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頁020.差し伸べる手③



 さてそうなればさっそく仕事に関する話だ。そう思い、連絡先及び名前なども聞いていく。


「私の名はティル。今は宿屋に泊まっているので何かあればそちらに頼む。子連れの冒険者は目立つそうだから、おそらく連絡間違いは起こらないと思う」

「ああ、わかった」


 名前や連絡先を記入している横でレイチェルさんが子どもたちに話しかけていた。


「君たちのお名前は? おばさんはレイチェルっていうの」

「僕はエーヴィヒです。ほら、ミルトも」

「ぼくは、ミルト、です!」

「あらー、ちゃんとお名前が言えて偉いわねー」


 視界の端で褒められた下の子―ミルトが満足そうにしているのが少しだけ見えた。とてもほっこりする。

 子どもたちを見ているのに気付いたのか、女性――改め、ティルがまたも申し訳なさそうに声をかけてきた。


「重ね重ね申し訳ないんだが……もうひとつ頼みがある。私が仕事に行っている間、ここで子どもたちを預かってもらえないか?」

「……なに?」


 その言葉に驚いたが、考えてみれば納得できる話だ。いくら宿をとっているとはいえ子どもたちだけでは心配なのだろう。宿屋は民家とは違い他者との距離が近い場所だ。それが良い方向に働く場合もあれば、悪い方向に働く場合もある。そういうことだろう。

 何かと大変だろうからな、どうにか手助けをしたい、と私自身も思うのだが、しかし……。


「すまない、私は子どもと接したことがほとんどなくてな…その、何をどうすればいいのかわからない。なので、申し訳ないが…」


 トールも私も一人っ子であるし、武器屋などに同世代の子どもはいたがその中の一番年下でも2,3ほどしか違わない。

 ましてや私は……いろいろと問題のある子ども、だったからな。誰かの相手をする、世話をするといったことはできなかった。

 そんな私に子どもの相手など務まるはずもない。だがその声は隣から上がった。


「それなら私に任せてもらえないかしら?」


 声の主はもちろんレイチェルさんだ。先ほどの会話の様子からも子ども慣れしているのがわかる。私とは大違いだ。


「私はよくこうしてギルドに遊びに来ているわ。遅くまでは厳しいけれど、あなたも遅くならないうちに戻ってくるでしょう?」

「さすがにそう長くは危険だしな……じゃない、危険ですし」


 普段通り話していたティルだが、レイチェルさんが自分よりも年上であると察しがついたのだろう、口調を改めた。それを見たレイチェルさんはころころと笑った。


「あらあら、自然に話してくれていいのに。ねえエレノアちゃん」

「いや……まあ、なんだ」


 こちらに振られても困る。私はこの物言いしかできないのだ。

 レイチェルさんはどこか楽しそうな、それでいて懐かしそうな表情を浮かべていた。


「エーヴィヒ君たちを見ていると、息子たちが小さかった頃を思い出すわ。うちも男ふたりなのよ」

「む。そういえばレイチェルさんには息子さんがいるんだったか。……しかしふたり?」


 レイチェルさんの話の中から、息子さんがいることは知っていた。……が、ふたりいるとは知らなかったな。おそらくふたり分の話をひとりだと思い込んでまぜこぜで聞いていたんだろう。


「あら、話していなかったかしら? でもそうね、上の子は他の街にいるから下の子の話ばかりになっていたかも」


 ふむ、どこか別の街の学校にでも通っているのだろうか。この街には学校がないからな。私やトールは通信制で済ませたが、勉強熱心な者もいるだろう。

 そういえばレイチェルさんの息子さんたちは何歳くらいなのだろう?

