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頁002.エレノアとトール①


 私ことエレノアと、目の前にいる男―トールは、長い付き合いだ。それこそ生まれた時からの付き合いになる。当然、互いに覚えてはいないが。

 かつて冒険者だった私の父は、この街に住む母と出会い結婚したという。

 そしてトールの父も冒険者だった。私との違いは、父親だけでなく母親も冒険者だったこと。父たち二人は知り合いで…それもとても親しい部類だったようだ。私の母が住んでいた家に父が住むことになった時、その隣にわざわざ家を建てたくらいだ。親しくなければそうまでしないだろう。

 ……ところどころ推測が混じっているのは、今ではそれを確認するすべがないからだ。

 私の両親は幼い頃に亡くなり、トールの母親も数年前に亡くなった。父親のほうはその何年も前から――私の両親が亡くなる前後どちらかはわからないが――家に戻ってこなくなり、現在も音信不通だ。連絡が一切ないことから、トールももう諦めている。


 ――幼い頃。私は、両親と家を失くした。

 火事があったのだという。詳しいことは覚えていない。けれど、あの日に見た光景が今でも焼き付いて離れない。

 その時のことがあって、幾分…思うところはあったが、今ではこうして平穏な日々を過ごしている。また、トールの家に住んでいるのも家と両親を失ったためだ。住む場所も庇護者も失った私を受け入れてくれたのがトールたちだった。無論、周囲の協力もあったが…やはり一番に私を助けてくれた者の名を挙げるとするならばトールということになるだろう。

 家族を失った私にとって、トールは家族も同然だ。ともに暮らし、ともに過ごす相手がいる。それがどんなに幸せなことか、私は知っている。

 ……中には年頃の男女が同じ屋根の下にいるのは、などと言う者もあるが、家族同然に過ごしてきた私たちの間にそのような感情はない。さらに言わせてもらえるならば、トールは手のかかる弟のようなものだ。その存在に助けられてはきたが、目を離すと何をしでかすかわからない。見守ることしかできないこちらの身にもなってほしい。


 そんなトールだが、両親とも冒険者というだけあってそちらへの適性が非常に高い。

 体力も腕力もあり、何より剣の腕に優れていると聞く。私には詳しいことはわからないが、彼が他者より抜きんでていることだけは理解できた。一分走るだけで力尽きる脆弱な私とは大違いである。


 トールもいずれは彼の両親のように世界を渡り歩く冒険者となるのだろう――私がそう推測したのは、それだけの判断材料があったためだ。能力が優れているだけでなく身体を鍛える努力も怠らず、街の外を知る者に話を聞き、知識を得ようとしていた。そんな彼を見てきたのだ。いずれこの街を出るための準備なのだと私が思い込むのも致し方ないだろう。

 私にとってトールは恩人であり、家族である。彼が夢を持って旅立とうとするのならば、それを応援するのが必然だと思っていた。一人に戻るのは気が重いが、それでも彼の夢を邪魔する理由にはならない。

