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117:【CHAMBER】死んだ女ありき。死神はそれに耐えられない

前回までの「DYRA」----------

タヌを助けに行くにしても、攫った相手のことを知らなければ話にならない。マイヨとRAAZがDYRAにハーランまわりの情報を教えるが、DYRAは3人の因縁は結局、自分の姿をした別の女が原因とわかると男たちを冷ややかな目で一瞥、ひとり、森の中へと消えていった。


「DYRA……ったく、二つの意味で最悪にまずいことになるぞ」

 マイヨは、ランタンの灯りを挟んで正面に立っているRAAZに切り出した。

「感情的になった状態で、一人でタヌ君を助けようなんて思い立つなら」

「ま、あの様子じゃ、確実にそうなる」

 RAAZは頷いた。

「ネスタ山の向こうはアンタも知っていると思うが、ズタボロの廃墟だ」

「山を挟んで、政府の管轄エリア(・・・・・・・・)だったのは知っているよ」

 二人は互いに、頭の中で三六〇〇年以上昔、本来属していた文明下での地理を思い出し、今のそれと重ね合わせていた。

「じゃ、話が早い。あそこ(・・・)の正体、アンタ知っていたか?」

「処刑場があったって噂の、鄙びた都市の端っこだったと思ったが」

 RAAZが答えると、マイヨは自らの両手を開いて胸の高さで天に向けた。

「やれやれ」

「訳知り顔だな、情報将校サマは」

「いや。知らなくて当然だなって思っただけだ。二つ、教えておく」

 マイヨに「教えておく」などと言われたRAAZは面白くないと思うが、自分にも知らないことはある。そして今話題に上がっていることの内容について知識がないのは厳然たる事実だ。そこは素直に認めるしかない。マイヨへ不快感を抱くのは筋違いだと思い直す。

「アンタの言う通り、処刑場はある。当時、築五〇年の古ぼけた建物。けど、|誰も処刑されたことない《・・・・・・・・・・・》んだよな、あそこ」

「本当か?」

「それどころか、あそこに死刑囚が入ったことさえない」

 マイヨの言葉に、RAAZは俄然興味を示したのか、身を乗り出す。

「あそこは、政府としてオモテに出せないけど、絶対に守らないといけない人間を保護する施設だ。生体反応検知器で割られないように、地下一〇〇〇メートルにコールドスリープの施設まで作ってある。しかも、五〇〇ミリの特殊合金で三重、四重に強化済み」

 聞いた瞬間、RAAZはそれが何を意味するのか、理解した。

「つまり、ハーランはそこに匿われていた、と」

「そういうこと。でなきゃ、今生きている理由に説明がつかない」

「確かに。奴が生き残る条件は二択。そのうち一つが潰れるなら、もう一つの方が答えになる」

「そ。アンタの想像通りだ。今の今まで無事ってのは、アンタみたいな自己回復機能がないなら、あそこか、俺がいたところのどちらかしかない」

 RAAZは忌々しいと言いたげな表情を浮かべた。

「あのとき、止めに入った憲兵諸共、確実に殺しておくべきだった」

 マイヨは、RAAZがいつのことを話しているのか概ね理解する。少なくとも、自分が縁を持つ前の話だと。

「資料でしか見たことはないが、例の、ドクター・ミレディアが政府から軍の研究機関へ引き抜かれて一年ちょっと経ったときの」

「ああ。まさにそれだ」

 マイヨは頭の中で何から話せば良いのか、天を仰ぎ見ながら考える。RAAZは無言のまま、そんなマイヨの様子を見ていた。

「……さっき、話しそびれた。俺は、量子通信のノイズで目を覚ましたんだ。つまり、ドクター・ミレディアの施設に勝手に入って(・・・・・・)、生体端末を勝手に起動した(・・・・・・・)奴がいたってことだ、もっとも、この山の目印の情報とかわかったのは生体端末のおかげだから、結果的には悪いばっかりでもなかったってことだけどね」

