2話 シーボルト家
【2021/12/16 一部修正】
誤:ベアーハグ 訂正:ベアハッグ
冒険者ギルドを出て、カーディスさんの案内でシーボルト家の邸宅に到着した。やはりと言うべきか、西洋風の大きな屋敷なのだが、邸宅の周りにはレンガで造られたで三メートル以上ある壁で覆われている。所々ではあるが老朽化している箇所もあり、この土地に長い年月大切にされていたのだと思った。その理由として、老朽化している箇所を補強する様にセメントのようなモノで塗れるている。眼で観ても分かるくらい色が汚れており、最近補強されたモノではないと分かる。正門は鉄製の観音開きタイプの扉で、カーディスさんが先に扉に着くと、扉を叩いて門番が来るのを待っている。
「立派な家だな。ディアラさんは、こんな立派な家に棲んでいたのか」
「はい、先々代から長い年月を経て受け継がれている屋敷なんです。ゲーディオと言う街に住む貴族の中で、シーボルト家は二番目に長い一族なんですよ。一番は街の名前にもなっている『ゲーディオ家』です。ただ、とある事件が原因で衰退化してしまいましたが」
冒険者ギルドを出る時――と言うよりも、初めて会った時からずっと大事そうに抱きしめている『クマのぬいぐるみ』で口を隠しなら此方へと顔を向ける。俺の右隣にいるのだが、言い辛い事なのか『衰退化』と言う言葉を発する時に強くぬいぐるみの胴体を抱きしめた。これが俗に言うベアハッグと言うモノだと思いながら、衰退した理由について問おうと思った。だが、此処では話したくないのか俯いてしまった。これについては、ディアラさんの屋敷で聞くことにしよう。ゲーディオ家の衰退と、何が理由でディアラさんは命を狙われているのか。
(確認することは他にもある。この街の周辺に生息する魔物の生態の確認。此方へと向かっていると言う欠片の気配。これから忙しくなるからこそ、今後の行動方針も決めなくてはならない。ディアラさんの護衛はミーアに任せるとして、竜仙はどう行動してもらうか。それに、行動するとしても街の地図が必要だ。街での戦闘があった際に、すぐに味方部隊との合流。対策を考えるとしても、忙しくなる)
これから多忙となる事が確定している為、今のうちに考えられる方針を幾つか決めて行く。そんな俺の考えを理解してか、ディアラさんの隣でミーアが周囲を警戒し、その後ろでは竜仙が金棒を肩に乗せて歩いている。屋敷の方から此方へ向けて視線を感じるが、俺らよりもディアラさんへと向けられているように感じた。ミーアはそう言った視線には敏感で、何かあればすぐに対応出来るように背中に背負っているガンブレードのグリップを掴んでいる。
「ディアラ様、ご無事で本当に良かった。奥様が、ディアラ様をお待ちですよ。ところで、カーディス様。此方のお方々はどちら様でしょうか」
「彼らはディアラ様を救って頂いた御方たちだ。失礼のない様に頼みますよ」
「そうだったんですね!! 皆様、ディアラ様を救い、屋敷まで護衛して頂きありがとうございます。私は『トーチャ』と言います。どうぞ、皆様もお入りください」
扉が開くと腰に剣を提げた若い門番が、笑顔で感謝の言葉を告げた。とても明るい性格の十代くらいの青年で、元気が取り柄と言えば分かってもらえるだろう。今までの経験上ではあるが、こう言った青年は『ドジっ子』か『天然』と言う属性が付与されている事がある。今まで旅して来た世界で、結構な確率でその法則にぶち当たった。この青年がその法則に当てはまらない事を祈りながら屋敷の敷地内へ入る。
屋敷の中に入ると、メイドや庭師などの使用人が玄関前で立っていた。そして、その中央にはきれいな緑色のドレスを着た青い髪の女性が立っている。エメラルドグリーンの瞳で、どこかディアラさんに似た雰囲気である。見た目は三十代くらいで、口元を両手で押さえながら涙を流している。ただ睡眠が十分に取れていないのか、髪の毛は少しボサボサになっており、眼の下にクマが出来ていた。そして、ディアラさんも目を潤ませながら、その女性の元へと走り出す。女性は両腕を広げ、ディアラさんを抱きしめて何度も『ディアラ』と呼び、ディアラさんは女性の事を『母さん』と呼んで泣き続けた。
互いに抱きしめ合う姿を見て、何となく懐かしい気分になる。母と子の感動の再会は、アニメやドラマのようなフィクションでは観たことはある。だが、ノンフィクションでこの様な場面に遭遇したことは一度もなかった。まぁ、それは旅人になる前の事であり、旅人として働くようになってからは何度も遭遇している。
