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100:【PIRLO】本当のことを知らず、恨む相手を間違えて生きるのは……

前回までの「DYRA」----------

タヌがサルヴァトーレに、DYRAが襲われたことを報告し、助けを求める。サルヴァトーレはタヌに荷物をまとめてDYRAを待つように伝えると、DYRAの身柄を取り戻すべく、動き始めた。ISLAの居場所がわかれば自ずと見えると思った矢先、RAAZは人捜し屋で想像もしていなかったものを発見する。

 ピルロの街の輝きは、夜の帳が下りた山から見つめると、宝石のように美しかった。

「この美しさは、爆発したこの場所によって支えられていたのに、今日明日はともかく、これからどうするのかな」

 三つ編みを弄びながら、マイヨ・アレーシは暇をもてあますかのように、夜空の星とピルロの街とを交互に見つめていた。

 何度目か、洞窟がある方へ目をやったときだった。暗闇に包まれていると言ってもいい洞窟の入口のあたりに、凄まじい勢いで赤い花びらが舞い上がっている。

「やっと、お出ましか。随分と待たせてくれたもんだ」

 舞い上がる花びらの嵐が収まると、そこには銀髪と銀色の瞳を持つ、赤い外套に身を包んだ人物が現れた。

「ISLA。お前を殺す前に、いくつか聞いておきたいことがある」

 銀髪の男はルビー色に輝く諸刃の大剣を手にマイヨの方へゆっくりと近づく。対してマイヨは、胸の高さで両手を広げ、武器がないことをアピールする。

「RAAZ。悪いけど、俺は丸腰」

「誰がそんな言葉を信じるか?」

 警戒心を露わに吐き捨てるように告げると、マイヨへ切っ先を向ける。

「だいたい、DYRAをさっきここで生体端末に襲わせておきながら、ガキを助けて自作自演するようなヤツを信じろなど、無理な話だ」

 マイヨはふわりという形容がふさわしい、柔らかい動きで回避した。

「あれ? 俺、タヌ君に『襲いかかってきたのは生体端末だ』なんて、知らせていないはずだけど?」

「襲わせる計画自体、偶然、あるところでリアルタイムで聞かせてもらった。まさに命令しているその瞬間をな。それでもしらを切るつもりか?」

 マイヨは舞うように男の剣を回避しつつ、経緯を理解した。

「悪いけど、そんな命令を出したのは俺じゃない。それと、タヌ君だけを助けたのはDYRAなら大丈夫って確信があったから。敢えて泳がせる方を選んだ」

 マイヨは逃げも隠れもしないとばかりに、大木に背中を預けた。手は敵意がないことを示すため、もう一度、広げてみせる。

「どういうつもりだ? あ?」

 大剣の切っ先がマイヨの額に微かに触れた。それでもマイヨは顔色一つ変えない。この肝の据わりっぷりに、男は不本意ながら、自分の腹の内を読まれていることを察した。

「今俺を殺したら、アンタは本当のことを何も知らないまま、とんでもなく長い時間を生きることになるぞ?」

 マイヨは真っ直ぐな視線を向けて告げた。

「命乞いをするなら、もう少しマシな言葉はないのか?」

「俺がアンタを呼んだのは、大事なことを伝えるためだ。俺にとっても、アンタにとっても」

「大事なこと? しかも、呼んだ、だと?」

「ああ。タヌ君にそのまま『来てくれ』って伝えるだけなら簡単だ。けど、それじゃ俺が言いたいことの一割もアンタはわかろうとしないだろう。だから敢えて回りくどくした」

 マイヨは完全に無防備だ。今なら簡単に殺すことができる。しかし、その目は真剣に何かを訴えている。どこからどう見ても命乞いをしている瞳ではないし、虚勢を張ったそれでもない。男は決断した。

「少しの間だけ、話を聞いてやる」

 男は赤い花びらを舞わせ、大剣を霧散させた。男が目に見える形で武器を手にしていないのを見たところで、マイヨは深い息を漏らしてから、言葉を選ぶようにゆっくりと切り出した。

「俺からアンタへ、最初で最後かも知れない忠告、いや、警告だ」

「警告、だと?」

 マイヨは頷いた。

「ああ。警告だ。……アンタ、ここへ来るのに人捜し屋を使ったんだろ?」

 警告と言いながら、いきなり人捜し屋の話題になるのはどういうことなのか。男は、マイヨが多少なりとも有益な情報を持っていると判断し、質問に応じる。

「AI入りのマイクスピーカーに、衛星通信用の小型ルーター。小屋の扉には似合わぬ監視カメラに感電のトラップ。そんなものにお目に掛かるとは思わなかったさ。そもそも、発電技術すらないこの文明で」

