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断罪の旅人  作者: 玖月 瑠羽
三章 鬼の角にも福来る?
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11話 父と息子、そして――

どうも、皆さま。

最近、仕事が忙しくなりすぎて頭が回らない私です。

皆さま、お元気でしょうか。

私は元気です。

はい、仕事が忙しくて頭の処理がオーバーヒートしてますが、元気です。


本当なら1月に上げたかったんですが、駄目でした。

あぁ、本当に情けないです。ハハハ(;;


さて、長話もこの辺で。

次話で会いましょう ノシ

 儂は金棒を握りながらローシェンたちより前に立ち、蟻型の女王虫とベルドロアに寄生された蜘蛛型の女王虫を睨みつける。この状態で、目的であった二匹の女王虫が目の前にいる。どう考えても、戦闘は避けられない。金棒を右肩に担ぎ、後ろへ顔を向ければローシェンたちも武器を構え直し、二匹の女王虫との戦闘態勢を整えている。緊張からか、三人とも手元が震えているのが解かる。確かに女王虫二体との戦闘は、彼ら三人にとっては初めての経験だ。それ故に、緊張するのも良く分かる。

 そして、正直に言えば、此処で二体同時の戦闘は避けたかった。だが、この状況になってしまったら、もう避けることはできない。どう考えても、この二体を同時に戦闘するにはこの地形は不利である。確かに大広間ではあるが、部屋の壁際に五本ずつ柱が立っており、分断する間仕切りには役に立たない。つまり、乱戦は避けられない。一体は結界を張って閉じ込め、残り一体を総動員で倒すのが良いのだが、どちらかを残して戦うのは何か嫌な予感がするのだ。それ故に考えられるのは、儂が目の前にいる蟻型を担当し、蜘蛛の方はコリッシュに任せるべきだろう。


「ローシェン、コリッシュ、ジュライ。お前たちはベルドロアが寄生した蜘蛛の女王虫を倒せ、儂はあの奥にいる蟻の女王虫を倒す」


 三人は声を合わせ「はい」と気合の入った返事と共に、儂の邪魔にならないよう右側の広い空間へと逃げる。それに気が付いてか、彼らの後を追う様に蜘蛛の女王虫はローシェンの後を追う様に歩き出した。予想ではあるが、あの女王虫を倒すには『あの短剣』が必要になるだろう。ローシェンと目が合い、すぐに右袖から一本の短剣を取り出し投げ渡した。これは、シャトゥルートゥ集落の鍛冶屋連中と協力して作った、強制的に『あの世』へと送る短剣である。ちなみに、一度っきりしか使えない『使い捨て』である。ローシェンがその短剣を杖の持っていない手で受け取ったのを確認してから、儂はローシェンたちに聞こえるように叫んだ。


「ローシェン、最後の止めはお前がさせ!! その短剣は、霊魂状態の敵をあの世へと強制的に送ることの出来るものだ!! この意味、お前なら分かるな」


 短剣を受け取ったローシェンは黙って頷くと、儂から距離を取るべく右端の広場へと走る。ローシェンたちとベルドロアが行ったことを確認してから、奥の方でジッと儂を睨みつけている蟻の女王虫の元へと歩き始める。敵として認識しているのだろう。ギシギシと腕を動かしながら威嚇行動をとっている。


「やはり、自我は失っていても息子の事だけは覚えているか。悪霊と化し、幾多の存在に憑りついていた結果が、あのような姿とは、なんとも憐れだな。終わらせられるのは、儂ではなくローシェンが行なうべきだろう。一族の罪を背負い、その手で終わらせたいと願うローシェンの意思を尊重すべきと思うが、お主はどう思う女王虫ジャイアントクイーンアント」


 儂はそのまま蟻の女王虫へと向かいながら、三人が無事生きて儂の元に戻ってくることを願う。まぁ、儂が育てた二人がいるのだからローシェンは問題ないだろう。後は、あの短剣で親であるベルドロアを殺す事が出来るか。ただ、それだけが心配である。

