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断罪の旅人  作者: 玖月 瑠羽
四章 情報収集と犯人逮捕
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10話 オルディアさん誘拐事件

どうも、寒さに負けて炬燵から抜け出せない私です。

2022年2月22日(火)ですが、ただただ寒い!!

寒すぎて飲んでた温かい緑茶が冷めてしまいました。


さて、何とか2月分投稿できました。

来月分もこうして頑張って投稿できるように頑張ります。

では、次話で会いましょう ノシ

 屋敷内は騒然としていた。各部屋で突然の爆発によって、銀髪のアラフィフ――もとい、渋くてダンディーな執事ことカーディスさんが現場を仕切っていた。メイドや若い執事が水の入ったバケツや魔石などを持って駆けている。よく見れば、爆発したところから黒い煙が出ており、何かが焼ける匂いが室内に充満していた。各所でメイドたちが窓を開け、まだ若い執事たちが火消し用の魔石やバケツを持ってリレー形式で各部屋に入り、燃え盛る炎を水魔法を用いて消している。俺はそのままオルディアさんの執務室へと向かおうとすると、カーディスさんが「旅人様!!」と叫ぶように呼び止められた。


「カーディスさん。緊急の対応で急いでいるのだが」


「旅人様、其方は爆発の衝撃で道が塞がれております!! 奥様の元へ向かわれるのでしたら、此方の通路からでしか向かう事が出来ません。奥様は、二階の作業部屋で書類を整理しておりますので、此方の通路の階段から向かって下さい」


「なるほど、道が塞がっていたのか。下手に壊せば二次被害が発生するか――ッチ、仕方がない!!分かった、情報提供感謝する」


 すぐに礼を言い、其方の道へと駆ける。すれ違いざま「奥様を頼みます」と告げ、すぐに部下たちに指示を出し始めた。本来ならいち早くオルディアさんの元へと駆けたいと思っているはずなのに、現場の司令官として部下たちへの指示を出している。そんな彼の気持ちをくみ取りながらも爆発現場へと急ぐ。


(こっちでも火災が起きているのか。屋敷に居る者たちでは、消火対応が間に合わない。本来なら部下たちを呼出して対応を頼むのだが――仕方がない、俺の方でも、消火を手伝うか)


 所々で火の手が上がっているのを見て、目的地に向いながら水魔法で消火をしている。これも、犯人の手によるものなら、用意周到と言えるだろう。屋敷内の混乱と同時に、消火対応で多くの魔力を消費させる。実際、広い屋敷内で貴族の者たちが逃げる際、逃げ道を塞ぐ意味も含めれば火災を起こすのは正しいだろう。だが、だからと言って人の命を奪って良いわけではない。故に、出来る限り火元は全て消していく。


(至る所で火災が起きていると言う事は、時限式によるものだろうな。屋敷内のあちこちで火災が起きているのか。窓を開けて煙を逃がさないと、流石に視界も悪い)


 風の魔法を利用し、室内に漂う煙を窓の外へと逃がしながら、口元などをコートのポケットから取り出したハンカチで覆う。煙が気管に入る事は避けながら、風魔法と水魔法を同時で使用しながら対応していく。目的地が見えて来たところで、更に爆発音と共に屋敷が揺れた。一端その場で止まりすぐにしゃがむ。頭上からの落下物などはないか、周囲を見渡しながら安全を確認したのちに立ち上がり、オルディアさんのいる作業部屋へと入る。


「想定内の動きになったか」


 部屋の中には誰もおらず、先ほどの爆発により本棚が倒れて書物が散乱し、花瓶なども落ちたことで割れてしまっている。誰かと争った形跡はなく、先ほどの爆発などの振動で家具の大半が倒れている状態だった。先に行った竜仙がいると思っていたが、竜仙もいないようだったので作業机の方へと向かう。作業机の上は綺麗に整理されているせいか、一枚の紙切れが置いてある以外綺麗な状態だった。紙切れには何か書かれており、見てみると筆記体からして竜仙が描いた文字であることがすぐに分かり、紙切れを手に取り内容を確認する。


『計画通り進んでいる。旦那、ゲーディオ邸宅前の森で落ち合う』


(なるほど、全ては此方の思惑通りに動いているか。ただ、相手が此方の罠に気が付いてなければ良いのだが)