「さしずめ、量子通信ジャック、と言ったところか」

 ここでRAAZは考える仕草をしてから息をつき、改めてマイヨを見る。

「聞かせろ。どうして量子通信に本来入るはずのないノイズが入る?」

 質問を聞いたところで、マイヨは頷いた。

「ドクターが実用可能の目度をつけ掛けたところで、量子通信の存在を嗅ぎつけた政府の連中が暗号鍵を複製しようとしていた。結局、しくじりまくった出来損ないしか作れなくて、それを無理矢理使っているってことだ」

「出来損ないの鍵、か。それにしてもISLA。お前は何故そのことを知っている?」

「量子通信システムは、ドクターが考えた本来の利用目的(・・・・・・・)のためだけに作られたわけじゃない。俺と生体端末との情報同期のために作られた側面もあったからな」

 マイヨからの回答で、厳しい表情から納得したともしないとも解釈できそうな複雑な表情へと、RAAZの顔は変化した。

「それにしても、量子通信を使うとなると、そんなにたくさんやりとりするのか」

「ああ。この前は話さなかったが、生体端末は一つや二つじゃない。俺の姿を模した奴もあるが、群衆に紛れたり、市街地へ入ったりするための、違うタイプもある。クローニングで作った少年型とかな。さすがにそれは俺と区別する必要がないから、目はエメラルドグリーンとか、カラフルというか、綺麗なもんだ」

 マイヨの話は興味深いが、この話題は別の機会に聞けばいい。RAAZは話を戻す。

「ハーランの根城の可能性がある場所と、生体端末の情報をかすめ取るからくりは何となくわかったから、それはそれでいい」

 RAAZの言葉に、マイヨは頷いた。

「じゃ、DYRAを追いかける? タヌ君を取り返すために彼女が山越えをしたいことはわかっているわけだし」

「そうだな」

 やることは決まった。

「じゃ。お気をつけて」

 マイヨは、丸投げは当たり前とばかりに木に寄りかかるのをやめると、その身の周囲に黒い花びらの嵐を舞い上がらせた。

「俺はアンタらと違って、リアクター内蔵型じゃない。行動を共にしてタイムアウトになったら色々都合が悪い。ハーランの件も含めてまだ確認したいことがいくつもあるから」

「近くに着いたら目印でもつけておくか? ん?」

 RAAZの笑顔での問いかけに、マイヨは笑顔でウィンクを残し、その場から姿を消した。

 一人、その場に残る形となったRAAZは、ランタンを手にすると、DYRAが置いていった白い四角い鞄に目をやった。

(まったく。手間ばかり私に押しつけて、美味しいところだけ総取りとはな)

 あまりにも現金ではあるが、マイヨの判断は合理的で正しい。RAAZは呆れ、苦笑しながらも理解し尊重した。

(さて。DYRAをどうにかしないとな)

 RAAZは鞄を手に持ち、最初に落ち合った木のところへと戻った。

(DYRA。キミは本当に……困ったもんだ)

 自分の影響下にあるエリアならどこで何をしようが構わない。だが、エリア外となれば話は変わってくる。ましてそれが敵陣ただ中となれば──。

(最悪の事態から考えた方が良さそうだ)

 RAAZは、ラピスラズリ色の空が照らす僅かな光だけを頼りに走り出した。

(見つからないに越したことはないが、綺麗事も言っていられない、か!)

 記憶にある限り、境界線のギリギリ内側を走る形で、RAAZはDYRAを追うべく走り始めた。

(ハーランは衛星通信用のルーターを持っていた。人捜し屋なんてふざけたことに加担していたあたり、映像解析機能のついたGPS衛星を使っていたとみて間違いない。見つかってしまう前にDYRAを!)

