116:【CHAMBER】真実という名の愛した女の思い出話に、死神は居場所がない
前回までの「DYRA」----------
、DYRAはタヌを助けるべく、ネスタ山越えをするべく歩を進めている。目印にたどり着いたとき、そこにはマイヨ、そしてRAAZがいた。
「その前に少し、いいか?」
マイヨが話し出そうとしたとき、DYRAがそれを遮った。男二人はそれぞれ首を縦に振る。
「私はタヌを助ける。ハーランとやらが邪魔をするなら容赦しない。それだけだ。それを踏まえて聞いておきたい」
「何かな?」
「どうぞ」
「マイヨ。お前は私にピルロで、タヌの父親のいる場所の近くまで連れて行くことができると言っていたな?」
「言ったね」
「それはつまり、ハーランの近くにタヌの父親も居ると言うことか? それとも彼は何ら無関係か? 答えはSiかNo、どちらか一言だけだ」
「どちらとも言えない、はナシか」
「いったん、話の要点を明確にしたい。長々と言い訳がましい説明をするな、と言うことだ」
DYRAはマイヨを軽く睨みながら告げた。DYRAが質問にどういう意図を含めたのか概ね理解したマイヨは頷いた。
「可能性の計算も含めている、か。それなら質問の答えは……Siだ」
「私とタヌを、ハーランに売るつもりだったのか?」
DYRAが質問をすると、RAAZが僅かに構える。答え如何ではこの場でマイヨを殺すというオーラが滲み出ていた。
「それは誓って、ない。ただ、ハーランはタヌ君の父親の居場所を俺よりはるかに良く知っている」
その言葉が意味するところを理解できないDYRAではない。それでも、彼女は思ったことを口にはしなかった。
「そう、か」
「何か言いたそうだな? DYRA」
RAAZの言葉に、DYRAは首を横に振るだけだった。
「考えをまとめる時間が欲しい。それよりRAAZ」
「ん?」
「お前にも聞いておきたいことがある」
「何かな?」
「お前が顔を隠している理由だ。やはり」
「ああそうだ」
RAAZは即答する。
「私のことをガキに言ったら殺すと言っただろう? だからだ」
自分がサルヴァトーレだとバレないように、RAAZなりの気遣いだという。
「そうか」
「他意はない」
RAAZが言い掛けたときだった。
「情報を武器として扱う俺から」
マイヨが控えめな挙手をして切り出す。
「人ってさ、本当のことの方が簡単に喋らないものなんだよ。拷問でもされない限り」
「何?」
「本能でわかるものなんだよ。『これを人に言ったらヤバイ』とかね。『これは秘密』なんて口止めの方がよっぽどナンセンスなんだ」
マイヨは遠回しに語る。RAAZに関する核心的な情報を知っても、タヌは簡単に喋らない。よしんば喋ったとしても相手はDYRAだけだから問題ないのでは? つまり、この論争は無意味ではないのかと。
「アンタがタヌ君に自分の素性を隠している類の話だろ? ガワを見られているならその時点でバレていると思った方が良い。だって、変装しようがアンタ、立端あるからバレバレ」
この時代において高身長と言われる人間たちと比べても、ここにいる銀髪の男は頭半分から一つ、高いのだ。DYRAやマイヨは、彼より背の高い、もしくは同程度の身長の『一般人』を見たことはなかった。
「それを言われると、な」
「ガスや爆風対策とかならともかく、それ以外なら視界を妨げるものは少ないに越したことはないだろう?」
マイヨは『詳しいことはわからない』と言いつつも、話の流れで、RAAZが故あってタヌに自らの正体を隠しているのだろうと何となく察していた。ただ、当事者ではないのでそれをわざわざ口にする必要がないだけだ。
「他に質問は?」
RAAZが問うと、DYRAは「ああ」と答える。
「言ってみろ」
「お前たちはかなり動揺しているようだが、ハーランというのは面倒な奴なのか? 撃っても斬っても死なないような奴なのか?」
DYRAが質問の言葉を切ると、二人の男は互いの顔を見合わせた。
「そこも含めて、これから話そうって流れだったんだけどね」
穏やかな口調で答えたのはマイヨだった。
