13話 強制転移
どうも、皆さま
お久しぶりです、私です。
まず、謝罪を……
11月に投稿できず、申し訳ございませんでした。
いろいろと諸事情がありました。うん、本当に申し訳ございません。
では、また来年に会いましょう ノシ
宝箱の中身を覗く皆を観ながら、私は葬刃を収納指輪にしまい、その場で腰を下ろしていた。このダンジョンの異変を解決しなくてはならないとは言え、先ほどの戦闘で少し無茶をしたせいで疲れてしまった。あれほどの強敵と戦って疲れていない方が変である。まぁ、皆は疲労よりも宝箱の中身が気になるようだが。それにしても、先ほどから身体にかかる重圧のせいで立ち上がろうにも立つ事が出来ない。原因は、間違いなく混力を使用した反動だ。それに先ほどの戦闘での疲労も相まって、もう動くこと自体が億劫である。そんな理由から、皆に事後処理を任せているわけである。
(あぁ、疲れた。足が凄く重いし、凄くだるい。やっぱり、混力が原因だよね。やっぱり、一度は練習すべきだったなぁ。口頭で説明しただけだったし、流石にぶっつけ本番でやるべきじゃなかったかなぁ。そう言えば、まだ『このダンジョンに起こっている問題』について、リューちゃんと話し合ってなかった。疲れてはいるけど、一度情報を整理してから話してみようかな)
身体は疲れていると言うのに、頭はしっかりと働いている。そのため、ダンジョンの異変について冷静に考えることが出来た。第四階でのゴーレム大量発生に、第五階での高濃度の魔素放出やグレイブの件。通信端末機が一か所に集まっていたこと。現在、このダンジョンに起こっている異変を考えると、本当に頭が痛くなる。そもそもなのだが、ダンジョンの構造が変化することが有り得るのだろうか。確か、ダンジョンの構造が変化するのは、ファンタジーの世界では定番だとか言っていた。フロア内部の構造が変化するのは、ダンジョンが生きているからだとか。しかし、このような変化が起こるなど、まず有り得ない。そういう仕掛けが施されているならまだしも、そんなことはイスズ様やリューちゃんから聞いていない。
(やっぱり、ダンジョンに何者かの意思が介入しているのかな?でも、そうなると――)
そう。そうなると、あらかじめダンジョンコアに時限式か何かで、こうなるように仕掛けを施していたとしか考えられない。だが、そんな事をしようにも、リューちゃんたちの監視の目がある。あの目を掻い潜り、そのような悪戯をするのは絶対に不可能である。今回のダンジョン作成には、イスズ様たちが関わっているのだ。始祖様――いや、お嬢様が不意を突いてやっていそうな気がする。それに、お嬢様以外にそんな芸当が出来る者など、この世界には絶対に居ない。まぁ、お嬢様であってもイスズ様の眼では、すぐに『悪戯』したことがバレてしまう。だから、お嬢様が悪戯をしたなんて情報はイスズ様達からは聞いていない。
「大丈夫か、嬢ちゃん。手や足が震えているが、身体が冷えちまったのか? まぁ、先の戦闘はかなり温度差があったからな。あのハリケーンで、室温が一気に下がったせいで、身体が冷え切っちまったのだろう。ほれ、陽鳥の羽で作った半纏だ。火を司る鳥は、中々に使い勝手が良いのでな。冬には重宝するのだが、冷えた体を温めるのには丁度良いだろ。ほれ、これでも羽織って体を温めな」
リューちゃんが私の方に半纏をかけてくれた。確かに、少し体が寒かったので助かった。
ホムちゃんの方へと顔を向けると、どうやら元の鬼の姿に戻っていたようだ。私の肩にかけてくれた半纏を腕に通してから、私は微笑みながら礼を言う。
