頁024.変わるもの、変わらないもの①
気付けばギルド開設から一年が過ぎていた。
日々が忙しくあっという間だった……というのは、まあ、嘘ではない。しかし実際のところは「それどころではなかった」というべきだろう。
昨年末、トールの様子が落ち着いたことで安心したのか、私は急な体調不良に襲われた。
つまるところ、風邪をひいたわけだ。
別段、季節的におかしいことではない。が――私の身体はとても貧弱だ。
一度体調を崩してしまうと、治るまでに日数がかかってしまうのだ。
この時は確か、六日ほど寝込んでいたらしい。さんざん言われたからな、覚えているとも。
その間、他の面々で私の業務を補ってくれたそうだ。各々の依頼もある上、慣れない作業はとても大変だったことだろう。申し訳なさしかない。
治った時、罵倒されてもおかしくはないと覚悟を決めていたのだが、誰ひとりそんな言葉を告げる者はいなかった。正確には、そんな余力のある者はいなかった。
だからこそ復帰後は、迷惑をかけた分を取り戻そうと頑張ったのだが……。
まあ、なんだ。
しばらくは持ったが、半年経って再び倒れこのざまだ。まったくもって面目次第もない。
ようやく話ができるレベルまで回復したので、私しか判断出来ない業務は聞きに来てもらっている。まだ動くことはできないんだ、本当にすまない。
今回も罵倒などはなく、ただひたすらに同じことを懇願された。
「事務作業をする人間を増やしてほしい」
代わる代わる、違う者がやってきてはこのことを告げていくのだ。ちょっとしたホラーである。誰もが疲れ切っていた顔をしていたので黙って聞いていた。
人を増やす、か。
私が正常に動けている間は問題ないが、この惨状から考えれば必要なのだろう。まったくもって脆弱な我が身がもどかしい。
確かにこういった状況で、私以外に業務に携わる者がひとりでもいれば違うことだろう。
これ以上冒険者たちに迷惑をかけるわけにもいかない。
「というわけで、だ。どのように募集すべきだと思う?」
「どのようにと言われても……張り紙とかじゃないですか、やっぱり。あ、そこ違うよノイ」
寝込んでから十日目となるこの日。もう大丈夫だからと部屋を出ようとしたのだが、セスに「今日までしっかり休んでください」と言われ自室に押し込まれている。
最近セスの遠慮がなくなってきたような気がする。今も私の目の前で書類を片付けてくれているが、どう言っても絶対こちらに書類を渡してはくれない。いや読み上げられるより私が自分で読んだほうが早いだろう…。
なんでもセスいわく、私に書類を渡すと止まらないから、だそうだ。さすがにそんなことはないのだが。
「まずはギルド内に。あと頼めるとしたら、宿屋とか、道具屋とかじゃないですか」
「ふむ……」
なるほど、妥当だと思う。しかしよくそんなにすいすい浮かぶものだと感心する。
「内容は?」
「募集要項……どんな職種だとか、業務内容に、年齢と……」
ふとノイが何かを渡してくれた。紙とペンだ。せっかくなのでセスが告げていく内容に必要事項を加えて書き連ねていく。
耳にするまま書いたので多少読みづらさは残るが、一応の原文が出来た。
「ではあとはこれをもとに複数枚作成すればいいか」
「え、ちょっといつの間に…! ああもう、僕のほうで清書しておきますから、もうペンは置いてください!」
む、ペンを持っただけでこの騒ぎよう……あまりの過保護ぶりに苦笑する。するとこれまで黙っていたノイが口を開いた。
「でもじょーだん抜きで、エレノアさんがんばりすぎだよね。わたしはこういうの苦手だから、あんまり手伝えないけど……セスだったら手伝えるからどんどん言っていいと思うよ!」
「こら、なに勝手に人を売ってる。……とはいえ、ノイの言う通りですけどね。もっと頼ってください。僕もノイも、あなたと同じギルドの一員なんですから」
「……」
同じギルドの一員……か。
これまで私は自分と冒険者とを区切ってきたように思える。彼らの本分はこれではないのだからと遠ざけていた。それは遠慮ともとれるが、彼らを信頼していない行動だったのかもしれない。
すまない、と言葉にしそうになって一度口をつぐんだ。ここで告げる言葉はひとつだろう。
「ありがとう」
ギルドを通して人と接する機会は増えてきた。
私も少しは、成長できているだろうか?
答えなどない。それはこれから先の私の頑張り次第というところ。