 


     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆


― side ローシェン ―


 僕たちはリューセン様から距離を取り、親父を此方に引き付ける。引き付けている途中でリューセン様から受け取った短剣を腰に差し、あの言葉を思い出す。


(何をすべきなのか。この短剣で親父を突き刺せば、強制的にあの世へ送れる? つまり、魂を壊さずに、あの世へ送る? 魂を破壊することで、何か拙い事でもあるのだろうか。う~ん、分からないが、リューセン様が言うんだから何かしらの理由があるはず。なら、リューセン様を信じるしかないか)


 リューセン様の意図が何なのか分からないが、僕はすぐに思考を切り替え、親父が寄生している魔物を見る。見た目からして巨大な蜘蛛なのだが、毛むくじゃらで複数の赤い瞳が此方を見つめている。口元には目と同じ真っ赤な牙が生えており、カチカチと音を鳴らしながら近づいてくる。その見た目からある一匹の魔物を思い出し、その魔物の情報を思い出す。


(巨大な蜘蛛型の魔物。見た目は普通の毛むくじゃらの蜘蛛だけど、アレは間違いなく『クイーンアシッドスパイダー』だ。確か、酸性の毒液と糸を出す魔物だった気がする。出来れば出会いたくない魔物なんだが、どうやって倒すべきか。僕が魔法での攻撃で口元を破壊して、あの毒液を放てないようにしてからが勝負なんだろうけど。あの寄生している親父が何をするかが問題だ。あの親父だから、自我が無くても魔法による何かしらの行動をとるはず)


 親父の行動はある程度分かっているが、観た限り自我を完全に失っている。だが、自我を失っていようと、魔術師であるのには変わりない。無意識に防御魔法や回復魔法をかけてもおかしくはない。攻撃魔法を放つ可能性だってあり得る中で、如何にしてこの三人で打倒すのか。対処方法は流石に現状思いつかないが、やらなければやられるだけだ。どう行動するか、ある程度ではあるが考えがまとまった。


「ジュライ、コリッシュ!! ここで戦闘を行なう!! リューセン様も結界を張ったようだし、此処からは僕たち三人だけで何とかするしかない」


「その様ですね。では、我々は可能な限り、敵を追い詰めましょう。コリッシュさんは、右足の切断を、俺は左足を切断します。動けなくなったところをローシェンの火炎魔法で口の破壊。これが定石でしょう。コリッシュさん、分かりましたね」


「りょーかーい。右足を全部切断するのは分かった。最後は師匠の指示通り、最後の一撃はローシェンが刺してね。私たちは確実に身動きが取れないように破壊するから、ちゃんと仕留めるんだよ」


 コリッシュとジュライは僕へとそう告げると、親父が寄生している蜘蛛の女王虫へと走り出した。コリッシュは腰に差した双剣を抜き、ジュライは懐からサバイバルナイフを取り出す。コリッシュたちへの援護用の魔法陣を頭の中で描き、敵の攻撃するタイミングを計る。

 二人が近づく姿が見ていないのか、ジッと僕を見つめる親父とクイーンアシッドスパイダー。僕を恨んでいるのか、憎んでいるのか。だが、それでも親父がしたことは決して許される事ではない。これ以上、被害が増えるようなことはあってはならない。ただでさえ、今ミッシェル集落が被害を受けているのだ。それを食い止めるためにも、此処で仕留める。


「一本目、行くよぉ」


 コリッシュは一本目の前足に近づき、そのまま尻尾の方へと走りながら斬撃を入れる。斬られた個所から緑色の液体が飛び出るが、悲鳴を上げることなく斬られた足を振り上げた。緑色の血が地面にかかると、ジュっと地面が解ける音と共に緑色の液体は消える。残ったのは、ぽっかりと空いた小さな穴だけである。


