010:【PJACA】死神と蔑まれるわけ
前回までの「DYRA」----------
DYRAが夜中にでたきり戻ってこない。朝になって、タヌは彼女を捜そうと宿屋を出る。そのとき、奇妙なふたり組とすれ違うが、タヌは気づかない。森に足を踏み入れたタヌは、倒れているDYRAの周囲に赤い花びらが敷き詰められた美しい光景に驚くのだった。
「あの女以外、殺せ」
声と共に二つの黒い影が並んで近づいてくる。DYRAは凍てついたように冷たい視線を相手に投げつけた。黒い影の正体は、黒い外套に身を包んだ二人組だ。顔を被りで隠し、共に剣を持っている。
「金色の目の女以外は全部殺せって命令だ」
DYRAの耳にその台詞はハッキリ聞こえた。彼女は男たちの剣の間合いに入る寸前、埃と煙で視界があまり良くないことを利用し、片方の男の背後に回り込んだ。そして男の一人から剣を奪うなり、間髪入れず二人の背中を次々と斬り捨てた。
DYRAのあまりにも速い動きに、二人の男たちは何が起こったのかわからないまま、骸となった。彼らが最期に辛うじて振り向き、見たのは、金色の瞳を持つ女の姿だった。
骸となった二人の男も、昨晩斬り捨てた二人組同様、黒い外套姿だった。DYRAは骸の顔を隠している被りを剥いだ。現れたのは見覚えがある顔だった。泊まっていた宿屋で見かけた二人連れだ。DYRAは特に何を感じるわけでもなく顔を上げると、改めて町の様子を見る。ひどい状態だ。木造の家は木っ端微塵で、石造りの家も見るも無残に崩れ落ちていた。助けを求める声すら聞こえないあたり、町にいた人間はほぼ全員死んだと考えていいだろう。
タヌが町を出てからここまでの僅かな時間で町が廃墟同然になったのだ。相当、計画的かつ周到な準備をしていたに違いない。昨晩自分を襲った連中も同じ外套姿。仕組んだのが個人や徒党程度の連中とは冗談でも思えない。DYRAはそんなことを考えながら、奪った剣をその場に捨てたときだった。
剣の柄に目が留まった。これまた柄頭のあたりに見覚えのある鍵の印が刻印されている。
ここでDYRAは、タヌから村に火を放った者が黒い外套の『集団』だったか聞き取っていなかったことに気づく。手口こそ違うものの、自分が通った先で、人の生活の営みがある場所が二回連続で襲われたのだ。偶然としてはできすぎだ。
DYRAはどこで爆発が起こったのか、爆発元を探し始めた。ざっと見て回っただけでも、それらしき場所が何か所か見つかる。そのあたりはいずれも、火薬特有の甘いとも粉っぽいとも何とも言えない匂いがたちこめていた。
「なるほど」
火薬を大砲よろしく大量に使い、短時間で一気に町を爆破するその手口にDYRAは驚き、呆れ果てた。火をつけて回るより厄介かつ、あからさまな悪意に満ちている。町を破壊できるほど大量の火薬を、どうやって平凡な生活を営む人間が手に入れられるだろうか。組織だって動いているに違いない。それも、かなり大きな組織だ。DYRAは確信した。
最後に、町を出る前にと、世話になった宿屋に目をやった。ここも爆発元の一つとなっており、変わり果てた無残な状態だった。
(泊まったときも、夜中に出たときも、火薬の匂いなどしなかった)
火薬を持ち込めば特有の匂いがするはず。少なくともDYRAがいた時間はそれを感じることがなかった。裏を返せば、町を出た後、深夜から明け方の間に持ち込まれたことになる。このあたりもタヌに確認する必要があるだろう。
見るものはすべて見たとばかりに、DYRAは町の外へ歩き出した。
町の外へ出ると、街道を走り出し、タヌを待たせている場所まで戻ろうとしたが、半分程度のところで足を止めた。
「タヌ」
「DYRA……」
タヌは肩で息をしていた。彼なりに懸命に走ってきたことがDYRAにもわかった。
「町は……」
DYRAは首を横に振った。意味することがわかったタヌは顔色を変えた。
「ええっ……また火を」
「いや」
もう一度、首を横に振る。
「ど、どういうこと?」
火をつけられたのではないのか。タヌは納得できないと言いたげな表情をする。
「火を放たれたんじゃない。大量の火薬で町が吹っ飛ばされた」
タヌはDYRAに言われた言葉の意味をすぐには把握できなかった。火薬と言えば猟銃に使うもの、くらいの認識しかない。それで町を吹っ飛ばされたと言われてもピンとこない。それでもDYRAの言葉から、火をつけて回るより短時間で凄惨な結果を出せる方法で町がなくなったことを彼なりに理解し始める。
「そ、そんな」
続けざまに口にする。
「ねぇ、ま、まさか、RAAZって奴の……」
