105:【?????】ディミトリ、錬金協会の人間として被災地入りしてみる
前回までの「DYRA」----------
ピルロは焼け落ちた。マイヨ・アレーシは廃墟同然と化したピルロを見て回り、いくつか手掛かりを掴む。一方、マロッタはピルロ焼失の第一報を受けたディミトリたちが救助の準備に動き出していた。
ディミトリは錬金協会の副会長であるイスラの命を受けると、すぐに物資と医者六名を手配した。この救助団を二台の荷馬車と共に道の駅パオロへ向かわせ、待機させる。パオロはトルドとピルロの間にあり、ピルロに助けが必要と確定したらすぐに駆けつけられる位置にある。一方、ディミトリ自身は一足先に現地の状況を確認するべく、馬を乗り継いでマロッタから川沿いにピルロへと向かった。
「おい……」
ディミトリは、ピルロへの入口にあたる大橋の前で慄然としていた。
(冗談、だろ)
朝一番にもたらされた報告は嘘ではなかった。まだ橋を渡っていないのに、異臭が漂ってくる。おまけに埃と灰が舞い上がっているせいで視界も今一つ良くない。辛うじて見える橋の向こうに広がる光景は、焼け焦げた建物と瓦礫ばかりだ。
(ってか、生きている人間、いるのかよ!?)
死の街とはまさにこのことではないのか。そんな風に思いながらディミトリは馬を下りると、馬の背に預けていた背負い袋と短剣を取った。次に、懐の内側にあるそれの感触を確かめる。
(まさか、アオオオカミとかいないだろうな)
こんなところで、六つ目の人喰い狼に遭遇してしまえばひとたまりもない。ディミトリは剣の他に、四発装填のペッパーボックス式ピストルも持ってきていた。
最後にディミトリは、胸のあたりを手のひらで軽く叩いた。錬金協会の幹部であることを証明するペンダントヘッドがシャツの内側に収まっていることを確認する。そして、馬を残し、ゆっくりとした足取りでディミトリは橋を渡った。
橋を渡り、街の外側、川沿いに作ってある厚い壁の一角にある門を潜る。進むディミトリにとってその門は、トンネルのように長く感じられた。
ピルロの街へ入ったときだった。
(何だ。っていうか、何なんだよ、これ)
ディミトリの視界に飛び込んできたのは、瓦礫の山と化した街と、無数の屍だった。少なくない死体の数に驚きつつも、街の中心部へ向かって歩くうち、あることに気づき始める。
(待てよ、おい)
ディミトリは、街の中心へ向かうに従い、死体の質が変わってきていることに気づく。
(火事で死んだんじゃ、ない?)
火傷の痕がほとんどない。代わりに、焦げ目のついた創傷がある。
(火であぶった剣か何かで斬られた?)
ディミトリは顔を上げると、あたりを見回した。焼け焦げていない、無事な建物がないかを探すためだった。
(あの広い敷地周りは割と、焼け跡少ないな)
生存者がいるかも知れない。僅かな期待を抱きながら、ディミトリは走り出す。死体を踏まないようにまたぎながら進むうち、時計台の先までたどり着いた。
(何だ、あれ。時計台の先の……)
時計台は無事だった。上から下まで、全く炎に焼かれた形跡がない。
「おわっ」
さらに走って行くと、門扉がバラバラになった状態で地面に散らばっているのが視界に飛び込んでくる。
(鉄がこんなに)
鮮やかにバラバラになるものなのか。剣でこんなに斬れるのか。ディミトリには信じられなかった。だが、それが逆に彼の好奇心を刺激する。
(すっげぇな)
ディミトリは身を屈めると、切り口が鮮やかなものを選んで一片を拾った。
そのときだった。
奥の方から物音が聞こえてきた。
「誰かいる?」
ディミトリは反射的に立ち上がると、音が聞こえてきた方を見た。遠めではあるものの、何かが動いているように見える。
「おい!」
ディミトリは意を決し、大きな声を上げた。
「おーいっ! 誰かいるか!?」
何かが動いた方に向かって声を上げながら歩き出した。
「……」
今度は何かが聞こえたような気がした。ディミトリはもう一度、声を上げる。
「いるのかーっ!?」
「……ここだー」
今度は小さいながらもハッキリと聞こえた。ディミトリは声が聞こえた方へと走った。
焼けた建物の裏側で、二人組の中年男が瓦礫を退かしているところだった。二人ともシャツは煤で真っ黒になっている上、一人は疲れ切っている様子だった。
「おい! 大丈夫か! 手伝うか!?」
ディミトリの申し出に、中年男たちは一瞬、顔を見合わせた。
「た、頼む」
「助けてくれ。もう、何がどうなっているのか……」
「いいとも」
ディミトリは疲れ切っている方の男と交代すると、無精髭の男と共に瓦礫を退かす作業を手伝い始めた。
瓦礫を運び、端の方へ置いたところで、無精髭の男が我に返ったようにぎょっとした顔でディミトリを見る。街を焼き尽くした火事での生き残りとは思えない、小綺麗で子洒落た格好の人物が手伝ってくれていたとは。
「って、ア、アンタ、この街のモンじゃないだろ」
「ああ。ピルロに旅行に行ったはずの親戚が夜明け前に戻ってきたから何があったのかと」
本当のことは言わないが、あからさまな嘘もつかないというスタンスでディミトリは答えた。
「それで、か」
ディミトリの言葉に、二人の男は頷いた。
