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頁019.差し伸べる手②



 三人を応接間に通し、すぐさま話を切り出した。


「早速だが、どのような用件だろうか?」

「ここでは冒険者に仕事を与えてくれると聞いた。可能なら私にも割り振ってもらえないか?」


 ふむ、やはり冒険者としての仕事を求めてきたか。そう納得していると、彼女は「ただし…」と言葉を続けた。


「できれば危険の伴わない、戦闘のない類で頼みたい」

「む? 珍しい、な…」


 続く言葉は条件の指定だった。確かにそういった依頼もあるが、戦いを求める冒険者も多い中これは珍しい。

 しかしそこでふと、ある可能性にたどり着く。


「もしやその子たちを連れて行くつもりか? いくら戦いがない依頼でもそれは……」

「いや、そうじゃないんだ」


 彼女は手を開き、制止するように否定した。違う? ならばどういう意味なのか。


「そりゃあそんな状態で戦っちゃダメよ。はい、お茶どうぞ」

「レイチェルさん」


 お茶を持って来てくれたレイチェルさんにはその意味がわかっているらしい。お茶を置くと何故かそのまま私の隣の席に腰かけたので私は疑問をそのままぶつけた。


「どういう意味なんだ?」

「あら、気付かなかった? 三人目、よね?」

「うん…?」


 何に対しての三人なんだ、と考える。

 しかしレイチェルさんの考えは正しかったらしく、あちらは頷いた。


「さすがにこの状態では銃の反動さえ怖くて」

「歩くだけでも慎重になるもの、何をしていても怖いわ。確かにお金も必要になるでしょうけど、今の間だけでも仕事は旦那さんに任せられないの?」

「いやそれが……」


 レイチェルさんにも家庭があり、子どももいるのだと聞いている。きっとそういう女性同士だからこそ通じ合えるものがあったのだろうが…正直私は会話に置いていかれたままだ。

 会話をさえぎるのは申し訳ないが、ここは必要なことだと考えて会話に割り込んだ。


「すまない。……どういうことなんだ?」

「あ…ごめんなさいね、つい。つまりね、妊娠してるから戦わなくてすむお仕事を探してる、ってことよ」

「は?」


 予想しなかった答えに私は驚いたが、女性はその言葉に頷いていたので聞き間違いではなさそうだ。間違いではないのだと理解した私は、……後から思い返せば失礼極まりないのだが、まじまじと女性の腹部を見つめてしまった。

 言われてみれば膨らんで見えるような…見えないような…。正直に言えばさっぱりわからなかった。しかしこんな局面で嘘をつく必要性もないだろう。なので真偽のほどを確かめるのは諦め、続きを促した。


 何でも移住手続きに手間取り、当初の予定よりも長く宿屋に滞在している状況なのだとか。生活費に余裕を持たせていたものの心もとなくなっており、彼女の夫が他の街からこちらに来るまでの間に少しでも手持ちを増やしておきたい考えのようだった。

 安定期に入った今なら戦闘さえしなければある程度は動けるからと依頼を回してくれるよう頼まれた。だが先にも述べたように戦闘がないとはいえ何が起こるかわからないのが常だ。仕事を探すというのなら他にいくらでもあるのではないだろうか?

 そう告げたのだが、首を振られた。


「恥ずかしい話だが……私は生まれてこの方、冒険者としての活動しかしたことがない。書類一枚読むだけでずいぶんとかかってしまうし、働けるのもほんの数か月のみだ」

「ふむ……」


 なるほど、そういうことならば雇われにくいだろう。ようやく慣れてきたと思ってもその頃には辞めてしまうのだ。せっかく育てたのに、と思われかねない。だからこそ本業の、いつ抜けても相手方に支障のでない冒険者として働きたいということか。

 そこまで考えて、私ならば別に構わないな、と思った。誰もが最初は経験がないのだから慣れないうちは多少仕事が遅くとも仕方がないと私は思うのだ。それに、こういったことは助け合いだと思うのだ。

 確かに募集をかけて、しかるべき人物に働いてもらおうと思っていたが、その募集要項をまだ考えてもいない。いっそ誰かがやってくるまでの穴埋めに働いてもらえばいいのではないだろうか、とさえ思えるようになってきた。

 ……親身になって考えすぎている? そう思う者もあるかもしれない。だが、それは正しくはないのだ。

 困っている人がいるのなら――私は必ず、手を(・・)差し伸べ(・・・・)なければならない(・・・・・・・・)

 ただそれだけのことなのだ。



「実は今ギルドでは書類の作業が滞っていてな、ちょうど人を雇おうと思っていたところなんだ。これから募集をかけるところだから雇い入れるまで当分人手が足りないんだ。良ければ新しい人員が見つかるまでやってみないか? このタイミングで知り合ったのも何かの縁だと思うんだ」


 私がそう告げると、女性はとても驚いていた。ふむ、やはり都合が良すぎる話だったか? 怪しいと感じたのかもしれない。そう考えていたが、やがて女性は静かに首を振った。


「その話はとてもありがたいんだが…いや本当にありがたいんだが。私は誇張抜きに事務作業に向いていないんだ。その……」


 女性は手を額に当て、視線を彷徨わせた。何かを言い淀んでいるようで、本当に困っているようだった。あまり押しすぎてはいけないか。


「ああいや、別に無理に行う必要はない。今のところ、先の条件に見合う依頼も入っている。だから断ってくれて構わない」

「そ、そうか」


 女性は心底ほっとした様子で息を吐いた。おそらく何か事情があるのだろう。それに不慣れな仕事を行ってストレスをためるのも身体によくないからな。最終手段として用意しておいてあげたなら逆に安心できる要素となれるかもしれない。




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