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頁006.はじまりの日



「よっし、これで……っと」


 脚立からひらりと飛び降りたトールとともに、ギルドの入口を見上げる。

 そこには木でできた看板に『冒険者ギルド』の文字が書かれている。


「いよいよ営業開始か」

「うん…ようやくだ…」


 何かと奔走した準備期間ではあったが、そう日数がかかったわけではない。けれどようやく、との言葉がしっくりくる。それだけやることが多くあり、同時に充実していたとも言える。

 しかし。私は疑問に感じていたことがある。

 依頼自体はこの数日でいくつか受けていたのだが、何故だかトールは今日まで営業を始めなかったのだ。この看板の完成を待っていたからだと思っていたが、受け取りに行くのが遅れただけで数日前の時点で完成していたという話だった。


「だが…何故今日なんだ? 依頼が入った時点で開始しても良かっただろうに」

「あれっ、わかってて待ってたんじゃないの?」


 互いに疑問と驚きをぶつけ合う。

 私がわかっていたと思っていた、ということは…何か推測できるだけの情報がある…?

 考えようとしたが、トールにさえぎられてしまった。


「いや、わからないならいいよ。それより今日の予定だけど」


 よくはないと思ったが、そろそろ行動しはじめなければならない。仕方なく会話に乗ることにした。


「トールは道具屋の仕入れの…護衛、だったか?」

「そう、護衛が雇えるなら普段行けないところに行ってみたいんだって言ってた。エレノアは?」

「私は主に事務作業だな」

「うーん……」


 なんとか始まりの日を迎えられたとはいえ、未だやらなければならないことは多い。掃除も終わっていなければ、受けた依頼の整理や役場からきた書類に目を通す必要性もある。ああ、トールの提出した書類の一部に不備があったとの連絡もあったな、可能なら先に用意しておかねば。

 というより、私が何らかの依頼を遂行した場合、私まで冒険者扱いになってしまうのではないだろうか。レイチェルさんの言葉が本当になってしまう。


「ま、なるようにしかならないか。とりあえず、うん、わかった。俺のほうがどのくらいかかるのかわからないけど、無理しすぎないようにしてね」

「ああ。そちらも気をつけてな」


 気になる言葉はあったものの、トールを送り出し、私は私の作業に取り掛かることにした。

 さて、何からはじめようか…。











「む」


 外から聞こえてきた鐘の音に集中が解ける。

 夕刻を告げる鐘だ。切りのいい場面もなければ来客もなかったため作業に夢中になっていたらしい。気付けば昼食もとらずじまいだったか。

 トールは…まだ帰っていない。ふむ、遅いかもしれないが夕食の準備をはじめるか。

 そう考え、台所…もとい食堂のほうへ移動しようとしたが、玄関の近くを通りかかったところで扉が開く音がした。トールが帰ってきた――と思ったが、どうやら違ったようだ。


「あ、エレノア」

「クリスティナか。どうした」


 現れたのは防具屋の娘、クリスティナだった。私やトールとは同い年で、彼女も幼い頃から面識がある一人だ。年齢の近い仲間内ではおとなしい性格で、いつも一歩引いて皆を見守っている。

 彼女とは親しくはあるが、日も欠けてきたこの時間に一体何の用だろうか? 彼女の自宅でもそろそろ食事時だと思うのだが…。


「あ、あのね、トールに頼まれたの。エレノアを呼んできてくれって」

「トールに?」

「うん。今日は皆でイバン兄さんのところでご飯食べようー、ってなったの」


 話に出たのはイバン兄さん――この街で道具屋を営む男性の名だ。彼が街を訪れた当初から私たちの面倒を見てくれていたので、私たちはそのような愛称で呼んでいる。

 そして今日、トールが護衛をしているのも件のイバン兄さんなのだが…何故そのような話が出たのだろうか。


「えっと…もしかして、もうご飯食べちゃったとか…?」


 私の沈黙を困惑か否定ととらえたのか、クリスティナは慌てている。彼女も付き合いが長いので私の考えはある程度読み取れると思ったが…急かされて焦っているのだろうか。


「いや、これから用意するところだった。しかし急な話だな」

「き、急に思いついたんだって! 今日って二人一緒に出かけてたんでしょ? それで…だって! せっかくだからって私たちも誘ってもらったの」

「ふむ…そうか」


 そういうことならばありえない話ではない。イバン兄さんはかつて、他の街から訪れて自分の店を持つことで忙しい中、私たちの面倒を見てくれたような人なのだ。おそらくはギルド開始祝いということでトールと私…そしてついでに周りの面々にも声をかけたというところだろう。道具屋は武器屋と防具屋に隣接しているし、彼が面倒を見ていた面々もそれで全部なのだから。