「無事に母親と会えたようだな。旦那、これで――ん、どうした旦那」
右隣から竜仙の声が聞こえるのだが、目の前の光景を観てか、旅人になる前の事を思い出した。旅人になる前の幼少期の頃、いつも良い事があると母が優しく俺を抱きしめて頭を撫でてくれた。父もまた俺の頭を撫でながら微笑みを向けてくれた。両親との想い出は、今も心の中に残っている。百を超えた長い年月を経ても忘れられない。
旅人としての素質がある者は、旅人となる運命を選ぶ事が出来る。旅人になると言う事は、生まれ育った世界から離れる事を意味し、その世界の定める輪廻転生の環から離れ、もう二度と両親と出会うことはない。その運命を選んだのは俺自身であり、その事に後悔はない。だから、こう言った光景を観ると、どうしてもその頃を思い出して懐かしくなる。
「あぁ、気にするな。昔の事を思い出していただけだ」
「昔、か。旅人の世界の住人ではない者が旅人になると、二度と家族とは逢えないからな。なるほど、生みの親――いや、旅人になる前の両親の事を思い出したか」
「まぁ、そんなところだ」
ディアラさん達の光景を観ながら、懐かしい気持ちを抑える。今は仕事に集中しなくてはならない。ディアラさんの問題と欠片の問題。今抱えている問題全てを解決するまでは、懐かしい記憶に浸るのは止めて気持ちを切り替えた。気持ちを切り替えた後、左隣で号泣しているカーディスさんに「彼方の奥方は」と質問すると、涙を拭いながら「オルディア・チェイル・ゲーディオ様でございます。ディアラ様の母親で御座います」と告げ、新しいハンカチを取り出してた。俺が知る限り、これでハンカチは十枚目である。カーディスさんのポケットは収納袋と同じなのかもしれないと本気で思いながら、感動の再会中であるオールディアさんの方へと歩き出す。
「あぁ、その、なんだ。感動の再会の中で申し訳ないのだが、ディアラさんは命を狙われている。立ち話は危険ですので、出来れば屋敷の中で続きを――。っと、そう言えば自己紹介が遅れた。私はイスズ・ミココロと言う。此方の狐族の子は私の妻『ミーア・チェルト』で、こっちの鬼神族は『リューセン』と言う。私どもは、ディアラさんを保護し、此処まで護衛した者です」
「これはご丁寧に、私は『オルディア・チェイル・ゲーディオ』と言います。ディアラの母であり、亡き夫に代わりシーボルト家の現当主をしております。貴方様――いえ、旅人様。娘を助けて頂きありがとうございます。どうぞ、私の屋敷の中へ」
オルディアさんは、ディアラさん達を連れて屋敷の中へと入って行く。その後を追う様に俺たちも屋敷の中へと入り、カーディスさんの案内で応接室へと向かう。メイドたちの働く姿を見つつ、屋敷内で得られる情報を取得していく。家具の配置場所、玄関から応接室までの道のりと部屋の数、死角となる場所、この屋敷で働くメイドの数など、得られる情報を確認する。
「旦那、キョロキョロと観ているがどうした。後でカーディス殿に頼んで屋敷の間取り図を借りる予定だが、何か気になる事でもあったのか」
「いや、暗殺者ならどこに隠れ、屋敷内を移動し標的を狙うのか。そう言ったことを考えていてな、暗殺者や狙撃手などを確実に捕縛したい。ディアラさんを護る上で、必要最低限の警備装置の設置場所を確認してるんだ。メイド達の数の確認もその一つだ」
「なるほど、メイドに紛れ込み標的の暗殺があるからですね。イスズ様やリューちゃんがいるから問題はないと思うけど、今後の事も考えると確かに監視装置とかは必要だね」
この屋敷を第二、第三のシャトゥルートゥ集落にするつもりなのだろうか。ただ単に、冒険者などを用いて警備強化を考えていたのだが、何故か竜仙たちは魔改造の方向性にシフトしている気がする。正直に言おう、何故か嫌な予感がするのだ。部隊を呼び寄せ、改築を始める手はずまで整えているのではないだろうか。
「お前達、絶対に問題を起こすなよ。絶対に、絶対にだぞ」
「「大丈夫だ」よ」
