107:【CHAMBER】ディミトリ、初対面のマイヨからいきなり忠告される
前回までの「DYRA」----------
ディミトリは生き残ったアレッポに救援物資や筆耕支援と引き替えに、何が起こったのか顛末を聞く。明かされていく「1年前の出来事」に、ディミトリの全身に嫌な予感が広がった。
(それにしても一体、この街で何が起こったんだ?)
ディミトリはここまで聞いた話を頭の中で整理していた。
随分前からピルロへ時折姿を見せていた『ピッポ』と名乗る男。
ほぼ一年前にピッポと同時に幽霊のように現れた男。ただ、ピッポはこの後ピルロへ姿を見せることはなくなったという。そして時を同じく、恐らくアレーシであろう男が現れた。彼はそのすぐ後、アントネッラの前にも姿を見せ、忠告めいた言葉を残したという。直後にそっくりな容姿の人物がアントネッラに雇われる──。
恐らく、二人組の話とアレッポの話を組み合わせ、時系列でまとめるとこんな感じだろう。
(アレーシとか、フランチェスコで会った、同じ顔の奴とか。DYRAとか会長とか。結局あいつらが関係してる。……あのタヌとかいうガキの親父も、奴らの関係者っぽかったな……まさかとは思うけど)
メレトで出会い、フランチェスコで言い知れぬ悲劇に遭遇したタヌのことを思い出しながら、ディミトリはタヌの父親の名前や、表向きは不明扱いになっている足取りを、マロッタへ戻ったらすぐに調べようと決めていた。
(あとはもう一人の色眼鏡のオッサンか。アレッポは同じ日に来たと言ってたけど、一緒に来た風じゃないってどういう意味だ?)
現地待ち合わせだったとでも言うのか。ディミトリはちゃんと聞いておけば良かったと後悔しつつ、日を改めて聞き直そうと思い直した。
と、そのときだった。
「ん?」
ディミトリは、近くの物陰に人の気配を感じた。暗くなっても物資を運び込んでいる街の人々とは、明らかに違う。
ランタンの灯りを頼りに、ディミトリは気配があった方へと足早に歩いた。たどり着いた先は植物園の前だった。灯りが反射して気づいたが、植物園は壁も屋根も一面ガラス張りだ。
ランタンの灯りを掲げると、植物園の中の光景がうっすらと見えてくる。
「ぅぉ!」
植物園にある植物はすべて枯れ果てていた。確かに今は冬に向かう時期だ。しかし、寒くなりつつあるとはいえ、温室のように作られた建物なら、かくのごとく無残に枯れてしまうなど通常は有り得ない。
(まさか)
ここをDYRAが通ったのではないか。だが、ディミトリの考えはそこで途切れた。植物園の中に人影を見つけたからだ。
「おいっ!」
ディミトリは半ば条件反射的に走り出し、植物園へ入った。
「やぁ」
植物園に入るなり聞こえてきた軽い響きの挨拶。それはディミトリにとって聞き覚えのある声だった。
「おっ……?」
ディミトリは、声を掛けてきた人物を見つけると、ランタンを掲げた。青とも金色ともつかない不思議な色の髪の男の姿が照らし出される。くせ毛気味の髪は長いわけではないものの、一箇所だけ三つ編みが垂れているのが印象的だった。
「お前!」
そう。そこに立っているのは、ソフィアがフランチェスコで殺されてしまったあの夜、彼女を殺した人物を殺した男。つまり、あっちのイスラと同じ顔の男だ。あのとき、最後に姿を現して、マイヨ・アレーシと名乗った。ディミトリはまさか今、ここで遭遇するとは思わなかったと一瞬、目を丸くした。
「いきなり『お前』呼ばわりは失礼なんじゃないの?」
マイヨは観察でもするように興味深げにディミトリを見ながら、話す。
「初めまして、ってウソくさいよね。ほんの少しだけど、一度だけ会っているし。久し振りと言うべきかな?」
「会っている?」
ディミトリの記憶にある限り、マイヨと会った覚えはない。
