101:【PIRLO】DYRAで金儲けを企むヤツへの、RAAZからの報復は想像を絶する
前回までの「DYRA」----------
人捜し屋は文明の遺産を使っていたことを知ったサルヴァトーレことRAAZ。しかし同時に、ISLAもこの人捜し屋を利用していたことを把握すると、背後で動いている人間について、大きな謎になった。RAAZはISLAを山の中腹で見つけ出したとき、別の「誰か」の存在を察知する。
「……う」
冷たい感触に撫でられ続けたDYRAは、それがもたらす不快感に耐えきれなくなったとばかりに、ようやく目を覚ました。俯せで、大の字のような体勢で倒れており、周囲を見ることはできない。一体どのくらい倒れていたのだろうか。
「ここは……どこだ?」
DYRAは身を起こそうとするが、身体が思ったように動かない。頭もぼんやりする。それでも少しずつ顔を上げ、見える範囲だけでもとあたりを見回そうとする。
「痛っ」
首を動かそうとすると、うなじのあたりがチクチクと痛み出す。
「それにしても、この部屋は妙に寒いな……」
ランタンを含めて灯りらしい灯りはない。見えるのは、離れたところにある、縦長に青白く光っている何かだけだった。光っていると言っても、光蘚よりマシな程度にすぎない。部屋の中がどうなっているのかを正確に把握するためには必要からほど遠かった。
もう一度、DYRAは自らの身体を起こそうとしたが、それはできなかった。
(何だ?)
手首や足首に枷ならではの冷たい感触がある。少し動くだけで石の床を通して響く音から、鎖がついているのもわかる。だが、身体が思うように動かせない理由はそれだけではなかった。肘や膝の裏側に、何かが刺さっているらしく、関節を動かそうとするとそれに当たってしまい、痛みが走るのだ。
(針?)
肘や膝に刺さっているものは針ではないかと、感触からDYRAは推測する。うなじの辺りにも同じ風に、動くと針が刺さるようになっているのかも知れない。傷ついても回復させれば良いので、動いても問題ないといえばその通りだが、痛覚がなくなるわけではない。
「どういう、つもりだ……?」
どうやって身体の自由を取り戻そうか。DYRAは考えようとするが、それはできなかった。視界に捉えることはできないが、どこかの扉が開き、足音が聞こえてきたからだ。
(一人? いや、二人か?)
足音は途中から一人だけになった。一人はどこかで立ち止まったのだろう。こちらへ近づいてきたのは足音からして女だ。
DYRAは意識のないフリをして視線だけを動かしながら様子を見る。
「へぇ」
若い女の声がDYRAの耳に入った。
「ラ・モルテもザマァないわね」
自分の前に若い女が立ち、見下ろしている。顔を見たいところだが、それでは意識を戻していることがバレてしまう。いったん、DYRAは耐えることにした。
「アンタを永遠にここに繋いでおいてあげる」
若い女は心底嬉しそうな声で告げる。
「死なないアンタの血を売れば、ピルロはもっと繁栄するわ。買ってくれる人はいくらでもいるもの」
若い女は身を屈め、DYRAのうなじのあたりで髪の根元を掴んで軽く持ち上げた。このとき、DYRAの足下のあたりで、ふさふさとした感触が動く気配がした。
「ムカつくくらいキレイね。ラ・モルテって言われるわけよねぇ」
DYRAは気づかれない程度に微かに目を開き、目の前にいる女の顔を確認する。知っている顔であり、知らない顔でもあった。
そうだ。タヌが会ったと言っていた、市長とそっくりの女だ。双子の妹で、名前は確か、アントネッラだったか。頭はまだぼんやりとするが、それでもDYRAはそれなり程度に自分が置かれている状況を把握する。
「私は永遠に若くてキレイなままで、ピルロを治められる。街の人はラ・モルテに怯えなくていい。若いままでいたいすべての人も、皆幸せになる。あの態度のデカい錬金協会も不老不死を手にした私にはもう逆らえない。『一〇〇〇年生きている』ってウワサの会長サンの化けの皮だって引っぺがして、従わせてやるわ。世界はピルロのもの。そしてピルロは私のもの」
アントネッラは心底から幸せそうな笑みを浮かべて見せた。
「アンタは永遠に私とピルロの養分として生きるのよ? もう土地を砂にすることがなくなって人の役に立てるんだから幸せでしょ? これこそ、全員が幸せになる道よね。あはははは」
アントネッラは笑い声を上げながら、その場から去った。それに合わせるように、DYRAの足下に伝わっていたふさふさとした感触もなくなった。
「エミーリエ。あの女、逃げないように見張りを付けておいてね」
一人だったことを示す足音が再び二人分となり、足音が消えると共に、扉が閉まる音がDYRAの耳に吸い込まれていった。
自分の血を吸うなり何なりすれば不老不死を得られるという、あまりにも短絡的な考えにDYRAは苦笑した。先ほどの女の言葉をRAAZが聞いたらどういう反応をするだろうか。彼女が殺されるだけならまだ良い方だ。最悪の場合、彼女に連なる親族は全員、赤子も含め一人残らず殺される。そして街は灰になるまで焼かれるだろう。住んでいる人間もそこに住んでいるからという理由だけで殺されるに違いない。あれは、そういう男なのだ。