(やっぱり、あの血液も酸化)


 すぐにその血がコリッシュにかからないように、風魔法で血の流れを反らす。だが、さらにその血を広範囲にばら撒きたいのか、傷ついたその足をそのまま振り下ろした。その衝撃で地面が微かに揺れ、傷口から扇状に酸性の血液が飛び散る。その範囲内にいるコリッシュを守る為に、すぐに風魔法でコリッシュにかかるのを防ぐ。斬り裂いただけでは駄目なのだが、コリッシュは気にせず斬撃を続ける。


「なるほど、でしたらコレが最適ですね」


 それを見ていたジュライは、左前足と二本目の左足の関節に火魔法の「ファイヤーバレッド」を四発放つ。その一発一発の火炎弾と呼べるほどの大きさであり、その火炎弾が前足と二本目の脚の第一関節に当たる。その衝撃波が凄まじいせいか、関節がへし折れ吹き飛んだ。そして、へし折れた足はそのまま右前足の二本目にぶつかり、態勢が崩れ地面に倒れた。また、へし折られた個所は、熱で焼かれて傷口が塞がっているようで、酸の血は出ていない。


「やっぱり、熱で傷口を焼けば酸性の血は出ないか。なら、コリッシュに!! この距離だと当たるか分からないが、やるしかない!! ふぅ、『汝、焔に焼かれし罪人を裁く者。罪人を焼き焦がす焔を身に纏い、全ての罪を斬り裂く。あらゆる敵を焼き殺し、全ての罪人を裁かん!!』行け、 ギルティー・フレイム」


 手に持っている杖をコリッシュに向け、火属性のエンチャント魔法を唱える。すると、杖の先端から赤い小鳥の姿をしたオーブが現れ、そのままコリッシュに向って飛び立つ。赤い小鳥を敵と観たのか、クイーンアシッドスパイダーは体を起こし、赤い小鳥へと向けて緑色の酸を吐き、それを消し去ろうとする。当然だが、射線上に僕がいるが、すぐに右側へと回避した。僕が立っていた場所に緑色の酸がかかり、地面に穴が開いたが何とか回避できて安心した。

 そして、赤い小鳥もその攻撃を寸前のところで急速に上昇しながら後方へと円を描く様に旋回し、酸の攻撃を回避した。そのまま、急加速した勢いでコリッシュの元へと羽ばたく。その気配に気が付いたのか、三本目の脚の近くにいるコリッシュはバックステップ下かと思うと、すぐに此方へと振り返る。


「コリッシュ、そのエンチャントで敵を斬り裂け!!」


「了解だよ、ローシェン!!」


 コリッシュは双剣をクロスした状態で待機する。たった数秒でもその場に立ったままでいるのは危険なのだが、コリッシュはあえて防御の構えをした状態で待っている。僕の放った赤い小鳥は、そのままの勢いで双剣にぶつかろうとする。その瞬間、コリッシュはその場で軽くジャンプをした。足が地面か離れ、赤い小鳥のぶつかる衝撃を利用し後方へと吹き飛ぶ。


「ナイスアシストだよ、ローシェン!! いっくよー」


 尻尾の付近まで飛ばされたコリッシュは、無事に地面に着地するとすぐに駆けだす。ジュライは、左足の二本目から胴体に乗り、親父へ攻撃するのではなくそのまま尻尾の付け根まで駆ける。尻尾を切断すれば、糸を出す事が出来なくなる。酸の糸が出ないだけで、此方の有利性は高まる。


「これで、しばらくは大丈夫なはず。後ろの方は二人に任せて、僕はその口を破壊するのに専念するかな。流石に、酸を吐かれたら一溜まりもないからね」


 無詠唱で無数の火炎の球弾を召喚し、打ち抜くべき場所に狙いを定める。今の状況を考えても、親父がどんな行動をとるのか分からない。そんな中での戦闘だと言え、不測の事態だけは避けなくてはならない。どんな場面でも冷静な判断力が無ければ、生存する確率はガクッと下がってしまう。だから、今できることをやるだけだ。


