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断罪の旅人  作者: 玖月 瑠羽
四章 情報収集と犯人逮捕
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14話 トーチャ

どうも、何とか6月まで書き終える事が出来た私です。

皆様、いつの間にか梅雨が明けて、暑い季節が続きますが、水分補給はちゃんと取れていますか?

私はちゃんと取っていますが、暑すぎて冷水が温水に一瞬にして変わって絶句しました。

7月はもっと暑くなるんだろうなっと思いながら、頑張って執筆します( ;∀;)


では、次話で会いましょう ノシ

 九条たちがお茶会をしているのを観ながら、ゆっくりと降下して地面に着地した。まだ戦闘をしている音が聞こえているのだが、九条は特に気にするようなことは無くお茶を飲んでいる。どこからお茶セットを持って来たのか確認するとして、武器をワームホールの中に収納してから二人の方向へと歩いて向かう。此方に気が付いた九条が、椅子から立ち上がる。いつもの面倒くさそうな表情ではなく、真剣な表情で此方へと体を向け待っている。その姿を見て、トーチャも此方へと顔を向けてすぐに立ち上がると、その場で二十秒ほど頭を下げた後顔を上げて報告をする。


「若旦那、戦闘お疲れ様です。トーチャの警護任務は滞りなく行ないました。トーチャが目を覚ましたが、現在の状況に混乱していたのでリラックス効果のある紅茶を用意し、今までの出来事について説明を終えた所です」


「帰って来て早々だが、お前のんきにお茶を飲みながらトーチャを護っていたのか。混乱しているトーチャを落ち着かせ、リラックスさせるために紅茶を用意したのは良い。だが、屋敷の外ではまだ戦闘中なのだから、少しは警護らしい仕事をしろ」


「若旦那、護衛らしい仕事ってなんだろうなぁ。周囲の警戒は常に護符なんかで逐一確認はしていたが、まぁ、暇で暇で、トーチャが目覚めるまでお茶をするテーブルと椅子を修理してたくらいですわ。トーチャが目が覚めてからは、現状の説明なんかをした感じですわ。なぁ、トーチャ」


 九条はそう告げると、そのままトーチャの隣に立つと肩を軽く叩いた。すると、緊張しているせいか裏返った声で「はい」と返事したので、そこまで緊張しなくてもと思いながら苦笑してしまった。取りあえず、緊張していては欲しい情報が手に入らない為、九条に紅茶を入れてもらうことにした。紅茶にはリラックスする成分があるので、紅茶を飲みながら今回の事件についての情報を得ることにする。


「取りあえず、竜仙たちの対応が終わるまでは待機だ。トーチャ君については、まだ知らないことが多いだろう。それについても説明したいが、緊張している状態では上手く話せないだろう。済まないが九条、俺とトーチャ君に紅茶とお茶菓子を頼む。」


「承知した。だが若旦那、紅茶ではなく緑茶じゃないのか? いつも、大事な時は緑茶だった気がするんだが」


「あぁ、確かに今回のような時は緑茶だったな。だが、トーチャ君の口に合うか不明だからな、ここは紅茶の方が良いだろう。それに、九条の淹れた紅茶は美味いからな。頼む」


 そう告げると、九条は「なるほど、承知した。では、若旦那。少々お待ちを」と答えて俺の近くへとやって来ると文庫本と同じくらい大きさの紙を手渡し、そのまま小屋の方へと向かって行った。紙には何か書かれており、内容を黙読すると『トーチャへの説明は、身体と暴走状態での戦闘についてです。他については、若旦那にお任せした方が効率が良いかと』だった。そのまま小屋の方へと向かって歩き出した。その間にトーチャに座るように指示し、対面するように俺も座る。やはり、緊張している事もあり、カチコチの状態である。その姿を見て、苦笑しながら話し始める。


「さてと、まずは確認したい事がある。トーチャ君、今朝から現在までの憶えている事について、君の口から語って欲しい」


「今朝からの事ですか? あの、何故、今朝から今までの事を説明するのでしょうか」


「それは、君が暴走状態になった原因を見つけるために確認する為だ。特に、記憶とは都合のいい様に書き換える事が出来る。つまり、思い込みを真実だと塗り替えてしまう事もある。だからこそ、こうして思い出してもらいながら矛盾を潰し、真実を見つけ出すわだ」