「ありがとう。うん、大丈夫だよ。確かにちょっと寒いけど、この震えは寒さとは別だよ。まぁ、原因は分かってるんだけどね」
「ほぉ、その原因とは?」
「久しぶりに混力を使ったから、その反動が今更来たんだよ。旅人だからとは言え、混力の使い方がまだ甘かったみたい。あの時の戦闘で、皆に魔力を供給したんだけど、そこで無理しちゃったみたい。それが原因みたいで、急に身体が気怠くなってたの。筋肉疲労って言うのかな? 今ね、凄く身体の節々が痛いんだ」
リューちゃんにそう答えながら、身体に回復魔法をかけ続けている。速くこの疲労を回復して、次の戦いに備えたいのだ。この半纏のおかげで、冷え切った身体を温める魔法を使用しなくて良い分、回復魔法に専念できる。
「なるほど、久しぶりに混力を使用したことでの負荷ダメージか。確かに、久々に使うとその反動で身体が動かなくなることがあるな。儂も、まだ新米の時は同じ現象で苦しんだものだ。まぁ、しばらくは休憩していなさい」
「うん、ありがとう。そうさせてもらうよ」
リューちゃんから『休憩』の指示が出た。昔の私なら『まだ戦える』とか言って立ち上がるのだが、現在の私は回復魔法かけていても完全に回復しきっていない。それに、喉もカラカラである。私は収納指輪から水筒を取り出し、中に入っている水をゆっくりと飲む。熱すぎず冷たすぎない適温だが、水が凄く美味しい。でも、こういう時は現代で言う『スポーツ飲料』の方が良かったなと思う。でも、まぁ、この世界にあるかどうかすら分からない物を求めるのもどうかと思うので、私は気にせず水筒の水を飲み続ける。水筒の半分くらい飲んだ後、水筒を収納指輪にしまう。疲労も完全とは言えないが取れたので、立ち上がれるくらいは回復したと思う。さて、立ち上がる前にリューちゃんにダンジョンの異変について聞いてみた。
「ねぇ、リューちゃん。今回のダンジョンの異変についてだけど、リューちゃんはどう思う? 私は、イスズ様達以外の第三者が介入しているのではないかと思ってる。ダンジョンの構造を変えられるなんて、この世界の住人には不可能だし。ダンジョン作成者の中に居るとも思えない。特にお嬢様――いえ、リューちゃんの前では『始祖様』だったね。まぁ、有り得ないくはないとは思うけど、始祖様が何かやっちゃたんじゃないかなって思ってる」
「ふむ、別に儂に合わせなくても良いのだが――まぁ、良い。確かに、ダンジョンの構造に干渉出来る者は、この世界の住人にはいないだろう。考えられるとすれば、ダンジョンコアを担当した儂か旦那だけだが、このような現象が起こるなど聞いていない。まぁ、嬢ちゃんの言う通り、始祖様なら『有り得る』だろうな。しかし、旦那の眼を掻い潜るなんて芸当は難しいだろう」
溜息を吐くリューちゃんだが、今思えば二番目にお嬢様との付き合いが長い。確か、一番長いのがイスズ様と隊長だった気がする。二番目にリューちゃんで、三番目が私である。だから、イスズ様達はお嬢様の行動をある程度は把握しているはずだ。特に、お嬢様の悪戯については、かなり敏感だったと記憶している。お嬢様の悪戯なんて些細なもので、どこかの世界が一瞬だが滅びかけた事があったくらいだ。まぁ、それ程驚くことでもないし、騒ぐことでもないのである。まぁ、この世界でも同じ事を起こさない為に『あらゆる可能性』を考慮し、対処をしているはずだ。だから、イスズ様達に気付かれずに行えるとは思えない。
「確かにそうなんだけどねぇ。お嬢様って、ああ見えて悪戯好きだからなぁ。私たちの気づかないところで、悪戯してそうだよねぇ。特に、無意識でやっているときが、一番、厄介なんだよねぇ。あぁ、多分だけど無意識でやっている可能性が高い気がする」
