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頁008.冒険者の依頼②


 翌日。

 外から聞こえる剣戟の音を耳にしながら書類作業を行う。

 外では現在、トールとスヴェンが手合わせをしているようだ。戦い方を話し合えとは言ったが、それが手合わせである必要はあるのだろうか。私にはわからないが、きっと必要なのだろう。

 ――控えめなノックの音が聞こえた。手合わせに参加していないライリーだろう。

 扉が開かれると、やはりライリーの姿があった。

 トールたちが手合わせをしている間は時間を持て余すからと、手伝いを申し出てくれたのだ。であるならと、まだ手を付けていない部屋の清掃を頼んでおいた。清掃がひと段落したことの報告に来たのだろう。


「お疲れ様。手伝ってもらって悪かったな、もう休んでもらって構わない」


 実のところ、彼らにも意味のある行動でもある。

 部屋の掃除をしてくれるのなら滞在している間はその部屋を使ってもらって構わない、としている。

 こちらとしても今後使用できる部屋が増えるのはありがたいことだし、部屋が使えるというのなら彼らを宿泊させるのも互いに良いと思ったのだ。

 さて、そんないきさつがあり手伝ってくれていたライリーだが…私の言葉に小さく首を振るばかりだ。うん…? 一体どういう意味なんだ。


「ま、まだ…手伝える、から…」

「うん? それは助かるが…」


 気を遣ってくれているのだろうか。甘えてしまっていいものか考えてライリーを見る。フードの中からわずかに見えた瞳と視線が合う。

 その目は多少怯えを含んでいるように見えた。フードを外さないところからも感じていたが、人が苦手なのではないだろうか。

 だというのにこうして手伝おうと声をかけてくれる辺り、人が良いのだな。何よりその気持ちがありがたい。

 ふむ…断るのも失礼かもしれないな。だが、その前に一呼吸置くとするか。


「では言葉に甘えよう。まだ頼みたいことがある。……が、その前に一度休憩しよう。トールたちにも声をかけてきてくれるか」


 そう頼むと、ライリーは小さくうなずき外へ向かった。

 さて、では私も用意するとしよう。

 作業はあまり捗らないが、たまにはこういったことも悪くはないだろう。









 ライリーに声をかけてくるよう頼んだ二人だが、休憩は断られたという。ライリーいわく、二人は手合わせに熱中しているらしい。

 スヴェンはともかくとして、トールは何かに熱中することなどとは無縁だと思っていたが…珍しいこともあるものだ。トールもまた喜んで相手をしているそうだ。

 本人たちがいいと言うのなら放置していよう。ライリーは気まずいかもしれないが、二人だけでしばし休憩を挟むことにした。

 さて、このまま休憩をするだけでもいいが、どうせなら交流を図りたいものだ。

 そう考えていた矢先、口を開いたのはライリーのほうだった。


「あんな楽しそうなスヴェン…初めて見たかも…」

「そうなのか」


 会話というよりも独り言に近い言葉だったのだろう。けれども私も思わず声がもれたのだ。

 しばし沈黙が広がったものの、ライリーは律儀に返事をしてくれた。


「う、うん…。強い相手と戦うの好きなんだって…。けど、二人いっしょじゃ、あんまり無理できないからって、たぶん、我慢してくれてるんだと思う…」

「何故だ? 戦力が倍だというのなら、さらに難易度の高い場所にも挑めると思うが…」

「……本当は、あの人、一人で何でもできるんだよ。なのに、見捨てられないから足手まといでも連れていくしかないんだ…」


 足手まとい、とはライリー自身のことを言っているのだろう。ふむ、私が見た限りではスヴェンはそのような感情を持っていないように見えたが…この場合、真実は関係がないのだろう。本人がそう思ってしまえば、それが真実にすり替わる。


「依頼のこともそうだけど、楽しそうにしてて…ほんと、よかったな」

「いやなに、こちらとしてもお互い様だ」


 ライリーは私の言葉に首をかしげた。


「トールは元々、強くなることには貪欲だが人と競うような性格ではないんだ。そのトールが手合わせに夢中になっているなんて今回が初めてだ」


 トール自身の強さと、この田舎に訪れる冒険者が限られていること、そのせいで実力の近い相手にこれまで出会えなかったのだろう、トールは最低限の鍛錬として自警団の面々との手合わせ…それも鍛錬というよりはもはや連携強化のための練習程度しか行っていなかった。