 そう告げ、まずトーチャ君に屋敷について説明することにした。


「トーチャ君。まずは、知ってもらわなければならない事を説明する。現在、シーボルト家の屋敷は突如起きた火事により、屋敷の従者と冒険者たちで鎮火作業が行われている。今回の放火事件について、オルディアさんとディアラさんは一番安全な場所で保護している。怪我もしていないから安心してくれ。さて、放火事件について、トーチャ君はどこまで記憶がある」


「し、し、シーボルト家の放火!? ぇ、ど、どどど、どう言う事ですか!? 奥様と、ディエラ様に怪我はないのですね!! 屋敷の使用人たちには、怪我人は出ていないのですか!! あの、冒険者たちも鎮火作業を行なっているなら、私も向かった方が良いのでは」


「トーチャ君、落ち着いてくれ。ディアラさん達は怪我はないし、屋敷の仕様人たちについても気配で察知した限り、負傷者はいなかった。だが、屋敷を放火した犯人について、現在情報がない。そこで、トーチャ君の記憶から何か手がかりはないかと思ってね。だから、憶えている事を話してくれ」


「ぁ、す、すいません。その、放火事件について全く憶えてません。僕が門番として、いつも通り仕事をしていました。今日は、隣町のボルシャードから、シャルドゥーイ商会の方が来られると奥様から御聞きしており、その方々が来られるまで門番として周囲の警戒をしておりました。その、予定した時間よりも早く門を叩く音が聞こえたので門の除き窓から来客か確認したのですが、その後に急に景色が反転して――その、そこから記憶が無いんです」


 真摯に答えるトーチャから嘘を言っている気配や仕草はなく、真実を述べている事をすぐに理解した。アーガス・ソフォル・ゲーディオ氏を殺害した容疑者であるが、記憶がない状態でありながらも何かしら重要な事は覚えている可能性がある。その為、確認しなくてはならない情報を知る必要がある。その一つとして、先ほど話に出た『シャルドゥーイ商会』と言う初めて聞く単語について、トーチャに聞くことにした。


「なるほど、門の除き窓を覗いた後に意識が無くなったと。それについて確認したいのだが、その前に『シャルドゥーイ商会』について聞きたい。ゲーディオには数多くの商会がやって来ることは知っているのだが、シャルドゥーイ商会は何故シーボルト邸に来る予定だったのか。この街では有名な商会なのか。それについて、聞いても良いか」


「はい、奥様から聞いた内容で宜しければ。なんでもシャルドゥーイ商会は、この街が誕生した日からの付き合いだと聞いております。シャルドゥーイ商会は、武具の卸売りや、街の防壁の素材など街に必要な物を取り扱っているんです。本店はバルド王国にあるのですが、ボルシャード街に代理店があり、月に三回ですがゲーディオの街に荷物を運送してくれるんです」


 真剣な表情で受け答えする姿を見て、真摯に答えてくれていると理解できた。トーチャの証言を聞きながら、胸ポケットに入れている茶色い革製の手帳を取り出した。古くから使っている手帳で、俺が旅人になった時に隊長から頂いた物である。手帳を広げて数ページ捲り、記載されていない箇所に今日の日付を記載してからトーチャの証言から必要な個所をメモを取る。


「シーボルト家とゲーディオ家の先々代の当主様が冒険者だった頃に知り合ったらしく、それからの付き合いだと聞いております。特に、警備隊の武具や、街を囲う防壁に使用される素材、住民の保護の為に魔物除けの薬など、沢山の品をこの街に持って来てくれるんです。今回も其方の荷物を運送と代金の受け渡しを目的に来られる予定でした」


「なるほど、街の創設からの付き合いだったのか。そうなると、街に関する政となればゲーディオ家が直接請け負うのが普通だな。今は、シーボルト家が対応している状態と言う事か。ちなみに確認したいのだが、シャルドゥーイ商会は今月の納品に来たのは何回目か分かるだろうか」