「他に、先に聞いておきたいことは?」
「たくさんある。だが、急いでいる分はいったん」
「わかった。じゃ、RAAZ。本題に入って良いかな?」
「ああ」
「じゃ」
マイヨは一瞬、木々の間から見えるラピスラズリ色の空を見上げてから、仕切り直しをするように呼吸をした。
「俺が起きたのは一〇年ともうちょっと前だった」
「起きた?」
「ああ。話せば長いんだけど、かいつまんで言うなら、叩き起こされたんだ」
マイヨの言葉に、DYRAは目を丸くした。
「俺はね、恐ろしいほど長い時間、そう、三六〇〇年以上、寝ていた」
「一体、どうして……」
DYRAはそれ以上の言葉が出てこない。
「ハーランとRAAZと俺。平たく言えば色々ゴタゴタがあったんだ」
RAAZは聞き役に徹することにしたのか、無言のまま、視線だけで続きを促す。
「まず、今回の件で必要な情報だろうから話すけど、アレはケミカロイドだ」
「ケミカロイド?」
DYRAにとってそれは、聞いたことのない言葉だった。
「ああ。人間の骨や筋肉、脳を含めた神経を薬物や手術で強化していく。痛覚とかも半減しているはずだ。そしてハーランに限って言えば、アイツは心臓を始め、臓器類の位置が普通の人間とは違う。どうも生まれつき、臓器逆位とか言う奴で」
マイヨの言葉を聞きながら、RAAZは少しの間だけ目を閉じ、頷いた。男の記憶に、ピルロのレンツィ邸でハーランを後ろから刺したのに、平然としていた瞬間が蘇っていた。
(どうりでケロリとしていたわけだ)
死ななかったのは当然か。RAAZはもう一度、マイヨを見る。
「だが、私やRAAZのようなことはできないんだろう?」
自分とRAAZ以外に、傷ついた先から身体が回復していく人間などいると思えない。いたとしても目の前にいるマイヨだけではないのか。望みを込めてのDYRAの問いに、マイヨは頷いた。
「ああ。俺たちの自己回復機能は、細胞の数だけRAC10が組まれていて……」
「細胞? RAC10?」
DYRAの一言で、マイヨは自分とRAAZが属していた文明の言葉で説明しても彼女にはわからないのだと気づく。
「専門的な話は難しいから今は省略。君にわかるように説明するなら、細胞、つまり、身体を構成する極めて小さな単位の存在一つ一つに、自分の身体や記憶に関するすべての情報のバックアップがあって、何らかのダメージが生じると回復機能が働く」
「私たちにはそれがあって、ハーランにはない。つまり、殺せるんだな?」
マイヨは大きく頭を振った。
「理屈の上ではね。けれど、そう簡単にやられる相手じゃないよ? 言い方を変えれば、アイツにとってはそう簡単にくたばらない俺たちこそ一番恐ろしい相手だ。対策を立てまくっているだろうよ」
「だったら」
どうとでもできるだろう。DYRAがその言葉を喉のところまで出しかけたときだった。
「DYRA。勘違いしちゃだめだ。もし、タヌ君を楯に取られるようなことになったら、君はタヌ君諸共ハーランを殺せるか?」
もし、本当にそんなことになったら──。DYRAにとってそれは心のどこかであってほしくないと、受け容れていないことだった。
「う……」
答えに詰まるDYRAを、男二人は案の定とでも言わんばかりの目で見ている。
「そういうこと。ハーランは目的を達成するために必要なことを逆算して考える。要するに、勝つためならヒトデナシなことも平気でやる奴だ。ウサギ一匹に大型の猟犬一〇〇頭使うとか、人一人殺すのに、それこそ必要なら自分の仲間でさえ平気で見殺しにすることもやってきた」
マイヨの言葉を聞きながら、DYRAは頭で理解していたよりもはるかに面倒な相手かも知れないと思い直す。同時に、RAAZがハーランに連れ去られたタヌを助けることに難色を示したのも無理はない、とも。そう。RAAZはピルロで仕留められなかった。それだけでも充分にハーランが強敵と言っていい根拠になる。
それでも。タヌを見捨てるなど、DYRAには考えられないし、存在し得ない選択肢だった。
考え込むような表情のまま、DYRAは言葉を発する。
「お前の言う、ヒトデナシは、私を『マッマ』と呼んだ。あれはどういう意味だ?」