「『そうだっけ?』とでも言いたそうな顔だよね? 一度だけ、会ったじゃない? 俺がフランチェスコで乗合馬車を下りたとき。アンタ、いたよね? あの厚化粧のお姉さんと一緒に」
ディミトリはそこでハッとした。
「どういうことだ!?」
「俺の生体端末が俺の預かり知らないところで何かワケわからない面白そうなことをやっているってんで、久し振りに世間を見ようと思って来たときさ。アンタら、俺を生体端末だと信じてまぁ、お迎えに来てくれちゃってさ。せっかくだから知らんぷりして、宿までご一緒したよ。あれ、笑っちゃいけないけど、ホントは腹を抱えて笑いたかったんだ」
マイヨの説明に、ディミトリはぎょっとした顔をしてみせた。
「どうして? そう聞きたいんだよね?」
驚くディミトリの表情を楽しそうに見ながら、マイヨは二度ばかり頷いて、答える。
「アンタらが『あっちのイスラ』だの『アレーシ』だのと呼んでいた奴ね、彼が見たこと聞いたことは俺、全部知っているんだよ? どうしてかは話す必要ないけどね」
どこか小馬鹿にするような話し方をするマイヨに、ディミトリは喰って掛かりたい衝動に駆られるが、グッと堪える。今はケンカを売る場面ではないし、何よりも、貴重な情報を得られるかも知れない相手だからだ。
「コケにされるのは悔しいしムカつくけどよ、今は俺、聞きたいことが山のようにある」
「え? そうなの?」
「頼む。教えてくれ」
真剣な面持ちでディミトリはマイヨに頼む。
「えー。俺の言葉なんて、話半分、ウソも半分くらいの気持ちで聞いた方が良いと思うけどね」
マイヨは戯けた口調で告げたところで、それまでとは一転、鋭い視線で睨むようにディミトリを見る。
「悪いけど、アンタの質問を一々聞いて丁寧に答えてやる時間はない。その代わりと言っては何だけど、今、アンタが知っておかなきゃならないことを教えておく」
バカにしているのか。そんな言葉がディミトリの喉のあたりまで出掛かったが、声に出して発することはなかった。マイヨの言葉があまりにも正しかったからだ。その通りだった。ディミトリにしてみれば、質問をしたくとも、何をどう言えばいいのかわからないのが本心だった。そんな状態で問いを発しても、小馬鹿にされてあしらわれるならマシな方で、最悪、殺されても文句は言えない。そこへ、この申し出だ。ここは真摯に教えを請うしかない。ディミトリは心の底からそう思い、最敬礼よろしく頭を下げた。
「頼む」
「え? いやさぁ。アタマ上げようよ」
マイヨの声が聞こえると、ディミトリはゆっくりと頭を上げた。ランタンの灯りで照らしていたはずの周囲が薄暗くなっている。マイヨがランタンを枯れた植物の陰に置き直したのだ。
「アンタら錬金協会にケンカを売るようにピルロをけしかけたのは俺じゃない」
きっぱり告げたマイヨは、ディミトリの顔を覗き込む。彼の表情は、ウソをつくなと言いたげにも、どういうことだと聞きたそうにも、どちらとも取れるものだった。
「大事なことだし、良い機会だからこっちも言い切っちゃうけど、アンタたちが『あっちのイスラ』だの『アレーシ』だのと呼んでいた奴のせいで、こっちは大迷惑を被っているんだよ」
この言い分に、ディミトリはすぐさま反論しそうになるが、いったん、言葉を呑み込む。一通り聞いてから質問をまとめた方が良いと判断したからだ。ディミトリがそんなことを考えているなどと少しも思っていないマイヨは言葉を続ける。
「正直なところ、アンタら錬金協会とか言うのが何をしようと興味はないんだ。ただ、アンタらにも忠告しておくけど、組む相手を間違えることはオススメしないよ?」
「会長のことか?」
すぐさまディミトリの口から飛び出した質問に、マイヨはわざとらしいくらいにきょとんとした表情をしてみせる。