「えっと、今日が月の第四週目になるので――確か、今日で三回目だったはずです。丁度、警備兵の武具の整備に必要な備品が不足していたので。決まった週に備品が三分の二くらいになる様に調整しているらしいです。一回目は防壁に使われる『魔除けの塗料』で、二回目は鍛冶屋に使用される『鉄鋼素材』と、住民の皆さんが街の外に出られる際に配る『魔除けのお香』を配達してくれるんです。なので、荷物を下ろす方と、奥様に代金の受け取りに来られる方の二手に分かれるんです」


 トーチャ君の緊張も解れたようで、いつもの様に元気に笑顔で会話している。その姿を見て、もう少し踏み込んで確認しても良いだろうと判断した。ここからは、彼が意識を失う前の状況を確認する。だが、こうして長く会話をしているせいか喉が乾いて来た。そろそろ紅茶が来るだろうと思ったと同時に、九条が紅茶セットが載っているキャスターを引いて戻って来た。俺たちのいるテーブルの近くに着くと、すぐにティーカップに紅茶を入れてテーブルの上に置いた。


「なるほど、荷卸しと代金回収の二手に分かれるのか。九条はシャルドゥーイ商会の事を知っているか? 報告書にはその情報が無かったが」


「シャルドゥーイ商会ですか。あぁ、と、確か――あぁ、警備兵とかに聞いた様な気がしますねぇ。いや、確か警備宿舎に備品を配達しに来られたとか聞いたな。若旦那、確かにトーチャ君の言っている事は正しいですわ。シャルドゥーイ商会は、今日で三回目でしょうね。そこまで重要な事ではないのと、それについての裏が取れてなかった為、報告を上げてなかっただけです」


「なるほど、確かに確証の得ない情報を報告しても、かえって現場を混乱させるだろうな。九条、今回は不問にする。後、ディアラさんとオルディアさんを保護している仲間達に、現状の報告を頼む。さて、トーチャ君。シャルドゥーイ商会についてだが、毎月決まった日に来るのかい」


「はい、その通りです。三回目に来られた際に、次の月に来られる日程が書かれた紙を受け取るのです。また、奥様はその際に、次に来る際に持って来て欲しい物が書かれたリストと持ってこられた荷物の代金を商会の方に渡します。今回もそのはずなのですが、今日はいつもより早く門が叩かれまして、いつものように門の前に――あれ、でもおかしいな」


 何か思い出したのか右手で顎をを掴み、左手で右ひじを抑える考えるポーズをしながら首をかしげている。何か違和感があったらしく、それについて尋ねるよりも先に答えた。


「本来なら、ノックをした後に『シャルドゥーイ商会の者ですが』と言ってから、いつものように僕の名前を呼ぶのですが、あの時はノックだけでした。それに、いつも決まった時間に来られるのに今日は早く来られたようでした。なので――そうです、声をかけずに除き窓を開けて確認したんです。その時に、除き窓からどことなく懐かしい匂いがしました」


「懐かしい匂いか。その匂いは、どんな匂いだったか憶えているか」


「ぇ? えっと、確か、果実の匂いだったと思います。その、僕は奴隷だった身なのですが、奴隷になる前は――その農家だったので、その頃に何度か嗅いだことがある懐かしい匂いに近かったと思います」


 まだ確証が取れないらしく、あいまいな感じで答える。トーチャ君が暴走したきっかけは、間違いなくその人物だろう。火災についても、使用人を何かしらの方法で操って事前に準備していた可能性がある。ただ、部下たちならすぐに見つけ出せるはずなのに、何故見つけられなかったのか。それについても疑問だ。だからこそ、重要な事なので思い出させる必要があった。部下たちが調査して報告書として読み終えているので、本当なら再度確認する必要はない情報である。だが、あえて質問をする。トーチャ君の記憶を思い出させるために。


「なるほど、トーチャ君は農家出身だったのか。きっと、のどかで過ごしやすい街だったのだろうな。さて、奴隷だったと言っていたが、どうして奴隷に? 親御さんは、知っているのか」


