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頁016.冒険者たち⑤


「……うわぁ。それはさすがにまずいね。というか何でそんなことになってるのさ?」

「わかんない。気付いたらこうなってた」


 セスたちの情報を書類にまとめていた最中、ふと声が聞こえて意識がそちらに向いた。

 彼らは何かについて話していたらしい。あまりよくはない方面の声音だったのが気にかかる。

 視線の先を追ってみると、ノイが剣を手にしていた。短剣と呼ぶには長いが通常の剣よりは短めで、ただ持ち上げるだけなら私でも片手で持てそうだ。もちろん振り回すのは数回が限度だろう。

 その剣はずいぶんくたびれており、刃がところどころ欠けていた。剣の寿命だと言われてもうなずけるがノイは何でもなさそうに鞘にしまっていた。ふむ、私にはわからないがあれくらい普通……なのか? いくら何でも戦うには厳しいように思えるが…。


「僕も初めて見るもので……修理か、最悪の場合買い替えですよね…」


 ああ、やはりあれほどまで刃が欠けていては使い物にならないか。私でもわかるくらいだから相当なものだろう。

 ……む? そういえばノイは冒険者として活動したことはない、と言っていなかったか? であれば何をしてあのような状態になったのだろう…?

 その疑問を感じたのは私だけだったようで、気付けば彼らの話題は武器屋に関するものになっていた。


「そうだね、とりあえず武器屋に行ってみないと」

「そういえば僕、まだこの街の武器屋に行ったことないです」

「わたしもー」

「あれ、そうなんだ」


 会話の流れが完全に変わっており、さすがに疑問を指摘するような空気ではなくなっていた。それによくよく考えてみれば人の過去を詮索するのも無粋だし、触れなくて正解だったのかもしれないな。


「それなら武器屋に案内しようか。武器屋の人たちとは子どもの頃からの付き合いだし、俺たちの知り合いだってわかってくれたら今後目をかけてくれるでしょ」

「それはいい考えだが……そんなことをしていて今日の依頼は終わるのか?」

「あ」


 元々トールは仕事のために外出し、そこでセスたちに出会いこのままこうして連れてきたわけだ。今日は依頼人が待っているような作業ではなかったので特に指摘などしなかったのだが、この様子だと本気で忘れていたようだ…。


「あー、いや、別に忘れてたわけじゃ、ないんだよ? ただ頭が完全にこっちにシフトしてて…」

「言い訳はいい。で、彼らに案内をする時間はあるのか?」

「うーん、正直そろそろ行かないとまずい…」


 やはりそうか。トールの考え自体は悪いものではないが、いかんせん都合が悪い。

 しかしこれからのことを考えればノイは必ず武器屋に行かなければならないし、セスもいずれは武器屋に顔を出す機会があるだろう。そう考えると今まとめて案内しておいたほうが楽だ。

