頁010.労働力と意外性①
夏の気配も色濃くなったある日。日の高いうちはうだるような暑さだが、日が落ちた現在ではずいぶん過ごしやすくなっている。
「た、ただいまー…」
疲れ切った様子のトールが帰ってきた。そのままふらふらとソファーに吸い寄せられて消えた。私と違って体力のあるトールだが連日の激務に疲れがたまる一方のようだ。
「おかえり。食事はどうする」
「いる。食べたい。けど…ねむ…い…」
そうつぶやくと、そのまま寝息を立て始めた。こんなところで眠っては疲れが取れないだろうが、起こすのもしのびない。風邪をひかないよう掛け布団だけかけておいた。
「どうにかならないものか…」
ギルド開始からひと月と少し。
はじめは互いに暇な日も多かったものだが、最近ではトールが朝から晩まで行動しなければならないことがほとんどだ。
そもそも依頼が一度で終わるものばかりではないのが原因なのだと思う。
必要な素材や食材を再び入手してほしいだとか、また護衛をしてほしいといった依頼は多くある。
急ぎでないものは後回しにさせてもらったり、同時に集められそうな素材はなるべく一緒に採取しに行けるよう依頼順を動かしたりと私なりにサポートはしているのだが…何より一人でこなす量ではない、ということだ。
仕事があるのはありがたいことだが、このままではトールが倒れてしまう。
スヴェンとライリーがいずれ戻ってくる予定ではあるが、今は急ぎで人を増やさなくてはならないのではなかろうか。
しかし、そう思う反面――
「一体どうすればいいんだろうな…」
私には人を雇った経験などない。トールもだ。
どのようにして人を雇い入れれば良いのか、それ以前にどう人を集めれば良いのかも謎だ。
……いっそうまいこと働きたいという冒険者が訪れないものか。
そうそう都合のいいことが起きるはずもないとわかっていたのだが…それが現実のものとなったのは、この二日後のことだった。
「ベルタさん、先日頼まれていたものを持ってきた」
「おや、集まったのかい。助かったよ」
先日、宿屋から受けていた依頼。
トール一人で回しているので少しばかり遅くなってしまったが、なんとか届けることができた。
「それにしても大変そうだねえ。トール一人でやっているんだろう? 人は増やさないのかい?」
「ああ、増やしたいと思ってはいるんだが…」
「なんなら、うちに泊まってる連中にでも聞いてみるかい? ギルドで働く気はあるかー、ってね」
ふむ、確かに宿屋ならば冒険者は多数いる。が…。
「そんな酔狂な者がいるか? 大して名前も聞かない、ギルドとかいう謎の組織で働きたいなどと」
「あんた、自分のところをなんて言いぐさで…」
ベルタさんは呆れているが、私は思うのだ。私が冒険者の立場だったら、絶対に不審がると。
私なら、な。だが――
「今“ギルド”って聞こえたが、嬢ちゃんはギルドの関係者かい」
私の常識で計り知れないのが冒険者という生き物なのかもしれない。
「ああ、確かに私はギルドの者だが…」
「おや、ウルフじゃないかい」
現れた大男。年齢は…30代後半といったところだろうか? その背からは大剣が顔をのぞかせている。
名前を知っている辺り、ベルタさんの知人の冒険者のようだ。
「意外だねえ。あんた、ギルドに興味があったのかい」
「いやー実を言うと路銀が少なくてな…」
「なんだい、目先の金目当てかい」
ベルタさんはそう言うが、私は正直ほっとした。あんなうさんくさい話を真に受ける人物よりよっぽどまともだ。
「で、どうだい嬢ちゃん。俺もあんたも互いにまだ信用ならねえとは思うが、俺は仕事を、あんたは労働力を得る。一時とはいえ利害関係は一致する。少しの間、手を組まないか?」
「ふむ……一時的な戦力、か」
「さすがに俺も詳しく知らねえところに所属するってのは正直勘弁願いたい」
「なるほど」
まあ、仕方のないこととも言える。先ほど私が自分で思っていたことだ。利用する分には便利だが、働く側となるとどんなところかわからない場所だ。そして何より、この提案は渡りに船でもある。
とはいえ、その分リスクも負わねばならない。もしも彼が依頼を途中放棄するような人間だったら? あるいは、依頼の報酬をギルドに通さず、自分の懐に収めるような考えを持っていたら?
果たして彼はどの程度信頼に足る人間なのだろうか…?
私が悩んでいるのが伝わったのか、ベルタさんが彼の人となりを教えてくれた。
「ウルフは見た目に反して義理堅い性格だよ。約束は守る男さ」
「おいおい、見た目もいい男だろうがよ」
「フン、鏡を見てからものを言うんだね」
多くの冒険者と出会い、会話しているベルタさん。
彼女は優しいが、時に辛らつな言葉も述べる。要するに、思ったことをすべて口にするタイプなのだ。
その彼女をして義理堅いというのだ、それは判断材料となりうるだろう。
しかし私自身、もう少しよく知りたいと思った。
「あなたは……どういったことが得意なのだろうか?」
「そうだな…。ま、切った張ったはもちろんだが、これでも採取なんかも得意なんだぜ」
「ほう」
意外だった。そもそも、大剣を持った大男がちまちま採取を行うようなイメージを持てというほうが無理がある。
トールはどんな作業も一通りこなせるが、採取はあまり得意ではないように感じる。採取依頼が来たと告げただけで疲れた顔をするのだ。判断材料としては充分だろう。
トールの苦手な分野を補ってくれるというのならば、願ったり叶ったりだ。先ほど以上に彼を雇い入れることが現実味を帯びてきた。トールと相談することは必須だが、彼ならば必要な人材足りえるのではないだろうか…?
