栞01:トール:表裏[ツギハギ]の苦悩
トール視点となります。
新鮮な空気が吸いたくなって、部屋の窓を開けた。ガコンという音とともに冷たい空気が一気に吹き込んでくる。その冷気にさらされて意識がはっきりとする。今夜は冷えるようだ。
ギルドを始めてから半年。まだなにかと考えなきゃいけないところは多いけど、依頼も仲間も増えてきて、どうにか……そう、「進んでいる」という実感はある。
確かな変化。だけど、それは。
「これで…良かったのかな……」
何度も考えたこと。俺が進むべき道を、ひたすらに悩んだ。
冒険者として立つか。ギルドを始めるか。そして本当に――他に道はないのか。
考えて、考えて、その度に何度も自分に言い聞かせて。そうして俺はようやく決めたはずだった。後悔なんてしない。俺が選ぶならこの道しかない。そう――思っていたはずなのに。
どんなに「大丈夫」と思っても、不安は消えなかった。この道は正しいのかと、むしろ不安は増す一方だ。先が見えないことで恐ろしくてたまらない。
「いや……これでいいんだ。現に、今だって」
俺の予想が正しいなら、今だ。何も起こっていないというのならきっと、俺の選択は間違っていない、はずだから。
だから俺が心揺れるのは別のこと。もちろんそれは――エレノアのこと。
俺のこの選択は、俺が、俺だけが勝手にやっていることだ。エレノアは何も知らない。それでももしかしたら、その責をエレノアに押し付ける奴が出てくるかもしれない。
その時俺は――エレノアを守れるだろうか?
幼かったあの日。エレノアを守ると心に誓った。この誓いは誰にも告げていない、秘したものではあるけど、それでも偽りはないと断言できる。
だけど。もし――もしも選ばなければならない日が来たら?
「俺は…どうなったっていい。だから……」
だから、エレノアだけは。
俺の願い、俺の救いは、エレノアが当たり前のように生きていてくれること。ただそれだけだ。
不意に、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。
こんな時間に誰だと思ったけれど、そんなの答えは決まっている。だからこそ何か用だろうかとか、理由のほうを考えながらドアを開けた。
「ああ、まだ起きていたか」
「どうしたのエレノア。こんな時間に」
エレノアが部屋を訪ねてくることがおかしいわけじゃない。ただ、今は遅い時間だし、エレノアの言うように寝ていてもおかしくない時間だ。だから仕事がらみの、急ぎの用事かと思ったんだけど……ふわり、と優しい香りが漂ってきた。なんだろう?
「仕事が早く片付いたんで寝ようかと思ったんだが…どうにも眼が冴えていてな。一緒にどうだ」
エレノアの手にはトレー。そしてその上にはマグカップがふたつ並んでいる。中身は白く、湯気が立っている。ああ、ホットミルクか。
ギルドで生活するようになってからはなくなっていたけど、あの家に住んでいた頃はよく並んで飲んでいた。ほんの少し前のことのはずなのに、なんだかとても――懐かしい。
「その様子だと、お前も眠れないんだろう?」
「ん、まあ、ね……」
今の今まで考え込んでいました、なんて言えるはずもなく、そしてエレノアを追い返すという選択肢もない。
俺はエレノアを部屋に招き入れた。
思いがけず旧作が復活してしまったのでこちらの頻度が下がっていますが、続きは何とか書いています。