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119:【CHAMBER】DYRA、ハーランを出し抜いてタヌを救出、脱出へ!

前回までの「DYRA」----------

タヌを助けようとネスタ山を移動し続けたDYRAが沢で出会った男こそ、ハーランだった。彼はDYRAと話をしたいからわざとタヌを攫ったという。タヌの無事が確認できない状態では下手なことをできない。DYRAはいったん、ハーランの言い分を聞こうとしたが、またしても死んだ女の話題になったことで怒りを露わにしてしまう。


 ハーランの言葉の意味を理解するのに、DYRAは数秒の時間を要した。

 DYRAにとって現時点での最優先事項は、タヌを助けることだ。ハーランが何をしたいのか、本当の意図を見抜かなければならない。そして、これ以上ハーランに主導権を渡してはいけない。だからこそ、質問の意味を理解しても、知らないフリをした。

「言っている意味が理解できない」

「ま、難しい質問だったかな」

 ハーランが何事もなかったように返したことで、DYRAは表向きこそ冷静さを取り戻し、乾いた視線を注ぐ。しかし、内心は違った。

(本当に、面倒な相手だ。どう出ればいい)

 DYRAはタヌの無事を確認するまでは絶対に仕掛けてはいけないと思い直した。

「キミはあのガキの軛から解かれたいとは思わないの?」

「できもしないことは、考えない」

「俺なら、できるよ?」

「お前は、ウソをついていない」

 DYRAの言葉にハーランは頷いた。DYRAは続ける。

「……だが、本当のことも言っていない」

「どういうことかな?」

 ハーランが問うと、DYRAは一層乾いた視線を注いだ。

「RAAZの軛とやらから解かれたところで、『自由になれる』とは一言だって言っていない」

 DYRAはハーランの意図を見抜いたつもりだった。

「ハーラン、だったな。RAAZの軛を解いても、次はお前の軛に填まるだけなら、私には何の意味もない。言っておくが、お前とRAAZなら、私は迷わずRAAZを選ぶ。お前を選ぶ理由は、ない」

「だが、積極的にあのガキを選ぶ理由も、ない」

 ハーランの言い方は一々DYRAの気に障る。それでも、それを指摘したところで何が変わるわけでもないと、DYRAは聞き流した。

「ふふ。キミは俺が思っているよりずっと頭が良さそうだ」

 DYRAは、こんな奴に褒められても面白くもおかしくもないとばかりに、表情一つ変えない。だが、ハーランは構わず続けた。

「あのガキは、マッマを勝手に『妻』と呼び、マッマが殺された腹いせに世界を焼き払って大量殺戮を実行したわけだ。これがマトモな人間のやることか?」

 DYRAは相変わらず乾いた視線でハーランを見つめ、呟く。

「結局、お前は私に何の用だ? 私はタヌを連れ戻しに来ただけだ。それが終わればお前に用はない。RAAZと殺し合いをしようが、知ったことではない」

 前日に多少なりともRAAZやマイヨとハーランの関係を聞いていたDYRAとしては、死んだ女絡みの恨み言を聞く気などさらさらないし、過去のことをゴチャゴチャ言われたところで響くものも何一つない。