「ふむ、ではそれは――」
「あ、エレノア。ここにいたのか」
私が質問を連ねようとしたところで声をかけられた。道具屋のイバン兄さんである。
「む…イバン兄さん。何か用か」
「ああ、実はギルドに依頼したいことがあって…おっと」
イバン兄さんは私が取り込み中であると気付いたらしく、ちらりと視線を周囲に向ける。見られたほうの周囲二人はうなずいて先を促した。
「悪いな。実はさっき、集団食中毒があったとかでうちにあった毒消しが全部売れちまったんだ。幸い数も足りたんだが…今在庫がまったくない状態になっちまって」
「ふむ…材料を採りに行きたい、と」
「そうだ。さすがにこのままじゃ商売にならないんだよ。できれば早めにトールを貸しちゃもらえないか?」
毒消しの材料はこの街の近くでも手に入るらしい。しかし途中の道には魔物が出るため、イバン兄さん一人では行けない。ギルドができる前は割高ながら行商人から購入していたそうだが、現在では護衛にトールを連れて採りに行くこともある。
「残念だが当分手が空きそうにない。以前のように行商人から買ってはどうだ?」
「それが、つい最近帰ったばっかりなんだよ。次来るのはずいぶん先になる」
「そうか……」
急を要するわけではないようだが、これには困った。
ギルドとはこういう困った人を救う立場にあると思ったが、私が困ることになろうとは。
唸り声をあげる私たちに別の解決案を提示したのは話を聞いていたベルタさんだった。
「うちに泊まってる冒険者連中に頼んだらどうだい?」
「うーん、できれば避けたいな…。前に一度頼んだら、途中でごねて契約を変えさせようとしてきた奴がいてさ…」
魔物が出る道中で当初の契約より賃金を払えとでも言ってくるのだろうか?
……ありえない話ではない、か。一口に冒険者と言ってもその質は様々で、私たちにはそれを知るすべがない。
さて、ああでもないこうでもないと考えていた私たちだが、悩める私たちを救う一声が発せられた。
「兄ちゃん、俺で良ければ行くぜ」
先ほどの冒険者、ウルフ……明らかに年上だ、ウルフさんとしておこう。
ベルタさんの評価を聞くに、彼ならば常識の範囲内で行動してくれそうだ。
「そうさね、ウルフならそんなケチくさいことは言わないだろうさ。あたしが保証するよ」
「へえ…ベルタさんがそう言うんなら」
「ああ、ギルドが請け負えないんだ、ぜひ彼に頼んでくれ」
ギルドで解決できなかったのは心苦しいが、誰かが困っているほうがもっと心苦しい。思わぬ解決に私は胸をなでおろした。だが…。
「何言ってんだ嬢ちゃん。これはギルドに来た依頼だろ。だったら俺じゃなくギルドとして受けるべきだ」
などと言い出した。どういうことだ。
「……? ギルドで受けられないからあなたに頼むのだが」
「そうじゃねえ。ギルドに来た依頼を俺がやるってだけの話だ。なら、こいつはギルドとしてのもんだ」
「しかしそれではあなたが損をするだけだ」
ギルドとしての依頼であるというのならば、依頼料の一部しか彼の収入にはならない。個人的に受けた依頼ならばすべてが彼の収入となるのに、何故そんなにも不利になることをするのだろうか?
「さっきも言った通り、俺はしばらくギルドで働きたいと思ってる。だから言葉でどうこう言うより実際の働きぶりで判断しちゃくれねえか」
つまり、自分の力量を見せようと言うのか。そういうことならば筋は通る。
「そもそも嬢ちゃんがいなきゃ俺が依頼を受けられたとは限らねえんだからよ。そういう意味でも借りは作りたくねえ」
「あんたは本当に面倒な性格さね」
ベルタさんは呆れているようだが、私は感心した。彼は…ウルフさんは私を対等とみなしてくれたのだろう。
そうこうしているうちに、ウルフさんは一人で素材を採りに行ってしまった。
「わかるとか言ってたけど、本当に大丈夫かなあ…」
ウルフさんいわく、その素材なら見分けがつく、とのことだったが…。
私たちが声をかける間もなくすぐさま出かけてしまった。
けれどベルタさんは落ち着いた様子だった。
「それならきっと大丈夫さ。ウルフはあれで食材になるものには詳しいからねえ」
「……? 採りに行ったのは毒消しの素材だろう?」
「だからその素材が……ああ、この辺りじゃ珍しいんだったかね。東のほうじゃ食材としても使われているんだよ」
私もイバン兄さんも初耳だったが、まあ地方の特性というものだろう。
しかし、食材だから何だと言うのだろう。
「ウルフは料理が趣味だそうでね。宿にいる時でもたびたび食材を買って来ては調理場を貸してくれ、なんて言ってくるくらいさ」
「そうなのか」
そこまでして作りたがるとは、よほど料理が好きなんだな…しかし見た目からは想像がつかないことばかりだ。
「まあ急いでるわけでもないし、俺は店で帰りを待っておくとするよ」
そう言うとイバン兄さんは道具屋へと帰って行った。ふむ、私もギルドに戻るとするか。