不敵の笑みを浮かべながら言う二人に、絶対にやると想像できてしまった。最近分かったのだが、ミーアは竜仙たちの影響を受けている。俺の部隊たちと関わってから、ミーアも竜仙と同様に手加減を忘れている淵がある。もう一つ問題な点がある。それは、何故か妥協を許さないと言うところだ。それこそ魔道具大量生産を行なったミッシェル集落の件がそうだったように、我々が手を貸す場合は集落の発展速度がおかしくなる。だからこそ、此処は慎重に行動せねばならない。竜仙たちの事だから問題は起きないと信じたいのだが、この笑みを観てしまい一気に不安になる。
「はぁ、分かった。だが、これだけは言わせてくれ。手加減だけは、絶対にしろよ」
「任せてくれ、儂と嬢ちゃんの手で『確実に』犯人を見つけ出し、捕獲して見せる」
「うん、まずは防犯カメラと防犯装置だね。魔力感知とか、屋敷内に転移装置の設置などいろいろと出来そうだよね」
もう、不安でしかない。何が起こるのか分からないが、問題だけは起こさないで欲しい。そんな事を思いながら、何事もなく応接室に到着した。部屋の中へと入ると、数名のメイドが紅茶の準備を用意していた。俺たちはそのまま椅子に座ると、メイドの方々が紅茶を淹れてテーブルの上に置いた。ディアラさんとミーアが紅茶を飲むのを見て、オルディアさんと話が始まる。
「イスズ様、リューセン様、ミーア様。改めて、娘を救って頂きありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでです。それに、まだディアラさんが狙われているのは変わりません。出来れば、その件について話を聞きたいですが宜しいでしょうか」
「そうですね。まずは、ゲーディオ家について話さなければならないですね」
そう言うと、オールディアさんは語りだした。
「元々、この街はゲーディオ家が開拓し、一から造られた街なのです。最初は多くの困難がありましたが、私の一族の初代『フェドラス・ワイズ・ゲーディオ』が山を開拓し、広大な農地で作物を作り、多くの国や集落の貿易を行ない、一代にしてこの街を繁栄へと導いた偉業から街の名前を彼の名『ゲーディオ』と名付け、今日まで続いて行きました。ですが、その偉業を妬み、憎み、恨む者もおります。その者たちに命を狙われていた初代は、騎士団を率いていた初代シーボルト家の長男である『ドルチェラ・オグリア・シーボルト』に助けられました。その後、シーボルト家は『守護者』として、この街とゲーディオ家を護り、ゲーディオ家も街とシーボルト家へを護る関係となったのです」
「なるほど、ゲーディオ家とシーボルト家の関係は分かりました。偉業を成し得た者、貴族のような金持ちに対して恨みを抱く者はどの世界でもいます。そうなるとディアラさんはそう言った理不尽な恨みを持つ者たちに狙われている事になります。ただ、それならばお嬢さんだけではなく、オルディアさんも命を狙われているはずだ。ですが、リューセンの弟子である『ジュライ・コーディット』がお嬢さんだけを転移させる理由にはならないです。つまり、それ以外の事で命を狙われていると言う事になります」
「はい、その通りです。私の娘は、私の祖父を殺した者を目撃したのです。祖父は私の父の代わりに、この街の政をやっていただいておりました。私の父は、娘が生まれる前日の夜に何者かに毒殺され、ゲーディオ家は私一人となってしまったのです。そんな中、娘の誕生日を祝うために祖父が私達を屋敷へ招待してくれました。その際、祖父は『プレゼントを渡す』と言って、ディアラと共に祖父の仕事部屋に居りました。その時、娘の目の前で祖父は、暗殺者に首を斬られ殺されたのです」
オルディアさんの声が震える。辛い事を思い出させてしまうのだが、娘のためにと祖父が殺された時の事を話してくれている。隣で座るディアラさんもクマの人形を強く抱きしめながら、涙をこらえているようだ。目の前で祖父を殺されたショックは計り知れないが、それ以上に命を狙われている事への恐怖心もあるだろう。そんな事を思いながらも、オルディアさんの話を聞く。
「その時、娘の悲鳴を聞きつけ、広間に居た近衛兵が駆け付けたおかげで、娘は殺されずに済みました。シーボルト家の近衛兵は皆、スピードスキルを持っており、瞬時に主の元へと駆けつける事が出来ます。ただ、駆けつけた時には暗殺者は逃げており、捕まえることはできませんでした。娘は怪我を負うことはなかったのですが、大好きだった祖父が目の前で殺されたことで、心の方の怪我を負ってしまいました。この子が抱きしめている人形は、祖父の最後の誕生日プレゼントなのです」