「あのボロい家の中を見てきた、ってわけか」

「何だと?」

 訝るような口調で問う言葉など意にも介さず、マイヨは視線を空へと移す。

「DYRAを撃った奴のこと、タヌ君から聞いた?」

「ああ、襲った奴は後ろからだったが、横から撃たれたと」

「DYRAを襲ったのはアンタの読み通りだ。間違いない。錬金協会とか言うのがないこの街はとにかく情報が入らない。それでこちらも貴重な端末を早い段階で投入するしかなかった」

「お前、端末は今、いくつ持っている?」

「悪いけど、今の時点でそれは最高機密。けれど、俺の記憶にある限りじゃ、ドクター・ミレディアは大量生産しちゃいなかった」

 マイヨは話を続ける。

「続きだ。DYRAを撃った奴の件。生体端末が後ろから彼女を押さえているところへ横から撃ってきた。あのとき使われたのは空砲同然だったが、殺傷力のある弾が入っていたらタダじゃ済まなかった」

「何だったんだ?」

「無反動バズーカ。しかも弾は威嚇用の、着弾したら圧縮空気が炸裂する特殊なものだ」

 着弾したら圧縮空気が一気に炸裂するだけの弾。それは彼らの本来の文明下で、暴徒と化したデモ隊の鎮圧用に用いるものだ。弾が当たったことが直接の死因にならないため、撃った側が非難されることもない。人を吹っ飛ばすほどの強い風が瞬間的に、一点集中で当たるだけのものだ。肌に直接触れれば瞬間的に数十メートル相当の風速が襲う形となるため、それなりに痛覚はあるが。

「そんなもの、軍は採用していないぞ。虚仮威しにもならないからな」

「そういうこと」

 マイヨの結びの一言に、男は不快感を露わにした。

「お前、自分が言っている言葉の意味を、わかっているのか?」

「わからないで言うわけないだろう?」

 男は冷たい瞳でマイヨを見下ろす。

「それをどうやって信じろと? そもそもお前が私を排除するために錬金協会に生体端末を送り込んだりしたんじゃないのか? ん?」

「そこについては、言いたいことも反論もたくさんある。それにはタヌ君のお父さんの件や、俺が意識を戻したときの話も絡むから長くなる。今は取り急ぎ、事実だけを言う」

「ああ、言え」

「生体端末とのシンクのとき、邪魔が入った。数時間前だ」

「量子通信に、邪魔が入るだと?」

「ああ。信じられないことに。普通、量子通信に邪魔が入るとか有り得ない。けど、現実に起こった。数秒の出来事だったが、頭が割れそうだった。もう少し長引いたら生体端末を捨てるしかなくなるところだった」

 マイヨが言っている内容を男は何となく理解していた。かつて、ナノマシンシステムの構造やトラブル発生の経緯を、最愛の存在でもあったドクター・ミレディアから聞いていたからだ。

「誰かが、生体端末の情報を盗み聞きでもしていると?」

「断片的に出てきた情報からそういう推測はできる。けど、言っただろう? 今は取り急ぎ、事実だけを言う、と」

 マイヨが念押しをした理由に、男も察しがついた。積み重ねられた情報が示す答えが現時点で『事実』と断言できないからだと。合理的な帰結が示す可能性が必ずしも事実になるとは限らないのだ。しかし、少なくともこの文明で生まれ育った人間に量子通信をどうこうなどできるわけがない。それ故、情報の積み重ねから導かれる答えはあながち的外れでもないだろうとも思えない。

 男は自らの顎に親指と人差し指を置いて、少しの間、考えた。

「ISLA。お前の警告はだいたいわかった」

「ああ」

「聞くことは聞いたと言いたいところだが」

 男はそう言ってから、にやりと笑みを浮かべてみせる。

「狡いな。肝心な情報は隠したまま、か」

「けど、アンタはDYRAを助ける必要がある。優先順位的には一番上のはずだ。それから、アンタでも俺でもない誰がピルロに技術を与えたのかも……」

「それで、私に何をして欲しいと?」

 マイヨの言葉をぶった切って、男は単刀直入に尋ねた。

「それを俺に言わせるのか?」

「当たり前だ。今すぐお前を殺してもいいんだぞ? 私にとってはただ、殺す順番が変わるだけに過ぎないからな」

「言っただろ? 今俺を殺せば、アンタは本当のことを何も知らないまま、とんでもなく長い時間を生きることになる」

 男とマイヨは睨み合う。

「本当のことを全部知って、それでなお俺を殺すって言うなら止めないさ。けど、本当のことを知らず、恨む相手を間違えて生きるのは、精神衛生上オススメしない」

 マイヨが真正面から男の銀色の瞳を真っ直ぐ見つめる。普段通りの振る舞いだろうに、男の眼力とでも言うべきものの凄みがこれでもかというほど伝わってくる。少しでも目を逸らせば殺されると感じた人間の、尋常ならざる覚悟のほど、というべきか。