「いえ、僕の家族と言うよりも集落に住んでいた人たち全員が、突然起きた戦争のせいで死にました。その当時、僕は集落の外にある果樹園に果実を取りに向かっていたので助かったのですが、砲撃の音が聞こえて、急いで集落に戻ったんです。急いで家に戻ったのですが、家が見えたところで、親と妹と弟が家から出るのが見えたんです。でも、その瞬間に砲撃が家に当たり、目の前で皆死んでしまったんです。たった一つの砲撃で、目の前の大切な人たちが死に、炎で焼かれ、死体すら残っていなかった。その後、集落の外を出て、隣町へと歩いている中で奴隷商に保護されたんです」


「そうか、辛い事を思い出させたな。すまない」


「いえ、過ぎた事ですから。今でも、夢の中で家族と逢う事があって、その時にいつも妹が嬉しそうに僕がとって来た果実を持って――そうだ、あの時の匂い。集落のパン屋のおばさんが持って来た果実の匂いと同じ――そう、リリーカの匂いに似ていた。この大陸では滅多にとる事が出来ない希少な果実で、その時は運が良かったのか商人さんが苗木も手に入れたと言う事で、僕の集落全員のお金で買い取って、一から育てたんです」


 リリーカとは、洋ナシである。ただ、この世界の洋ナシは赤いのだが、味と触感は洋ナシと同じである。そのリリーカの匂いに似ていたとなると、トーチャを暴走させた犯人は『リリーカの香り』を漂わせていたことになる。匂いがしたと言うと、香水ではないかともうのだが、男性でも香水を付ける者はいるのでこれだけでは性別を絞ることはできない。


「リリーカの匂いか。流石に、リリーカを持ったまま門の前にいるわけはないと思うが、その可能性も憶えておくとしよう。後、あり得るとすれば香水の可能性もある。流石に市場の香水売り場に行った事が無いから分からんが、香水売り場に『リリーカの香水』を取り扱っている可能性もある。そこら辺も含めて調査する必要があるか。街を見回ってた時に、香水を販売している店を観たのだが、店に入ってないから品揃え等を確認できていない。トーチャ君、確かにリリーカの匂いだったのか」


「えぇ、あの匂いは確かにリリーカの香りだったと思います!! そもそも、リリーカを取り扱っているのは王都のデザート店しかないと思います。特に、ゲーディオではそう言ったモノは王都直送の専用の木箱に入れられる為、匂いすら木箱から出ない様に厳重に結界魔法と冷房魔法で鮮度を保った状態にするんです。知り合いの商人から教えてもらったんです」


 楽しそうに話すトーチャ君は、そのまま知っている情報を話してくれた。


「リリーカの匂いは、とても印象に残ってます。だから、リリーカを持っていたらすぐに街中に情報が流れると思います。リリーカの香水なら、この街でも売られているので、香水の可能性が高いと思います。実際のリリーカの実よりも匂いは抑えられているんです。奥様が以前ですが、その香水を付けていたので匂いも覚えてます。ただ、香水って貴族のご婦人が使われる化粧品ですよね。僕には良く分からないのですが、香水を付ける女性も最近増えて来たと聞いてます。なんでも、安価で取り寄せれるようになったとか」


 香水の事に詳しくないらしく、知っている情報を話してくれた。その間、嘘を述べていない事は確かな為、トーチャ君が嗅いだ匂いは『リリーカの香水』であると断言して良いだろうと判断した。


「まぁ、そうだな。貴族が使う香水よりはグレードが落ちるが、手ごろな値段で確かに売られていたな。ちなみにだが、香水を使う者は貴族だけとは限らない。香水を取り扱う商人も利用する事がある。製品の信頼性などの確認で、試作品を使用して匂いの確認を行なう。それ故に、女性だけではなく男性も利用する為、犯人の特定も難しい。他に何か憶えている事はあるか」


「後は、確か門を叩く音が違ったような気がします。何と言うか人が叩く音よりも強かった気がします。何と言えば良いのか、重たいもので叩かれたような音でした。その後、意識が反転する前ですが、何となく、こう、身体が縛られた様な感じがしました。ただ、一瞬だったのであまり憶えてませんが」


