頁011.労働力と意外性②
「ふーん、そんなことがあったんだ」
夜になってトールが帰ってきたので冒険者を増やすべきだという考えと、幸いウルフさんという当てがあることを話してみた。
「他の冒険者ねー……」
が……なんとなく乗り気ではなさそうな気配。私としてはウルフさんの採用をかなり検討していたところなのだが、トールは何か気に食わない点があるのだろうか。
まあ、実際のところ会ってみなくてはどういう人物か判別できないだろう。
「おーい、嬢ちゃん! いるかい!」
「む…来たようだな」
ギルドの場所を教えていなかったのでちゃんとたどり着けるかわからなかったが、杞憂だったようだ。玄関に向かうとやはりウルフさんの姿があった。しかし……。
「よう。きっちり道具屋の兄ちゃんに届けてきたぜ」
「ああ、お疲れ様。しかし…何を持っているんだ?」
ウルフさんは肩に大きな箱を担いでいた。私の身長では何が入っているのかまったくもって見えないが、緑やら白やらが箱から少しばかりはみ出しているのが見える。
私の疑問に応えて箱を肩から降ろし、説明しようとするが…。
「ああ、こいつはな……」
「あれっ、昨日の…?」
「ん? んん? なんだ坊主、お前がここの冒険者だったのか!」
横で何やら盛り上がっている様子だったが、二人が知り合いだったということくらいしかわからなかったので私は目の前に置かれた箱に視線と興味を移した。
箱の中にあったのは色とりどりの……野菜。え、どういうことだ。
「なーんだ…警戒して損した」
「何を言っているんだお前は。ところでウルフさん、これはあなたのものか?」
「ああ、宿屋の女将からもらった分とそこいらで買ってきた食材だ。っと、その前に頼みがあるんだった」
「頼み?」
私もトールも首をかしげた。ウルフさんはどこか申し訳なさそうな顔をしている。
「実はよ、ひと仕事終えた後、ここの場所を聞くついでに宿に戻ったらもう満室だって女将に言われちまってな。俺も荷物預けるだけで部屋はとってなかったから油断したぜ」
満室ということは…今日泊まる場所がないということか? ん、頼みとはまさか…。
「悪いんだけどよ、今日のところはここで休ませてもらえねえか? 金が必要だってんなら払うし、何なら雨風がしのげりゃそれでいい。頼めねえか?」
私としては否やはなかった。
そもそもウルフさんは依頼を受けてくれたがために宿をとることが叶わなかったのだ。それは私たちの責任でもある。
しかし…トールがどういう反応をするかがわからない。先ほどは新しい冒険者を嫌がっていたようだが…。
ちらりと視線を向けると、トールは嬉しそうに頷いてみせた。ふむ、知り合いだったようだし、彼ならばと安心したのかもしれないな。
「金など不要だ。こちらの都合で宿をとれなかったのだから、ぜひ泊まっていってくれ」
「というか、ここで働くんだよね? だったらここに住めばいいよ」
トールの言葉を聞いてようやく思い出した。そういえばギルドでしばらく働きたいと言っていた件についてまだ返事をしていなかった。
「その件を忘れていた。もしあなたの気が変わっていないのであればギルドで働いてもらいたいのだが」
「え…じゃあ何か、仕事だけじゃあなく、住まわせてくれんのか!? って…いやいや、ちょっと待て。嬢ちゃんたちだけで勝手に決めていいのか?」
「? どういう意味だ?」
「家族、いるだろ? だったらこれから先のことをお前さんたちだけで話を進めちゃいかんだろ」
ああ、なるほど。つまりウルフさんは私たち以外の許可が必要ではないかと思ったのか。
まあ確かにギルドを私たち二人で回しているとは思わないか。
「私に家族はいない。トールは家族のようなものだが…まあ血はつながっていないしな」
「俺も母さんは亡くなってるし、父親は何年も前から音信不通。ギルドもこの屋敷も俺たちのものだから、心配しないで」
ましてやこの屋敷の広さを見れば他に人がいると考えるのも不思議ではない。そう思っていたのだが、どうやら別のところで勘違いされていたようだった。
「あ……兄貴は、いるんだよな? 道具屋の兄ちゃんをそう呼んでたよな?」
「兄…? ああ、イバン兄さんのことか。彼に世話になった面々は皆そう呼んで慕っているんだ」
「実際、本当の兄弟かってくらい面倒見てくれたしね」
私とトールの話を聞いて、ウルフさんは絶句していた。そんなにも珍しいことだろうか?
このご時世、天涯孤独の身の上などよくある話だと私は思うのだが。
「………悪かったな。軽々しくそんな話題に触れて」
「いや、気にしないでほしい。私たちにとっては当たり前のことだから」
本当に気にしなくていいのだが…まあ、彼にとっては譲れない問題なのだろう。本当にいい人だと思う。
しばらくはそうして気に病んでいたようだが、ウルフさんは両手で思い切り頬を叩き気合を入れた。
「うっし! 詫びになるかわかんねえけどよ、今日は俺がうまいもん食わせてやる。すまんが場所借りるぜ!」
そう告げると、先ほどの食材を抱えて食堂へと入って行った。
正直そこまでしてくれるのは申し訳ない気がしたが…料理は彼の趣味だと聞くし、それで彼の気が済むのならいいか。
そんな軽い気持ちで食事の用意を任せたが、ウルフさんの料理の腕は私たちの予想をはるかに上回るものだった。
「………」
「う…うまい…」
言葉が見つからない、とはまさにこのことだった。
トールはトールで驚いている様子だ。
正直言って、油断していた。彼のような人物が、こんなにもおいしい料理を作れるなどとは考えもしなかった。
「おう、うまかったか?」
「ああ…とても。すごく。非常に。ありがとうウルフさん」
「うまかったよ! ウルフさんって料理上手なんだな」
ウルフさんは嬉しそうにしながらもどこか残念そうだった。賛辞が足りなかっただろうか。私のつたない言葉ではうまく伝えられないだろうが、そこはトールに頑張ってもらうしかない。
「さん付けは止めてくれねえか。しばらくは一緒にやっていくんだからよ」
その言葉にトールと顔を見合わせた。ああ、料理のことではなく呼び名が不満だったのか。
明らかに年上の人物を呼び捨てにするのはどうかと思ったが、本人が望むように呼ぶのが一番いいだろう。
む、それ以前に正式に自己紹介をしていない気もする。いい機会なので名乗っておこう。
「そうか…では改めて名乗ろうか。もう知っているだろうが、私はエレノアだ。ウルフ、よろしく頼む」
「俺はトール。よろしく、ウルフ」
「おう、エレノアにトールだな。よろしくな」
ウルフがようやく笑ってくれた。トールも笑う。私は穏やかな気持ちになった。
「しかしウルフの料理は本当においしいな…」
「だね。こんなにうまいものが作れるなんてすごいよ」
「ははっ、こんなもんでいいんなら毎日でも作ってやろうか? なんて…」
「「えっ」」
それから私たちは真顔でウルフに詰め寄り、ギルドの仕事に支障が出ない範囲で料理を作ってもらう約束を取り付けることに成功した。
人間、欲望があるとこんなにも必死になってしまうものなのだな…思い返すと申し訳ない気持ちになった。
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