「会長って、誰?」
マイヨは、自身で薄々わかっていることでも、認識の齟齬を起こさないようにという趣旨からか、ディミトリに言わせようとした。
「真夜中のフランチェスコで、アンタが向かい合っていた男だ」
ディミトリの答えに、マイヨは、短い口笛を吹いてしまう。
「あれまぁ。アンタもあそこにいたんだ。じゃ、あの辺の顛末を全部見ていたってことかな?」
マイヨは言いながら、畳んだ鉄扇をディミトリの顎の下に突きつけた。ディミトリの身体が一瞬硬直する。それでも引かなかった。殺意はない。そう判断したのだ。
「……ああ」
「覗き見とは悪趣味だなぁ。けど、そこは今言うところじゃないか。むしろ、説明の手間が省けるってことにしておこう」
マイヨはディミトリの返事を待つことなく言葉を繋げる。
「RAAZが何をしようと俺には関係ない。けど、ヤツとアンタらのゴタゴタで巻き添え喰って死ぬのはこっちとしてはゴメンだってこと」
「え……」
「話は終わり。俺は、出直し、だな」
マイヨへ返す言葉を模索していたディミトリは、マイヨの周囲を中心として、薄暗い空間に広がっていく闇に驚いた。
「え……お、おい!」
ディミトリが声を上げたとき、植物園には誰の姿もなくなっていた。
「消えた……」
あたりを見回したディミトリは、ランタンの上に一枚落ちている黒い花びらに気づいて、指先で摘まんだ。
(闇じゃなくて……)
黒い花びらだったのか。ディミトリは広がった闇の正体に納得しつつ、マイヨと名乗った彼もまた、DYRAやRAAZと同様、花びらを舞わせることができる存在だと理解した。
(アイツ、一体……)
初めてフランチェスコで見かけたときは、ソフィアが殺された件もあり、思考が回りきらなかった。そのためディミトリは、マイヨにとってRAAZは排除したい存在だろうと考えていた。だが、今直接話したことで、そんな短絡的な話ではないのかも知れないと考えを改めた。
ディミトリは、今聞いた話も加味して、今一度、頭の中を整理する。
(『大迷惑』って言っていたよな)
マイヨ。ディミトリの記憶にある限り、フランチェスコで、ソフィアを殺したアレーシをまるで不要品を処分するかのように殺して姿を消した人物だ。RAAZは彼をISLAと呼んでいた。だが、マイヨはそれを嫌がっていた。情報はそれだけで、マイヨが何をしたいのかは見当もつかない。多少なりともヒントになりそうなことがあるとすれば、RAAZと話していたとき、『鍵の所在を確認』したいと言っていたことくらいだ。『鍵』と聞いてディミトリに浮かぶのは、レアリ村を襲わせて探していたもの、くらいしかない。しかし、件の『鍵』が今どこにあるのかは未だにわからない。ただ、タヌが無事だったことを考えると、恐らく何か知っている、もしくは持っているとみて間違いないだろう。もっとも、その『鍵』が一体何のために存在しているかなどは皆目、ディミトリにはわからないが。
(わかったことは結局……)
マイヨはアレーシとまったく別の思惑を持っていること。RAAZと適度に距離を置いていること。DYRAやタヌにそこそこ好意的な距離感を持っていること。ピルロにわざわざ来ているあたり、何か知っているか、関わっていることがあること。これだけだ。
(何も、ねぇ)
肝心なことは何もわからずじまい。ディミトリは失望の溜息を漏らすと、ランタンを手に、植物園を後にした。
改訂の上、再掲
107:【CHAMBER】ディミトリ、初対面のマイヨからいきなり忠告される2025/01/15 01:51
107:【CHAMBER】アイスの味(2)2019/06/20 22:00
CHAPTER 107 白い移動2018/01/04 23:00