 それがこうして休憩さえ断って熱中しているのだ、親心のような気持ちで、喜ばしいと思う。


「そうだな、言っていることはそちらと同じだ。だから、感謝している」

「あ…その、そっか…」


 同じようなことを言って、同じように喜ぶ。

 何故だかおかしくて少しばかり笑うと、ライリーも同じように笑っていた。

 トールたちが戻ってくるまで、つたないながらも私たちは会話を続けた。











 さらに翌日。

 朝食作りのために食堂へ向かっていると、外から何かの音が聞こえた。

 不審に思って外へ出てみるが何も見当たらない。

 と、再び音がした。音のするほうを見ると誰かがいるのがわかった。トールでないことはわかるが、距離があって誰かまではわからない。もう少し近付いてみることにした。

 そこにいたのはライリーのようだった。一人でいるためかフードは被っておらず、そのせいでライリーかどうかの区別がなかなかつかなかった。

 声をかけようとしたが、弓に矢をつがえているところだと気付き言葉を飲み込んだ。

 そういえばスヴェンが槍使いだとは知っていたが、ライリーの武器は知らなかったな。


「…………」


 ライリーが矢を放つ。

 小気味よい音とともに矢はまっすぐ飛んでいき、木にくくりつけられた的に吸い込まれた。

的にはすでに数本の矢が突き刺さっている。なるほど、いい腕のようだ。

 その後もこちらに気付くことなく矢をつがえ始めたので邪魔をしないうちに退散することにした。

屋敷に戻るとスヴェンに遭遇した。


「ん、もしかしてアレで起こしちまったか?」


 スヴェンが言っているのはライリーの矢の音のことだろう。


「いや、そういうわけじゃない。しかしすごい集中力だな」

「ああ、あいつは腕はいいんだが、いったん集中すると他が何も目に入らなくなる。だから朝はほっとくしかねえんだ」


 朝の日課ということだろう。相棒が放っておけというのならそれに従うまでだ。


「あいつも、あんだけやってんだからもっと自信もちゃいいのにな…」

「やはり、ライリーは強いほうなのか?」


 こちらを見るスヴェンを見て、しまった、と思った。

 人の独白につい疑問をぶつけるというのは昨日やったばかりだった。だというのに、学習しなさすぎだ。

 が、独白であっても誰かに聞いてもらいたい類だったのだろう。スヴェンは私の言葉にうなずいた。


「ああ、できるほうさ。冒険者としての素質がなけりゃこうまで続いてねえ。だってのに…」

「本人にその自覚はなし、か」


 あれだけ自身のことを足手まといと言っているのだ、ライリーがその自覚を持っているとは思えない。


「わかるか。わかってくれるか」


 ライリーが認められたことが嬉しいのか、スヴェンはうんうんと一人でうなずいていた。自分のことでなくとも喜ぶのか。昨日似たようなことがあった気がする。


「あんた、いい奴だな。ライリーも気に入ったみたいだし、ここに来た甲斐があったぜ」

「ライリーが…? 何か言っていたのか」

「久しぶりに俺以外の奴とまともに会話できた、と。狭い世界で生きてきたのもあるが、それにしたってあいつとじっくり話してくれる奴はそうはいない。ありがとうな」


 それは正直、あのフードが邪魔をしているのだと思うが…本人もそれはわかっているだろう。それでも人前ではとることができないのか。

 だとしたら周囲がすべきはフードを無理にはぎ取ることではなく、本人が自分の意志で外そうとするその時が来るのをゆっくり待つだけだろう。


「誰かと会話をすることは礼を言われるようなことじゃない」

「そうだな。けど、嬉しくてな」

「それは過保護すぎると思うが…まあいい」


 スヴェンの表情はとても穏やかで、ライリーを大切にしていることがうかがえた。そんな顔をされては小言を言う気にもなれない。

 やれやれ。案外似た者同士なんだな、彼らは。



16/11/18 一部描写を修正。

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