その名を聞いた途端、DYRAの表情が硬くなった。町の様子を見て回ったとき、その可能性も含めて検討したいと思った。そのためには必要な情報が欲しいと、考えること自体を棚上げしていたからだ。
確かに、その可能性はある。そもそも気が遠くなるほど長い時間、RAAZを追っているのだから、向こうが仕掛けてこない理由はない。しかし、知る限り、あの男が一度でもこんな無粋な手を使ったことがあっただろうか。DYRAの中に言葉にできない違和感が広がる。
「わからない」
うっすらと残っている記憶に間違いがなければ、少なくともRAAZは無粋や野暮な方法を好まなかった気がする。一〇〇〇年以上経ったからといって、宗旨替えをするとは思えない。だが、タヌに今それを言っても何の意味もない。DYRAは言葉を喉の奥にそっとしまった。
肝心なことを話さない。いや、それどころか質問すら許さぬ態度を隠しもしないDYRAに対し、タヌの中で色々なものが一気に込み上がってくる。
「DYRA」
意を決し、タヌが切り出す。
「DYRAは自分のことを聞いちゃダメって。でも、村の次はあの町。ボクはDYRAを疑いたくない。まして、ラ・モルテだなんて思いたくない」
タヌの言葉に、DYRAは聞いてくれるなと返そうとしたが、喉のところでこらえる。
「話しても困らない範囲で、ううん、この次に寄るところが同じことにならないためにも、何が起こっているのか、教えてよ」
DYRAはタヌの質問に対し、一つだけ話した方がいいと判断した。何故なら、その話を持ってこられたとき、彼も同じ場所にいたからだ。
「歩きながら話そう」
二人はピアツァの町へと続く道を歩き始めた。DYRAの歩調はかなり速かったが、それでも、昨日ほどではない。
「あの夫婦の件だ」
DYRAが切り出すと、タヌは顛末をまだ聞いていなかったと思い出す。
「宿屋のおじさんから、だんなさんも結局追いかけてったって。森で、ボク死体を見た……」
タヌの言葉を聞いたDYRAは少し間を置いてから、話をする。
「私が森へ入って捜したとき、二人組の男に襲われた」
彼女の話を聞きながら、アオオオカミの首と剣がそばにあった男たちの死体で、言葉のニュアンスから、まとめてDYRAが返り討ちにしたのだろうとタヌは推察した。
「うん。えっと、その死体も、見た」
「直後、銃声がした」
「だんなさん?」
「そうだ。信じられないかも知れないだろうが」
ここで、DYRAは一息置く。
「村に火をつけたのは自分たちだと私に言った」
タヌにとってはまさかの内容だった。返す言葉がすぐには浮かばない。
「ただ、それ以上は何も聞けなかった」
「ど、どうして」
DYRAの顔をタヌは覗き込むように見つめる。
「さっきは話さなかったが、お前の言った通りだ」
「えっと、RAAZだっけ」
やっぱりあれは、DYRAがRAAZと呼ぶ者の痕跡だったのか。同時に、タヌはDYRAが倒れていたときのことを思い出す。あれはまるで真紅のシーツの上だった。枯れた森の中で、そこだけ明らかに別世界の美しさがあった。DYRAのことと同じくらい、RAAZのことを色々知りたい。タヌの中で好奇心がむくむくとわき上がるが、その前に夫婦の件で聞かなければならないことがあと一つある。
「DYRA。ねぇ、RAAZが現れたのはわかったけど、奥さんはどうなったの?」
「目の前で、連れていかれた」
「は?」
どうしてそうなってしまったのか。何が何だかわからないタヌは、困惑の眼差しでDYRAを見るのが精一杯だった。
このとき、DYRA自身も自分が言った言葉で一つ、気づく。
(あのとき……)
RAAZは一戦交える意思をこれっぽっちも見せなかった。それどころか、まるであの夫婦の方に用事があると言わんばかりだった。RAAZが言った「愚民共がキミにとんだ粗相をしたようで失礼した」とは、彼らの振る舞いについてではないか、と。
タヌと出会ってからここまでをDYRAは振り返る。脇目も振らずにただ闇雲にRAAZを追えば良いわけではないかも知れない。いつしかそんな考えに至った。
改訂の上、再掲
010:【PJACA】死神と蔑まれるわけ2024/07/23 22:22
010:【PJACA】死神と蔑まれるわけ2023/01/04 00:55
010:【PJACA】死神と蔑まれるワケって、もしかして?2020/11/20 16:19
010:【PJACA】緋色の邂逅(4)2018/09/09 12:19
CHAPTER 12 疑惑と旅路2017/01/16 23:00
CHAPTER 11 火薬のにおい2017/01/12 23:00