質問に対し、マイヨはRAAZへ視線をやった。RAAZはそれまでと同様、視線で続きを促すだけだった。
「俺たちのいた文明にね、医者で科学者の、ものすごい天才がいたんだ」
DYRAはマイヨが三六〇〇年以上眠っていた話を思い出すと、取り敢えず聞くしかないと耳を傾ける。
「戦争中だったから、頭が良い奴の使い道は、兵器の開発や、兵士を強くして長く使えるような研究をさせることばっかりでね」
「そうなのか」
「ああ。でね、この彼女、そんな仕事をしながらも趣味がもっととんでもなかった」
「彼女? 女だったのか。その天才は」
「そうだよ。この彼女がハーランの言う『マッマ』だ」
「何者なんだ? その彼女は」
マイヨはDYRAのこの質問に敢えて答えず、話を続ける。
「絶滅した種を生き返らせようってね。で、その趣味が発端で別の研究機関に目をつけられ、引き抜かれた。お金も環境も彼女にとって、最高に良い場所だった。そしてこの彼女が作り出したものが軍にとっては最高に素敵な兵器で、兵士だったってわけだ」
「それは、一体……」
「前の機関で作ったのがケミカロイド、ハーラン。そして、新しいところで作ったのが、RAC10採用自己回復機能搭載の兵士。一言でわかりやすく言えば、RAAZだ」
マイヨが言い終わった瞬間、DYRAは反射的にRAAZを見る。
「……」
何を言えばいいのかわからず、言葉を探していると言った感のDYRAを、RAAZが柔らかい視線で見つめていた。その表情は、DYRAがこれまで一度も見たことのない、優しげなそれだった。
DYRAは、RAAZの柔和な表情を見た瞬間、今聞いたことと、記憶に残っている出来事からの組み合わせで、話題に出た女性が誰か、察した。
「それが、ミレディアとか言う……」
DYRAが素っ気なく言った。このとき、DYRAの記憶には、フランチェスコでマイヨが自ら名乗り出たときの記憶を始め、重要であろう内容が一気に蘇っていた。
「本当にドクター・ミレディアにそっくりだね。君」
「私の妻を殺したお前が、妻の名を軽々しく口にするな……!」
「アンタにそんな言葉を言われたくはないな」
ピルロで初めて遭遇したハーランの言葉やそのときの様子も蘇る。あのとき、ハーランは自分を見つめていた。
「どうしてお前は、マッマを抱いているんだよ?」
「お前……マッマを放せよ?」
そして昨日、一瞬だけ見たあれ。目の色が違うだけで、見た目がそっくりだった女性の小さな姿──。
「わた、し……!?」
DYRAの中で、手持ちの情報が一気に繋がった瞬間だった。
「そういうことか」
それまでとは一転、DYRAの口調は無愛想でどこか投げやりなそれになっていた。視線も冷たい、というより、乾いた目つきだ。
DYRAのこの反応に、マイヨは複雑な表情を浮かべる。対象的に、RAAZは柔和な表情からいつもの、どこか人を見下すような表情に戻っていた。
「RAAZ、マイヨ、ハーラン。お前たちは皆、揃いも揃って、私を見て……そういうことか」
DYRAはゆっくりと腰を上げ、立ち上がった。
「お前ら全員、せいぜい死んだ女の尻を……ずっと追ってろ!」
男二人は一瞬、DYRAが唾棄するように言い放った言葉が音の塊にしか聞こえなかった。
「!」
「おいマジか!」
音の塊が、意味ある言葉として伝わったとき、DYRAの姿はブラックオニキス色のカーテンで覆われた、木々の中に消えていた──。
DYRAは、弱い光が見える場所から一刻も早く遠ざかりたいと真っ暗な森の中をずっと走った。
(どいつもこいつも! 私は死んだ女の身代わりじゃない!!)
広がる怒りと失望が、彼女自身の心を焼き尽くそうとしていた。それでも、タヌを助けるという思いが辛うじて理性を保たせた。
改訂の上、再掲
116:【CHAMBER】真実という名の愛した女の思い出話に、死神は居場所がない2025/01/15 13:43
116:【CHAMBER】廃墟と真実(2)2019/09/02 22:00
CHAPTER 116 話が繋がった瞬間2018/03/02 00:00