頁021.強さの在り方①
投稿開始から一年が経ちました。
ティルやレイチェルさんが加わり、さらに日は過ぎた。レイチェルさんがいてくれる日は仕事が中断されにくいので以前に比べるとかなり安定している。こうして改めて現状を見てみると人手は必要だったのだと思い知らされる。
また、ティルはと言うと、こちらも助かっている。できる仕事が限られているという考え方であったが、逆に言えば仕事を選り好みしない。彼女は自分にできる仕事であれば片っ端からこなしてくれるのだ。難易度・見た目・報酬の低さから日に日に溜まっていく一方だった採取等の依頼が減っていくのを見るのは胸がすく思いだった。しかしながら、これももうすぐ終わりを迎えるのだが。
と言うのも、ようやくティルの旦那さんがこちらに到着する算段がついたらしく、そうなればティルが危険を冒してまで働く必要はないとの判断だ。ティルの身の安全を考えればこちらとしても安心なのだが、それでも戦力が減るので正直に言ってかなり手痛い。労せず加入してくれたティルが有能だったからこその悩みと言える。何とも贅沢な悩みだ。
しかし悪いことばかりではない。ティルのほうから旦那さんにもギルドを勧めてみるつもりだと言われたのだ。もしかすると新たな冒険者の加入となるかもしれない。できることならいずれティルとともに長くギルドで働いてくれればこの上なく嬉しいのだが……まあ言っていても始まらないか。
そんなティルだが、今日は定期検査の日らしい。一人で行くつもりだったようだが、やはり何かと心配なので私も同行することにした。幸い、近くに用件がある。
道中ティルに心配しすぎだと言われたが……まったくもって納得がいかない。身近な人間の心配くらいするだろう、普通。
そうこうしているうちに病院の前に出た。さて無事にたどり着いたと安心したその時、病院から飛び出してきた人物と危うくぶつかるところだった。驚いて立ち止まったため事なきを得たが、相手方はそのまま走り去ってしまった。まったく、私だったから良かったものの、もしティルとぶつかっていたら危ないだろう。そう思って遠ざかるその人物を視線で追ったのだが、どこか見覚えがあった。
「あれは……」
「あーくそっ、もういない! …ん?」
再び病院内から誰かが現れた。その声に振り向くと、なんとイメルダさんだった。あちらも同じタイミングで私たちに気付いたようだ。
「イメルダさんか。どうしたんだこんなところで」
「そりゃこっちの台詞さ。おや、ティルまで一緒だったのかい」
私が彼女たちと知り合うきっかけになったあのタイミングでは二人とも知り合いではなかったようだが、話によるとその後宿屋で再会し時折話すような間柄になっていたようだ。同じ宿屋に泊まっているようだし、そういったこともあるのだろう。
「申し訳ない。私はそろそろ」
「ああ、検診があるんだったな。こちらは気にせず行ってくれ」
「そうだったのかい。そんじゃまたね」
そうしてティルは受付へと向かった。しかし、イメルダさんは何故病院に…? 見たところ怪我などしていないようだが…。
「何かあったのか? 先ほど慌てて出てきたようだが…」
「あ! しまった…まあ、どうせ追いつけやしなかっただろうけど」
ふむ? まるでその直前に飛び出して行った人物を追いかけていたかのような発言だ。とすると……。
「レフォートに用があったのか?」
「ああそうさ。って……あんた、レフォートと知り合いだったっけ…?」
「別件で、な。それで、彼を探しているのか?」
彼が向かった方角ならなんとなくわかるが…それを伝えようとするも、イメルダさんは首を振った。どこか疲れた様子だ。
「いんや、あたしの足じゃもう追いつけないしいいよ。それにあいつ、頭に血が上ってて話聞きゃしないだろうしさ」
ふむ? 以前私が話した時には彼はとても落ち着いた性格だと感じたのだが。その彼が頭に血が上るとは、よっぽどのことがあったのではないだろうか。そう告げると、イメルダさんは苦笑した。
「いやあ、あれで意外とカッとなりやすいんだよ。特にあの子のことになるとね」
「あの子?」
「ルリのことさ。ああ、あんた、ルリのことも知ってるかい?」
頷き、彼女たちと出会った経緯について簡単に説明した。
「ま、あの子らは一緒にいること多いからね。あたしらとつるむ前からの仲間だし、いっつもルリの心配してるみたいでさ」
話をまとめると。
ルリ、レフォートとイメルダさんは仲間だったようだ。イメルダさんが以前に言っていた「最近入った仲間」というのが彼女たちのことだった。まあ、同じ街の中にいれば仲間全員といつの間にか会っていてもおかしくはないのだ。それぞれ行動しているだろうからな。
ルリとレフォートは元々知り合いで、普段冷静なレフォートもルリのこととなると頭に血が上る、と…。
ここまではわかった。後わからないことと言えば、イメルダさんがここにいることと、レフォートが何故あんな状態になっていたか、だ。
いや待て。
病院から出てきた尋常ではない様子のレフォート。そしてイメルダさん。彼女たちは仲間だという。
――この場にはいないルリ。
「――まさか。ルリに何かあったのか…!?」
「えっ。あ、ああ、よくわかったね。そうさ、今ここに入院してる」
驚いた様子のイメルダさんだったが、答える声は落ち着いている。ふむ、どうやら差し迫った状況というわけではなさそうだ。……いつの間にかこわばっていた肩の力を抜く。
知っている人間に何かあったのではないかと思うと、どうにも構えてしまう。
「あたしらがこの街で仕事を引き受けたってのは前に話したね? その仕事自体は、まあ、うまくいったのさ。ただ、最後の最後でルリが怪我しちまってね…」
先ほどの私の取り乱しようを見たせいか、先んじて「命に別状はないんだよ?」と言われてしまう。む、もう落ち着いているというのに。
「怪我しちゃいるが、治療すればいずれ治る。だから、困っているのは別件でさ」
「別件?」
「あたしら三人が病院に駆け込んでる間に、残りの奴らが依頼料をかっぱらって消えちまったのさ」
なんと。
彼女たち全員の、それも長期に渡る依頼の報酬を持っていかれたというのか…!?
「幸い…って言っていいのか、報酬は前期後期に分けられて渡されたから、あたしたちの手元にも前期の分だけなら残ってる。だから当面は問題ないんだけど…治療費が厄介でね」
普通に生活する分ならまだしも、病院にかかるというのなら何かと入用だろう。そして予定していた収入が手に入らないとなれば計画も狂おう。
ようやく労働を終え、怪我をしたもののこれで依頼料が入る……そう思っていたところにこの仕打ちなのだとしたら。それは到底、許されない。
「許せんな。全員が頑張っての報酬だろう」
「まったくさ。レフォートもそれを聞いてすぐ飛び出していくほどの怒りようでね」
ふむ、それで飛び出していったのか。ルリが怪我をしたというのに病院に来ないどころか報酬を自分たちだけで手にしたというのなら、ルリを大事にしている彼が怒らないはずがない。
「宿はもぬけの殻だったんだ。どうせ今から追いかけても追いつきゃしないってのに、まったく」
「さすがにもう逃げている、か…。しかし放っておくのか?」
「あたしだってほっときたくはないさ。けど、そんなことより仲間が怪我してんだ。どっちが先かなんて簡単だろう?」
そう言ってイメルダさんは苦笑まじりに笑った。ああ、この人は情に厚い人なのだな。そんな思いが頭をよぎった。
――彼女の人のよさそうなその表情を見たからか、はたまた彼女たちと接するうちに情を感じたからか。
気付けば私の口はいつの間にかある言葉を紡いでいた。