「撃ち抜け、フレイムバレッド!!」


 無数の火炎の弾丸がクイーンアシッドスパイダーの牙に、切断されていない右前足の胴体の付け根に、その緑色の複眼にフレイムバレッドは放たれ、衝突とともにすさまじい爆発音が響く。連続で放たれるフレイムバレッドの衝突音が響く中、何やら重い重量のある何かが落ちる振動が地面を伝う。それと同時に、此方へと倒れ込むように向かって来るのを見て、すぐさま攻撃魔法を止め、飛空魔法であるグライドを展開し上空へと回避する。上空からちらっと見えたのだが、リューセン様が金棒で蟻の女王虫の足をへし折り、その足を掴み上げて槍投げのように投げているのが見えた。観た限り、リューセン様が優勢ではあるようだが、何やら苦虫を噛むような表情をしている。


(なるほど、アレがリューセン様の実力。いや、アレは本気なのかなすら怪しいけど。でも、何故苦虫を噛み潰したよう表情をしながら戦っているんだ? あの女王虫に何かあるのだろうか? どちらにしても、此方を早く片付けて援護に向かう必要があるか)


 すぐに意識をクイーンアシッドスパイダーの方へと戻す。胴体と尻尾が斬り裂かれたせいで、完全に二つに分かれてしまい体のバランスが崩れていた。前足は、僕が放ったフレイムバレッドで関節が少し砕けており、無理に立ち上がろうとすればへし折れるだろう。立ち上がろうとしてはいるが、やはりバランスが取り辛いせいか立ち上がれないである。


「クイーンアシッドスパイダーは、あともう少しで倒せそうだ。だが、親父の方は不気味だ。全く攻撃をして来る気配はないのもそうだけど、上半身だけしか見えない事も気になる。下半身は一体化しているのか? それに何故、裸なんだ? 親父くらいなら理性が無くても空気中の魔素を用いて、服くらい自動錬成できるはずだ。何か、魔法でも構築しているのか、何かしらアクションが無いのが不気味過ぎる」


 此処まで追い詰めているのに、全く動こうとしない親父。それがとても不気味でしょうがない。何かしら、強大な魔法を放つ準備をしている気配もなければ、ただボーっとしているだけなのだ。自我をクイーンアシッドスパイダーに「食われた」と言う可能性もあるだろうが、あの親父がそんなへまをするはずがない。どんな実験でも最悪の事態を想定して何重の予防線を張る奴が、そんな大きなミスをしでかすはずがない。


「考えていても仕方がない、か。コリッシュとジュライも攻撃を再開したようだし、僕もやるべきことをやり遂げよう」


 腰に差しているリューセン様から頂いた短剣に触れる。この短剣で止めを刺す事を理解はしているが、この短剣で突き刺すことが出来るのか不安である。刺す瞬間に何か行う可能性だってある。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、コリッシュとジュライが親父の元へと駆ける。取りあえず、あのまま立ち上がられるのは流石に拙いので、フレイムバレッドを足と胴体の付け根に向けて放つ。付け根に向って連続でぶつかることで、立ち上がることすら出来ない状態へと持って行く。


「これでどうだ!! ダブルパワースラッシュ」


 双剣で放つ二連続の斬撃を親父の背中へと放つ。ギルティー・フレイムの効果もあり、火属性の攻撃付きである。生身でその攻撃を受ければ、皮膚を裂かれる痛みと傷口を焼かれる激痛で叫び声を上げる。コリッシュの攻撃は双剣でも重いのだ、流石の親父でもその攻撃を受ければ、何かしらのアクションがあるはずなのだ。それで、自我が存在するのかを確認が出来る。