自分を利用する存在に良いようにされるわけにはいかない。そして、この状態をRAAZに知られるわけにもいかない。無辜の市民から犠牲を出すのは本意ではないからだ。まずは、早くここを出なければならない。肘や膝などを曲げると、針が太い血管に刺さる仕組みの拘束具を填められているため、まずはこれを外す必要がある。どうしたものかと思案する。
そのとき、再び扉が開く音がDYRAの耳に入った。続いて、足音も聞こえてくる。一人だ。先ほどの足音と違い、つま先に重心を置いて踵の音を響かせないように移動しているのか、先ほどの足音の響きよりずっと音が小さい。
やがて、DYRAの視界に背が高く、浅黒い肌と冴えない金髪の痩せた男が見えた。今度は間違いなく見覚えのある人物だ。二度、目撃している。一度目は前日、市庁舎のバルコニーで。二度目は遅い朝食をタヌやサルヴァトーレと取りにいった先で。どちらも市長と共にいて、アレッポと呼ばれていた。
アレッポはDYRAの前で屈むと、肘や膝、うなじなどに填められた拘束具を外しに掛かった。鍵を持っていたからか、すぐに次々と外れていく。
「え?」
DYRAは予想外のアレッポの行動に、思わず声を上げた。
「静かに」
まさか解放されるとは思わなかったDYRAは、少し目を丸くした。
「今すぐここからお逃げなさい。あちらの扉から出れば、広場から一番遠くにある、植物園に出られる。今なら誰もいない」
身体の自由を取り戻したDYRAは、アレッポの助けを借りてゆっくりと立ち上がった。
「何故、助ける?」
DYRAを支え、アレッポは一緒に歩き出す。
「このままじゃ恐ろしいことになる。だから」
「恐ろしいこと、だと」
「錬金協会の、カネと技術を交換するやり方が正しいとは思えない。けれど、今のピルロは、錬金協会以上に、組んではいけない相手と組んでしまった……」
DYRAはアレッポに支えられ、部屋の角の壁沿いを歩く。
「色々聞きたいが、私が聞いても、あまり良くわからないだろう」
そう言ってDYRAは、遠回しに話す相手が違うと告げた。それを受けたアレッポの口から飛び出したのは、思わぬ質問だった。
「貴女が本当にラ・モルテなら、教えて欲しい。どうして、現れたのです?」
DYRAは不快感を抱いたが、助けられた身故と思い、丁寧に答える。
「……上手く言えない。言えることは、きっとラ・モルテとは災厄なのかもな。そこにたまたま私が通り掛かる、それだけだ」
DYRAはアレッポに鋭い視線を投げた。
「おい。あれは何だ?」
部屋の中央に置かれた、人一人以上の背の高さがある円柱形の容器が目に入ったDYRAは問うた。
中に人間が一人収まっているのが見える。
「……見ての通りです」
DYRAは目を凝らし、確かめる。
「狂っている」
「死んだことを隠さなければピルロは持ちません。この街は、レンツィ家というより、ルカレッリ様が市民を団結させていたからです」
「何故隠す?」
「殺したのが、自分だからです」
歩きながら飛び出した言葉に、DYRAは意外そうな顔をしてみせる。
「どうしてそんなことを」
「殺すつもりはなかった。彼を殺すつもりは……」
アレッポの言い方を裏返せば、何を言いたいのか、DYRAにも何となく伝わってくる。
「彼女を殺すつもりだった、か」
この先は敢えて言うまい。DYRAはそう仄めかすような口振りで呟いた。
それからすぐ、一つの扉の前にたどり着いた。
「さ、ここから」
アレッポは扉を開くと、DYRAを扉の向こうにある階段の手すりにつかまらせた。
「どうか、ピルロを死で覆うのだけは……」
アレッポはDYRAにそう言ってから、部屋の内側から扉を閉め、鍵を掛けた。鍵が掛かった音を聞いたところで、DYRAは短めの螺旋階段を上がると、階上の扉をそっと開いた。
「なるほど」
扉の向こうは暗かった。夜の闇の中、大量の花々が咲き誇る空間が広がっている。植物園だった。DYRAは、タヌが双子の妹と遭遇した場所はここだったのではと推測する。
「そうだ……」
タヌは無事だったのだろうか。DYRAは彼の身を案じた。だが、殺されたなり、捕まったなりしたなら、先ほどのアレッポが教えたはずだ。だが、話題にもしていない。少なくとも最悪の選択肢だけはなくなったと見て間違いない。だとすれば、タヌは今、どこにいるのか。
自分がタヌならRAAZ、もとい、サルヴァトーレに助けを求めるはずだ。DYRAがタヌがいそうな場所にアタリをつける。すると、それに呼応するように、彼女の周囲に青い花びらが少しずつ舞い上がる。見る見るうちに顔や腕などについた細かい傷が癒えていく。同時に、植物園に咲き誇る花が半分ばかり猛烈な勢いで枯れ落ちた。DYRAはそれらには目もくれず、外へ出るべく走り出した。
外へと出ると、ラピスラズリのような色合いの空に、とても似合わぬ暗いオレンジ色の輝きが混じっていった。
「何だ?」
その輝きの正体を知ったとき、DYRAは愕然とした。
「タヌ……!」
DYRAは茜色に染まった街の方へ、走り出した。
遠目ながらも、繁華街の一角の方で、炎が立っているとおぼしき明るい輝きが見える。植物園から出たときに見た光景が火事だとは何となく察しがついていた。それでも、まさかこんなに燃え広がっているとは。
(いや、あれは何だ!?)
