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104:【?????】焼き討ちという大混乱のあとには

前回までの「DYRA」----------

ピルロの突如現れた謎の男「ハーラン」。RAAZやマイヨはその存在を知っているのか、顔色を変えた。そんな矢先、タヌがハーランによって攫われてしまう。

 その夜、ピルロは焼け落ちた。そして、今まさに夜明けを迎えんと、アイオライト色に染まった空の東の彼方にダイヤモンドの如き輝きが現れた頃。

(あーあ。ひどいザマだな、こりゃ)

 マイヨ・アレーシは、ピルロの中央広場で、凄惨な光景を見ながら、口元に広げた鉄扇をそっと当てて、うんざりした表情をしてみせた。

(これじゃあもう、餌もないし、六つ目のオオカミさんも現れない、か)

 こんなに人も動物も死んでいては餌もない。来ないだろう。マイヨは襲われる心配はないとばかりに、広場で焼け出されているものを見て回った。

(なるほどねー。それにしても、こんな樽によくプロパンガスが入ったもんだ)

 マイヨは、焼け焦げてしまった樽に目を落とす。樽の中に麻袋が二重に入っているのが焼け残った切れっ端からわかる。

(気化したやつを原始的に充填しているだけなら、街をああまで炎に包まない)

 マイヨは頭の中で仮説を立てる。

(プロパンガスや窒素の基礎的な技術がどうこうじゃなくて、これって、ある程度、現物を密かに出していたんじゃ? 窒素もあるってことは、そういうことでしょ?)

 街が不夜城さながらに明るかったのも、氷菓子が珍味とは到底思えないほどに格安だったことも説明がつく。そして、山の中腹の爆発騒ぎは、そもそもの原因が何であれ、調査に来るであろう連中に中を見られないようにするため、爆発現場を早々に埋めて証拠隠滅を図ったのでないか。この仮説なら、ほぼ矛盾がない。

(それにしても……)

 マイヨは改めて、昨晩のことを思い出していた。


 DYRAを攫ったアントネッラへ怒りを露わにしたRAAZ。彼は報復としてピルロを焼き払うという挙に出た。

 RAAZがアントネッラを追い詰めたとき、思いも寄らぬ乱入者──ハーラン・ハディット──が現れた。まさか、生きているなどとは夢にも思っていなかった。三六〇〇年以上前、自分たちの文明が滅亡したあのとき、死んだはずではなかったのか。生きていたこと自体、驚きに値した。どうして生きていたのか。だが、そんなことを聞く暇は一秒たりとも与えられなかった。そう、現れるなり、DYRAの傍らにいたタヌを攫い、忽然と姿を消したからだ。

 ハーランが姿を消した直後、RAAZもまた、激しく動揺するDYRAを連れ、赤い花びらを舞わせながらその場を去った。


(誰に怪しまれることもない機会が巡ってきたんだ。色々、調べて回るかな)

 明るくなりつつある空を見上げ、マイヨは口元の扇子を少しだけ畳んだ。

(せっかくだ。今日か明日あたり、機会を見てお嬢さんのお見舞いも行っておくかな)


 マイヨ・アレーシが無残なピルロを見て回っていた頃──。

 灰色の外套に身を包んだ若い男がマロッタの街の中心部、その一角にある建物の正面玄関の扉を拳で何度も叩いていた。男は顔も服装も煤だらけになっている上、強ばった表情だった。傍らの馬も疲れているのか、どこかぐったりした様子だ。

「た、た、大変ですっ!!」

 扉が開く気配はなかった。男は、扉の脇に描かれている鍵の紋章を二度三度見ながら、再び拳で扉を叩いた。

「た……大変です!! 緊急です!! 開けてくれっ!!」

 血相を変え駆け込んできた若い男。西の都アニェッリに次ぐ大都市である、ここ、マロッタにある錬金協会の施設は、にわかに騒然とした雰囲気に包まれた。

「まだ夜明け前ですよ。一体、どうしましたか?」

 扉が開くと、眠そうな表情の太った中年男が姿を現した。どこか頼りなさげな見た目ではあるが、鍵のペンダントをつけていることから、錬金協会の人間であることは一目瞭然だ。どうやら、夜中に急病人などが訪れたときのための当直係のようだった。

「た、た、大変です! イスラ様を、よ、呼んで……下さ……い……」

 若い男は懇願するように言いながら、そのままその場に膝を落とし、意識を失った。

「だ、誰か!」

 太った当直男が慌てて大声を上げると、すぐに奥の廊下の方から二人の白衣姿の男が眠い目を擦りながら姿を見せた。

「応急処置急げーっ!」

 応急処置、と聞くなり、眠そうだった男たちは嘘のようにしゃんとなり、一人が倒れた若い男の元へ駆け寄った。もう一人は、いったん奥へと走って行ったが、ほどなく担架を手に戻ってくる。

 倒れた若い男は担架に乗せられると、二人の白衣の男たちによって、廊下の突き当たりにある部屋へと運ばれていった。扉に『医務室」と表札が掛かっている。

「おい! 大丈夫か?」

 医務室に運ばれた若い男は、白衣の男たちの手でベッドに寝かされた。続いて、最初に姿を見せた当直男が水の入った瓶とコップを手に、部屋の前に立つ。白衣の男の一人が部屋の扉の前に立っている当直男に気づくと、思い出したように瓶とコップを受け取った。

