頁022.強さの在り方②
「すみません、戻りました」
「あ、レフォートおかえりー。けどどこ行ってたのよ」
「ちょっと、な。それより……」
ルリの病室にお邪魔していたのだが、先ほど飛び出していったレフォートが戻ってきた。どうやらルリには飛び出していった理由は伏せたいらしい。そんなレフォートだが、彼は不思議そうにこちらを見ている。うん、言いたいことはわかる。何故私がここにいるかということだろう。
「先ほど病院から飛び出していくあなたにぶつかりかけたのだが…覚えていないだろうか?」
「えっ!? す、すみません、それどころじゃなかったものですから…」
わかってはいたが、やはり私には気付いていなかったようだ。いや、この口ぶりだと人とぶつかりかけたこと自体気付いていなさそうだ。
「そのあんたを追いかけてたあたしと会ってね。あたしもさっき知ったんだけど、あんたたちもエレノアと知り合いだったんだって?」
「あたしたちと違うところでイメルダさんもエレノアたちに会ってたんだって。すごいよね」
「ああ、それでか……」
納得するレフォートとおかしそうに笑うルリ。こうして見ても彼女たちはまったく違う性格なのだとわかる。
「それにしても、これはもう会うべくして出会ったってやつだね。うんうん」
「またそういう適当なことを……。すいません、こいつは気軽に運命とか言い出すわりと残念な奴なんで放っておいてください」
「ちょ、レフォートひっどい!」
レフォートはそう言ってルリの言葉に呆れているが。
ふむ、会うべくして出会った……か。
「いや? 意外とその通りなのかもしれないぞ」
「えっ?」
私のような冗談すら通じなさそうな外面の人間がルリの言葉に同意したのが意外だったのだろう。レフォートは驚きを隠しもしなかった。まあ、その気持ちもわかる。私は元来、現実主義の人間だ。
「会うべくして出会ったと言うのなら、どうだ。この際、ギルドで働いてみないか?」
「ギルド……それは確か…」
「エレノアたちがやってるところだよ。冒険者が集まって……その、なんやかんやするの」
私の提案にレフォートは顎に手を添えて考え、ルリは少しばかりの説明を加えてくれた。だがあまりわかっていないらしく適当だ。仕方ないのでいつものように説明した。
ルリのほうは楽しげな様子で、私の説明にうんうんとうなずいており、見るからに乗り気であることが読み取れた。が、レフォートは考え込む一方でどう思っているのかはわからない。そう考えていると視線をこちらへ向けて問いかけてきた。
「ギルドについてはわかりました。ですが……何故そのような提案を? 聞けば急ぎ人が不足しているわけでもない。そして我々でなければならない、という理由も存在しない。理由を聞かせていただけますか」
ふむ、予想はしていたが、やはりかなり警戒されているな。まあ当然と言えば当然だろう。すでに顔見知りではあるものの、気安い仲というわけではないのだ。この提案も彼にとってはおかしな流れなのだろう。
無論、それに黙っていない者が待ったをかける。
「ちょーっとレフォート! なに変な勘繰りしてんのよあんたは! エレノアは親切心で言ってくれてんのよ?」
「――親切。そう思って騙された直後なんだ。こんな都合のいい話を今すぐ信じろってほうが難しいんだよ」
ああ、そうだった。彼は仲間だと思っていた人間に裏切られた直後だった。慎重にもなるだろう。私にも理解できる感情だ。
ただし。彼の周囲の人間は、そういったタイプではなかったらしい。
「難しい、って言ったわね? 無理、じゃなくて」
「……」
「まったく、もう」
悪態をつきながらもルリは穏やかに微笑んだ。仲間に裏切られた直後で、傷ついたばかりだというのに。彼女から悲壮感は感じられなかった。
「何だかんだでエレノアのこと信じたいくせに。素直じゃないんだから」
「………ルリが、誰彼構わず信じようとするからだろ。俺はあの人たちに君を任されている。俺まで話を鵜呑みにするわけにはいかない」
レフォートのかたくなな態度は責任感から来るものだったようだ。無論ルリ本人が心配だというのもあるだろう。こちらを警戒せず屈託なく微笑んでいるルリを見ていると私も少しばかり心配になってくる。
「だいじょぶだいじょぶ。エレノアなら信じられるって。ね?」
そう言ってこちらにその笑みを向けてきた。瞬間、私は理解した。これが彼女の強さなのだと。人を信じ続ける心。疑わない心。
私が同じ境遇に陥った時。果たして、同じことが言えるだろうか?
「もういい、わかった。元々俺は君についていく立場だ。好きにしろ」
「うん、ありがと」
ため息をつくレフォートとにこにこと笑うルリは対極的だった。けれどきっとこれが彼女たちの在り様なのだろう。そうしてルリはこちらに向き直った。
「そういうわけで、レフォートと二人、ギルドでお世話になるよ。よろしくね!」
「おや、あたしはのけ者かい? ここまで一緒に来たってのに薄情なもんだね」
「へっ?」
それまで黙っていたイメルダさんの言葉にルリの口から間の抜けた声が漏れた。
ルリは――ルリとレフォートは、イメルダさんの冒険者集団に最近入ったばかりの新人だったという。
そんな彼女たちだから、こう思ったのだろう。自分たちはここに残り、イメルダさんは去る。だからここでお別れだ、と。
だが、私は知っている。イメルダさんはとても情に厚い人なのだと。
「あんたが怪我をしたのはあたしのせいでもある。それにもとをただせばあいつらが金を持ち逃げしたのだってあたしが監督しきれなかったからだ」
「いえ、イメルダさんのせいでは……」
「大体さ、仲間が怪我したってのにそれじゃさよなら、なんてのは寂しいじゃないか」
「―――」
ルリはしばし驚いた様子だったが、やがてその表情は落ち着き、そして笑みを浮かべた。
「……うん、ありがと、イメルダさん。あたし、イメルダさんのそういうとこ好きだな」
「はは、なんだい。褒めたって何も出やしないよ」
仲間の気安さ、信頼。そういったものが垣間見えたようだった。
そこに私の入る余地はなく、どこか居心地のなさを覚えるが……しかしふと考えつく。そうだ、これからは私のその仲間の一員となるのだ。これからの働きで信頼してもらえればいい。
そんな風に前向きに考えられたのは、やはりルリの影響だろうか。