 走り続けるうちに、いつしかRAAZは時間と距離の感覚を失い始めた。


 RAAZがDYRAを追い始めた頃──。

 DYRAは森の中を走っていた。今まで来た道も、ランタンの灯りも遠ざかって見えない。そして何より傾斜があり、登っている感覚がある。少なくとも、来た道を戻っている心配はないだろう。DYRAはたったそれだけの情報を頼りに、ペースを僅かたりとも落とすことなく、ただただひたすら走り続けた。

 辺りは暗闇に包まれており、星明かり以外に光源らしい光源がない。その暗さ故にDYRAが気づく由もなかったが、彼女が走り抜けた道の周囲の木々は次々と枯れていた。

 ひたすら走り続けるDYRAの視界のはるか先に、空と同じラピスラズリ色が見え始めた。

 森が途切れる合図だと判断したDYRAは、一気に駆け抜けた。

(あれだ!)

 森が切れているのがハッキリ見えた。ほどなく、視界の七割方がラピスラズリ色になったところで、DYRAは足を止めた。

(ここは)

 ネスタ山は思ったほど高い山ではなかったのか。それとも、山の反対側に回り込める場所なのか。

 DYRAはここで、ハッと冷静さを取り戻した。

(ここから、どうやって……?)

 良く良く見ると、周囲は崖だった。進もうにも、足の踏み場がなくなっているとおぼしき箇所もあるではないか。

(陽が昇るまで、待つしかないか)

 足を踏み外して落ちてしまえば、時間を大幅に無駄にしてしまう。夜明けまでの数時間は惜しいが、断崖絶壁から落ちて、這い上がるのに数日も取られるようなことになれば、話にならない。急いでいる今だからこそ、冷静にならねば。DYRAは二度、深呼吸をした。

(あのとき)

 DYRAは、光る目印のことを思い出していた。

(日没寸前だった)

 西日があの木の目印に当たって光った。DYRAはより正確に思い出すために、木の位置からRAAZと移動したときのことも思い出す。あのときは少し、手前に戻るような感じだった気がする。

(方向的には木があった位置の方へ戻ってそのまま真っ直ぐ来たから、概ね間違えていないはず。多分)

 夜が明ければ道の類も見えてくるかも知れない。DYRAはそんな風に思い直すと、星明かりが照らす風景を見ながら夜明けを待つことにした。夜明けは来る。ただ、晴れるか、そうでないかの違いだけで。

(それにしても……本当に、まったく)

 また、不快な記憶が脳裏を掠めていく。

 私はタヌを助けたいだけ。

 そう思い直すが、不快感は収まらない。自分に関わる人間が悉くこの姿を通して別人、それも死んだ人間を見ているだけだったとは。DYRAにとって、苛立たしいことこの上なかった。

(私は所詮……)



「DYRAは私の大切な『兵器』だ。誰がお前なんかに渡す?」



 フランチェスコで、RAAZがDYRAを兵器だと言い切ったときの出来事を思い出し、DYRAは深い溜息をついた。

(ラ・モルテで、兵器で、蔑まれるだけの存在、か)

 直近の出来事以外、ハッキリ覚えているわけではない。それでも自分がどういう存在なのか、頭ではわかっているつもりだった。誰からも受け容れられず、冷たい扱いを受けるばかりなのだ、と。記憶に残っているわけではないが、今までそんな仕打ちを受けたことについても、きっと特段の感情を抱いたことはない気がする。それなのに、今回は何故か違う。

(どうして、こんなに)

 苛立ったり、悲しみにも似た感情が湧き上がったりするのか。DYRAは何となく戸惑っている自分に気づくと、何が原因なのだろうかと考える。

 話題に上っていた、ドクター・ミレディアなる女性は、自分とそっくりの容姿を持っていたらしい。彼女はどんな気持ちでRAAZやマイヨなどと縁を持ち、接していたのだろう。ふと、そんなことが思い浮かぶ。

(きっと)

 話を聞く限り、人格と関係なく、その能力の優秀さ故に好むと好まざるとに関わらず、トラブルに巻き込まれていたのではないか。DYRAは、ドクター・ミレディアもきっと、彼女なりに苦しんでいただろう、などと想像していた。

 それでも。

 自分は自分だ。ドクター・ミレディアではない。死んだ人間の尻を追っている男たちに振り回されている場合ではないし、そちらに気を取られるのも良くないとDYRAは思い直す。

 さっさとタヌを見つけて助け出し、彼の父親を捜そう。DYRAが空を仰ぎ見ながら気持ちを切り替えようとしたときだった。

(ん?)