「そういうことならば、断る理由もないな」

「良かった! じゃあ行こう?」


 クリスティナに急かされ、施錠を終えてから街の中央へと歩き出す。

 冒険者にとって重要な施設である、武器屋、防具屋、道具屋。

 それらは街の中央区、武器屋と防具屋の間に道具屋を挟む形で連なって存在している。

 武器屋と防具屋の店主は私たちが生まれる以前より折り合いが悪いらしい。顔を合わせては喧嘩ばかりで、互いの家族ももはやお手上げ状態である。

 そんな彼らの間を取り持つのが、道具屋のイバン兄さんだ。物理的にも精神的にも兄さんが間に立つことで諍いは減っているという。子どもだけでなく親たちまで面倒を見るとは、人がいいにもほどがある。そのおかげで双方の家族からはかなり好感をもたれている兄さんだが、その好感も一人、程度が過ぎている人間がいたりする――とはいえ、これはまた別の話か。

 そうこうしているうちに道具屋が見えてきた。中からは明かりが漏れている。私たちを待っていたのかもしれない、待たせては悪いと思ったが、先を歩いていたはずのクリスティナが扉の前で立ち止まってしまった。


「クリスティナ?」

「あ、あの、エレノアが開けてもらえるかな?」

「構わないが…どうした」

「ちょ、ちょっとね!」


 あまりにも不審な様子だったが皆を待たせていることを思い出し、ひとまずは問題を後回しにすることにした。そういえば今朝も似たような思いをしたが何だっただろうか、と考えながら扉を開いた。すると――



「エレノア、おめでとう!」



 聞こえたのは複数人の声と何らかの炸裂音。次いで、宙を舞う何か。

 一瞬身体が硬直したが、それが爆竹であると理解し周囲を見渡した。クリスティナをのぞいた武器屋防具屋道具屋の面々、それにトール。

 嬉しそうに笑顔でこちらに歩いてくるのはトールとイバン兄さんだ。何がそんなに嬉しいのかわからない。


「ん、どうした? はは、さすがに驚いたか?」

「これは……エレノアもしかして。まだ、気付いてない?」


 イバン兄さんは相変わらず上機嫌だったが、トールはさすがに気付いたようだ。

 私が状況をまったく理解できていないことに。

 いや……、待て。心当たりがひとつあるじゃないか。


「そうか……ギルドの開始祝いか」

「間違ってはいないけど、違う! はぁ、まさか丸一日気付かなかったなんてね…」


 トールは頭を抱えて唸る。他の面々も苦笑を浮かべてこちらを見ている。そういえば今朝のトールが何やら気になることを言っていたが、それと関係があるのだろうか。


「ほらトール、早く言っちゃいなさいよ。さ、エレノアはこっち、座って座って」


 武器屋の長女、レティシアさんに促されとりあえず室内へ。

 全員が座れるよう複数のテーブルをつなげて作られた席の中央に案内された。

 ……何故こんなど真ん中の席なんだ。

 わけがわからず、右隣に座ったトールに視線で問いただす。


「えーっと…その。ギルドのお祝いでもあるんだけど、今日って何日かわかる?」

「何日って…」


 逆に問われ、考える。何でもない、平凡な日付だったように記憶している。

 しかしどこか覚えのある数字で…何だっただろうかと悩んでいたが答えは出ず、トールは諦めた様子で苦笑しながら正解を教えてくれた。


「誕生日だよ。エレノアの」

「―――」


 しばしの間、理解ができなかった。

 けれど思い返せば確かに私の誕生日の日付だった。

 このところ忙しかったもので、まったく覚えていなかった。


「そうか、誕生日…。ん、しかし何故朝に言ってくれなかったんだ」

「それは…だって…」

「エレノアに驚いてほしくて黙ってたに決まってるでしょー」


 言い淀んだトールの横からレティシアさんが顔を出した。その顔は赤く染まっている。どうやらもうお酒が入っているようだ。

 しかし、私を驚かせるため、か。あまりいい趣味とは思えないが。

 そう考えていると、別の声が入る。私の左隣の席に座っていたクリスティナだ。


「そ、そうじゃないよ。トールは、エレノアに内緒で準備したかったんだよ。喜んでくれるようにって…」

「あ、ちょ、クリスティナっ」


 クリスティナの言葉を聞き、考える。

 思えば…幼い頃から一緒にいるせいで、互いの誕生日に何かをするでもなく驚くことも喜ぶこともなくなっていた。

 自分で自分の誕生日を忘れるなど、今回のようなことがなければなかなか起こりえないことだ。

 トールの反応を見るに、クリスティナの予想のとおりなのだろう。

 ――トールが私のためを思ってしてくれた行動だというのならば、それはやはり。



「おいトール。肝心なこと言ってないだろ、お前」

「え……あ、ああ、うん」


 皆で集まり、皆で私を祝うために準備をしてくれたのだ。これ以上何が必要だというのか。


「エレノア。誕生日、おめでとう。それから…一緒にギルドをはじめてくれて、ありがとう」


 その言葉に、自分の中の様々な感情がひとつに溶けて消えたような気がした。

 そう、つまり私は、嬉しかったのだろう。

 家族が――トールが、祝ってくれているその気持ちが。



「――こちらこそ、ありがとう。これからもよろしく頼む」



 こうして私の二十代は幕を開けた。



 なんとなく、良い一年になりそうだと思えた。



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