 トーチャ君の『身体が縛られた』と言う新たなワードに、何が起きたのか確認する必要が出て来た。少しずつ確認するべき情報を深める必要があった。


「縛られるような感覚。それはどのような感覚だったか覚えているか? 例えば、鎖で縛られるようなものか」


「えっと、どちらかと言えば巨大な手に捕まれたような。一瞬だったのでよく覚えていないですが、そんな感じがしました」


 巨大な手に捕まれるような感覚について、俺はその情報を昔聞いたことがあった。まだ俺が新米の旅人だった頃、隊長と共にとある世界を監視に向かった際に聞いた話にどこかにていた。前の事だったので思い出そうとしたが、かなり昔の事で漠然としか思い出せない。


「巨大な手って、確か俺が新米の時に隊長から聞いたような気が――あぁ、何だったか思い出せん。九条、何か知らないか」


「若旦那。巨大な手で縛るなんて『真名縛り』か『存在縛り』のどちらかじゃねぇか。今までの情報から今回は、存在縛りの方が濃厚だろうな。狂いの神の得意な技の一つで、自身の力を持つ者を一時的に動けなくさせる技の一つだな」


 九条の説明を聞いて、ようやく思い出す事が出来た。昔、隊長から聞いた話に狂いの神によるクローン体を用いた『世界抹消爆弾』と言う話を聞いたことがあった。かなり昔だったから思い出せなかったのだが、確か、決められた時間までその世界に残り続けると、最終的に強制的に束縛され動けなくなるようになり、体内から光を放ち世界を消滅させると言う人間爆弾だ。隊長が狂いの神の権能を破壊したことで、クローン体や人間爆弾を作り出すことは出来なくなったと聞いた事を思い出した。


「あぁ、そうだそうだ。彼奴、自身のクローンを作って、最終的に『世界抹消爆弾』にしたアレか。本当に面倒な者を作っては、逃げれない様に存在縛りで身動き一つできない様にして、体内に埋め込まれている爆弾を爆破させるんだったな。でも、そうなると彼奴が目覚めている事になるぞ? 欠片がまだ完全に一つになっていない状態で、目が覚めるとは考えにくい。もしかして、記憶と言う情報をどっかの誰かに移して行動しているのか? いや、もしくは彼奴の力で創り出されたアイテムがこの世界に存在する可能性もあるか」


「若旦那も同じ考えか。しかし、そんなアイテムがこの世界にあるのだろうか。もしあったとしても、商人が気付かずにそのアイテムを持っていた可能性はあるのだろうか。旦那的にはどう考えているんだ」


 九条も同じことを考えていたようで、腕を組みながら首をかしげている。確かに、九条の言う通りこの世界に狂いの神のアイテムが有る可能性は殆んどない。だが、彼奴の事だ。自身の魂の欠片を用いて人間に知識を与えて作製させる程度、簡単にやってのけてしまう。


「彼奴が人間を道具としか見ていない事は知っている。だからこそ、自身の知識を人間に植え付けて作製した可能性は有り得るだろう。彼奴と何度も戦って来たから分かるが、彼奴にとって生物は小石程度にしか見えていないだろうさ。その中で、人間は操りやすい道具でしかない」


「なるほど、若旦那の考えとして――いや、今までの経験からあり得ると言うわけか。そうなると、余計に人手が足りない状態。若旦那、これからどう動く。やはり、部下を呼び戻すか」


 九条の言う通り、本来なら部下たちを呼出して対応させたい。だが、今現在オルディアさん達を護る為に箱庭世界で待機させている。箱庭世界に力がない者を残すと、何も出来ずに力を吸い取られ続ける。世界の維持に力を供給し続けなければならない為、オルディアさん達を残して全員呼び戻すわけにも行かない。さらに言えば、まだ命を狙われている状態で、此方に戻って来てもらうのは今の段階では拙い。それ故に、全員箱庭世界で待機させるしかない。


「そうだな。本来なら部下を戻したいところだが、現状の事を考えても今は警護に集中してもらおう。取りあえず、竜仙が戻り次第すぐに屋敷の調査を行なう。部下たちを全員撤退させたのは痛かったな。撤退のタイミングでオルディアさん達も一緒に『保護』と言う名目で箱庭世界に連れて行かせたが、九条だけではなく数名残しておくべきだった」


