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頁003.エレノアとトール②



 そこからはトールの考えを聞きながら現状について話し合うことになった。

 その最中、実はすでにギルド用の家を買っていることが判明した。私に話す前に買ったらしい。私を巻き込むつもりだったとしたら順番が逆じゃないのか。そして家でやるものなのか、ギルド。


「今決めないなら他の人にも声をかけるって言われてさ…あんないい物件ならすぐ買われると思ったんだ。相談しなかったことは謝るよ」


 本人もこう言っているのだ、今更私がとやかく言ったところで何も好転しないだろう。


「済んだことは仕方ないだろう。それよりも、家でよかったのか」

「うん、家って言っても屋敷だからね。入ってすぐの場所を受付にしようと思ってるんだけど、それだけの広さはあるし。あと、使用人を住まわせるつもりで作られていたみたいだから住む部屋にも作業する部屋にも困らないよ」


 どうやらかなり大きな家…もとい、屋敷のようだ。しかしそれよりも気になる言葉がある。


「…そちらに住むつもりか?」


 今現在住んでいるトールの家は、街の東区に存在する。トールが購入した屋敷は西区にあり、距離はあるが同じ街の中なので当然通うことは不可能ではない。


「だってほら、起きてすぐ職場なんて気楽だろ? それに食事の度に家に帰るのも大変だ」


 トールの言い分は理解できた。けれどなんとなく、それだけではないような気がした。今も私の目を見ずに色々と言い訳めいた言葉を並べている。

 こういう状態のトールには何を言ってもはぐらかされるだけだ。今は結論だけでいい。


「その…エレノアはやっぱり反対、かな…」

「いや、いい。私もそちらに住もう。確かにお前の言い分も一理ある」


 家主のいない家に私だけが残っても意味がない。それにどうせ一緒に食事をとるのだ、別々の場所に住んでいたのでは効率が悪い。


「何より、お前一人では色々と滞るだろう?」

「うーん、あんまり反論できないのが空しい…」


 トールは家事も一通りこなせるのだが、多少手を抜く。それが外で食事をとってくる、などであればまだいいのだが、空腹を感じなかったから食事を食べない、用意するより寝てしまったほうが早い、などということを平気でやる。私が風邪をひいて寝込んでいる時など、一人の食事は作るのも食べに行くのも面倒だとしていつもより食が細くなっていた。寝込んでいた私が言えた義理ではないが、そういう時こそ食べろ。


「うん、でも、良かった。エレノアがいてくれるんなら安心だ」


 そうやって笑っているが、笑いごとではない。実際、一人で生活させるとなるとどうなるか…考えただけで不安しか残らない。冒険者としては向いているが、自己管理能力が欠けているのではないか。

 管理……その単語で思い出したが、仕事のことはどうするつもりなのだろうか。仕事が入ってくる見込みでもあるのだろうか。管理するだけの仕事がなくてはあまり意味がない。


「そういえば…仕事の見込みはあるのか?」

「ん、仕事? うん、とりあえず役場のほうに声をかけてみるつもりだよ。冒険者向けの仕事って言ったらやっぱり役場からだと思うし、今はほとんど俺がやってるからそれをギルドに回してもらおうと思ってる」


 役場、という施設がある。国が管理する組織で、戸籍の管理や事業の登録その他諸々行う。大抵の街には存在するというが、あいにく街を出たことのない私には真偽のほどはわからない。

 困ったことがあれば役場へ行け、というのが通例だ。街道が土砂で埋まって通れない、魔物が異常発生している、そんな生活における困りごとが役場には集まってくる。

 人々から役場へと寄せられた相談は、それぞれの方面に割り振られる。中には冒険者へと流れる仕事がある。魔物退治が良い例だ。どこかの街では役場の仕事と魔物退治を両立させる猛者もいるそうだが、普通は自警団や冒険者に依頼するのが一般的である。