 竜仙の書置きを見た後、作業机の後ろ側の壁にある窓の方へと向かう。そこには、一面の森が広がっており、その奥の方に屋敷が見える。あの屋敷こそが、ゲーディオ宅となっている。下の方を見れば、冒険者ギルドなどの面々が消火活動をしている光景が見える。屋敷の外でも火の手が上がっており、それを冒険者たちが水魔法を用いで消している。その現状を見ながら、書置きをコートのポケットに突っ込み、竜仙が待つ森の方へと向かうために部屋を出る。


「一度、カーディスさんに連絡を――いや、此処は彼に頼むとするか」


 その場で指を鳴らすと、白銀の毛並みをした猫が影の中から現れた。この猫は使い魔であり、他世界で俺と契約を結んだ『夕凪の猫』である。その名の通り、夕凪の時間に現れる猫である。この猫が現れると、無風状態になる。それがどうしたかと言うと『夕凪の猫に対する物理攻撃は効果がなく、魔法攻撃が五割不発、弱点が風属性魔法』と言う、困った猫である。


「なんだい、ご主人。吾輩に何か用か」


 眠そうな青年の声で喋る猫に対し、コートの内ポケットに入っている手帳を取り出した。それを見て「あぁ、そう言う事ね」と、気怠そうに言いながら前足で顔を掻く。伝えるべき事を記載し、手帳から切り離した。


「夕凪、仕事だ。済まないがカーディスさんに、これを届けてくれ。お前、俺が森に行っている間、カーディスさんたちを観察していたのだろ。なら、分かるよな」


「分かるよ。ただ、ちゃんと対価は貰うからね。そうだねぇ、美味しい魚を使った猫飯を頼むよ。僕だって、グルメだからね。それで手を打とうじゃないか」


「分かった、契約は成立だ。頼んだぞ」


 ポケットから赤いハンカチを取り出し、記載した紙を四分割に織りハンカチの中に入れた。それを夕凪の首に巻くと、夕凪は「では、行って来る」と告げて消えた。夕凪の技の一つ『風隠し』と言い、風を纏う事で姿を隠す事が出来る。そんな技を使ってカーディスの元へと向かったと判断し、すぐに竜仙の待つ森の方へと向かう為に窓から外へと飛び降りた。二階から飛び降りて地面に着地すると、そのまま竜仙の待つ森へと走る。途中だが、冒険者たちとすれ違ったのだが、竜仙が伝えてくれていたことで、竜仙の行き先を指さして教えてくれた。その為、其方の方へと向かって走り、そのまま森の中へと入って行く。森の中に入って竜仙の気配を追うのだが、動物の気配はチラホラ感じ取ってはいるが魔物の気配が全くない。


「これは、どう言う事だ? 魔物の気配が全くないだと」


 先ほどの森と同じように魔物がどこかでグループを作って避難しているのだと思ったが、この森の中には魔物の気配がないのだ。竜仙からの報告で、魔物がいる事は知っている。実際に犯人調査の為に部下を派遣し、資材調達などを頼んだ際も魔物たちとの遭遇は確認済みである。それなのに魔物の気配がないと言う状況に違和感しかないのだ。


『竜仙、聞えるか』


 竜仙の気配を追いながら、竜仙へと念を飛ばす。久しぶりに念を用いての会話など、結構久しぶりである。今まではイヤーカフを用いての通話が主流だった事もあり、ちゃんと通話できているかが心配である。


『どうした、旦那。こっちは、目の前の犯人を追っている所だ』


『犯人? まて、目の前に犯人がいるのか。なら何故すぐに捕縛しない』


 目の前に犯人がいると言う中で、どうしてすぐに捕まえないのか疑問になる。竜仙の手ならすぐに距離を詰めて捕縛する事は可能のはずだ。だが、それをしないのは何か理由があるのだろうか。そんな思いから、質問してしまった。


『あぁ、それについては此方にも言い分があってだな。何か、奴に違和感がある。それがはっきりしない段階で捕縛は危険と判断し、一定の距離を保ちながら犯人を追っている。犯人はディアラさんを担いで、ゲーディオ家の屋敷に向かって逃走している。旦那、その犯人がトーチャ・アグニラだ』


『死んだはずの人間が運んでいると。死体の処理はしてあるはずだが、その死体が動いたわけではないのだろ。やはり、自立型ゴーレムで間違いないか』


『その通りだ。儂の眼で見ても、魂の輝きが変だ。本来、人間や生物は魂を中心に体を覆う様に色の付いたオーラを放っている。死期が近づく人間は、オーラが小さくなり、最低限の発光しかしなくなる。だが、目の前の犯人にはその色が見えん。まるで、何かに覆われて見えなくされているような、そんな違和感を感じる』


