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頁018.差し伸べる手①



「ねえエレノアちゃん。最近疲れてるんじゃない?」



 いつものように遊びに来ていたレイチェルさんがこちらを凝視した後そう告げた。

 最近では忙しさから弁当販売にまったく行っていないのだが、その頃からレイチェルさんは直接こちらに顔を出してくれるようになっていた。

 当初は仕事があるので話し相手はできないと告げたのだが、仕事をしながら聞き流しても構わないからしゃべらせてくれと言われてしまった。それはもはや独り言と変わらないのではないかと思ったが、幸いと言うべきか私の手と耳は別行動ができるらしく手を動かしながら相槌を打てるくらいには話を聞けた。しかも話している当人から許可が出ているので安心して書類に向き合っていられる。

 口数も話題も豊富なレイチェルさんのおかげで普段の代わり映えのしない書類仕事が幾分ましに感じられるのでとても有り難い。

 そうして今日も普段通り話していたのだが…会話の流れが急に変わって驚いた。視線をそちらに向けると、レイチェルさんは近くまで来ていた。


「そんなことはないが…」

「いいえ、疲れてるわ。何だか声に元気ないなって思ってたの。それに今しっかり見て気付いたけれど、目の下。うっすら隈出ちゃってるわよ」


 レイチェルさんは私の声で異変を感じ取ったらしい。すごいな、私は相槌くらいしか声を出していなかったはずだが。稀にいるのだ、こういった人の状態に敏い人が。


「そんなにお仕事が多いの?」


 問われ、答えるべきか迷ったが……まあ、機密というほどのものでもないしな。書類に視線を戻しながら答えた。


「書類自体はまだ何とかなるんだがな…他のことに時間がかかってしまう」

「他のこと?」

「依頼の受注や報告などだ」


 私の仕事は書類絡みが多いが、それだけではない。依頼を受けた以上必ず行わなければならないのが報告、提出の類だ。依頼完了報告はほぼ確実に行うものだし、依頼内容が品物の入手であった場合はそれを渡さなければならない。その他にも、依頼料が後払いだった場合は徴収する必要性もある。

 そして依頼を受ける際にも多少手間がかかる。すでに受けたことのある依頼内容であれば手順も簡略化できるのだが、初めて受ける場合は詳しい話を聞き、依頼に合う人員がいるかどうかや依頼料についての話し合いなども必要となる。

 そういったことは毎日行われるわけではないが対処していくうちに書類は遅れてしまう。書類が遅れると報告等に遅れが出る。その遅れを取り戻そうとするもまた来客等がある。そしてまたも書類が遅れ……といったことが繰り返されている。

 必要なことではあるがその都度手が止まるので不測の事態が続いた時は忙しいと言える。

 ……と、そのような話をした。


「あのねエレノアちゃん。充分お仕事が多いし、そういう状態を人手が足りないって言うのよ?」

「そうだな、話していて私もそう思った」


 普段それが当たり前だと思っていると気付けないものなのだな。ひとつ勉強になった。

 レイチェルさんからため息が漏れた。書類を見ているので目にはしていないが、きっと呆れているのだろう。


「もう。そうなる前に助けを求めなくちゃ」

「いや、これでも時折手伝ってもらっているんだ」


 脳裏にセスの姿がよぎる。ここ数日は冒険者として依頼をこなしているため、こちらの仕事を手伝ってもらうことはできない。本業が忙しいのは仕方のないことだし、いいことだと思う。

 そんなことを考えていると、レイチェルさんが響き渡るその声で「そうだわ!」と言った。


「そうよ、私が行けばいいのよね!」

「……うん?」

「書類のお手伝いはできないけど、依頼の報告を私に任せてもらえないかしら? 私はよくあちこちをお散歩しているからそれくらいいくらでもできるわ」


 レイチェルさんは自分の考えに満足しているのか、うんうん頷いている。


「お散歩のついでですもの、気軽に任せてちょうだい」

「それは……いや、駄目だ。仕事でもないのにそんな面倒を任せられない」

「んもう、エレノアちゃんは堅すぎよ」


 堅い、と言われたが私には当然のことと思えた。私としても仕事だからやっているのであって、そうでなければこんな書類作業などやっていないはずだ。

 では仕事であれば任せていいのかと考えた時、それもすぐさま頭の中で棄却した。レイチェルさんがギルドで働くことになればギルドに拘束される時間が発生する。収入ができるのは喜ばしいことだろうが、彼女にも家庭があり、役割がある。

 先の会話から人手が足りないことは認めるが、今はまだ私ひとりでも何とかなっているのだ。慌ててレイチェルさんを雇い入れる必要性はない……はずだ。人を募集して、その中から適切だと思える人を選べばいいだろう。

 それに……これは私の勘だが、よほど気合を入れて説得しなければレイチェルさんは賃金を受け取ってはくれないような気がする。現に今も報酬なしでやる前提で話している。


「帰りにちょっと寄って渡してくるくらいすぐできるわよ。ね?」

「帰りにって、レイチェルさんの家はこの辺りじゃないか。通り道には家しかないだろう」

「あら、どうせお夕飯の買い物をしなくちゃいけないもの。中央区や南区は必ず通るわ」


 うーん、やはり何を言っても反論されてしまう。私ではレイチェルさんに口で勝てるはずもないしな。しかしこの取り決めのせいで帰宅が遅くなることがあればご家族はよく思わないだろう。私のせいで迷惑がかかってはと思うとやはりここは頷けない。

 そうしてしばらくは互いに口論じみた会話を続けていたのだが、やがてそれは唐突に終わりを告げた。先日トールの勧めで玄関に取り付けたインターフォンが鳴り響いたからだ。これがあれば玄関から離れた位置にいても来客に気付けるとのことだったが、確かにとても便利だ。

 私と同じくレイチェルさんも来客に気付いた。


「あら、誰か来たみたいね」

「そのようだ」


 来客となればこのまま書類に向き合い続けるわけにもいかない。

 さて行かねばと腰を上げる私だったが、近くにいたレイチェルさんは「あ」と何やら思いついたような声をあげていた。今度は一体なんだ。

 しかしさすがに来客を優先させるべきだと思ったらしくレイチェルさんはその場では何も言ってこなかった。私は一人玄関へと向かう。


「すまない、待たせたな。……ん?」


 来客は三名だった。人数自体は問題がない。だが私は彼女たちに見覚えがあったのだ。


「? どこかで見たような」

「母さん、この間の道を教えてくださった人だよ。役場の時の」

「そうだ、思い出した」


 そう、少し前に会った親子だ。この街に住むことになり役場に行きたいのだと言っていた。

 ここに来たということは……依頼か、あるいは仕事を求めてか。


「上がってもらうのよね? 私お茶を用意してくるわね」

「……わかった。任せよう」


 何故レイチェルさんが用意するんだと意見しようかとも思ったが、ここでそんな問答をするのもな…。諦めて任せることにして私は彼女たちを応接室へと案内した。




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