「互いを知ろうとか、そういう気持ちをキミは持たない、と」

「悪いがそんな気持ちはまったくない。タヌを攫ったお前は、腹立たしく、苛立たしい奴に過ぎない」

「言い方を変えれば、少年の無事を確認すれば考えを変えてくれる、と?」

「タヌを解放しろ。そして私やタヌ、この世界の人間たちに関わるな」

 DYRAは淀みない口調で言い切った。

「それは無理だ」

 笑顔で答えたハーランは、シャツの胸ポケットから小さな箱を取り出し、中の紙巻きタバコを一本、口に咥えた。タバコに火を点けることはない。

「少年を自由にするのは問題ない。だが、その後は応じられない。というより、少年を含め、この世界の人間たちがそれを望まないから」

「どういうことだ?」

「この世界に、あのガキがいる限り。正確には、あのガキとキミと、ネズミの親玉がいる限り」

 ネズミの親玉が何者かDYRAにはわからない。

「ネズミの親玉、だと?」

「そう。あのガキもマッマ殺しでお怒りの……」

 この言葉で、DYRAはネズミの親玉がマイヨのことだと把握した。



「アイツにとってはそう簡単にくたばらない俺たちこそ一番恐ろしい相手だからな。対策を立てまくっているだろうよ」



 同時に、昨晩マイヨから聞いていた言葉が本当なのだと、ここに連れて来られたとき以上に、確信にも似た思いを抱く。

「三人で、無人島で殺し合いでもしていろ」

 他に言いようがない。DYRAは冷たく言い放った。

「理想はそれだが、現実はそうも行かない。とは言え、俺はキミと話し合うことを諦めるつもりはない」

 ハーランは席を立つと、部屋の隅の方へ歩いた。そこは、一箇所だけ壁の材質が微妙に違うところだった。

「少年は無事だし、そこにいる。危害も加えていない」

 ハーランの言葉で振り向いたDYRAは、驚きを露わにする。

「!」

 一体どういう仕掛けなのかわからないが、白い艶のある壁だった部分がくりぬかれたように透き通っており、壁の向こうに別の部屋があるのが見えるではないか。そして──。

「タヌッ!」

 壁の向こうに、ベッドに腰を下ろして本を読んでいるタヌの姿を見たDYRAは、雷にでも打たれたような勢いで席を立つと、壁の側まで駆け寄った。

「タヌッ!」

 ガラスの類なら割ることができるかも知れない。DYRAは透き通った壁を反射的に数回、拳で叩いた。

「お、おいおい」

 ハーランは取り乱したように壁を叩くDYRAの姿に少々驚きながらも、笑みを漏らした。これで話ができるかも知れないと思ったのだ。

 壁の向こうにいるタヌが立ち上がり、近づいてくる様子がDYRAとハーランの目に入る。

「向こうからこっちは、見えないんだ」

 ハーランはDYRAの希望を砕くような口調で告げた。だが、そんなものは耳にも入らないとばかりにDYRAは壁を叩き続けた。

「タヌ、気づけ!」

 壁を叩き続けるDYRAをハーランは楽しそうな目で見ている。

 だが、DYRAはそこで諦めなかった。

「退けっ」

 振り向きざま、DYRAはすかさずハーランに膝蹴りを喰らわせる。

「おっ!」

 突然の行動に驚いたハーランを前に、DYRAは間を置かずに向こう脛に蹴りを入れた。思いのほか強烈な蹴りだったのか、ハーランが体勢を崩したのをDYRAは見逃さない。すぐさま、自分が座っていた椅子を持ってくると一気に透き通った壁へ全力で投げつけた。

 椅子の足が壁に鈍い音を立てて当たった。椅子の足が木ではなく、鉄製だったことが幸いしたのか、透明な壁に僅かではあるものの、ヒビが入る。DYRAはすぐさま自らの右耳の耳飾りを外し、ダイヤモンドの部分の先端でヒビが入った箇所を擦った。ダイヤモンドはこの世で一番硬いと言われている。DYRAはそれが本当であると信じた。擦っても尖端が割れることも、丸くなることもなかったからだ。ただ、擦るたび、不快極まりない鳴音が響く。

「タヌッ──!!」

 ほんの僅かなヒビと、その向こうに見えた光景とに、ハーランは顔色を変えた。

「お嬢さん。やってはいけないことを、やってしまったわけだ」

 ハーランが丸腰なら、恐れることはない。DYRAは反射的に右手を胸の高さで振るった。同時にその手の周囲に青い花びらが嵐のように舞い上がった。


「何だろう?」

 部屋の隅の方で微かにではあるものの、ドンドンと低い音が聞こえてくる。タヌは本を置いて立ち上がると、音が聞こえてくるとおぼしき壁の方へと歩いた。

 今朝方、ハーランから「お迎えが来るよ」と聞かされていたが、少なくともこれはそんな雰囲気の物音ではない。

 ドンドン、という音は止まず、タヌの耳に小さいながら、何度か聞こえてくる。

「何か、隣の部屋であったのかな?」

 タヌが耳を傾けたときだった。ギィー、という、ガラスを釘か何かで擦ったような異音が聞こえてくる。そして。

『……タヌッ──!!』

「えっ!」

 今、確かに聞こえた。タヌの耳に、確かに聞こえたのだ。

「DYRA……DYRA!!」

 DYRAが来てくれた。

 タヌの顔がパッと明るくなった。

 タヌは首に填めたチョーカーがあることを確認すると、すぐさま部屋の扉の方へ走った。扉の前に立つと横にスライドし、開く。相変わらず部屋の外は真っ暗で何も見えないし、まるで、この部屋だけが浮かんでいるようだった。しかし今度は恐れない。タヌは半身を乗り出し、昨日、ハーランが隠すようにいじっていた小さな数字配列ボタンを手探りで見つけ出す。

(3675!)

 タヌは、昨日、ハーランがやっていたのと同じように、記憶していた数字を順番通りに押した。

 次の瞬間、それまで上下左右の感覚まで奪い去るようだった真っ暗な空間がうそのように明るくなり、灰色がかった大理石のような色合いの床、壁、天井が出現した。

 タヌはすぐに壁の向こう側の部屋に位置する場所へ廊下を走ると、扉を見つけた。この扉を正面にする形で通路があり、その先に、扉から人が出て行く絵が記されているのが見える。

(そうだ! 確か、あの廃墟の街を見た帰り、行きと違って、戻ってくるときはここを通った。階段の出口があったはず!)

