頁009.冒険者の依頼③
そして日は過ぎ。
依頼の履行日となった。
今日中に帰る手筈となってはいるが、場合によっては明日になるかもしれないらしい。
重量が増えるのは好ましくないが、薬や食料などをしっかり持っていくよう言っておいた。本職の冒険者に言うようなことでもないだろうが、言うだけタダだ、いくらでも言おう。
手荷物の最終確認を行っていたトールを見つけた。先ほどのこと以外にも、告げておくことがあった。
「エレノア。どうしたの?」
「ああ、ひとつ注意しておいてほしいことがあってな」
不思議そうに首をかしげるトール。
彼らの実力は疑っていない。しかし私は昨晩からとあることが気にかかっていた。
「ライリーのことを気にかけておくべきだと思ってな」
「うん?」
「射るところを見たか?」
「それなら見たよ。すごいよね」
トールから見てもやはり良い腕になるのだな。が、それはそれだ。
「ああ、すごいと思う。だが…あれだけ集中するのは危険だと私は思っている」
「なるほどね…そっか、確かにそうだ」
ライリーは的からひとつとして外すことなく矢を放っていた。その腕前は称賛に値するだろう。
しかしその間、近くまで来ていた私にまったく気付かなかった。あの様子では私の足音も聞こえなかったのだろう。
平時では問題がないだろう。けれども、戦いの場ではどうか。
「無論、スヴェンが気を付けてはいるだろうが…」
「普段と勝手が違うからね。うん、わかった。目を離さないようにしておくよ」
私に言えることはすべて言ったと思う。さて、彼らが頑張れるよう朝食は張り切るか。
結論から言うと、トールたちは無事に帰ってきた。が、そのノリがなんというか…異常なほど仲良くなっていてちょっと意味がわからなかった。
「ただいま、エレノア」
「おう、戻ったぜ!」
「………」
ライリーだけいつも通りの無言だったので少し安心したくらいである。
「ああ、おかえり。その様子だと何事もなかったようだな?」
「あー……まぁ…」
「ちいとばかしやばかったが、トールのおかげで何とかな! 本当に、大したもんだぜ」
「あ、あはは…いや、俺たいして頑張ってない…」
「謙遜すんなって!」
……よくわからないが、トールがスヴェンにやたら気に入られたということだけがわかった。
「…何かあったのか?」
「…………」
トールたちに聞くに聞けず、ライリーに尋ねてみたが返事はなかった。無言なのはいつも通りだからだと思っていたが、こちらも何やら様子がおかしい。
……もういい、食事の準備に取り掛かろう…。
食事の席での話題は、当然ながら依頼内容についてだ。
スヴェンの話によるとトールの機転でライリーの危険を回避できたらしい。
「俺が見てなきゃいけないってのに…トールに助けられちまった。本当にすまなかった。そして、ありがとう」
「だ、だから、俺そんなたいしたことしてないって!」
これまでの様子がうそのように真剣な顔つきでスヴェンはトールに頭を下げた。
彼の様子から、それだけ危険な状況だったのだと察した。そして彼は今、自分の行動を心から悔やんでいるのだろう。
「……礼を言うんだったらエレノアに言ってよ。俺はエレノアに言われて気を付けてただけなんだから」
「なに?」
「出発する前、エレノアが言ったんだ。ライリーから目を離さないでくれって」
トールが何故か私を売った…。そのせいでスヴェンの視線がこちらに向いたではないか。
確かに忠告はしたが…それを実行したのはトールだ。私はあまり関係がない。
「そうか…じゃああんたにも感謝しなきゃな」
スヴェンはそう言ってこちらにやって来ると、私の手をつかみ力強く上下に振った。握手、だったらしい。だが私からすれば腕をもぎとられかねない威力だった。二次被害もいいところである。
腕をさすっていると、先ほどまでスヴェンとともに笑っていたトールが黙っているのに気付いた。顔をあげたトールは何かを決意した様子だった。
「スヴェン。それにライリー。もし良かったらなんだけど…このまま俺たちと一緒に、ギルドでやっていかないか?」
トールの発言に驚いたのはスヴェンたちだけではない。私もだ。急に何を言い出したのだろう。
「突然どうした」
「うん…俺なりに考えてさ。二人は実力もあるし、何より…俺も彼らが気に入ったんだ。いつか冒険者を迎え入れたいと思ってはいたけど、どうせなら気の合う仲間とやっていきたいって思うのは当然だろ?」
トールの言い分もわかる。確かに気の置けない人物と過ごすほうが仕事もやりやすい。言い出したのは突然だが、トールはこの数日の間で考えていたのだろうか。
「このまま…ここでか…」
「………」
スヴェンはトールの言葉をかみしめるようにしてつぶやいた。隣にいたライリーは相変わらずフードを被っていたがどこか不安そうにスヴェンを見上げていた。
スヴェンのほうも視線に気付き、ライリーを見つめた。そうして、ライリーの頭をなでたかと思えば、苦笑まじりの優しい笑みを浮かべた。
――私はなんとなく、スヴェンが断るのではないかと直感した。
「悪いが、それは無しだ」
私の予想は的中した。けれど彼の表情はひどく残念そうだった。
「今回のことで、やらなきゃならねえことがわかった。だからまだどこかに根付くわけにはいかねえ」
「やらなきゃいけないこと? ん、まだ、ってことは……」
「ああ。それが済んだら戻ってくるからよ。そん時は俺もここで働かせてくれ」
「う、うん! もちろん、すぐにとは言わないから!」
トールは嬉しそうにうなずいた。やはり彼らのことが気に入ったようだな。実のところ、私もそうだ。
少し先の話になるのだろうが、それでも彼らと過ごしたこの数日のように楽しい日々になりそうだと思った。
翌日。旅立つスヴェンとライリーを見送る。
スヴェンはライリーを守ってもらったのだからと報酬をこちらに多く渡そうとしてきた。それはさすがに対等ではないと断ろうと思ったのだが、スヴェンは一歩も引かなかった。
宿代が浮いただけでも全然違うのだと笑ってはいたが、それでもやはり気が引けるな…。
「世話んなったな」
「こっちこそありがとう。元気でね」
「おう。そんじゃ、またな」
軽く手をあげるスヴェンとぺこりと頭を下げるライリーは対照的だった。
立ち去ろうとした彼らだったが、ライリーが足を止めた。それに気付いたスヴェンは最初不思議そうにしていたが、にっと笑ってその様子を見守っていた。
やがて、声が聞こえた。
「ま…また、来ます…っ」
それは決して大きな声ではない。けれど、誰かが誰かに対し、一生懸命呼びかける声だった。
「ああ。また会おう」
だから私はそう答えた。
私の返答にライリーは視線を下げてしまったが、不快だったというわけではないだろう。ライリーの頭をなでたスヴェンが嬉しそうな声だったからだ。
「よし、行くかライリー!」
そうして彼らは去って行った。
また会えるのだ、別れをそう惜しむ必要もないだろう。
私は彼らの背を見送るのを切り上げて部屋へと戻る。
なんとなく、こういうのも悪くないな、などと柄にもないことを思った。