 そして、斬撃が確かに親父の背中に届いたのだが、金属の板に剣を叩きつけたような金属音が響く。動作をしなかった理由は、あの絶対的な防御への自信の表れだったようだ。確かに、普通の冒険者たちにとっては絶望的状況だろう。だが、そんな状況下をも打破する奴が此処にいる。


「うわ、硬い!? でも、硬いのならこうするまで」


 そう、コリッシュである。リューセン様の元で修業した彼女が、先ほどの攻撃で諦めるはずがない。それも、硬質化魔法を張っている親父に対して、斬撃が通らないからあきらめるなどあり得ない。何故なら、彼女のダブルパワースラッシュは、たった『一度』では終わらないからだ。彼女曰く「硬ければ、同じ場所を連続で斬り続ければ切断できる!! そう、同じところを斬り続ければ良いじゃない」と言う飛んでも理論で、魔法すら跳ね返すと言われる『ミスリルモンドゴーレム』を、あの双剣でコアごと真っ二つに切断したのだ。それも寸分の狂いもなく、同じ場所を超高速回転するノコギリのように立て回転で、だ。


「流石に、この防御力では攻撃が通りそうにないですね。仕方がない、コリッシュさんの援護をしましょう。付与魔法くらいなら!!」


「ジュライ、ありがと!! これなら、いつも以上の力で行ける……はず!! いっくぞぉ、でりゃぁぁぁぁああああああああああああ」


 叫び声と共に、コリッシュは高速で親父の背に向って斬撃を放つ。先ほどから徐々に攻撃速度が上がっているからか、斬撃を放つ度に聞こえる重質の金属音が鳴りやまない。さらに、ジュライはコリッシュへの援護魔法として付加魔法である「スピードアップ」をかけている。その結果、彼女の攻撃速度はさらに加速し、その斬撃は残像すら見えてしまうほどの速さである。そんな連続で放たれる斬撃にも関わらず、親父はジッと俺を見ているだけである。目に生気はなく、本当に自我があるのかすら怪しい。


(ジッと僕を見ているだけ。一体何を伝えたいんだ、親父)


 そんなことを考えていると、背後から何か気配を感じた。後ろを振り返りたいという気持ちをグッと抑え、コリッシュたちの方へと向かう。飛行魔法の利点は思う様に飛べる事や、地属性の攻撃が聞かないくらいだろう。背後から空気を裂く音が聞こえ、後ろを振り向くと、虚空に黒い六芒星の魔法陣が展開され、そこから銀色の巨大な鎌が出ていた。


(あのまま後ろを振り返っていたら、斬り裂かれていたな。本当に危なかった)


 すぐにコリッシュたちの方へと顔を戻すと、親父の背中から煙のようなものが出ていた。双剣のエンチャントによるものか、高速で同じ場所を斬り続けたことでの摩擦熱なのか分からないが、甲高い音から完全に生身を斬り音へと変わった。炎による焼け焦げた匂いと血しぶきが広がるが、その血しぶきはコリッシュに当たることはなかった。加速の加護のおかげか、斬り裂いたと同時にバックステップでその場から回避したようだ。まぁ、ジュライは血しぶきの方向に居なかったから、その場で目を見開きながら驚いていたが。


「親父とコリッシュの競り合いで、コリッシュが勝ったわけだが。何故、悲鳴すら上げないんだ? 斬り裂かれたのだから、悲鳴を上げるのが普通だ。通常ではありえないと思うけど、もしかして自我がもう無いのか? いや、まさか、肉体だけが存在するなんて、有り得るのか」


 コリッシュの斬撃が通り、完全に防御魔法は完全に砕けたようだ。ただ、斬られたはずなのに親父は悲鳴を上げることはなかった。ただ、無気力な表情で僕をジッと見つめているだけ。何故、先ほどの攻撃を受けても無反応なのか疑問はあるが、それでも僕がやるべきことはただ一つだけなのは変わりない。