「あぁ、その可能性は、あるな。ダンジョンが完成した後だが、しばらく様子を観るためにダンジョンを二週間ほど放置した事があった。その間に、何かをした可能性はある。しかしだ、儂らが二週間後にダンジョンの動作確認のため複数回潜っていたが、こんな異常現象は一度として怒らなかった。それ故にこの可能性は除外する。あと、可能性があるとすれば、最後の潜入時に始祖様も一緒にダンジョン探索をした。あの時にやっている可能性があるな」
「うん、その時が怪しいね。でも、もしもお嬢様がやっていた場合なんだけど、イスズ様たちが気づくと思うんだ。だって、イスズ様ってお嬢様と記憶が繋がっているし、隠し事を見抜けるはずなんだよね。この前なんて、お嬢様が何か落とし瞬間、すぐに落としたモノを拾ったからね。でも、本当にお嬢様がやったとしたら、流石にイスズ様の逆鱗に触れるだろうね。仕事場で悪戯なんて『お仕置き』されるに決まっているだろうし。多分だけど、今回は今まで見た中で『一番きつい』お仕置きが待ってそうだよね。イスズ様のお尻叩きは、凄まじいから。衝撃波が出るくらい」
そんな事を話していると、宝箱を手に持った皆がやって来た。今までの階層で手に入れた宝箱よりも遥かに大きいのだが、それをホムちゃんとジュデッカ君が抱えながらやって来る。その後ろでは、キャティちゃんとリシューさんが嬉しそうに笑っていた。ただ、笑いながらも両手には鬼の金棒を肩にのせ、満面の笑みで向かって来る。その姿、まさしく鬼のようであった。それ以前に、いつの間に金棒なんて物を手に入れたのだろうか。
「それにしても、嬢ちゃんが疲れるなんて珍しいな」
「えぇ、だってしょうがないじゃん。ダイヤウルフ――もとい、ダイヤモンドウルフが、あんなに強かったなんて知らなかったんだもの。今の状態の私一人じゃ、絶対に無理じゃないかな。皆が居たから、こうして勝てたんだよ。はぁ、やっぱり私は未熟者だね。あぁ、隊長――うぅん、お父さんの言う通り『日々精進』だよね」
「あぁ、その通りだ。日々精進していれば、自ずと結果が現れる。だが、本来の力が戻ったばかりとは言え、その状態で混力を使用し、仲間たちと力を合わせ強敵を倒した。その結果は変わることはない。そして、消えることはない事実だ。誇って良い事だぞ」
そう言うと、リューちゃんが優しく私の頭を撫でてくれた。暖かくて、優しいその手の温もりに、この世界の両親の事を思い出してしまう。優しくていつも家の手伝いをした時には、父さんや母さんが頭を撫でてくれた。私にとって、かけがえのない家族。その家族の思い出がフラッシュバックするかのように、鮮明に思い出されていく。
だが、今はその思い出に浸る時ではない。思い出は思い出なのだ。もう、死んでしまった両親の事を、今、この場所で、思い出してはいけない。ここはダンジョンの中。何が起こるか分からない異常事態の中で、思い出に浸るのは自殺行為に等しい。何が起こるか分からないのだから、私は両親の思い出を一度リセットする。記憶処理は私の十八番だ。ジュデッカ君の対滅弾くらい、私は呼吸するかのように自然と行なえる。
(今は、現状に集中しなきゃ)
目の前からやって来る皆を見て、ゆっくりと立ち上がる。リューちゃんの手が離れるのを確認してから、改めて先ほどの戦闘の事を思い出す。ダイヤウルフとの戦闘中に、私が感じた違和感。それについて、リューちゃんに質問をする。
「それにしても、ダイヤウルフについて、謎が一つあるんだ。私が混力を発動した時の事なんだけど、覚えてるかな」