「なるほど、そう言った理由があったのですね。辛い事を思い出させてしまい、申し訳ございません。殺人現場に犯人を目撃しているのならば、確かに命を狙われる理由になりますね」
「えぇ、今もなお狙われているのは確かです。娘が屋敷から消える前日の朝、ジュライ様が私の元に来て、暗殺計画なる書類を見つけたと報告がありました。そして、その日の夜に娘は転送魔法で安全な場所へ送られ、犯人は逮捕しました。ただ、逮捕と同時に口に含んでいた毒薬で亡くなりました」
「なるほど、その様な事があったのですね。暗殺者を雇うとは、犯人は相当な金持ちか、権力を持っている可能性がありますね。まぁ、詳しい話は追々としましょう。今後の行動方針もある程度決まりました」
クマの人形を大切に抱きしめていた理由と、命を狙われている理由が分かり納得した。つまり、犯人の素顔を見られたために口封じで殺そうとしていると言うことになる。それならば、竜仙に頼んで似顔絵を描いてもらおう。似顔絵辺りなら竜仙が上手く書いてくれるはずだ。ただ、ディアラさんが犯人の顔をちゃんと憶えているかなのだが、そこは竜仙の持つ『対象の過去を観る事の出来る鏡』を使えば一瞬で分かる。そもそも、それを使えば良いのではないかと思うのだが、アレを使用する場合は上への許可が必要なのである。一々上に許可申請を出すのも面倒である。
「竜仙、ディアラさんが観た犯人の人相書きを頼む。後、今回のディアラさんの警護について、シャトゥルートゥ集落の資材を使用を許可する。ただ、あくまでやりすぎるな。俺らの常識は、この世界では非常識を通り越してオーパーツレベルだ。とにかく、やりすぎるな。後、実際に取り掛かるのはオルディアさんへの許可を得てから行なう。それまでは、絶対に行動はするな」
「了解した。犯人の人相書きについては、任せてくれ」
「イスズ様、私はどうすれば良いですか。出来れば、ディアラちゃんに付き添いたいのですが宜しいでしょうか」
ミーアはディアラさんと仲良くなったからか、命を狙われていると聞いて心配なのだろう。だからこそ、ミーアにも護衛としての仕事はしてもらう。
「勿論、ミーアにはディアラさんの付き添いを頼む予定だった。特に、ディアラさんのメンタルケアの対応を頼みたいんだ。犯人の人相書きで、思い出したくない事を思い出してしまうからな。ディアラさんの警護も含めて頼むぞ」
「分かりました。ディアラちゃんの護衛はお任せください」
やる気に満ちた表情で此方を見るミーアに、苦笑しながらも頭を撫でる。旅人だった頃は人間だったが、今は狐族の姿なのでどの様な気持ちなのか良く分かる。頭を撫でられていると、嬉しいらしく尻尾を左右に振っている。
「やる気になったようで良かった。竜仙、人相書きに鏡が必要になる場合、隊長に申請を出さなければならない。必要となれば、すぐにでも俺に報告してくれ。流石に、鏡の使用依頼を事前に出すことは出来ない。必要となる正当な理由が必要だからな。人相書きを終えた後は、ミーアと共にディアラさんの護衛を頼む。俺は、此方に向っている欠片の調査を行なう」
「承知した。ディアラさん、申し訳ないがミーアと共に君の部屋に案内してもらえないか。其方で人相書きを行なった方が、精神的にも少しは安心するだろう。オルディアさん、申し訳ないが、我々は此処で失礼する。旦那、連絡はいつもの端末で行なう認識で良いか」
「あぁ、それで構わない。俺の方も何かあればすぐに連絡をする」
そう告げると、ディアラさんは「お母さん、部屋に戻るね」と告げ、ミーアたちを連れて応接室を出て行った。突然の事で、オルディアさんたちは状況に追いつけていないようだ。だが、此方もいろいろと立て込んでいるので、行動すべき事はすぐに行なってもらう。
「さて、オルディアさん。此処からは、この街に関する話をするとしましょう。現在、この街に置かれている危機的状況についてですが――」
俺はそのままこの街に向っている欠片の事について説明した。その為、屋敷の警備強化などの提案などを行なう。実際に、屋敷に入った際に死角となる個所に罠を設置するなど考えており、屋敷の主であるオルディアさんに許可をもらう必要があった。娘の命に係わる事なので当然のことだが、二つ返事で了承を得る事が出来た。その為、警備装置等の配置について、この屋敷の間取り図を預かることになった。竜仙たちが配置する装置と配置ヶ所を確認し、オルディアさんへの設置個所の確認と承認。そして、設置時の動作確認の立ち合いなどを頼む必要がある。