「大丈夫か?」

 若い男を寝かせたベッドの方へ行くと、手にした瓶からコップに水を注ぎ、その口元へ持っていく。

「飲めるか?」

 若い男は震えるように頷くと、少しずつ、水を飲み始めた。


 朝を告げるダイヤモンドの輝きが少しずつ、空を照らすようになった頃──。

「副会長様。ディミトリさん。朝早く、大変申し訳ございません。この人が、『イスラ様を』と言って、玄関先で倒れた人物です」

 当直男に急かされる形で、医務室に二人の男が姿を見せていた。

 一人は彫りの深い顔立ちで、皮膚に多数皺が刻まれた、相当な年齢を重ねている人物だった。とはいえ、適度に筋肉もあり、足腰がしっかりしている。シルバーグレーの髪は、老年にしては豊富で、短くかつウェーブがかっている。何より、その眼光や表情、身体の動きが老いを微塵も感じさせない。もう一人は中肉中背の、金髪の若い男だ。時折「ふっ!」と息を吹いては、グラファイトグレーの瞳に掛かりそうな前髪を退かして視界を確保している。

「朝っぱらから何事だよ? ってか、一々イスラ様を呼ぶなよ?」

「ですが、ディミトリさん!」

 治療にあたっていた白衣の男が顔を上げ、金髪の男を真っ直ぐ見つめた。そして急いで医務室の奥の机に置いてあった一枚のメモを取りに行き、突きつけるような仕草で老人とディミトリにそれを見せる。

「この人、こんなの持ってきたんですよ!?」

 ディミトリはベッドに横たわる若い男へちらりと目をやってから、問題のメモを半ば奪い取るように乱暴に手にした。

「……マジか!」

 内容を見るなり、ディミトリの顔色が変わった。

 暗号で書かれたメモだ。白衣の男たちには解読できない。それでも、錬金協会の一員として「暗号で書かれた連絡が重要な内容である」ことくらいは心得ている。

「どれ」

 ディミトリからメモを受け取った老人も、暗号を読むことができる。

「おお……! な、何ということだ」

 老人もまた、表情を一瞬、強ばらせた。目の前の二人の表情から、メモを渡した白衣の男は極めて深刻な事態が起こっているのではと察した。

「すまんが、彼には手厚い治療を頼むよ。目を覚ましたら、仕事中でも食事中でも一向に構わないから、すぐに呼びに来てくれ」

 優しい声ながらも有無を言わせぬ力を感じさせる老人からの指示を受け、白衣の男たちは首を大きく縦に振った。

「は、はい」

「わかりました」

 返事を聞いたところで、老人はディミトリの背中を押した。治療の邪魔をしないよう、医務室から出て行く。

 老人とディミトリは、足早に階段を上がっていった。錬金協会の施設であるこの建物の最上階、副会長の執務室へ入ってから、老人は口を開く。

「ディミトリ。大変なことになった」

「あのメモ、『ピルロが灰になった』って」

 老人とディミトリは、事務処理でもするような表情で互いの顔を見た。それはまるで、心を落ち着かせるため、意識して驚きや動揺を顔に出すまいとするかのようだった。

「イスラ様。あの街はかなりの密偵を放ってましたけど、ほぼ誰も帰ってこなかったはず。医務室にいた奴は、よく無事に……」

 ディミトリは、医務室に担ぎ込まれた若い男が、外套の色から行商に化けてピルロの情報収集をしていた密偵の一人だとわかっていた。

「だからこそだ」

 柔らかく、ゆっくり、だが貫禄ある口調で老人が話す。

「まずは何が起こったのか、事実だけを確認したい。いいかい。事実だけだよ。ディミトリ。ピルロへ行ってもらえるか? この話が本当なら、あの街には助けが必要なはず。行くときに一緒に、君が信用している会員で先発となる救助団を編成して、水と食料の用意をするんだ」

「わかりました。すぐに」

「それからもう一つ。今はまだ、みだりに話を大きくしてはならん。嘘が広がるかも知れないからね」

「はい!」

 老人の指示を聞き終えたディミトリは一礼すると、執務室を後にした。

 ディミトリの足音が遠くなっていき、聞こえなくなると、老人は深い溜息を漏らした。

「ピルロ……。ラ・ディアブレ(悪魔)と手を組んでしまった結末か」

 老人は執務机に置いてあった水の入った瓶を手に取り、銅のカップに水を注ぐ。冷たい水を一気に喉に流し込んでから、思考を巡らせた。

(会長は常々、『性急に新しいものを入れるな』と仰っていたが、まさかこんな形で)

 錬金協会の副会長という立場にある老人は、会長の方針に反し、『文明の遺産』で使えるものを見つけたら、完全に解明できずとも早め早めに採り入れて組織の運営に反映させてきた。そのため、何度となく会長と方針対立もした。老人が知る限り、ピルロは自分たちどころではない勢いで貪欲に技術革新を進めようとしていたようだ。だから、ピルロの噂を聞く度に焦りを感じた。その一方で、街の発展スピードを不審に思うこともあった。

(図らずも会長の正しさが証明された、か。しかしの……)

 錬金協会を拒絶し続けていたピルロはどうやって新しい技術を次々と産み出していたのか。言うなれば、新技術の出所についてだ。

(よもやとは思うが)

 老人は、嫌な予感を抱いていた。


改訂の上、再掲

104:【?????】焼き討ちという大混乱のあとには2025/01/15 01:44

104:【?????】亀裂の向こう側(1)2019/05/13 22:00

CHAPTER 104 突破口へ2017/12/18 23:06

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