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109:【CHAMBER】RAAZ、はるかな昔の最も大事な思い出に浸る

前回までの「DYRA」----------

タヌを攫ったハーランだが、彼は決してタヌに危害を加えることはなく、アイスを振る舞うなど非常に紳士的な態度で接する。

 床も壁も天井も真っ白な空間に設置された大型の円柱型の容器。透明なそれの中で眠るDYRAの姿を見ながら、銀髪の男──RAAZ──は考え込んでいた。

(まさか、奴がな……)

 RAAZは髪をかき上げながら、少しの間、真っ白な天井へと視線を移す。

 ハーラン。

 三六〇〇年を越える長い時間を生きていたが、今になってまさかこの男について考える羽目になるとは思わなかった。

(死んだと、信じていたのに)

 RAAZの中で、悔しい気持ちがむくむくと頭をもたげ、心を焼いていた。

(あのとき、あの男を確実に仕留めていれば……!)

 いつしか、RAAZの意識は、はるかな昔の記憶の海を彷徨った。



「──研究棟がテロリストに占拠されています!」

「──所長がまだ中にいます!」

「──中の様子は今、どうなっている!?」

「──わ、わかりません!」

「──通信が混乱していて!」

 聞こえてくるやりとりは、お世辞にもいい状況を伝えていなかった。むしろ、最悪に限りなく近いと言った方が良いだろう。

 その頃。

 RAAZは、特殊な繊維で作られた紅色のボディスーツ姿で棒付きキャンディを口に咥え、背中のホルダーに大剣を引っ掛け、あるビルの屋上の片隅に腰を下ろしていた。視界の先に広がっているのは、あまりにも無機的な光景。高さこそ多少の違いがあるが、どれもこれも、ガラスか透き通った樹脂でできているのではと思わせる、半透明の建物ばかりだ。このあたりの地理を知らぬ人間がここに立てば、どれも同じに見えるだろう。実際に歩けば、道に迷うか、迷ったことにさえ気づかず、隣近所の建物に入ってしまうかもしれない。二区画ほど離れた場所のビルからは窓越しに銃を持った男が走り回ったり、民間人らしき丸腰の人間を次々と撃っていったりする様子がRAAZの目にはハッキリと見える。

(ったく。優柔不断のノロマ共、早く決断しろ)

 自分に行かせろ。自分が行けば、テロリストなど敵ではない。丸腰で行っても勝てる。いてもたってもいられないとは、こういう状況のことを言うのかも知れない。待つのはもうウンザリだ。

 ちょうどそのとき、耳のところで着信音が鳴った。P2P通信だった。耳に差し込んである通信機の受信スイッチを入れる。

(え?)

 聞こえてきたのは、聞き覚えのある女の声だった。

「──何しに来たのよ?」

(この声……!?)

 騒動の舞台となっている研究棟のトップである所長の声だ。

「──邪魔、しないでよ。もう」

 その声色は、命の危険が迫っている風ではない。むしろ、緊迫感とは最も遠い。まるで、甘えてくる弟を相手にぼやく(・・・)姉のそれと言うべきか。しかし、その認識は数秒もせずに修正を要求される。

「──マッマ。帰ろう」

 次に聞こえたのは、聞き慣れぬ声だった。性別は男だと推測できるが、この声の人物は一体誰なのだ。出会ったことのある人物を記憶の中で片っ端から照合していくが、どれも合致しない。

(誰だ?)

 聞こえてくる男女のやりとりに意識を集中する。

「──マッマ。ここにいちゃダメだ。ここの施設の正体を知っているだろう!?」

「──だから何だって言うのよ?」

「──政府の目が届かないところで何をやるの!?」

「──は? アンタを作る(・・・・・・)ためだって、私がどれほど嫌な思いを耐えてきたか、わかっている? 何にもわかっていないクセに!」

 女が言い放った言葉は、もう一人の人物についての重要な情報をもたらした。

(奴は──!!)

 まずい。

 一刻も早く彼女を救出する必要がある。

 いや、救出しなければならない。

 もう、テロリスト鎮圧命令だの所長救出命令が出るのを待ってはいられない。

「──私を傷つけ辱め、貶めた奴らの下で作られたアンタは、私の名誉にもキャリアにもなってないの。でもね……」

 ここで通信にノイズが入ったため、この先の言葉は聞こえなかった。

(時間がない!)