「街の人は……」
ディミトリが何気なく聞くと、二人の男は沈んだ顔をして見せた。
「ああ。ひどいもんだ。生きているのはここら辺、つまり市庁舎と大公様の敷地内にいた者だちがほとんど。あとはごく一部の、延焼を免れた場所に居合わせた連中くらいだ」
「どのくらい残っているんだ?」
「わからない。市庁舎は見ての通りで、別棟にいた数人だけが無事だった。大公家はまだ状態さえわからない。っていうか、様子を見に行く余裕もないってぇかな」
ディミトリは持ってきた背負い袋から水の入った瓶を二本取り出すと、二人に差し出した。
「あ、有り難い!」
「ああ。君、本当にありがとう」
男たちは早速栓を抜き、水で喉を潤す。ごくごくという音がディミトリの耳にもハッキリと聞こえてくる。彼らが心身共にギリギリまで頑張っており、相当参っていることが見て取れた。
「それにしても、街全部がこれか……」
ディミトリが憮然とした口調で切り出した。
「ああ……この有様だ。ひでえもんだろ? 実は俺、あのとき見ちまったんだ……」
「お、おいっ! お前それは言っちゃ……」
水を飲み干して安堵したのか、それまで疲れ切っていた方の男が、無精髭の男の制止を振り切って口を開いた。
「見た? 何を?」
ディミトリは気になるといった感じで尋ねながら背負い袋から薄い四角い箱を取り出すと、開いてみせた。中には、トウモロコシの葉で巻かれたタバコが入っていた。
「すまない」
「ありがとうよ」
二人の男はタバコを一本ずつ取った。ディミトリがマッチで一人ずつタバコに火を点ける。
「で、何を見たんだって?」
「ああそうそう。不思議な男が現れたんだ!」
「不思議な男?」
「ああ。赤い外套を着ていて、周りに花びらがびゅんびゅん舞うんだ。で、歩いた先からどんどん火事になっていったんだ! それだけじゃない。衛兵が火矢を打ったんだが、その男に届く前に、火矢が折れて足下に落ちていったんだ」
聞きながら、内心、ディミトリはぞっとした。
(それ! 会長……RAAZじゃねぇか!)
RAAZがピルロを灰にしたのか。しかし、表立って聞けば怪しまれてしまう。ディミトリは、まずはとにかく、聞けるだけ話を聞き出そうと決めた。
「何だよそれ。って、花びらって言ったよな? ラ・モルテが来たのか?」
「いんにゃ」
答えたのは無精髭の男だった。
「青い花びらじゃなかった。見たのは赤だった」
青い花びらはラ・モルテが現れる証。それはこの世界に住む者であれば誰でも知っていることだ。
(でも)
彼らが見たのは青ではなく、赤い花びらだったという。ラ・モルテは現れなかったということなのか。もう少し情報が欲しい、とディミトリは次の台詞を考える。
「ラ・モルテじゃない奴が来て、こんなことになっちまった、か」
ディミトリはわざとらしいくらいに深い溜息をついてみせる。
「天罰なのかも知れないなぁ」
疲れ切っていた方の男が夕方の、アメトリン色になり始めた空を見上げながら呟いたときだった。
「天罰じゃないだろ。起こるべくして起こったんだ」
無精髭の男が言い切った。男の発言に注目が集まる。
「どういうことだ?」
ディミトリが意外そうな表情をして見せた。
無精髭の男はタバコを吸い終えると、ディミトリの方をちらりと見て、口調を改めて切り出した。
「こいつぁ、話半分で聞いてくれ」
「あ、ああ」
「俺の本来の仕事は、市庁舎の受付の役人だ。で、時々、大公様のお客様が来ると、お屋敷までお伝えに行ったりすることもあった。ちょくちょく来る客なら、だいたい顔を覚えているつもりだ。確かあれは、山が枯れる前の時期だから、ちょうど一年前くらいのことだったか。大公様のお屋敷に、見たこともない奴が来たんだ」
「見たこともない奴?」
ディミトリが興味深そうな声を出すと、無精髭の男は続ける。
「ああ。あんな奇妙な奴は、ピルロにも都にもいやしないと思うくらいだ。変な黒い服を着て、三つ編みをしていた」
「三つ編みの男?」
ディミトリは誰のことかすぐに察しがついた。しかし、余計な勘ぐりを入れられないようにするため、もっと話してくれとばかりに少し身を乗り出すだけに留める。
「ああ、そうだ。そのちょい前にもう一人来ていたな。そうだ。あのあたりからだ」
他に誰が来たというのだ。しかも、三つ編みの男の前とはどういうことか。何があったのか。ディミトリの興味はいやが上にも高まっていく。
「もう一人? って、その時期が何だって?」
「三つ編みが来た時期とはほとんど変わらない。夜遅く、気がついたら敷地の中にいた。けれど、暗くて男か女かも、どんな見た目かもちょっとわからない」
「気がついたら?」
「ああ。そいつは門を潜って入ってきたんじゃない。気がついたらそこにいたんだ」
「門番が見落としたとかじゃなく?」
「門の開け閉めはあの日、俺がやっていたんだ。あの日、夜に俺は開けていない」
「隠れて入った奴を見回りが見落としたとかでもなく?」
ここで、疲れ切っていた方の男が「おい」と言いながら、無精髭の男が話すのを止めようとした。
ここまで聞いた話を、ディミトリは頭の中で整理する。
(一年前に、あっちのイスラがこの街に来ていた?)