 そうすると……トールではなく、私が行くほうが早いか。


「お願いしていい?」

「任されよう」


 トールも同じ考えだったようだ。無論引き受ける。

 私も暇というわけではないが、今日しなければならない急ぎの要件は入っていない。今日のトールに比べれば幾分時間に余裕がある。


「ってわけで……ごめん、俺そろそろ行かなきゃ。ほんとごめんね、後はエレノアに任せたから、エレノアに連れてってもらって」


 言うが早いか、トールはすぐさま出かけて行った。さて、私たちも目的の武器屋に向かわなくては。

施錠して武器屋へと向かう途中、後ろをついてきていたセスが話しかけてきた。


「その…トールさんとエレノアさんって、息がぴったりですね。まさに阿吽の呼吸と言った感じで」


 未だ緊張感のただようセスだが、話しかけてくれるということは少しは慣れてきたのだろうか。

 それにしても…ふむ、冒険者たちではないが、名前をさん付けで呼ばれるのには慣れない。歳も近そうだし、私としては呼び捨てくらいでちょうどいいのだが。


「そうかしこまらないでくれ。おそらく歳もそう離れていないだろう。もっと気さくに呼んでもらえないか」

「い、いえ、エレノアさんは雇用主ですから! 上司や先輩に敬語を使うのは当然ですよ!」

「セスのそういうところ、めんどくさいよねー」

「ノイうるさい」


 うーむ、そのノイへの態度くらい気さくに話してほしいものだが…まあすぐには無理か。セスのこの真面目さも個性のひとつということだろう。

 そんな雑談をはじめ、質疑応答の真似事をしているうちに武器屋にたどり着いた。


「邪魔をする」

「あっれ、エレノアじゃん」


 中に足を踏み入れると、すぐさま名を呼ばれた。誰かと思えばレティシアさんか。武器屋は彼女の家なのだから彼女がいるのはおかしいことではない。だが……。


「む……先日の…」

「あ、覚えてる? こないだ……の依頼を引き受けてくれた、ルリ」


 無論覚えている。私たちが引き受けられなかった依頼を代わりに受けてくれた人物だ。彼女も私を覚えてくれていたようで、にこやかに手を振ってくれた。

 その隣でレティシアさんが首をかしげる。


「あれ、エレノアなんか用事なの? ルカス、あんた頼んだ?」

「………」


 奥にいたルカスさんが姉であるレティシアさんの問いに顔を上げ、首を振った。ああ、ルカスさんがいたから自分の依頼であることをぼかしてルリのことを紹介したのか。

 ルカスさんは腰を上げわざわざこちらにやって来てくれた。首をかしげ、不思議そうにこちらを見ている。私の用件を尋ねているのだろう。


「実はギルドに新しく人が入ることになってな。この二人なんだが、彼女のほうの武器がかなりくたびれているようなんだ」

「ほらノイ」

「あ、はーい」


 ノイが武器を出すとルカスさんは手に取り食い入るようにその剣を見つめ始めた。元々無口な人だが武器を見ている時は周りの声も耳に入らないくらい集中する。


「修理は可能だろうか。不可能ならば新たに買わなければならないのだが…」

「そこんとこどう……っておーい、こらルカス! それ大丈夫そう?」


 集中していたルカスさんを叩いてまで意識をこちらに向かせるのはどうかと思うぞレティシアさん。まあ当の本人は気にせずうなずいているのだが…。


「ん、大丈夫だってー。じゃあこれ預かっていい?」

「うん、おねがいしまーす」


 ノイが構わないようなので修理をお願いした。修理代金の見積もりを出すらしく少し待つよう言われた。ノイたちは店内の武器を眺めて時間をつぶし始めたのでその間私はルリに話しかけてみることにした。


「ここにいるということは、レティシアさんの依頼が終わったのか?」

「そうだよ。頼まれてたものを届けに来たの」

「あ、あと、あとで受け取るから!」


 レティシアさんは慌てて店の裏側に走って行ってしまった。ああ、そうか。ルカスさんの誕生日に向けて用意した品だ。ここで見られてしまっては意味がない。

 とはいえ、ルカスさんは武器に集中していてこちらを見てもいないし恐らく会話も耳に入っていないと思うのだが…まあ気が気ではないだろうな。


「行っちゃった…まあ後でいっか。実はそれだけじゃなくって、ここで仲間と合流する予定なんだ」

「仲間?」

「うん、今のみたいに、それぞれ別の仕事を受けてたの。だからここで合流して宿に戻ろうかと思っててさ」


 ルリに仲間がいたというのは初耳だった。無論、私がそこまで会話したことがないからというのもあるが。

 しかしともに行動している仲間だというのにわざわざ別行動をしていたのか?

 いささか疑問に感じる。一緒に行動するからこその仲間ではないのだろうか?

 その疑問をぶつけてみると、ルリは苦笑とともに答えてくれた。


「元々は仲間みんなでやる別の仕事で来たんだ。でも準備とかいろいろあるらしくって、あたしみたいな新参者には手伝えることがなかったの。暇を持て余してここへ来てたってわけ」


 それを聞いて納得した。少し前に似たような話を聞いたばかりだ、おそらくそういったことはよくあるのだろう。

 ……? どこでそんな話を聞いたのだったか。そしてどうにも似すぎているような気がしないでもないが……。


「ルリごめん、遅くなった」

「あ、レフォート」


 私が記憶を手繰り寄せようとしている最中、誰かが現れた。その人物はルリと親しげに会話している。ふむ、彼がルリの仲間だろうか。

 彼は私に気付くと軽く会釈をしてきた。ルリと話していたからだろう。とりあえずこちらも頭を下げておいた。

 そうしているとレティシアさんがこちらに戻ってきた。


「あれ、なんか人増えてる。って、ああ、武器預かってたお兄さんだ」

「修理終わってますか?」

「ちょっと待ってねー、弟に確認するから。おおーいルカス!」


 ノイの武器に集中しているルカスさんはレティシアさんの声にはまったく気付いていない。レティシアさんはため息をついて「ごめんねー」と言って再び裏へと消えた。おそらくルカスさんの肩でも叩いて気付かせるのだろう。

 その様子を見ていたルリがぽつりと漏らす。


「あのふたり、姉弟だったんだ…」


 どういうことだろうと首をかしげていると、特殊な誕生日プレゼントなのだから恋人に対するものなのだろうと勘違いをしていたらしい。なるほど、レティシアさんは誰にあげるか言っていなかったし、そもそも普通は鉱石などプレゼントしないか。