「まぁ、仕方がないでしょう。冒険者たちが来ることも考えて、我々が撤退するのは仕方がないことです。さらに言えば、全員撤退させたと思わせて数名は残し、ディアラさんたちを保護している。そう考えれば、若旦那の指示は正しい。取りあえず、竜仙の旦那が戻って来ないと進まなそうだな」


「そうだな。九条、済まないが竜仙の迎えに行ってくれ。彼奴の事だから楽しくなって、ハメを外してる可能性がある。本来なら俺が向かうべきなんだが、まだトーチャ君の記憶の中にある内容を確認した。済まないが、頼む」


 九条に指示を出すとその場で敬礼をして、すぐに竜仙の元へと走り出した。その光景を見届けた後、そのままトーチャの方へと向きを変えて話し始める。


「さて、話の続きを始めるとしよう。トーチャ君、大丈夫かな」


「はい、正直に言えば混乱していますが、僕が答えられる事なら」


 混乱している状況でも、しっかりと受け答えできている。その姿を見て、黙って頷き「ありがとう」と感謝の言葉を述べてから確認すべき事を質問する。


「君が体を捕まれたような感覚に襲われた後に意識が無くなったんだったな。そして、その間際にリリーカの匂いがした。この認識で合っているな」


「はい、そうだったと思います」


「そうなると、一つ疑問が残る。そもそも門を叩いた後に呼び声が無かった状態で、君は警戒心無く門の除き窓を開けた? 本来なら除き穴を開ける前に声をかけるはずだ。君の仕事風景を観させてもらったが、君はノックだけをされても一言だが門の外の者へと声をかけて確認をしていた。そんな君が、君は声をかけずにそのまま開けた事に違和感が生じる」


 その瞬間、トーチャ君は「あれ、確かにそうですね」と呟き、思い出そうと首をかしげながら唸り声を上げながら必死に眉間に皺を寄せている。その光景を観ながら、一つの可能性を提示する。


「あくまで可能性だ。君は、そもそも君は門の外にいたのは、君にとって『親しい間柄の者』だったのではないか。それも『記憶を操作出来る魔法』が扱える、そんな者がいたのではないか」


「記憶を、操作できる魔法。聞いた事が無いですが、そんな魔法があるのですか」


「あぁ、ある。ただ、まだ確証が取れない。そして、その全ての答えが――この屋敷にある」


 屋敷の方へと顔を向けると、討伐が終わったのか戦闘音が聞えなくなった。それと同時に竜仙と九条が上空から降下してくる気配を感じ取った。どうやら、これでようやく屋敷の中へと調査する準備が整った。


「さて、ではそろそろ行くとしようか。トーチャ君の記憶を完全に取り戻すために。そして、ゲーディオ邸で起きた、殺人事件も全て解き明かす」


「は、はい!! い、行きましょう」


「緊張しすぎだぞ。まぁ、仕方がないか。何かあれば、俺が護ってやる」


 トーチャ君にそう告げ、紅茶を飲みながら心を鎮める。ゲーディオ邸には初めて入るため、自身の指紋を残さない様に、ワームホールを開いて『鑑識一式』が入ったトランクケースを取り出す。トランクケースの中を開けて、中を確認してから蓋を閉める。それとほぼ同時に竜仙たちが地面に着陸するのを見て、トーチャ君と共に席を立ち合流する。


(この場所から始まった事件か。証拠品はあらかた回収されているとは言え、狂いの欠片があるのは何故か。その答えは、間違いなくこの屋敷の中にあるか)


 屋敷からトーチャ君の方へと目線を移すと、ガッチガチに緊張しているトーチャ君の姿を見て苦笑してしまった。やはり緊張は取れなかったかと思いながら、もう一度屋敷の方へと目線を向ける。

 狂いの欠片が起こした事件現場であるこの屋敷。

 全ての始まりであるこの屋敷は、もう誰も住んでいないのにも関わらず、静かに誰かを待ち続ける様な、そんな少女の気配を感じるのだった。

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