それにしても、あっちのイスラとはどっちのことなのか。ディミトリが知る限り三人いる。一人はもちろん、錬金協会の副会長。もう一人はディミトリ自身も含む、錬金協会の反会長派幹部と接触していた人物。あと一人はフランチェスコでちらりと見ただけだが、そいつを殺した上で自分が本物と言い切った人物。
さらに、話を聞く限りだとその直前に彼らとは別の人物も来たという。その人物は何者で、何をしたのか。ディミトリはそこが気になった。今は話をゴチャゴチャにしないため、まずはその、『気がついたらそこにいた』人物についてのみ聞くことにした。
「なぁ、その、幽霊か何かみたいに現れた奴は何だったんだ?」
疲れ切っていた方の男は、ディミトリが無精髭の男の話をもう少し聞きたいと意思表示したことで、止めるのをやめた。水とタバコをくれた人物の希望を無碍にしてはいけないと思ったようだった。
「あ、ああ」
無精髭の男は息を整え直してから話を続ける。
「そいつは、衛兵が止めても全然きかないんだ。単に無視するとかそういう意味じゃなくて、力ずくで止めようとしても、あっという間に、ひとひねりって」
夜遅くに突然敷地内に入ってきた何者かが衛兵を赤子の手をひねるように捌いていく。普通に考えればその人物が大公家の人間を皆殺しにするつもりだったらどうしていたのか。それがディミトリの率直な感想だった。
「それでそいつは結局、大公家、つまり市長様のお屋敷へ入っていった」
「何もなかったのか?」
「何を話したとかはわからない。けど、悲鳴とかも聞こえなかったし、物騒なことは何もなかったんだろうよ」
大公家へ乗り込み、誰かに危害を加えた様子もない。それなら確かに、この無精髭の男が話した内容が噂として広がることはない。だからこそ、話半分でと言ったのだろうとディミトリは考える。
無精髭の男は続けた。
「要はまぁ、この後だってことだ。ピルロがすごい勢いで開けていって、他の街にはないものがどんどんあふれるように出てきたのは。時計台とかの建物だって、今にも建て替えるんじゃないかって勢いだった。今思えば、ピルロはやっちゃいけないことやっちまったのかなぁ」
聞いているうちに思い出したとばかりに、疲れ切っていた方の男も口を開く。
「あの時期くらいか。アレッポ様が『錬金協会なんか頼らなくてもやっていける』って強気になったのは」
この言葉で、ディミトリの中で話が繋がった。
(問題の二人が来てから!)
ディミトリの記憶にある限り、ピルロが街として「錬金協会との対決も辞さず」と意思表明した時期とも一致している。約一年前の、二人の男の来訪劇がこの街の運命を変えてしまったのか。
(そうか!)
もう一つ、ディミトリの中で話が繋がる。むしろこれで、この街の惨状に説明がつく。
(このピルロのザマは、会長からの報復ってことか!)
錬金協会の幹部であるディミトリにしてみれば、どの街とも上手くやっていきたい。当然、あからさまに敵対的な態度を取られてしまえば面白くない。しかし、そんな思いを差し引いてなお、今回の件はあまりにも情け容赦ない仕打ちだ。幸か不幸か、RAAZが一人で勝手に証拠すら残さない勢いで手を下したことと、死者があまりにも多すぎて、錬金協会のせいだと吹聴する人物すらいないのが数少ない救いだ。
だとすれば。
(その、一年前に来た、あっちのイスラじゃない幽霊みたいな奴って……)
何者かはわからないが、少なくとも、RAAZにとって敵対する存在である可能性が極めて高い。ディミトリは、それはそれで新しい面倒が起こる予感を抱かずにはいられなかった。
改訂の上、再掲
105:【?????】ディミトリ、錬金協会の人間として被災地入りしてみる2025/01/15 01:47
105:【?????】亀裂の向こう側(2)2019/05/20 22:00
CHAPTER 105 持ちつ持たれつ2017/12/21 23:41