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106:【CHAMBER】ディミトリ、焼き討ちを人災と知ってゾッとする

前回までの「DYRA」----------

マロッタからピルロへ駆けつけたディミトリは街の惨状に驚きつつも、気持ちを揺るがせることなく、生き残った人々から話を聞き始めていた。

「あのさ」

 ディミトリはおもむろに切り出す。

「ここ、他に無事な人とかっているのか?」

「街の奴で、確かちょっと前、奥の様子を見にいった奴がいる。呼んでこようか?」

 焼けた市庁舎の建物の、奥の方を指差しながらの無精髭の男からの申し出に、ディミトリは首を横に振った。

「直接行くさ」

「そっか。水とタバコ、ありがとうよ」

 疲れ切っていた方の男が丁寧に礼を述べた。二人に見送られたディミトリは市庁舎に入ると、ところどころ散らばっている瓦礫を避けながら走り出した。

 瓦礫だらけのエントランスホールの隅にある大階段の陰に隠れるように、一人の青年が座っていた。背格好がディミトリとほぼ変わらない青年は疲れ切っているのか、もはや移動もままならぬようだ。

「なぁ、おい。ちょっと、いっか?」

 ディミトリが切り出すと、青年は少しだけ怯えた目で「あ、はい」と答えてから出てくる。

「あの、あなたは?」

 質問されたディミトリは、またしても「旅の通りすがり」と答え、身元を隠す。

「いやぁ、タイミング悪かったですね。ピルロは本当なら、一番進んでいて楽しい街だったのに」

 力ない口調で答えた青年に、ディミトリは「あ、ああ」と呟くに留める。

「あの、どういう御用でしょうか?」

「無事だった人たちはどこにいて、今、どうなっているのかなって」

 ディミトリが尋ねると、青年は首を横に振った。

「いえ。それが、街の方はもう、ひどいもんです。もっと言うと、生きている人は……」

 言葉を濁す青年に、ディミトリは言いたいことを何となく察する。しかし、今はちょうど二人きりだ。不審を抱いたことも含め、今ここで思い切ってぶつけてみようと思った。

「街中焼けちまったってことか。にしちゃ、ヘンだよな?」

 ヘン、というディミトリの言葉が青年の好奇心に火を点けたのか、それまでの力ない様子から一転、瞳に輝きが戻り始めた。

「ヘン?」

「ああ。街の中心の広場あたりに転がっていた死体はどれも焼死体じゃなかった。死体には斬られた痕があったんだ。それも一太刀で」

「えっ!」

 青年は仰天した顔でディミトリを見た。

「それって、火事のどさくさに紛れて街の人を殺していったってことですか!?」

 青年は信じられないと言いたげな面持ちをしてみせる。だが、ディミトリはそこが本題じゃないとばかりに、話を戻した。

「そんなこんなで、とにかく人を見かけない。生き残ったのは本当に、この市庁舎あたりにいる連中だけなのか?」

 質問に、青年は頷いた。

「はい。植物園のあるあたりだけが運良く焼けずに済んでいて、避難できた人たちはそこにいます。と言っても、ほんの少しです」

「そっか」

「ええ。助かった人は街の規模を考えたらもう、本当に一握りしか。それに、ピルロは錬金協会と敵対した以上、周囲の街や村の援助は望めないし……」

「おいおい。今、それ言うか?」

「えっ」

 ディミトリにしてみれば、この惨状を見た以上、人として見殺しなど到底できない。まして、自らが属する組織の長が派手にやった結果なら、なおのことだ。

「今、街のこととか色々話せる奴っているか?」

「ええ。いるにはいます。行政官のアレッポさんは無事でしたから」

「そっか。何か役に立てるかも知れないから、会わせてくれよ」

 青年はディミトリの言葉に少しだけ表情を明るくすると、一緒に来るようにと手で合図してから歩き出した。

 青年に案内された場所は、市庁舎の敷地から見て奥にある建物だった。建物の正面に立って見つめると、右半分はそっくり焼けてしまっているものの、左半分は焼失を免れ、無事だったのが見てわかる。