「では、取り付けと動作確認などの立ち合いをお願いします。此方としては、その後の扱い方法についても説明したいと思います。我々としても、オルディアさんたちへのプライベートを護る事も踏まえ、設置個所については細心の注意を払って行ないますので」
「ありがとうございます。私たちの為とは言え、そこまで行なって貰えるとは思いもしませんでした。旅人様としての仕事が御座いますのに、我々の護衛までも」
「良いんですよ。我々の為に部屋まで用意して下さったのですから。何だかんだで、我々旅人の仕事は極秘任務が主です。世界の終焉までを見守り、定められた終焉とは違うシナリオになり、それによって世界の終焉が速まるのであれば、我々はそのシナリオを潰す。それが、誰かの幸福に繋がるモノだったとしても。本当に辛い仕事ですが、正しき終焉を迎えるためならば、心を鬼にしてもその運命を断ち切る。それが、旅人の仕事ですので」
テーブルの上に置かれたティーカップを手に取り、紅茶に写る自分の顔を観る。悲しそうな眼で此方の見つめる俺が映り、苦笑しながらも紅茶を飲み干す。そろそろ竜仙たちが犯人の人相書きを終えている頃だと思い、話を此処で区切ることにした。
「あぁ、そうでした。ディアラさんの件ですが、護衛と言う事でミーアをディアラさんの部屋に泊めてもらいたいのです。ミーアも私と同じ旅人であり、ディアラさんとは保護した後からも仲が良かったので話し相手にもなると思います。ディアラさんに今必要なのは、友達と一緒に楽しい思い出を作ることだと思いますので、宜しければ許可を頂けませんでしょうか」
「それは、私としても大歓迎です。ディアラはあの事件以来、部屋に引きこもって私以外とは誰とも話せない状態でした。そうですか、ディアラにお友達が出来るなんて、母親としてもとても喜ばしい事です。ミーア様の件、承知いたしました。我が家の執事とメイドたちに、その旨を伝えておきます。他に、ご要望は御座いますか」
「いえ、それ以外は特に有りません。私は別件で離れることもございますが、その時は我が右腕である竜仙が居りますので、オルディアさんは安心して頂ければと。さて、そろそろ私の部下の元に戻るとします。長々と話してしまっては、オルディアさんのお仕事に支障をきたしますので」
「いえいえ、その様な事はありません。仕事と言っても、早急な事案はすでに終わらせておりますので、お気になさらず。私としては、伝説として語り継がれております旅人様と、こうしてお話が出来るなんて夢にも思いませんでした。死んだ夫に、自慢話が増えて嬉しい限りです。ではそろそろ、イスズ様のお部屋の準備が出来たと思いますので、メイドたちに案内させましょう」
そう告げると、一人のメイドが俺の傍にやって来て「ご案内いたします」と言う。ポニーテールに編まれた黒髪に焦げ茶色の瞳のメイドさんなのだが、どこからどう見ても『男』だ。立派な筋肉でメイド服がピチピチで、執事服ではなく何故メイド服を着ているのかと言う疑問である。
「オルディアさん、ありがとうございました。では、失礼します」
オルディアさんに感謝の言葉を伝え終え、その場で立ち上がりメイドさんと共に応接室を出る。しばらく歩いていると、部屋の前で数名のメイドが待っていた。
「彼方が、イスズ様、リューセン様がお泊りになられるお部屋となります。何か御用が御座いましたら、部屋に備え付けられております呼び鈴を鳴らして下さい。我々が、すぐに伺いに参ります」
「あぁ、ありがとう」
メイドたちが部屋のドアを開けてくれたので、そのまま部屋の中へと入る。部屋の中は中々に広く、会議室として利用できるスペースもしっかりあった。窓の外には庭園が広がっており、庭職人の方々が庭園の整備をしている光景が見える。部屋の中にはベットが二つ置いてあった。
「さて、準備をするか」
竜仙たちが戻ってくるまでの間、作戦会議が出来るように収納指輪からホワイトボードなどを設置していく。いろいろと準備を進めている中、竜仙たちが戻って来た。勿論、ディアラさんも一緒にだ。着いたばかりで疲れていると思い、人相書きなのどの本格的な調査については明日からにすることを伝えた。竜仙とミーアは賛成だったらしく、このまま会議を行なわず解散となった。その後、会議を行なう準備と、明日の行動予定を竜仙と軽い打ち合わせをして、今日は終わるのであった。