 そのまま親父の元へと向かおうとした瞬間、それを阻止するかのように無数の魔法陣が僕を囲う様に出現する。背後で出現した鎌と同じ魔法陣だが、そこからは鎌歯出現しなかった。出て来たのは漆黒の球体であり、空中に漂いながらジッとその場で待機している。まるで此方が動くをの待っているかのような雰囲気を出しており、下手に動く事が出来ない状態になった。しかし、そんな状態を察知したジュライは何やら懐から一枚の札を取り出した。そして、その札を此方へと投げると漆黒の球体は、札へと向かって飛んでいく。その衝撃か、札はその場で止まり漆黒の球体が弾丸のように札へと降り注ぐ。そのおかげで逃げ道が確保でき、急いでジュライのいるクイーンアシッドスパイダーの頭部に降り立つ。


「ジュライ、助かったよ。流石にあの魔法陣は流石にきつかった」


「いえいえ、チームですからね。貴重な札ではありましたが、役立ってよかった。これ、魔力を一時的に吸収する札なのですが、販売されている魔術札よりも意外と頑丈なんですよね。そして、意外に知られていないですが、こんな使い方も出来ます!!」


 ジュライは指を鳴らすと、漆黒の球体から集中砲火を受けている札が光り出し、無数の光の槍が出現する。その光の槍全てが、空中に展開される無数の魔法陣に向かって突き刺ささり、そのまま槍の中へと魔法陣が吸収される。そして、そのまま光の粒子となって砕け散った。


「いやいや、何だよあの魔法!? 魔力吸収とか聞いたことはあるけど、そのまま砕け散るなんて、勿体なさすぎるでしょ!! あれだけの魔力があれば、応用出来たんじゃないか」


「いや、本来なら砕け散らないはずだったのですが。多分ですが、予想以上の魔力量に耐えられなかったんだと思いますよ。そうなると、さっさと止めを刺した方が良いですね。あんな高魔力で無数に展開できると言う事は、また同じ魔法陣を展開できることになりますから」


「あぁ、確かにそうだね。親父は僕よりも魔力保有量が一般人より大きいらしいから、あの魔法陣を更に数量を増やしてくるかもしれない。それはそうと、コリッシュは何処に? 全く見当たらないんだけど」


 話に参加しないコリッシュが気になり周囲を見渡すのだが、コリッシュの姿が見当たらなかった。ただ、クイーンアシッドスパイダーの胴体と尻尾が、部屋の隅っこに置いてある光景だけだった。尻尾なら分かるが、胴体まであそこにあるのだろうか。その疑問に答えるかのように、ジュライは呆れ口調で言う。


「あぁ、胴体の事ですよね。あれ、コリッシュさんが斬り裂いたんですよ。血しぶき出たタイミングでバックステップで回避し、そのままの勢いで頭部と胴体の付け根を回転斬りで切断。そして、そのまま壁の隅っこに運んで行かれましたよ。おかげで、クイーンアシッドスパイダーについては大人しくなりましたね。ただ、その結果、先ほどの魔法攻撃が発動したわけです」


「なるほど、あの魔法陣はうちのバカのせいか。なんか、うちのバカのせいで貴重な札を使わせて、本当に申し訳ない」


「いえいえ、命あっての物種と言うものです。それに、中々に面白い戦闘方法だったので参考になりました。ただ、一般の冒険者では決して真似できなさそうですがね」


 そんな会話をしながら、親父の方へと振り返る。こんな間地かで観るのは何百年ぶりか分からないが、あの日の姿と変わりがなかった。ボサボサではあるが肩まである長い真紅の髪。そして、綺麗な蒼海色の瞳には生気はない。こんな憐れな姿を目の前に、僕は何も言わずにジッと見つめ返す事しかできなかった。こんなろくでもない親父でも、昔は優しい人だった。だが、今は違う。幽霊の魔物である「レイス」系統のように、生気が感じられない案山子のような親父。