 次の行動は決まった。命令を待つのは時間の無駄だ。

 二区画先にあるビルへ行くのは簡単だった。屋上から隣の建物の屋上へ飛び移ればいいだけだ。

 隣のビルの屋上へ飛び移るとすぐ、懐から小さな単眼鏡を出し、事件の舞台になっているビルとその周囲を見回した。

(狙撃手すらいないとはな。つまり、素人でないから、騒ぎになる前にさっさと片付ける自信があった、か)

 このテロを決行したのは寄せ集めテロリストなどではない。逆だ。建物の構造や出入りする人間の性質までも知り尽くし、必要最少人数と最短時間で制圧可能を謳うプロフェッショナルの集団と見るべきだ。

(もう面倒は到達している(・・・・・・)、か)

 自らの気持ちを引き締めるように、RAAZは棒付きキャンディを吐き出した。


 屋上からビルへ入り、五〇人近いテロリストを早々に片付けると、所長室の扉の前に立った。周囲こそ死屍累々積み重なる異様な光景だが、扉はいつも見慣れているものだった。キーロックのPIN(暗証番号)も知っているので慣れた手つきで入力する。

 扉がスライドして半分ほど開き、女の姿が見えたときだった。

「ダー!」

 藍色交じりの長い黒髪と色白の肌、ペリドット色の瞳が印象的な女が悲鳴にも似た声を上げ、逃げ込むように駆け寄って来た。

 女が先ほどまで立っていた場所の側には、自分とそう変わらぬ大柄な男がいた。アッシュグレーの髪、赤い模様入りのガラス玉を彷彿とさせる瞳。多くの修羅場を潜ったことが容易に想像できる落ち着き払った物腰。平穏に暮らしていれば昔は美形だったろうと想像がつく、皺が刻まれた顔立ち。だが、興味を引かれたのはそこではなかった。首筋や手首に微かに、だが、無数にも見える傷跡だった。手術痕というべきか。

「初めまして、だね?」

 大柄な男が口を開いた。見た目に反して柔らかい声だったが、どうでもいい話だ。

「アレ、元カレかな?」

「違うってー!」

 RAAZは視線を動かすことなく、自らの後ろにいる女へ、わざとらしいくらいに戯けた口調で問い掛ける。

 目の前の男が何者かなど、女に言われずとも、概ね想像はついていた。

「お前……ケミカロイド、か」

「キミがマッマ、いや、ドクター・ミレディアの最新作か」

 二人の男が睨み合う。

 だが、騒ぎの幕切れは、誰もが思わぬ形で訪れた。何の脈絡もなく大勢の憲兵が所長室に雪崩れ込んで来たのだ。

 抵抗する大柄な男に電磁手錠を掛けると、憲兵たちは一〇人掛かりで連れ出した。

「放せ! 何故生け捕りだ!? 何故殺処分許可が出ていない!?」

 一方、RAAZ自身もまた、六人だか七人掛かりで憲兵によって押さえつけられていた。

「あれはただのテロリストじゃないからです!」

 残った憲兵たちが口々に訴える。

「ああわかっているさっ! 政府の番犬のケミカロイドがただのテロリストのワケないだろうが! 五〇人も投入してきたんだぞっ!」

「だからですっ!!」

 一番若い女性の憲兵が、今にも泣き出しそうな声で叫んだ。

「まずは所長の無事を喜んで下さい! テロリストには必ずこちらで然るべき処罰を与えますので!!」

 部屋に残っていた憲兵たちはその後も懸命に訴えるのだった。



 記憶の海から戻ってきたRAAZは、自分の中の、悔やんでも悔やみきれない気持ちを何とか鎮めようと懸命だった。

(ごめんよ。ミレディア……)

 RAAZは心の底から申し訳なさそうに、大型の容器の中で眠る女を見つめ直した。


改訂の上、再掲

109:【CHAMBER】RAAZ、はるかな昔の最も大事な思い出に浸る2025/01/15 01:55

109:【CHAMBER】激しく動揺するふたり(2)2019/08/05 22:00

CHAPTER 109 狭い世界2018/01/11 23:00

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