 一瞬、DYRAの心の中に、何か小さな違和感が広がる。

(何だ?)

 特に何か都合が悪いことや、自分の本心と裏腹になるようなことを考えたつもりはない。たまたま少し前に不愉快な思いをしたこともあり、その不快感を拭い切れていなかったからちらついたのだろう。

 DYRAは息を整え直す。気持ちを集中させると共にその違和感を追い出そうと、その場に立ったまま目を閉じた。


 一体どれくらい目を閉じていたのだろうか。

 DYRAが目を開けると、はるか向こう側にダイヤモンドの如き輝きが現れ始め、空もアメトリンのように、薄い紫色と淡いシトリンを思わせる透明感ある色合いになっていた。

(朝が、来た)

 陽が昇れば周囲の様子も見えるようになってくる。DYRAは早速、白んだ空の方へ向かって歩き始めた。進行方向には道らしいものは見えないが、深夜、断崖絶壁のように見えた場所は、思ったより歩ける幅がある。歩けない場所でないなら、何とでもなるだろう。DYRAは森の木々を右側に見ながら、足早に歩を進めた。

 歩き続けていくうち、空がすっかり明るくなっていく。しかし、空には垂れ込めるというほどではないものの、雲が広がっていた。

(そう言えば、タヌと出会ってから毎日、晴れていたな)

 DYRAは空模様を見ながら、ふと、タヌと行動を共にした日々を思い出していた。記憶にある限り、出会ってからこの方、雨が降ったことは一度もなかったはずだ。

(アイツは)

 もしかしたら晴れの日のようなものだったのかも知れない。DYRAの心にふと、屈託ない笑顔を見せるタヌが浮かんだときだった。

「──」

 遠くの方で微かに、声が聞こえた気がした。

「──」

 何を言っているのかは皆目わからないものの、人の声か何かの音であることはDYRAにもハッキリとわかった。

(誰か、いるのか)

 こんなところに一体誰がいるというのか。もしタヌだったら、さっさと取り戻してこんなところから早々に立ち去るのみだ。DYRAは声ないし音のする方へ向かって走り出した。それは進行方向と図らずも一致していた。

(このあたり?)

 何かが聞こえてきたと推測できる場所の近くまでDYRAは移動した。

「──」

 また、微かに聞こえてくる。

(もう少し、先? ……あ!)

 DYRAはここで、道らしきものがなだらかに下っていることに気づいた。少し前までは森の木々を右手に見ながらずっと歩いてきたが、今はその基準もない。

(まずい)

 曇りだから木々に影ができない。影がないなら太陽を見なければ方角がわからない。

 面倒なことになってしまったかも知れない。そんなことを思った矢先だった。

 聞こえてきた音の正体がそこにあった。

 DYRAの視界の先に、沢が見えた。

 沢辺に、黒い襟付きの長袖シャツに黒いストレートパンツ姿の男がいた。髭面の、見るからに年齢の高そうな男だ。背も高く、アッシュ系の色合いの髪は短くサッパリしている。男の足下には持ち手のついた桶があり、水と、魚が入っていた。


改訂の上、再掲

117:【CHAMBER】死んだ女ありき。死神はそれに耐えられない2025/01/15 17:16

117:【CHAMBER】居場所のない死神(1)2019/09/05 22:00

CHAPTER 117 緋色滴る紅玉2018/03/05 23:30

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