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頁025.変わるもの、変わらないもの②



「ずいぶんマシな顔色になったな?」


 謹慎にも近い十日目が終わり、翌朝。ようやく部屋を出た私は現在食堂にいた。

 食事を摂ることと、食堂を主な活動拠点とするウルフに謝罪の言葉を述べるためだ。


「迷惑をかけた。面目ない」

「っつーより、お前さん毎度頑張りすぎなんだよなぁ。もうちょっと手を抜いたって誰も怒りゃしねーぞ」

「うんうん、もっと言ってやってよ。この仕事人間に」


 ウルフの言葉に賛同するのは頬杖をついてこちらを顎でさしてくるトール。やめろ、というか誰が仕事人間だ。

 ちなみにこのトール、私ほどではないが私が倒れている間かなり酷いことになっている、らしい。

 らしいと言うのは、無論私が見たわけではないからだ。

 しかし彼らの証言によれば、私が寝込んでいる横でずっと不安そうな顔で座っていたり、その場を追い出されても廊下でうろうろしながら数分に一度は部屋の様子を窺がったり、依頼があるからと現場に向かうも明らかに注意散漫で普段では到底やらないようなミスを犯したりする、だとか。

 ………列挙してみると酷いな。

 とはいえ、その理由を考えれば致し方ないのか。


 以前にも述べたが、私は身体が弱い。そしてそれは生まれついてのもの。幼い頃から同じように長く寝込むことがあった。

 特に両親が亡くなった直後は酷かった。身体だけでなく心も弱っていたからだろう。生死の境をさまよったのだと聞く。

 私の記憶は曖昧だが、長い悪夢にうなされ続けていたことだけは覚えている。


 そんな私の様子を間近で見ていたのだ。トールとてその時の恐怖が未だ心を支配していてもおかしくはない。

 しかしながら、そんな相手に自分だけ責められるのは癪だったので私からも言い返しておく。


「そう言うお前は謝罪したんだろうな…?」

「えっ、うそ、何で俺がみんなに迷惑かけたって知って……え、ウルフしゃべった?」


 残念、情報源は全員だ。

 まあいい、本題に入ろう。


「それはさておき、人を増やそうと思う」

「うん? 結構頭数揃ってきたほうじゃねぇか?」

「あ、ちがうちがう。冒険者じゃなくてエレノアの仕事をサポートする人を集める、ってことだよね?」


 む、トールには伝わったがウルフには間違った受け取り方をされてしまった。相変わらず言葉が足りていない。気を付けなければ。

 実際のところ、ウルフが言うように冒険者の人数はかなり揃ってきたのだ。戻ってくると約束してくれていたスヴェンとライリーが来てくれただけでなく、新たに数名の冒険者が仲間として加わってくれた。現在は私も含め……何名だったかな。後で改めて数えてみるか。

 話がそれた。ともかく、増えたと言ってもそれは冒険者の人数だ。

 トールが言うように、手助けしてくれた面々の願いでもある事務作業側の人間を増やそうと思う。


「あー、そういやあいつら大変だったらしいしな…悪ぃな、力になれなくてよ」

「向き不向きは誰にでもある。それにあなたなりに彼らを助けてくれたのだろう?」

「助け、っつってもな……」


 今回私の業務を手助けしてくれた面々にウルフは入っていない。書類業務が苦手な者は多いのだ。本業ではないので仕方のないことだと思う。

 ウルフはそれを申し訳なく思い、代わりに私の業務を行ってくれている面々の三食すべて面倒を見てくれたらしい。そういったサポートの仕方も充分助かったことだろう。

 このようなことが再び起きないためにも、増員は欠かせないだろう。しかし……。


「しかし、どんな人間に来てもらえば助かるのだろうな」


 そう多くの人間が希望してやってくるとは思えないが、どんな人間でも端から端まで採用、とはいかない。人間性もさることながら、本当にこの仕事が出来るのか、続けていけるのかも考えなくてはならない。すべて読み解けるとは思わないが、相手を理解しようとする気持ちは大切だ。だからこそ、何を重視して接すればいいかを考えていた。


「うーん、エレノアが一緒に仕事しやすい、って思える人だったら大丈夫だと思うけどな」

「お前な……遊びじゃないんだぞ」

「や、わかってるよ。けどさ、どんなに優秀でも呼吸が合わなかったら持ち腐れって言うか……とにかく、人と人との相性って大事だと俺は思うよ?」


 トールの言わんとすることもわからなくはない。私の作業を手伝ってもらう立場の人間なのだから、私とその人物は必然的にコミュニケーションをとらなければならない。

 その際に衝突が起きれば困る、ということなのだろう。


「最近思うんだけど、結局は縁があるかないか、だと思うんだよね」

「縁?」

「今このギルドにいる人、みんなに言えることだけどね。いや、街の人たちみんなかな? 誰かと知り合いになるの自体、縁があったから知り合えたと思うんだ。働く場所もそう。ギルドを知って、考えて、ここで働くと決めたのは彼ら。だけどすべては縁があったから」