時折、火柱にも似た輝きも目に入った。ただの火事ならとても考えられない現象だ。むしろ、大砲の弾がそこに当たったような、爆発にも似たそれだ。さらに、街の方へと近づくに連れ、炎から走って逃げる人々が目についた。
タヌは無事だろうか。早く見つけて合流しなければ。
悲鳴を上げ、泣き叫び、逃げ惑う人々を横目で見ながら、DYRAはタヌを捜そうと視線で人々を追った。不謹慎かも知れないとは思いつつも、心のどこかでこの火事をほんの少しだけ喜んだ。街が燃えている今なら、万が一、自分をラ・モルテと呼ぶ誰かに遭遇しても、誰一人、そんなことにかまっている暇はないからだ。
DYRAは宿屋へ向かおうと広場を横切る。逃げ惑う人々の姿がいよいよハッキリと見える。同時に、この火事のからくりも見えた。
(おい! 無差別に放火して回っている!? 誰がこんなことを……!)
次々と、爆発にも似た火柱が立つ。DYRAは反射的に宿屋がある方向へ目をやった。幸い、火が出ている様子はない。一刻も早くタヌを助けようと、DYRAは宿屋へと走った。
「タヌ! タヌッ!」
DYRAは時折足を止めて周囲を見回した。何度か声を上げて呼んだときだった。
「……ん?」
今、誰かが自分の名前を呼ばなかったか。
DYRAは今一度、あたりを見回した。
「……」
確かに、聞こえた。だが、サルヴァトーレのはずがない。彼ならば、どんな手を使ってでも自分を見つけ出しているはずだし、もはやこんな状況なら本来の姿で現れるはずだ。
だとすれば。
「タヌか!」
DYRAは声が聞こえた方に向かって走った。
「タヌッ!」
名前を呼びながらDYRAは走り続けた。やがて、ピルロに来て以来世話になった、繁華街の外れ、観光案内所が目に入った。
そこに、小柄な人影がハッキリと見えた。
サルヴァトーレに言われた通り、タヌはDYRAの貴重品と自分の荷物を持って宿屋を出た。そして乗合馬車の停車場近くにたたずんでいた。当初は乗合馬車を使うつもりだったが、発車予定がないと言われ、DYRAと合流して辻馬車を使った方がいいと判断したのだ。
ずっと待っているが二人は来ない。そうこうしているうちに時間ばかりが経っていく。DYRAもサルヴァトーレも本当に無事だろうか。タヌは落ち着かなかった。
(今、何時だろう?)
タヌは時計台がある方に目を向けた。このとき、空の色がおかしいことに気づくと、目を凝らしてじっと見つめる。
「何か、燃えている……?」
さらに耳も凝らす。悲鳴とも怒号とも言える声が遠くの方から微かに聞こえてくる。
「火事……?」
街のどこかで火事が起こっている。離れた場所からでも燃えているのがわかるのだから、それなりの規模のはずだ。
「DYRA……サルヴァトーレさん……」
二人は大丈夫だろうか。タヌはいても立ってもいられなくなかった。
「DYRA!」
サルヴァトーレと一緒に戻ったとは限らない。もしかしたら、彼とは入れ違いでDYRAだけが宿屋に戻ってしまっているかも知れない、タヌはそんなことを思いながら、街の方へと走り出した。
「うわっ!」
逃げる人々とぶつかったりしながら、タヌは宿屋の方へと走った。
「DYRA!」
繁華街の一角、燃えている建物のすぐ近くを走り抜けたときだった。
「……」
タヌは一瞬、どこかで自分の名前を呼ばれたような気がした。
もしかして。タヌは聞こえた気がする方へ走り出した。一昨日利用した、観光案内所の近くまで走ったところでタヌは息を整えようと足を止めた。
「あっ……!」
そこで、見覚えのある背が高い女性の人影がタヌの目に飛び込んできた。
改訂の上、再掲
101:【PIRLO】DYRAで金儲けを企むヤツへの、RAAZからの報復は想像を絶する2025/06/10 21:48
101:【PIRLO】DYRAで金儲けを企むなら、その報復は想像を絶する2024/12/22 20:06
101:【PIRLO】絶望をもたらす者、降臨(1)2019/04/22 22:00
CHAPTER 101 再起動2017/12/08 23:04