「おわぁ」

 思わずディミトリは声を上げてしまった。

「ここが大公家の邸宅です。今、アレッポさんを呼んできます」

 青年は、ディミトリを扉がなくなってしまった正面玄関の前に待たせると、建物の中へと入っていった。

「あちゃー。こりゃすげぇな」

 ディミトリはぼやきながら、自分の真正面に見える、エントランスホールの床を見つめた。一体何が落ちたのかわからないが、信じられないような大穴がぽっかりと開いている。

 しばらくの後だった。青年に連れられ、背の高い、艶のない金髪が印象的な男が現れた。

「初めまして。片付けを手伝ってくれていた、この、レオから聞きました。それにしても、よく、こんな状態のピルロへ……」

「いや、その、色々大変だって言うから……。もし、助けられることがあれば……」

 ディミトリが切り出すと、アレッポは、「立ち話もなんですから」と言って、火事に巻き込まれずに済んだ側の方の廊下を指差した。

「どうぞ」

 アレッポの案内で、ディミトリは穴の開いた床を避けるように歩き、無事だった廊下からすぐそばにある小部屋へ案内された。

 小部屋は、取り敢えず空気を入れ換え、机と椅子を用意したと言った感じだった。レオと呼ばれた青年はアレッポの指示で、部屋の外で待機する。

「改めまして、自分がピルロの行政官、アレッポです」

「俺はディミトリ。挨拶は抜きだ。端的に言う。こんな状態の街で、何人無事だった? 食べ物とか水とか毛布とか薬とか、どれくらい必要か教えてくれ」

「えっ?」

 アレッポが藪から棒に何だと言いたげな表情でディミトリを見る。ディミトリは構わず、一気に話す。

「えーと、細かいことは後回しだ。俺はマロッタの錬金協会から来た。今回の件で貸し借りとか条件とか当面は一切ナシ。取り敢えず、困っている人を助けないと。アンタらだって、街も再建しなきゃならねーだろうし。難しい話はその後ってことで」

 ディミトリは自らの目のあたりに垂れてきた前髪を「ふーっ」と吹いて退かしながら続ける。

「取り急ぎ分の水と食料と薬、それと医者はパオロで待たせてある。今すぐ動かせば夜には間に合う」

「その、君は錬金協会の人間だと言ったけど、助けてくれるという証拠は?」

 アレッポは懐疑的な目でディミトリを見た。応えるようにディミトリが自分のシャツの内側に隠していたペンダントヘッドを取り出し、それを見せた。鍵型のペンダントヘッドで、アクセントにガーネットがついていた。

 アレッポとて、錬金協会の構成員が紋章と同じデザインの鍵をアクセサリ状などにして持っていることは知っていた。本部に出入りできる幹部になると、持ち手部分に宝石がついていることを含めて。

「これは、大変な失礼を。それにしても、随分若いようだけど、結構地位が高いのかな?」

「副会長のイスラ様付きだ。こう見えても専門分野は地理周り。それと、趣味も兼ねて雷の研究」

 ディミトリの身分を聞いて、アレッポはハッとした顔をする。

「そうなのか!」

「そ。ま、今回はイスラ様から様子を見に行って、必要なものを確認してこいって。あと、今の段階で話を大きくするなとも言われている」

「お気遣い、痛み入る」

「ただ、何が起こったのかくらいは教えて欲しい」

「自分が知っている限りのことなら」

 アレッポの答えを聞くや、ディミトリは質問する。

「双子の大公サンは無事なのか?」

「アントネッラ様は重傷。辛うじて一命を取り留めておられますが……」

 最初の質問を受けるなり、アレッポは暗い表情をし、言葉を詰まらせた。ディミトリは何となく察すると、それを言わせてはいけないだろうと思い、敢えて深く追求しない。

「医者、足りているか?」

「いえ。アントネッラ様の治療さえ最低限しかできず……。まして、辛うじて無事だった人たちに対してもまだ、医者の数が……」

「今すぐ来るように言わないと。伝書鳩とかはまだ生きているか?」

 アレッポは頷く。

「無事なのが二羽いる」

「パオロへ飛ばせるか?」

「ええ」

 ディミトリは聞くなり即断する。

「助かった人数と、必要なものを書いてくれ。パオロで待たせている奴が来るし、足りない分は待機している奴からマロッタへ連絡させてすぐ用意する」

 アレッポはディミトリに促されると、テーブルに置いてある便せんにペンでサラサラと書いていった。

「レオ君!」

 アレッポが大きな声で呼ぶと、扉の側に立っていたレオが部屋へ入り、駆け寄った。

「これを、赤い足の伝書鳩につけて、飛ばしてくれ」

「わかりました!」

 レオはメモを受け取ると、すぐに部屋を出て行った。

「伝書鳩が無事なのは不幸中の幸いだった」

「ディミトリ君。かたじけない」

 部屋はディミトリとアレッポの二人だけになった。静寂が漂ったが、感傷に浸っている時間などない。ディミトリは話を切り出す。

「アレッポさんさ、二、三、教えてくれ」

「ええ」

「アンタらが錬金協会にケンカ吹っ掛けたのは、アンタらに何か吹き込んだか、そうでなきゃ焚きつけた奴がいたはずだ。そういう奴がいたなら知りたい。名前とか、今どこにいるのかとか」

 アレッポが質問の意図を察したようだった。錬金協会とかつて縁があった人間かどうかを確認したいのだろう、と。

「随分前の話だ。最初に来たのは……名前は確か、ピッポと言っていた」

 天井を仰ぎ見ながら、記憶の糸を丁寧にたどるようにアレッポは切り出した。

 ピッポ。

 ディミトリが知る限り、組織にそんな名前の人物はいない。ふむ、と首をかしげる。

「ピルロへは何度も姿を見せていた。と言っても、街に長居をすることはなくて、その日のうちにいなくなることがほとんどだった」

「どっから来たとか、そういう話はなかったのか?」

「そういう話は一度もない。どこから来たのかわからない。おまけに、いなくなるときも、山の方だったり、ペッレの方だったり」

「そのピッポってのはいつも一人で来たのか」

「ピッポはそうだった」

 アレッポの答えを聞いたディミトリは、先ほどの瓦礫除去作業をしていた二人組から聞いた話を思い出す。

「ああ。あ、そうだ。一度だけ、同じ日に二人での来訪があった」

 二人と聞いた途端、ディミトリは表向きこそ平静を装いつつも、内心、色めき立った。

「けど、一緒に来たわけじゃなかった。そうだ、もう一人はそれなりに年がいった感じの髭面の男だった。目が見えないのかわからないが、変わった色のメガネを掛けていた。そうだ。ピッポはそれっきり来なくなった」