 DYRAがいる。出口の目印らしきものも見える。タヌは大丈夫と確信を抱いた。

「DYRA!」

 扉の前にタヌが立った瞬間、扉を触らずとも、横にずれて自動で開いた。

 最初にタヌの目に飛び込んだのは、部屋を舞う大量の青い花びらと、サファイア色に輝く、整然と、だが生き物のように動いて直列になっていく刃だった。

「タヌ!」

 DYRAは振り向かない。

「受け取れ」

 DYRAは左手に持っているものをタヌがいるであろう真後ろに軽く放った。タヌはすぐさまそれを受け取る。DYRAが、いつの間にか右耳につけるようになった耳飾りだ。

「早く逃げろ」

「う、うん!」

 でもDYRAは? そう言おうとしたが、タヌの喉のところでそれは止まった。

「逃げるときは出口を開けっぱなしにしておけ」

「わかった! DYRA、真っ直ぐだから!」

 すぐに後を追うという意味と理解したタヌは、DYRAから受け取ったものを握りしめると、それだけ言ってから廊下を走り出した。

「タヌは返してもらう」

 ここから先は、タヌが無事に逃げ切るまで時間稼ぎをしなければならない。DYRAは剣を構え、切っ先をハーランへ向けた。

「……一億歩譲って、少年一人だけならいいさ。父親に会えなくなるだけの話だからな」

 タヌの父親の話がここで出てくるとは思わなかったが、今は思考をそちらに割いてはいけない。DYRAはこれ以上耳を傾けることはないとばかりに、剣をハーランへ振り下ろす。

 ハーランは横っ飛びして刃を避けると、椅子を手にするなりDYRAへ投げつけた。

 DYRAはサッと身を屈めてそれを避けた。ハーランはDYRAが身を起こすタイミングを逃すまいと、投擲直後に飛び掛かる。

「あっ!」

 上半身背中から壁にぶつかるDYRA。そこへ飛び掛かって距離を詰めたハーランが左手で首を掴み、そのまま壁に押し込むように首を絞める。このとき、投げ出されたDYRAの下半身に馬乗りになる体勢になった。

「マッマと同じ姿じゃなかったら、キミは今ここで死んでいるよ?」

 言いながら、右手の人差し指と中指で、DYRAの金色の瞳を刺そうとする。間一髪、DYRAは左手で拳を作ってハーランの右手首を突き上げ、目潰しから逃れた。しかし、反撃をしたくとも下半身を動かせず、できることが限られる。DYRAは身体の自由を取り戻すべく、息苦しさに耐えつつ、直列にした蛇腹剣を霧散させて右手の拳をハーランの腹部に押し込んだ。

「そんなんじゃ痛くも痒くも――、ッ!」

 細身の剣がハーランの左腹部を貫いていた。床のあたりに青い花びらが大量に散らばっている。

「──!」

 DYRAは声にならないような声を上げて、今出すことのできる全力で細身の剣の鍔諸共、ハーランの腹部に押し込んだ。

 自らを刺し貫いた刃を抜くために、ハーランは下がるしかなかった。このとき、DYRAの首と下半身に自由が戻る。間合いが開いた瞬間、DYRAはすぐさま立ち上がった。二、三度咳き込み、嘔吐感を露わにしつつハーランを睨む。

 同じく、ハーランも立ち上がっていた。腹部から若干の血は出ているものの、致命傷にはほど遠い。

「ハーラン……」

「シャツの下に防弾ベストを二枚着ておくもんだ」

 防刃ではないのでノーダメージとはいかないものの、その厚みのおかげで、ハーランは腹部への直撃を免れていた。

「お嬢さん、ちょっと乱暴すぎやしないか?」

 DYRAが咳き込みながら答える。身体の再生能力と痛覚や不快感は別だ。

「人攫いをしたお前が言うか? …… アッディーオだ」

 そう言うと、DYRAは数歩、扉の方へ向かってゆっくりと下がり、部屋を出ると、剣を握ったまま、廊下を全速力で走り出した。

 DYRAは走りながら、足音でハーランが追ってきていることを知ると、突き当たりでわざと足を止めて振り向く。

「このっ!」

 ハーランが手を伸ばした瞬間に合わせて身体を屈め、足払いを食らわせる。バランスを崩すことに成功したところで、DYRAは青い花びらを舞わせて剣を霧散させた。

「くそっ」

 青い花びらで視界を塞がれる形になったハーランは毒づいた。

 その間、タヌが開けておいたとおぼしき小さな扉を見つけたDYRAは、扉の向こうに螺旋階段があるとわかるや、走り出した。

「させるか!」

 ハーランは言うなり、靴の踵を外すと、DYRAの頭越しに、扉の向こうへと投げ込んだ。

「DYRA!!」

 扉の向こう、上の方からタヌの声が聞こえる。

 次の瞬間。

 激しい爆発が起こった。

「うわっ!?」

「何っ!?」

 爆風で、階上ではタヌが外へ吹っ飛ばされ、階下ではDYRAが行動を遮られる。DYRAは、螺旋階段のある部屋へ入れなかった。


改訂の上、再掲

119:【CHAMBER】DYRA、ハーランを出し抜いてタヌを救出、脱出へ!2025/01/15 19:05

119:【CHAMBER】死んだ女に振り回される男共(1)2019/09/09 22:00

CHAPTER 119 紅玉と蒼玉 後編2018/03/13 11:00

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