますけど。何というか、本当に色々です。ここは、『文明の遺産』って呼ばれている、昔の文明のものを見つけたり研究する人から、それこそ占いをやる人まで何でもいるくらいですから」
幼い頃、村の長老や村長夫人から聞いた錬金術のイメージがタヌの中で覆った瞬間だった。聞く限り、いかがわしい魔法ではなく、およそ役に立つかも知れない学術なら良い意味で何でも手をつけている印象だ。
タヌのお茶とケーキがちょうどなくなったあたりで、少年が切り出す。
「そうだ。お時間が。そろそろ宿屋さんに行かないと、ですよね」
タヌはハッとする。
「あ、それがその、実はまだ決めていなくて。どこがいいのかなとか、その」
言いにくそうに告げる姿に、少年は変わらぬ笑顔で切り出す。
「そうだったんですね。それなら、ぼくの知り合いのおばあさんがやっている宿屋をご紹介します。おばあさんは優しいし、宿もいいところです。街の中心にある割にはお部屋は静かだって評判ですし。案内しますね」
少年の優しさと気遣いに、タヌはただただ感謝する。
「あ、ありがとうございます! それからお茶とお菓子も……」
この後すぐ、二人は錬金協会の建物を出た。
タヌは少年に連れられ、噴水広場からほど近くにある宿屋へ向かった。そこは年季の入った石造りの建物ながら、落ち着いた雰囲気が好印象だ。
「おばあさん」
宿屋に入るなり、少年は受付に座っている品の良さそうな老婆に声を掛けた。
「お客さんです。今夜泊まるところを探しているって」
「まぁ、まぁ。クリスト君、ありがとう」
老婆が笑顔で応える。
「旅のお客さま、ようこそいらっしゃいました」
老婆の声が聞こえたのか、宿屋の働き手らしき若い男性がすっ飛んでくる。
「ようこそいらっしゃいました。まずはお部屋へご案内致します。どうぞ、こちらへ」
「じゃ、ぼくはこれで。いい旅になりますように」
「本当に、ありがとうございました。……ありがとう!」
タヌは頭を下げて、宿屋を後にする少年の後ろ姿を見送った。
錬金協会の建物に戻った少年は、エントランスホールで赤と金色のジュストコール姿の、背の高い男に迎えられた。くせ毛気味の銀髪と銀眼を持つ、目鼻立ちのハッキリした男だった。
「お、御館様」
「人避けの魔方陣を施していたが、それをぶち破って入ってくるとは、ねぇ」
男は少々不機嫌そうな顔で少年を出迎えた。人避け云々については言ってはみたが、所詮気休めで、最初から効果など微塵も期待してないからか、気にも留めない。
「父親が協会の会員かも知れない、だそうです」
聞くなり、銀色の瞳が少年を射るように見つめる。
「邪魔する連中の仲間じゃないだろうな? ったく。わざわざこんなところまで出向く真似を私に強いて、あいつら一体どういうつもりだ」
「それは何とも。でも、こっちの方が大事なご報告かも」
ここで、少年の口ぶりが品行方正そうなものから一変する。
「さっきのあのガキ、レアリ村から途中一泊して、二日掛かって来ている、って」
どこか尊大な態度を露骨にする少年の報告に、男は興味を示さない。態度はもちろんのこと、件の村の惨状も。村のことはすでにあちこちに知れ渡っているのだ。
「わかりきっていることをわざわざご丁寧に報告するとは、奇特だな。だいたい、毒蜘蛛ならもう何匹か始末しているだろ。形式ばって、しち面倒くさい」
「でも、一人じゃないことを仄めかしました。時間的なことを考えて、御館様が心待ちにされている『お客様』が来た頃かと」
棘とも毒があるとも取れる響きの籠もった少年の言葉を聞くなり、御館様と呼ばれた男は不機嫌面から一転、歪んだ笑みを浮かべた後、心底から嬉しそうな顔をした。
男は聞くことを聞いたからもう用はないとばかりに、そそくさとエントランスホールの一番奥の階段を上がった。
「クリスト」
階下に立ったままの少年は呼ばれて、慌てて後に続く。
「はい、御館様」
「これ以上、余計なことをさせるな。誰にも。絶対に、だ」
「は、はい」
二階に着いたところで男は足を止めた。
「地下室に縛ってあるあの女はくれてやる。好きにしろ。私は特に興味もない」
少年も二階に着いた。
「ぼくは、御館様に抱かれたいです」
少しだけ潤んだ目で訴える少年の姿に、男はプッと笑い出した。
「困ったガキだ。考えてやってもいい。が、二、三、私の頼みごとを聞け」
男はそう言い残して、一番奥の部屋に入った。
改訂の上、再掲
012:【PELLE】出会う人が皆、いい人すぎる2024/07/23 22:25
012:【PELLE】出会う人が皆、いい人すぎる2023/01/04 01:10
012:【PELLE】次の街の人が親切すぎてたまらない!2020/12/27 18:47
012:【PELLE】出会う人は、皆いい人(1)2018/09/02 12:00
CHAPTER 13 ペッレの少年2017/01/19 23:00