 長い沈黙が流れる。いや、本当はほんの短い間かも知れない。それでも、二人の男たちにとってはとてつもなく長く感じられる時間だった。

 やがて、マイヨが沈黙を破る。

「俺の言葉が嘘っぱちだったら、遠慮なく殺せばいい。そのときは、何も抵抗しない」

 さらに続く。

「話が長くなる部分は後回しだ。DYRAを助けに行くのに必要な情報は、アンタに渡す。ただし、これについては貸し借りも何もナシだ」

「確認させろ」

「何だ?」

 男は洞窟を指差しながら告げる。

「そこや、製氷技術、紡績、お前が渡したんじゃないのか? ん?」

「誓って俺じゃない。悪いが俺は、自分の身近な人間関係以外には薄情なつもりだ。俺はそもそも、この文明の連中に何かを与えるって発想自体持ったことがない」

 マイヨはここで、大木に背を預けるのを止めた。

「DYRAを捕まえたのは市長サンだ。ま、あそこの双子ちゃんは最初からアレだけどね。せっかく『「白」は女だけに懐く』って錬金協会にも教えているのになぁ」

「あれは私の手の者の情報だが?」

「そのネタ。俺の生体端末が敢えて黙ってやっていた理由を察してくれよ」

 マイヨの言葉に、男はクスッと笑みを漏らした。

「DYRAはお屋敷の地下だ。あそこの地下はレンツィとかいう家の秘密の塊。ホムンクルスとか知識もないのに手を染めちゃっているから笑うしかない」

「おめでたい奴らだ。所詮愚民か」

 男はついにこらえ切れなくなったのか、笑い出した。

「アンタんとこの、錬金協会で出来の悪い奴がテキトーなことを言ったんじゃないのか?」

 マイヨは一呼吸置いてから、本題に戻る。

「地下への入口はアンタの密偵も知っている。彼女は出来がいいね。確実に殺さなかったのを後悔しているし、殺さなくて良かったとも思っている。隠密偵察ができる優秀な人材ってのは最高の戦力の一つだからね」

 軍人らしい視点でマイヨが告げた。

「地下には氷が山積みになっていて、迷路みたいになっているから気をつけろ。それと、もたもたしない方が良い」

「で、お前はどうするつもりだ? ISLA」

「俺は、どうしても確かめたいものがある」

 男はマイヨが何を確かめたいのか、話の流れから察する。

「せいぜい同じ目に二度は遭わないようにな?」

「嫌なことを思い出させてくれるな」

「では、DYRAを連れ戻して、お前の話の真偽のほどを確かめるまでは、殺すのを待ってやる」

 その言葉を最後に、男は赤い花びらを舞い上げ、その場から姿を消した。

 その場に一人残ったマイヨは、男が姿を消したその場所を複雑な表情で見つめた。

「……真実を知らない方が良かったってのは往々にしてあるけどさ。アンタが真実を知らないのはイコール、俺がアンタから狙われ続けるって意味だからな」

 誰もいないであろう山中で、マイヨはさらに独り言を漏らす。

「真実を知っている俺と、真実を知らないRAAZ。個人的には知らない方がいいと思うけど、いつか来るその日は、避けられない、か」

 マイヨはそう呟くと、自身の両手の周囲に黒い花びらを舞わせながら、長い穂のついた細身のブラックダイヤモンドの如き輝きを放つ双剣を顕現する。

(ヤツは、必ず来る!)

 二呼吸ほど置いてから、マイヨも黒い花びらの嵐に包まれ、その場から姿を消した。


改訂の上、再掲

100:【PIRLO】本当のことを知らず、恨む相手を間違えて生きるのは……2025/06/10 21:47

100:【PIRLO】DYRAに何があったかを知ったとき、彼はどうする?2024/12/22 19:59

100:【PIRLO】絶望をもたらす者、降臨 ~序章~(2)2019/04/15 22:00

CHAPTER 100 約束と新たな誓い2017/11/23 23:00

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