「親父、いい加減もう疲れただろ。僕が、全てを終わらせてあげるよ。あの日、僕が完全に殺せなかったから、この結果になったんだよね。最後の、お別れだ」


 憐れんだ表情を向けるジュライに、僕はリューセン様から受け取った短剣を取り出す。きっと、今しかないのだ。あの日、この手で殺した親父は憐れな姿で生きている。これは、僕が完全に殺しきれなかったのが原因だ。なら、今この場で全てを終わらせるだけだ。


「お休み、親父」


 そう告げ、僕はその短剣を親父の心臓の位置に突き刺した。

 親父の身体は光り輝き、徐々に体が透けていく。ゆっくりとではあるが目に光が灯りはじめ、僕を観て懐かしむように微笑んだ。


「ぁ、あぁ。ジュライドか。ようやく、眠れるのだな。長い年月経て、ようやくお前に逢えた。あぁ、長かった」


 親父は右手のひらを上に向けたまま、何かを手渡すように僕へと伸ばす。すると、手のひらから『銀色の正方形の欠片』が出現した。観た限りでは、どこかの石板の欠片のようだが、それを見たジュライは驚いきながらもそれが何なのか言う。


「それは『狂いの欠片』ではないですか!? 何故、貴方がそのようなモノを」


「なるほど、君は、これを知っているのか。私は、この石を、ずっと、調べていた。そして、その結果が、今の私だ。理性は、失われ。私が、したことだけは、記憶している。これは、危険だ」


「えぇ、そうでしょうね。私もリシュー様からお聞きしております。他者の精神を乗っ取り、暴走させる危険な欠片であると。そして、それがリシュー様達が探しているこの世界を救うためのピースだと」


 ジュライの話に驚くしかなかった。この欠片について知っているだけではなく、世界を救うなど突拍子もないことを言うのだ。悪露どかない方がおかしいのだが、親父は分かっていたらしく「そうか」と告げ、その欠片を僕に差し伸ばしたままだ。意識もしっかりしてきたのか、はっきりとした声で告げる。


「ジュライド、これをリシューと言う方に渡しなさい。半日までは、お前が持っていても問題はないはずだ。これを、必ず渡しなさい」


「親父……」


「お前なら、救える筈だ。あの大いなる母、終焉と再誕の神を、今一度眠らせられるはずだ」


 体の半分が消え、もう腕が消えかかっていた。僕はその欠片を手に取り、黙って頷いた。いや、黙って頷く事しかできなかった。何故なら、今の親父は間違いなくあの優しかった頃の親父――いや、父さんだったからだ。本当なら罵声を浴びせてやりたかった。でも、それ以上にちゃんと話し合いたかった。不老不死の肉体にした理由を聞きたかった。この百年以上の長い年月を生き続け、父さんが残した負の遺産がまだあるのか。でも、それ以上に、旅の話を、多くの事を話したかった。今の父さんと話したかった。


「約束だぞ」


「あぁ、分かった」


 その一言を最後に、満足した表情で微笑みながら完全に光の粒子となって消えた。視界が滲む中、ジュライは僕の肩に手を乗せリシュー様の方へと顔を向けた。そこでは、未だ戦闘を続けているリシュー様の姿があった。戦っている相手は、女王虫ではなく人のような姿である。一体、あっちでは何が起こったのか分からないが、それは僕らが援護に向えば分かるはずだ。


「さぁ、次の仕事に参りましょう」


 ジュライの声を聞き、滲む視界を袖で拭い視界をはっきりさせる。親父から受け取った欠片をポシェットに入れ、そして、手に握る杖に力を籠めコリッシュへ叫ぶ。


「あぁ、そうだな。コリッシュ!! リューセン様の援護に行くぞ!!」


「OK!! 今行くよ」


 コリッシュの返答を聞き、僕らはリシュー様の元へと駆け出す。

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