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011:【Rugani】旅は道連れ、世は謎だらけ

前回までの「DYRA」----------

ピアツァの町は火薬で爆破された。自分が町を出るときはそんな様子微塵もなかったのにどうしてこんなことになったのか。困惑するタヌに対し、DYRAは自分が原因の一端と知っていたが、それを口にすることなく、歩き出した。

 二人はピアツァの町の入口前で足を止めた。

「ああっ……」

 自分が住んでいたレアリ村とは違う形で無残な姿になったこの町の様子に、タヌは瞳を揺らし、愕然とした。

「行こう」

「待って」

 タヌはふと、宿屋の方へ目をやった。

「DYRA。あの鞄とかに大事なものとかなかった?」

 こんなことになるなら持ってくれば良かったという意味で言ったつもりだった。

「気にするな」

 特に思うところはないのか、DYRAが表情を変えることはない。

「財布だけは持ってきたんだけど」

「すまない」

 これだけが不幸中の幸いだったとタヌは思いながら、DYRAに財布を返した。

 ここでDYRAは、町を見て回っていたときにタヌに聞かなければならないと思ったことを口にした。

「タヌ。そう言えばお前に聞いていなかったことがある」

「何?」

「村に火をつけた者のことだ。黒い外套を着ていた奴を何人か見ているか?」

 聞かれたタヌは一瞬、そうなのかと言いたげな表情をする。しかし、廃墟同然と化した町を見ながら尋ねたDYRAが彼の表情を見ることはなかった。

 タヌは首を横に振った。あのとき、村に火を放つ者が村人を全員殺すという類の言葉を放ったのは聞こえたが、具体的に何人いたかなどはまったくわからない。

「ごめん。一人じゃなかった、くらいしか……」

「もう一つ。お前がこの町を出るとき、火薬の匂いはしなかったか」

「火薬の匂い?」

 タヌはDYRAからの質問でハッとする。

「同じかはわからない。でも、町を出るとき、黒い外套の二人とすれ違って、甘いっていうか、今言われると、猟銃を構える人のそばにいたときと似たような匂いがしたかも」

「そうか」

 最初から確実な答えなど期待していない。そう言いたげなDYRAの返事に、タヌは自分の村の出来事に関することすら満足に答えられず申し訳ないと思う。それでも、彼女が自分を責めないでいてくれることにホッとした。

 タヌをちらりと見てから、DYRAは街道を歩き出した。

「待って」

 タヌも後を追うようについていく。

 しばらくの間、二人は無言で歩き続けた。廃墟と化したピアツァの町がすっかり見えなくなるほど遠ざかる。さらに歩き続けたあるとき、DYRAが呟いた。

「お前、変わった奴だな」

 DYRAは、自分についてくるタヌを『奇特な奴』だと思う。ラ・モルテなどと称される女と行動を共にしようなどと普通ではない。

「そうかな?」

 家族が行方知れずの上、突然村が焼かれて、もはや帰る場所もない。タヌにしてみれば、DYRAについていき、新たに住める場所を探すなり両親を捜すなりくらいしかできることが浮かばなかった。だから彼女と行動を共にする。もちろん、彼女自身に興味があるのも動機の一つにはある。さりとて、タヌは男として彼女を守ろうなどとは少しも思わなかった。彼女の圧倒的な強さを前に、そんなことを言えば鼻で笑われる。あくまでも「許してくれる限り、勝手についていく」スタンスのつもりだった。

「一緒にいけば、何かあるかなって」

 タヌがそう言ったとき、彼の胃が鳴った。

「あー……」

 タヌは頬を僅かに赤く染め、口元を手で覆った。

「もうすぐ、町か村に着く」

 道に車輪の跡や人が通った跡がそれなり以上にあった。DYRAはそれを根拠に告げた。

「良かった。ごはん、DYRAも食べるでしょ?」

「外で待つ」

 DYRAは外套を脱げる状態ではなかった。ブラウスは血だらけの上に胸元が裂けている。間違っても、人目にこんな姿を晒すわけにはいかない。もう一つ、アオオオカミなり、悪意ある黒い外套の人物がその場所へ現れるかを確かめたかった。これで現れれば、原因はDYRA自身ということになる。言わば実証実験だ。

 自分と離れたところでいなくなるのではないか。一瞬だけ、タヌは危惧する。しかし、そんなことを口にできる雰囲気ではなかった。タヌの心配をDYRAも何となく察する。

「安心しろ」

 それからほどなくして、村の入口らしき場所に着いた。タヌが住んでいた村より少し大きく、人が多いくらいの印象だ。木造の家と石造りの家が混在しており、奥の方には広大な牧場が見える。そこには何頭もの山羊や牛が飼われている。

「私はここで待つ。村の人間に聞かれたら『一人で来た』と言っておけ」

「う、うん」

 タヌは、DYRAが表にこそ出さないが、やはり人々からラ・モルテ呼ばわりされていることが多少なりとも堪えているのではないかと気にした。

「じゃ、行って来るけど、何かDYRAが食べられそうなもの、買ってくるよ」

「いや、いい」

 DYRAの返事に、ちょっと引け目を感じながら、タヌは村へと足を踏み入れた。入口にある小さな木の看板には『Rugani』と書かれている。ここはルガーニ村だ。

 タヌが村に入ると、DYRAは外から周囲と村の中とを交互に見回した。不審な人物はいないか、アオオオカミの気配がないか、感覚を研ぎ澄ませて。

 少し経って、DYRAたちが歩いてきた方と反対の方から馬車がやってきた。一頭立ての小さな荷馬車だった。年老いた御者と、荷台の方に若い男が乗っていた。幌に描かれた羽ペンと便せんをかたどった印が郵便馬車であると告げている。村の入口に停車すると、大きな袋を手に若い男が村へと入っていった。しばらくすると、先ほどとは違う袋を持って戻ってくる。