 真面目に語る竜仙に納得すると、一度その場で足を止める。現在、竜仙が向かっている方向を予測し、挟み撃ちする為にどの様に対応すればよいかを考える。回り道するにしても、全力で走れば間に合うが、空気が爆ぜる音で犯人や冒険者たちに気が付かれるのは流石に拙い。しかし、このままでは挟み撃ちどころか間に合わない可能性がある。ならば、どう対応すればよいか。結果は一つに絞られた。


『竜仙、これから転移を用いてゲーディオ邸宅前に向かう。挟み撃ちで奴を捕縛するぞ。後、予想なのだが、トーチャの心臓を動力源にして動いている可能性はあるな』


『了解した。だが、トーチャの心臓――いや、そもそも人間の心臓で動くゴーレムなど知らんぞ。魂をエネルギーとして利用するなら、まだ分からんでもないが』


 竜仙の疑問も確かである。そもそも、ゴーレムとして動かすならば強大な魔素があれば良い。現代で言えば『マナ』とも呼ばれるが、他にもゴーレムのエネルギーの代用は存在する。それこそが『生き物の魂』である。魂の発するエネルギーは、ゴーレムを稼働させるのに十分と言える。当然だが、人間の心臓等を用いる方法もあるのだが、それはフレッシュゴーレムのようなアンデット系列に当てはめられる。だが、それでもかなりの魔素量が必要となる為、人間の心臓を数十個用意したりなど、本当に気味の悪い――もとい、燃費も製作にも無意味な物はない。


『いや、それこそがポイントだった。そもそも、俺たちが何故トーチャと対面した時に、すぐゴーレムだと気が付かなかったのか。それは人間の心臓を用いて稼働する人間に限りなく近いゴーレムだったからだ』


『人間に近いゴーレム――まさかと思うが、ゴーレムであるトーチャ自身が『人間だと認識』していると言う事か。確かに、人間の発するオーラは心臓と密接に関係する。だが、それでも儂らが誤認識する様なヘマはしないはずだ』


 竜仙の認識は正しい。だが、竜仙の目でも掻い潜る方法がある。現に、竜仙の目には間違いなくトーチャは人間に見えたはずだ。軽く話しただけだが、ゴーレムのようには見えなかった。もしも、別の方法があるとすればと言う定義を元に答える。


『確かにその通りだ。だが、人間の心臓と脊髄を取り出せば、どうだ? それを人間対に限りなく近いゴーレムとして埋め込み、血管のような魔力網を作り出し、人間に限りなく近い存在として作られていたとしたら。魂による記憶の改ざん、骨髄から作り出される血液、心臓の鼓動によって血液を魔素に変換。この要素が、全て揃っていたとすれば? 全ては手元にある証拠で導き出しただけだ。脊髄を抜かれた可能性は不明だが、それなら俺たちが感知できなかった理由になるだろう。なんせ人間の血液を生成し、人間に見えるように作られた存在なのだからな』


『あぁ、そう言う事かぁ!! 人間風情が、外道に落ちたか!! いや、人間ではなく魔族も有り得るか。どちらにしても、尊き命を道具として使用するのならば、それ相応の覚悟をしてもらう必要があるだろう。旦那、断罪対象と言う認識で合っているな』


『あぁ、断罪対象なのは確定だ。それも、今回は多くに人間を――いや、奴隷たちの可能性もあるな。その命を実験台にしたのならば、罪人の首を切り落とす。だが、今はその被害者であり、今回の事件の加害者であるトーチャを捕まえるぞ。ミーアもきっと見ているだろうからな。では、会話は以上だ。頼んだぞ、竜仙』


 竜仙と念話を切るり、すぐに指を鳴らして転移魔法を発動させる。ノイズ音が耳元に聞こえると、一瞬で目の前の景色が変わった。先ほどまで森の中だったが、竜仙から渡された資料に載っていた写真と同じ屋敷があった。此処が目的地である『ゲーディオ邸宅前』だ。すぐに気配を確認し、誰もいない事を確認してから周りを見渡す。どうやら、ゲーディオ邸宅内に転移したらしく、目の前には壊れかけている大きな門と、風化して蔦が生い茂っている塀が見える。屋敷内部はシーボルト家の邸宅に比べてかなり広く、庭園や広間は草花が生い茂っている。ただ、手入れはされていない為、レンガで舗装された道もそうだが、人の手入れが一切されていない為に草花が生い茂っている。