「まったく……そうやっていつも憶測でものを考えるからだぞ。そもそも勘違いしていたなんて言わなければ済む話じゃないか」

「だ、だって驚いたんだもん! 勘違いも普通少しくらいするでしょ!」

「そうかもしれない、くらいで留めておけばいい。それにルリの場合は少しなんて言葉じゃ済まないだろ」


 ルリと連れが何やら口喧嘩を始めた。話を聞くにルリはよくそういった勘違いをするのだろう。そして連れのほうはそういった彼女をたしなめる立場にある、と。

 何だかんだで釣り合いが取れている二人なのだな。

 私は眺めるばかりで口を挟まなかったが、カウンターの向こう側から呆れたような声がした。


「あのさ、そろそろいい…?」


 向こう側へと回ったレティシアさんと何かを手に持ったルカスさんだった。ルカスさんは何も言わないが、苦笑いを浮かべている。


「痴話喧嘩はよそでやってよー? あーはいはい、反論とか後にしてね。で、お兄さんの剣修理終わってるから。一応確認してもらえる? あ、エレノアのほうも今のうちに説明しちゃおっか」


 喧嘩を止めるだけではなく私たちとルリたちの対応をダブルでこなすレティシアさん。やはり慣れているのだな。ノイたちを手招きして私たちも代金の内訳などを聞いた。


 修理代金はそう大きな額でもなく、セスの手持ちで払えるほどだった。あんなにも酷い状態だったのに直せるのだな、と感心した。

 ……後から気付いたことだが、ノイの武器の修理代金であるはずなのに何故かセスが払っていたな。あまりにも自然に支払っていたので思い返すまで気付かなかった。おそらく私の知らない何らかのやり取りがあったのだろうが、あれで出会ってから日も浅いなどとはとてもじゃないが信じられない。

 ノイの武器を預け、私たちの支払いを済ませた。同様に隣の受け取りも終わり、武器屋を出た。レティシアさんたち三人も一緒である。ルカスさんのいないところで依頼の品を受け取るために一緒に外へ出たのだろう。こちらでも受け取りと支払いが行われている。

 さて私たちは帰ろうかとした時、ルリの連れの男性に声をかけられた。名前は…一度耳にしたが覚えていない。

 ルリはレティシアさんと話しており、こちらには気付いていない。


「先ほどルリと話していたようですが…あいつ、何か迷惑をかけませんでしたか」

「む? 迷惑など。むしろ世話になったくらいだ」


 私は自分がギルドの者であること、レティシアさんからの依頼を受けることができずルリが代わりに行ってくれたことなどを話した。私の話に、彼はどこか納得した様子だった。


「なるほど、あなたがルリに仕事を譲ってくださった方でしたか」

「いや譲ったのではなく人任せにしてしまったんだが…」


 ありのままを説明したはずだが、何故か彼の中では私がルリに仕事を譲ったことになっているらしい。


「今回の件でルリ自身、気付きがあったようです。改めて感謝を」

「であれば私ではなくレティシアさん…依頼主のほうに言ってやってくれ。私は依頼を受けられなかっただけだ」

「それでもあなたは憤ることなく快く仕事を譲ってくださったと聞いています」


 どうやら丁寧な人のようだし、それで私を立ててくれているのかもしれない。だとすればあまりつっこむのも野暮だろう。


「レフォート何やってんのー?」

「ねーエレノアさん、まだー?」


 レティシアさんとの話が終わったルリと、しびれを切らしたノイの声が左右から聞こえた。これ以上互いの連れを待たせるものではないな。あちらもそう思ったのだろう、苦笑したのがわかった。


「それではこれで。また何かあればよろしくお願いします」

「ああ」


 本当は何事もないのが一番だが…いや、もしかしたら彼らから依頼を受ける日が来るかもしれない。どこから依頼がやって来るかわからないのがギルドの仕事なのだから。

 ノイたちのところに戻ると、先ほどノイが急かしたことについてセスが謝ってきた。仲間というより保護者だな、これは。

 どこのコンビもどちらかがしっかりしているような気がする。

 それにしても…先ほど何かを思い出しかけたのだが、果たして何のことだったろうか?

 思い出せないということは大したことではないか。

 さあ、やることは山積みだ。ギルドへ戻るとしよう。



今話もご覧いただきありがとうございます。

長く読んでくださっている方は薄々お気付きだとは思いますが、現在お話のストックがない状態です。

区切りよくひとつの話を書き終えてから分割して投稿しますので他の作品のおまけ程度にお待ちいただけますと幸いです。


16/11/18 一部描写を修正。

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