 この街の役場における冒険者向けの仕事はもっぱらトールがこなしている。自警団が行う場合や共同で行動する場合もあるそうだが、この街の自警団は規模が小さいらしく、本来の業務以外に割り振れる時間が少ないらしい。また、これまでにも仕事をこなしており、街に住んでいるため必ず連絡のとれるトールは依頼をする相手として安心できるのだそうだ。

 とはいえ、やってくる仕事が役場だけであればトール一人で事足りてしまう。トールはいずれ人を増やす考えのようだから、それでは仕事のない冒険者があぶれてしまう。

 しかし、とりあえず、と言っていたか。他にも案はあるのだろうか。


「他には」

「やっぱり各商店かな。武器屋、防具屋、道具屋に…あとは宿屋なんかも人に任せたい用事あるんじゃないかな。前に武器屋か防具屋で、あの素材がほしいだとか、そこに行くまでの護衛がほしいなんてのも聞いたことあるし」

「ふむ…宿屋でも、作ってみたい料理があるが食材が揃わない…と嘆いているのを耳にしたことがあるな」

「でしょ。役場に頼むほどでもないような小さなことも、ギルドになら頼みやすいかもしれない」


 こうして考えてみると、意外と冒険者の手を欲している箇所は多いようだ。案外やっていけるのかもわからない。

 まだ話すべき内容はあるが、それはまた後日でいいだろう。正直もう頭がいっぱいだ、休みたい。


「よし、とりあえず今日はもう遅いから、明日になってから荷物とか運ぼうか」

「そう………いや待て。荷物を運ぶ前に一度見ておこう」


 少しだけ逡巡して、しかし待ったをかけた。休もうとしていた思考に鞭を打つ。


「え、何で? 二度手間になると思うんだけど…」

「掃除は行き届いているのか? ものを置く場所は決まっているのか? 家にあるものすべてを持っていくつもりか?」


 家というものは、すぐにほこりがたまるものだ。人が住んでいないとなればなおのこと。生活用品はもとより食材がほこりまみれになっては困る。置き場所も定かでないのにあれこれ持っていくのは厳しいのではないだろうか。


「あー、それは盲点だった…。住人がいなくなってから結構経つみたいだし、中を見せてもらった時も少しほこりっぽかったような気がする。じゃあ先に軽く掃除してから運び込もうか」


 屋敷の購入に意識が向いていたのならば仕方のないことなのかもしれない。ほこりなど些事だろう。

 しかしそこでふと気付いてしまった。屋敷を買ったということは、それだけの金額が必要だったのではないか。


「トール」

「なに?」

「屋敷購入の金はどうした」


 私の追及にトールはしぶい顔をした。だが金銭面では絶対にひくつもりはないぞ、私は。これからのことにもかかわってくるのだから、避けては通れない。

 私の無言の圧力に負けて、トールは嘆息した。


「はぁ……わかった、言うよ。母さんたちが遺してくれた貯金から捻出したんだ。おかげで空とは言わないけどかなり減ったかな」


 やはり、と納得した。私もトールもそれぞれ働いているが、その大半が日々の生活で消費されている。まとまった金銭と言うならば、両親が遺してくれた分しかない。

 仮に今から屋敷を手放そうと思っても、手に入れた際に支払った額面より下回る金額しか手元には返らない。そのことはわかっているのだろうか。少しばかり念を押しておこう。


「もう金は戻ってこないぞ」

「わかってる。もう、後戻りできない」


 念を押して気を引き締めさせようと思ったのだが、思った以上に決意は固かった。いや、この場合追い詰められているのだろうか…。何かあった時に思いつめないか心配だ。少しは退路も必要か。


「私もいる。あまり背負いすぎるな」

「――うん、そう…だね。ありがとう…」


 一瞬だけ驚いたような顔をしてから、トールは笑った。こういう時に何を考えているのかは未だにわからない。


「さて、それじゃ食事にしようか。明日から頑張らないといけないからしっかり食べよう!」

「ああ」


 手伝うと決めたのだ、トールの言うようにこれから頑張らなければ。

妙に上機嫌のトールとともに食事の準備に取り掛かった。



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