(此処も、本来なら綺麗な庭園があったのだろうな。メイドや執事、きっとゲーディオ家の子ども達や、沢山の貴族がお茶会をしていたのだろうな。それが、あの事件を皮切りに寂れてしまった。いつまでも続く繁栄はない、か。しかし、屋敷の主を失ったことで手入れをする庭師なども来なくなったのか。手入れをされていないせいか、みすぼらしいと言うべきか。自然としてあるべき形に戻ったと言うべきか)


 屋敷の門の方へ向かう。あの場所からでも見えたが、近づくに連れて塀や門の状態が良く分かる。屋敷を囲う五から六メートルくらいの高さある塀には、草花の蔦が巻き付かれている。そのせいか、所々に風化し崩れている箇所もあり、そこからリスに似た動物が出入りしているのが観える。どうやら、この場所は『アーガス・ソフォル・ゲーディオ』が殺されてから、ずっと手入れがされていなかったのだろう。その証拠に、屋敷に入る為の鉄製の門は風化により錆びつき、留め金部分はその重みで外れてしまっている。更に、庭園は草木が生い茂っており、見るからに悲惨な状態である。屋敷の方を振り向くと、其方は毎日手入れされているのか綺麗な状態であった。


「誰かが、清掃をしていると言う事か。竜仙からの報告書には、確か屋敷のメイドたちが来て清掃をしていると言っていたな。殺害現場については、現場保存と言う名目でなるべく物には触れずに清掃しているだったな。この世界に来た転生者たちの知識共有のおかげで、こうして現場保存がなされている。そう言う意味では、転生者たちは良い仕事をしたと褒めるべきか」


 そんな独り言を呟き、すぐに隠れられそうな場所を探す。辺りを見渡せば隠れられそうなところは沢山あり、隠れ方次第では簡単に不意打ちが出来そうな場所もある。だが、今回についてはそれは不要である。今回はもう対応済みであり、これからトーチャを捕縛する事になる。ただ、何故か胸騒ぎがするのだ。今回は今まで以上に気合を入れないといけない気がするのだ。下手に攻撃をすれば、魂ごと砕けるとか有り得そうで怖い。


『まぁ、確かに殴ったら壊れちまうだろうなぁ。特に、旅人の攻撃は普通の生物が相手ならば魂に直接ダメージを与える。それに、二十年もの間ゴーレムの中に魂が居たとなれば、魂事態が摩耗してガラスのように簡単に壊れる可能性があるだろう。それはそうと、ようやく逢えたな兄弟。久しぶりに現実世界に出れたが、どうやら変わっていないようだな。クックック、疲れが見えるが、ただの疲労だろうな』


「っな!? なんで、お前が此処にいる!! いや、それよりも今までどこに居たんだ。あの大戦の後からお前の気配だけが消えて、いつもお前と会っていた精神空間にもいない。この三十年間、お前さんとはずっと音信不通で、久しぶりに会えたと思えば、何故にホログラム体で現れた」


 目の前に、ホログラムのような姿で俺が立っていた。目の前の俺は病院の入院患者が着る青い入院着を着ており、手にはサバイバルナイフを持っている。そして髪の色と瞳の色も違い、白髪に琥珀色の瞳をしている。間違いなく、今目の前にいるのは『旅人になる前の俺』だった。それに、何故か重りから解放されたように身体が軽くなった。


『そりゃ、兄弟。俺とお前は半分に分かれた存在だ。旅人になる時に分かれたあの時から、現実世界はお前で、精神世界は俺と言う契約になっている。現実世界への介入には、お前の承認が無ければ介入できない。だから、仕方がなくホログラム体になって会いに来た。ただ、それだけのことさ、兄弟。まぁ、ホログラム状態なのは、まだ此方側に承認なしで出れる状態が確定してないだけだ。それにしても相変わらず後手に回ってる様だな、兄弟』


「お前なぁ、こっちだって好きで後手に回っている訳じゃない。それよりもだ、あの大戦からお前の気配が消えたと思ったが、どうやら生きていたようだな。なんで報告しなかった」


『そりゃ、兄弟。お前さんが死にかけたせいで、お前さんが背負っていた『半分の力』を制御するのに必死だったからさ。瀕死の重傷の中でお前さんが担当していた力が此方側に流れてきて、狂いの力を全て背負うことになった。その結果、いつもよりも深い精神世界へ落ち、お前さんの魂と肉体への負荷を下げる必要があった。あの不意打ち攻撃には、本当に困ったものだ。兄弟、お前さんが力の暴走が起こらず、あの大戦から生還できた理由ってわけだ。力の影響を受けなかったのは、そう言う事だ』