 これまでの話に出てきていない人間がまだいるのか。ディミトリはやや混乱した。だいたい、メガネのレンズに色がついているだなんて、聞いたこともない。だが、アレッポの話はまだ終わっていないようだ。ディミトリは続きを視線で促した。

「そうだ。そのすぐ後だ。おかしな来訪者があった」

「おかしな?」

 続く言葉に、ディミトリは期待しながら傾聴する。

「これもまた奇妙な人で」

「奇妙?」

 アレッポは頷きながらも話を続ける。

「ああ。この人物は二度、ピルロに来たんだ。それがちょうど一年前くらい、か」

「どういうことだ?」

 ディミトリは、アレッポの言葉を聞き逃すまいと集中する。

「三つ編みをした男だったんだ」

 三つ編みの男と聞いて、ディミトリはすぐにピンと来た。男なのに長髪で三つ編みなんて、中々見かけない。それだけではない。先ほど市庁舎で出会った二人組から聞いた話とも合致するではないか。

「一度目に来たときは、私たちに技術協力をしたいと言ってきた。なのに、再び来たときは……」

「違うことを言ったのか?」

「ええ。ただ、自分はそのとき直接会って話したわけじゃない」

「じゃ、ルカ市長?」

「いえ。それが、アントネッラ様で……。自分は植物園でたまたま立ち聞きをして……」

 予想しなかった相手に、ディミトリは一瞬、目を丸くした。

「『好奇心を持つのはいいけれど、過ぎると猫をも殺す』と話していた」

 アレッポの話では、さらにその直後、この男とよく似た雰囲気の人物がピルロに現れ、仕事を求めてきたという。そのとき、アントネッラが用心棒代わりに採用した経緯も明かされた。

 一通り聞いたディミトリは、何となく察し始めていた。

(先に来たのはあっち(・・・)のイスラで、植物園で会ったのは同じ顔の別人の方じゃないのか?)

 だが、それですべてがわかったわけではない。ディミトリはこの話を心に留め、持ち帰ることにした。

「アレッポさんさ、この話って、誰かに言った?」

「いや、今となっては自分とアントネッラ様以外はもう誰も……」

「それ、絶対に口にしない方が良い。俺も、ウチのイスラ様以外に言うつもりはないから」

 ディミトリはここでいったん話を終わらせると、話題を変える。

「あと、もう一つ聞いていいか」

「ええ」

「まさかと思うけど、この街にラ・モルテは来てないだろうな?」

「それは……」

 アレッポは言いにくそうに答える。

「その……ええ」

 返ってきた答えに、ディミトリはピルロへ降り掛かった災いは『起こるべくして起こった』のではないかと思う。

「ラ・モルテへチョッカイ出したりしていないだろうな?」

「いや、それが……」

 アレッポが言葉を濁したことで、ディミトリの中ですべてが腑に落ちた。あの、DYRAとか言う女にチョッカイを出してしまったなら、当然の結果だ、と。RAAZは恐ろしいほど彼女へ執着を見せていた。同時に、彼女を「兵器」と言い切ったりもしていた。

「そっか」

 ディミトリは深い溜息を漏らす。そのとき、アレッポは少し遠い目をして呟くように言った。

「自分はあのとき、彼女と話した。『どうして現れるのか』と聞いた」

 それはディミトリにとって、思わぬ切り出しだった。

「何て答えたんだ?」

「ラ・モルテとは災厄だと。自分はそこを通り掛かるだけだ、と」

 アレッポから聞いた答えに、ディミトリは何と言葉を返せばいいのかわからなかった。

(確か、DYRAって。別に、街を滅ぼしたいなんて感じじゃなかったしな)

 フランチェスコでの顛末を見ていたディミトリにしてみれば、アレッポが聞いたDYRAからの答えに何らの違和感もない。むしろその台詞の通りなのかも知れないとすら思う。

 夜になると、ピルロの中央広場のあたりへ乗合馬車と数台の荷馬車が到着した。乗合馬車から医者らしき人物が数人下りてきて、市庁舎へと向かっていく。荷馬車の方は、レオが中心となって無事だった人々と共に、次々と物資を下ろしていった。

 無事に運び込まれている様子を見届けてから、ディミトリはランタンを手に、市庁舎の方から植物園の方へ向かって歩いていった。


改訂の上、再掲

106:【CHAMBER】ディミトリ、焼き討ちを人災と知ってゾッとする2025/01/15 01:49

106:【CHAMBER】アイスの味(1)2019/05/30 22:00

CHAPTER 106 地下墓地から2017/12/25 23:00

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