 今まで聞いた覚えはないが……少なくとも上の子は十代半ばを過ぎているのではないだろうか。親元を離れているくらいなのだし、それこそ特殊なケースだったならこれまでのレイチェルさんの話題に上らなかったはずがない。


「ともかく、子どもさんのことは任せてちょうだい。こんなおばさんでも手伝えることがあるなら頑張るわ」

「あ、ありがとう……ございます」

「……」


 レイチェルさんとティルが微笑み合っているが、正直ここに私の意志は介在しなかった。いやまあ、いいんだがな。場所がギルドというだけで、頼んだ人と頼まれた人がいるだけなのだから。

 しかし……これでまたレイチェルさんに負担がかかってしまう。うーむ、やはり無理やりにでも給料を渡すべきなのだろうか。そんなことが頭をよぎる。



 ティルたちが帰ったのち、レイチェルさんもそろそろ帰ると言ったが何かを思い出したように手を打った。


「そうそう、忘れてたわ。さっき思いついたんだけどね」


 そういえばティルたちが来る前に何か思いついたような顔をしていたな。が、あまりいい予感はしない。


「私じゃやっぱり書類のお手伝いはできないと思うの。それに、報告はエレノアちゃんが行かせてくれないって言うし……だからね、受付をするのはどうかなって思うの」

「受付?」

「そう。さっきみたいに誰かが来る度にエレノアちゃんが席を立ってたら何度もお仕事が中断されちゃうわ。だから、私が代わりにお話を聞くのはどう?」


 つまり……誰かが来た時の応対をしてくれるということか。確かに依頼をする人もいれば依頼品を直接受け取りに来る人、果ては単なる配達物ということもある。

 その度に入口まで行って必要なことを済ませ、そしてまたこの部屋に戻ってきている。そういう手間のことを言っているのだろう。しかし……。


「いや、しかしだな……」

「私、人とお話しするのは大好きなの。それはエレノアちゃんも知ってるでしょう? だからね、私が楽しくてエレノアちゃんの助けにもなる……そんなことが出来たら、とっても素敵だと思わない?」


 レイチェルさんが話好きなのはわかっている。こうして私のところまでやってきて話しているくらいなのだ、それは正しい。

 そして……おそらく彼女は本当に、誰かと話すことが負担ではないのだろう。話すのが好きで、知らない相手でも話せるのだろう。それがレイチェルさんだ。

 依頼関連のものは私が間に入らなければならないだろうが、それでも簡単な応対だけでも任せられるというのなら助かるのは確かだ。

 いや待て、その前に。


「……ティルの子どもたちを見る仕事もあるだろう? ふたつも仕事があったら大変じゃないか」


 そうだった、この件があった。先に請け負っていた以上、こちらをないがしろにはできまい。そう思って待ったをかけたのだが……。


「あらあらエレノアちゃんったら。私、息子たち抱えて家事をこなしていたのよ? むしろたったふたつで済むなら余裕だわ」


 見事な笑顔で返されてしまった。ううむ、余裕ときたか。私からすれば充分大変だと思うのだが……またも当初と同じく押し問答となっている。

 はあ、仕方ない。だが私もどうしても譲れない部分がある。


「わかった、私の負けだ。だが必ずご家族の了承を得ることと、こちらは妥協だが……少額でも給料を受け取ってくれ」

「もちろん主人には話すけれど……もう、またお給料のこと?」

「大事なことなんだ」


 善意でしてくれるのはありがたいことだ。だがそれは急に休まれても文句が言えないことになる。私は給料が発生することによってその責任を明確にしたい。

 仕事でやっているのだと、給料があるからこそやっているのだと線引きを明確にする必要があると思うのだ。

 そういったことを述べると、レイチェルさんはしぶしぶと言った様子でうなずいた。


「お給料を出すことでエレノアちゃんは私に遠慮しなくて済むってことだものね…仕方ないわねえ」

「そうだ、それで納得してくれ。そしてその収入で食卓を少しばかり彩ってあげてくれ」

「あら、それはいいわね」


 やれやれ、ようやく納得してくれたか。なかなかに大変だったが、互いの妥協点はこの辺りが限界だろう。

 何かと予想外の展開ではあったが、それでも人手が増えることになったのは喜ばしい。

 しかし、誰かに指示を出すとなると何かと頭を使いそうだ。うまくできるといいのだが。




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