 何が楽しいのかニヤニヤと笑いながら言う。確かに、あの日から本来いるべき此奴の気配を感じなくなった。だが、それは眠っているからだろうと思っていたが、何やら違うような気がする。此奴が目の前に現れたと同時に、何故か体が軽くなった。何が起こったのか分からないまま、確認することにした。


「なるほど、そう言う事だったのか。だから、嬢ちゃんは身体の調整に時間がかかっていたわけだな。お前が現れたと同時に体が軽くなったのだが、これは何か理由がるのだろう。まぁ、それについて聞く前に、今までどこにいた。精神世界の深い場所と言っても、すぐに会えただろう」


『ハッハッハッハ、どこに居たかだと? さっきも言った通り、ずっとお前の中にいたさ。ただ、通行禁止状態のせいで会えなかっただけだ。まぁ、ずっとお前の中にいたからと言っても、別に眠っていたわけではない。俺とお前で分け与えていた『狂いの神から供給されている力』が、俺の方へ全部引き受け、調整方法や利用方法を学んでいただけさ。まぁ、制御方法なんかは嬢ちゃんに頼んで教わったがな』


「なるほど、瀕死状態から復活するまで――いや、今までと言うべきだな。お前さんの力を感じ取れなかったのは、そう言う事だったわけか。通りで狂いの力が今までより少なかったわけだ。嬢ちゃんに聞いた時は『少し制限をかけただけよ』とか言っていたが、そう言うわけだったか」


『あの嬢ちゃん、そんなこと言ってたのかよ。全く、親父を――いや、止めておこう。これは、俺たちと嬢ちゃんの秘密だったな。まぁ、取りあえずだ兄弟。狂いの力について、面白い方法を見つけた。これについては、実戦で試したい。是非とも、楽しもうじゃないか』


 此方に向ってくる気配に気が付いてか、ニヤニヤと笑いながら後ろへと振り返る。どうやら此奴の計画も理解しているようだ。まぁ、ずっと俺の中でならば、理解していて当然だった事を思い出す。今まで出てこれなかった理由なども聞かなければならないのだが、現在進行形で対応に追われている事を思い出し、本当は嫌なのだが頭を掻きながらも告げる。


「さて、すまないが『白兎はくと』力を貸してもらうぞ。現在、この世界で起きている問題について手伝ってもらいたいが、その前に今回の問題を先に片づけたい。今回の事件については、俺の中にいたのなら知っているだろうから、かいつまんで説明する。犯人は現在、人質を取り此方へと向かって逃走中。犯人はゴーレム――いや、この場合は人造人間と言うべきか。まぁ、どちらにしても人間の心臓と魂を元に動いているのは変わらんか。二十年間も稼働していたと推測しており、下手な対応をすれば簡単に壊れてしまうだろうな。故に、魂を破壊せずに犯人を捕まえたい。協力してくれ」


『ほぉ、俺の力が必要と。それも相手はゴーレムと来たか。いやはや、運命を感じるな。俺たちが大量殺戮者として有名になる切っ掛けもゴーレム。そして、今回の事件もゴーレムと来たか。お前は――いや、俺たちはどうやらゴーレム関連に愛されている様だな。ハッハッハッハッハ、いいねぇ、いいねぇ、いいねぇ!! 手を貸してやるよ、兄弟。俺の力が必要と言うのなら、それは正しく対応しなくちゃならねぇ。慎重かつ繊細な作業ってやつだ』


 楽しそうに笑いながら言うと、そのまま白兎はその場から光の粒子となって消え去った。どうやら此方の世界への干渉限界が来たらしく、何となくではあるが俺の中に戻ったような感じがした。元々は一つの存在だったのだが、旅人になる際に『魂が分割』され白兎は生まれてしまった。本来なら互いを嫌い、自分自身こそが本物であると争うことになるのだが、旅人となる事で同じ存在である事を受入れた。その結果、こうして互いを受入れて居られるわけである。


「旅人になるには資格がいる。それに耐えられるかは別である、か。隊長も同じ経験をしているとは言え、アレは本当の地獄だったな」


(あぁ、あの隊長の言葉か。いやぁ、確かにアレは地獄だったなぁ。狂っている奴は正常の精神に戻され、地獄と呼べる光景を追体験され続けながら、正常の意志を保ち続ける。どんな人間でもそれには耐えられず、廃人になるってのによく耐えたもんだよな。兄弟)