 そして先日。トールから「話がある」と言われ、私はついにこの時が来たのだと思った。ようやく冒険者として旅立つのだろう、と。

 そう、思っていたのだが…。


「ギルドを、作りたいんだ」

「………………」


 思わず黙り込んでしまった私は悪くない、と述べておこう。

 何で冒険者じゃないんだとか、じゃあお前がしてきたこれまでの努力は何だったんだとか、そんなそぶりは一切見せなかったじゃないか、といった考えが巡っていたのだ。

 だからこそ、件の『ギルド』が何なのか、それを聞く段階までたどり着かなかったのである。





「私は…お前が冒険者になるものだとばかり思っていた」


 意を決し、私は思っていたことを率直に述べた。

 確実に間違えないはずの箇所で間違っていたのだ、私は。一番はじめに大きな衝撃を与えられてしまえば他は些事になる。…そう、つまりは聞いている余力はなかったわけだ。


「あー…うん、確かに俺何も言ってなかったし、何でかエレノア、俺が将来どうするか聞いてこなかったもんね…」


 何故も何もあったものではない。わかりきっていることを今更問う必要などなかった。

 そして私に将来を問うだけの資格など、ありはしない。


「身体を鍛えていた」

「鍛えて強くなるのは嬉しいし、このご時世、自分の身は自分で守りたいからね」

「外から来た人々に話を聞いていた」

「いろんなことを知りたいと思っていたのは本当だし、あの人たちの話は面白いからね」

「……お前は冒険者に向いていると、思う。それだけの能力がある、と思う」


 私の言葉に、トールは苦笑を浮かべた。私自身この状況は困惑しきりだが、トールにとってもそうなのだろう。互いにこんな状況になるとは思わなかった、といったところか。


「エレノアは、俺が街にいたら……困る?」

「そんなわけないだろう」


 そんなことはあり得ない。それだけは断言できた。私の返答を聞いて安心したのか、トールは顔をほころばせた。嬉しそうなその様は、少しまぶしすぎるくらいだ。


「うん…だったら、いいよね。俺は外の世界も気になるけど、何よりこの街にいたいんだ。だから街にいながら冒険者としても活動できるギルドを作りたいんだ」


 またもギルド、か。問題が一周して戻ってきたようだ。トールも同じことを思っただろう。ようやく本題に入ることにした。


「つまるところ、ギルドとは」

「そうだね…冒険者が集まるところ、かな。冒険者への依頼を集めて、ギルドにいる冒険者の中から依頼を受けたい、あるいは合っていそうな人を選んで派遣するような感じ。

 ほら、今ってさ、依頼があってもこなせる冒険者がいないとか、冒険者が資金を稼ぎたいと思っていても都合よく依頼が来るわけじゃないよね…って、エレノアは知らないか」


 おそらくは街を訪れる冒険者たちから聞いた話なのだろう。確かに私は知らなかったことだが、考えてみればわかることだ。冒険者のように腕の立つ人間でなければできないことはそれなりにある。この街でも冒険者の手を必要とする時はあるが、その際に肝心の冒険者がいないとなれば話にならない。


「とにかく、常に依頼を受け付ける場所と、冒険者が依頼を受けられるように集まっておける場所を合わせたもの…それがギルドなんだ。二つが合わさっていることでどちらにも都合のいい形にしておける。もちろん依頼をしてくれる人と、ある程度冒険者の人数が必要になってくるけどね」

「要するに…仲介屋、ということか?」

「俺のイメージではもっと冒険者寄りだったんだけど、うん、そんな感じ…かな」


 なるほど。双方の間を取り持つことにより、仲介料をもらうような仕事、なのだろう。仕組みは理解できたが、それにしても何故このようなものを思いついたのか。


「どういった経緯でこんなものを」

「聞いた話だから本当かはわからないんだけど…昔、ギルドが作られたことがあるんだって。その時は何かの理由で駄目になってしまったみたいだ。それでもそういう需要があったから作られたんだろうし、今もやっぱり必要だと思う」


 だから作ろうと思っているんだとトールは告げた。思いついたのではなく、先駆者から引き継いだ形なのか。それならば言い出したことにも納得だ。

 しかし一度失敗したはずのものをただ再生させるだけでやっていけるのだろうか。私の不安が顔に現れたのか、トールは私を安心させるように微笑んだ。


「俺だけじゃできないかもしれない。けど、エレノアが一緒にやってくれるなら…きっと大丈夫」


 何が大丈夫なのかわからない。わからないが――私の不安はすでに収まり、仕方がない、という思いへと変わっていた。

 弟分が暴走しすぎないようにするのもまた、家族である私の役目、なのだろう。


「――仕方ない。お前一人では不安というのもあるしな。手伝おう」

「うん、ありがとう」


 私の言葉にもトールは笑い、感謝の意を述べる。まったく…少しは頭に来ないのか、こいつは。

 けれど、これからもこうしてトールとともに笑って過ごせるのだと思って、私も少しばかり笑った。



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