 馬車の荷台側から若い男が乗り込んだときだった。

「お嬢ちゃん」

「何だ?」

 しわがれ声で御者が声を掛けてきた。DYRAは警戒を怠らない。

「お嬢ちゃん宛じゃよ」

 出発間際、御者は自身のすぐ脇に置いてあった革袋から手のひらほどの大きさの袋を取り出すと、「ほれ」と言ってDYRAに投げ渡した。彼女が受け取ったのを見るや、さっさと馬に鞭を打って馬車を発車させた。

 あっという間の出来事だった。DYRAは呆気に取られた表情で馬車を見送った。

(私宛?)

 昨日のようにどこかに滞在しているならともかく、どうしてこうも都合良く何かを届けることができるのか。それ以上に不審なのは渡されたこの袋だ。袋自体は厚手の木綿製だが、微かに油の匂いがしたからだ。ピアツァのことを思い出すと、中身が火薬など物騒なものではないかと疑わずにはいられない。タヌがいなくて良かったなどと思いながら、ゆっくりと袋を縛ってある紐を解き、中を見る。

(これは)

 心配は杞憂だった。中に入っていたのはオイル式ライター、蓋が付いた金の懐中時計、それにカードが一通と現金だ。カードは以前と同様、花のエンボスが施されている。ピアツァの町で受け取ったものと同じ見た目だ。カードの中身を見ると、『Pelle』と書いてあるだけだった。DYRAは細かく破って袋の中に入れると、次に現金を確認する。金貨が二〇枚。さっさと財布へ移し替えると、破ったカードの紙片を入れた状態で火を点けて燃やす。燃えかすとなった袋をブーツの踵で踏みつけ、火を消した。最後に、金の懐中時計を確認する。金のチェーンがついており、蓋にはカードと同じ花柄が彫ってある。

(これはあると有り難い)

 懐中時計を外套の内側、スカートのポケットに収めた。この後、DYRAが何事もなかったように待っていると、タヌが戻ってきた。手には折りたたんだ紙を持っている。

「待たせてごめん。でも、ありがとう」

「ところで、それは何だ?」

 タヌが手にしているものを指しながらDYRAが尋ねると、タヌは「ああ」と笑顔を見せて紙を広げてみせる。

「地図だよ。ご飯を食べたときに食堂のおじさんがくれたんだ。町や村の。ボクは村の外のこととかわからないし、DYRAも何か、成り行きで歩いているみたいだったから、それで。でも、大事そうにしまっていたものをくれたから、持ってるお金、全部渡しちゃった」

 タヌなりに情報に対し、対価を払って手に入れたという。DYRAは彼なりにカネの使い方を学んだことに感心しつつ、地図を覗き見る。距離感が何とも怪しい、手書き風の地図だった。それでもないよりはいいと、ピアツァの町とルガーニ村の場所を確認し、そこからタヌが住んでいた場所を見つけ出した。

「お前が住んでいた村はレアリ村。村の外の麦畑の向こうがネスタ山か」

「そうなんだ」

 地図を見る限り、道なりに歩いて行くと、次に着く場所にはペッレの町がある。

「ペッレ、か」

 DYRAは先ほどのカードに書いてあった文字と同じことに気づいた。

(ペッレに行け、ということか)

「ペッレ? 昔、母さんから聞いたことがある」

「知っているのか?」

「母さんは冬から春の間、いつもいなかったって言ったよね。だから前に、どこへ行ってるのって聞いてみたら、ペッレから他の街に行けるんだって」

 そこでDYRAは地図をもう一度見た。確かに、ペッレからはいくつかの街へと繋がる道が太めに描かれている。

「ペッレってどんなところなの?」

「さぁな」

 ペッレもだが、そこから行けるそれぞれの場所についても知らないのだ。となれば、ペッレに着き次第、情報を手に入れなければと二人は各々考える。

 DYRAは今、自分が何をしているのか、何のために歩いているのか今一つわかっていない。何でもいいから取っ掛かりとなるものが欲しい。それが偽らざる本心だった。加えて、自分が入ることでまた何か起こるのではないかという懸念を拭えないことも悩ましかった。

「そっか。DYRAもわからないなら、まずは、行ってみようよ」

 タヌが地図を畳むと、二人はどちらからともなく、ペッレへと向かって歩き始めた。

 ずっと歩き続けるうち、空がカーネリアン色になり、やがてアメジスト色へ染まっていく。

 二人の視界に、灯りのついた建物群が入ってくる。

「あそこみたいだね」

 タヌの足が気持ち、早足になった。


改訂の上、再掲

011:【en-route】旅は道連れ、世は謎だらけ2024/07/23 22:24

011:【Rugani】旅は道連れ、世は謎だらけ2023/01/04 00:57

011:【Rugani】旅は道連れ、世は謎だらけ2020/11/21 00:02

011:【en-route】旅路に、ふたり2018/09/09 12:21

CHAPTER 12 疑惑と旅路2017/01/16 23:00


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