 旅人の資格を思い出していると、行き成り脳内に白兎の声が聞こえた。よく考えれば、今までこの様な事が無かったので、行き成り話しかけられてビックリと身体を硬直させてしまった。だが、すぐに白兎であると分かり、怒りが込み上げそうになるが抑えながら心を落ち着かせる。今思えば、現在の白兎は精神体であり、脳内でも会話は可能である事を思い出して溜め息をついてから呟いた。


「はぁ、まったく!! 勝手に脳内で話しかけるな、相棒。これから戦闘になるんだ、少し集中させろ。ただでさえ、メッチャ慎重に捕縛しなきゃいけないんだ。一度でも手元が狂えば全てがオジャンになるんだぞ」


(ハッハッハッハ、それは申し訳ないな。しかし、久しぶりの共同作業になるわけだ。思考はこっちに任せて、お前は戦闘に集中すれば良いだろう。それに、俺とお前が揃えば全て上手く行く。あの隊長と同じように、表と裏で共同で戦うアレを思い出せばいい。実に楽しめそうじゃねぇか。殺しはせずに、確実に捕まえれば良いんだろ。俺らの専売特許じゃねぇか)


 楽しそうに笑う白兎に頭を抱えながらも、無月隊長の戦闘方法を思い出す。確かに、隊長も裏の存在と共に戦闘をしている所は見たことがある。息の合った連携で何度も追い詰められ、そのまま敗北すると言う事が多かった。特に、隊長と裏隊長は戦闘スタイルが違う為、対処の仕様が難しいのだ。それも、常に戦闘方法がランダムに変わることもあり、どんな手を使おうとも追い詰められて敗けてしまう。


「俺にも、あんな戦闘が出来るのだろうか」


(何を弱音を吐いているんだ、兄弟。隊長が出来て、俺たちが出来ない理由はない。全ては、息を合わせれば良いだけの話さ)


「それが出来れば、苦労しないだろうが。っと、どうやら犯人が到着したようだ」


 竜仙が此方へと近づいて来ているのを察知し、白兎との会話を一時中断した。どうやら隠れる時間は取れなかったようだ。徐々に此方へとトーチャの気配を感じ取り、そして――


「――――!!」


 声なき雄たけびを上げるトーチャが上空から落下し、門の前に着地すると此方を見つけ睨みつけている。眼は赤く血走っており、皮膚は黒ずんでいる。優しく人懐っこい姿は無く、怒りに満ちた表情をいしている。まるで、この世すべてを恨むような憎しみに満ちた表情をしている。左手はだらりと垂らしながら、右腕で気絶しているオルディアさんを抱えている。


「獣落ち、と言えば良いのか。ホムンクルスとでも言うべきか。どちらにしても、罪人よ。これより、貴様に相応しき罰を与える。覚悟は出来ているな」


「旦那、もう此奴には理性がない。いや、性格には理性のスイッチがオフ状態だ。確実に、意識を奪い取らなければ、元のトーチャに戻らん」


「――――」


 声なき叫びをあげながらも、オルディアさんを離す気配はない。まるで、いつでも人質を殺せるとでも言いたいようだ。だが、それも無意味である事を知らないようである。我が部隊の中で、唯一百以上の顔を持つと呼ばれる剣の師匠がいる。その者は『人』ではない。


「九条、いつまで寝たふりをしているつもりだ。こっちへ戻って来い」


 俺の呼びかけに対し、無言である。まさかと思い、ジッとオルディアさんを見ると――


「zzzZZZ」


「「寝るな!! 起きろ、九条」」


「ふぁ!? あぁ、若旦那かぁ。おはよぉ」


 オルディアさんの口から発せられる『若い青年の声』に、理性が飛んでいるトーチャが何故か驚いている。対象が女性ではなく男性の声を出しただけで驚くのは仕方がない事だが、その隙をついて、オルディアさんに化けた九条はドロリと液体状――もとい、スライム状態になると、その場から撤退して俺の隣にやって来て元の姿へと戻った。銀髪に気怠そうな表情をしており、童顔のわりにどこか落ち着いた雰囲気を出す青年の姿である。淡い藍色の瞳で此方を見て、何故かニヤニヤと笑いながら、頭を掻きながら弁明をするのだった。


「いやぁ、めっちゃ退屈で眠むっちゃったみたいですわ。面目ないですわ、若旦那」

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