「縁、ねえ……」


 トールの言葉を聞いてつぶやいたウルフのほうを見る。思うところがあったのか、こちらの視線にも気付かず何事かを考えている。思えばウルフとの出会いも縁があればこそだった。いやそれ以前に、宿屋のベルタさんとの縁がなければウルフがここで働くこともなかったのではないだろうか。

 私が彼を信頼していいか悩んでいた時に決定打となったのはベルタさんがウルフの人となりを教えてくれたからだ。それはウルフとベルタさんの縁。

 他にも、思い返してみれば誰かがどこかしらでつながっている。


「だから、そんな気負わなくていいんじゃないかな。縁があれば、自然とその人を雇うことになるよ」

「そう、だろうか……」


 トールなりに考えすぎるなと言ってくれているのだと理解した。しかし出来れば面談を行う際はトールにもついていてもらいたいものだ。甘えすぎかもしれないが、他者の意見が欲しいというのも本音だ。

 ともあれそう都合よくすぐに誰かが来るということもないだろう。先延ばしではあるが、また今度時間のある時に考えることにしよう。

 そう結論づけた頃、ウルフが「うし!」と気合を入れた声を発して膝を叩く音が聞こえた。


「エレノア、トール。ちょいと話がある」

「え……なに、改まって?」

「ん、まあちょいとな。俺がここに来た時のこと覚えてるか? あれからまだ一年も経っちゃいないけどよ……俺は一時的に厄介になりたいっつったよな」


 無論、覚えている。宿屋でベルタさんと話している時、手持ちの金が少ないから一時的にギルドで働きたいと告げてきたのだ。

 ………ああ、そうか。

 あれから一年近く。彼の目的は、もう達成しているのだ。私が不甲斐ないばかりに見捨てられず、ギルドを去れずにいたのだろう。察することが出来ず面目ない。しかしそうなると寂しくなるな、と考えたのだが……。


「だから改めて言うけどよ。一時的な契約モンじゃあなく、正式に雇っちゃもらえねえか」

「え?」

「あ、言っとくが冒険者じゃなく料理人としてな」

「は!?」


 え、いや、待ってほしい。意味がわからない。


「ちょ、ちょっと待って、順番にお願い。え、さっきの会話の流れ的に「世話になったな、それじゃ」って話じゃなかったの? というかなんで料理人!?」


 すごいな、トールが一息で私の疑問をすべて述べてくれた。ウルフのほうはと言うと、苦笑していた。


「俺もいい歳だから、いろいろ考えちゃいたんだ。自分の腕に自信を持っちゃいるが、それもいつまでやれるかわからん。怪我すりゃそれまでだしな。ここなら採取なんかの戦いのねえ仕事にもありつける。そんならここでずっとやっていくのもアリかとは思ってたんだが……」

「思ってた……じゃあ今は違うってこと?」

「ああ、俺も今回の件で思うところがあってな」


 今回の件、というのは私が倒れたこと、そして周囲の面々に迷惑をかけた一連の流れすべてを指しているのだろう。それが一体どうつながっているのかわからないが、今は黙って聞くとしよう。


「俺は手伝いになんねえからあいつらの飯の面倒だけ見てたんだが……あいつら、疲れた顔して飯食いに来んだよ。で、食うと少しマシな顔になる。そんで、よし仕事やるかって気合入れて出ていく。そんな感じのを何度も見てたら、なんつーか、こういう生活も悪かねえと思った」


 これまでもウルフは時折私たちに料理をふるまってくれていた。

 けれどそれはあくまで趣味の範疇だ。誰かの食事をすべて面倒見るのはいくら彼でも初めての経験だろう。


「これまで通り冒険者やりながら料理人の真似事やんのもいくらでもできる。けどよ、俺もちっとばかし歳とったみたいでな。もう切った張ったをやるよりも、お前らが今後どう成長していくかを見てえと思っちまったんだ」


 こうなったらもう冒険者としてはやっていけねえ、と続けたウルフは、少し寂しげな様子だった。それはどんな心境から現れた表情だったのだろう。

 けれどそれはわずかな時間で、すぐにいつもの笑みを浮かべた。


「ま、お前の言葉を借りるならこれも縁、ってやつかね」

「うん……」


 対するトールの表情はわずかに曇っているように見える。

 もし私と同じことを考えているのだとしたら、それは罪悪感に分類されるのだろうか。


「私たちが頼んだから、か…?」

「エレノア?」

「俺たちが料理をせっついたから、こうなっちゃったのかなって……」

「トールもか? なんだよお前ら、自分のせいだとでも思ってんのか」


 ものすごく乱暴に頭をなでられた。ついでトールも。


「ちょ、何だよ!」

「ガキが、気にすんじゃねえ。 俺は俺が思う通りに生きてんだ。お前らはいつも通り美味そうに飯食ってりゃそれでいいんだよ」


 こういう時だけ年長者としてふるまうのは、ずるい、と思う。

 なでていた手を両方ともぱっと放し、ウルフは私たちを見つめた。その表情は出会った頃と変わらない、笑顔。


「そんで、どうだい? 俺はお前らのお眼鏡にかなうかね?」


 トールと視線を合わせる。トールはニヤリと笑い、私はわずかに口角を持ち上げる。


 こうして、別の問題は未だ解決してはいないものの、意外な方面での戦力を獲得した。




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