「あぁ、あの時だな。確かに、この世界から魔力は消えたが、特に問題なく稼働していたな。しかし、謎が多い。何故、混力を使用したのに問題なくダンジョンが稼働しているのか。変だとは思わないか」
「そうだね、確かにそれは変だね。ダンジョンコアは、魔力で稼働しているはずだよね。魔力が無くなった時点で、ダンジョンが死ぬはずだよね。そうなると、ダイヤウルフは苦しんでいる姿が無かったのと、ダンジョンの異変に関係しているってことだよね。やっぱり、お嬢様が何か仕組んだのかな」
状況から考えても、お嬢様以外に考えられない。だがしかし、全てが状況証拠みたいなもの。お嬢様以外にこんな事が出来るとは思えない。これについては、直接お嬢様にお尋ねしなくてはならない。早急にこのダンジョンの異変を解決し、問いただす必要がある。
「まぁ、儂では判断できんがな。ただ、始祖様の可能性が無いと言うわけではない。だが、元々このダンジョンには狂いの神がいたらしいからな。その狂いの神を始祖様が回収した後で、このダンジョンを作成した。先ほどの可能性以外で考えられるとすれば、その狂い神の残り香が影響を起こした可能性もあるだろうな。故に、一概に始祖様が原因と決めつけられんのだ。今回のダイヤウルフの件も、何らかの影響を受けたと考えるのが普通だろう」
リューちゃんはそう言いながら、顎に手をやりながらホムちゃんたちを見つめている。その姿を私は見つめながら「腰に刀を差したら、間違いなく侍だよなぁ」と呟きつつも、私は収納指輪から蜂蜜飴の入った袋を取り出し、袋の中から一粒だけ取り出して口の中へと入れた。口の中に広がる蜂蜜の甘味のおかげで、少しは疲労が緩和したような気がした。
「それにしても、第一層の箱のダンジョン世界がこの様な状態だと、第二層も――いや、第二層以降が消滅している可能性もあるか。仕方がない、この世界から脱出後、旦那を呼んで緊急会議を開こう。こればかりは、独断で判断する事が出来んからな」
「確かにそうだね。皆で脱出――ぁ、グレイブは連れていけるのかな」
ジュデッカ君に懐いていたグレイブの事を思い出し、神殿の扉のある方へと振り向いた。しかし、そこにはグレイブの姿はなかった。あの戦闘で驚いて逃げたとは思わないが、フレアの気配が無かった。少し気になり、私はリューちゃんに「グレイブの所に行って来る」と告げ、グレイブがいるであろう聖堂の外へと向かった。
外に出ると、やはりグレイブの姿はなかった。それを見上げると、まだ月が昇っていた。あの戦闘から数時間くらい経ったのか分からないが、まだ外は夜であることは確かだ。外で待機していたグレイブが居ないと言う事は、此方に向かっていた何者か探しに行ったのだろうか。
「グレイブ? あの子どこに行ったのかな。そろそろ戻って来ないと困るんだけど、うぅん。仕方がない、弟をおびき出す方法で『鹿肉』を出してみるかな。出したらすぐに戻って来るかな」
別名、餌で獲物を釣ると言う技である。魚釣りの時に行なうが、私の弟は肉や飴を取り出すと、ヒョイっと何処からともなく現れるのだ。そのため、弟を呼び出すときにいつもこの手を使っている。特に説教をするときは、この手を使えば確実に呼び出す事が可能である。ただ、この手でグレイブが呼び出せるとは思えないが、試してみるに越したことはない。収納指輪から鹿の生肉を一枚と七輪を取り出した。七輪を地面に置き、炭を入れた。そして、火を入れてから鹿肉を焼いて行く。生肉が焼ける音と共に、風魔法で山の方へと向かって匂いを送る。
「あぁ、良い香りだなぁ。軽く炙っただけなのに、あぁ、涎が」
当然の事だが、火で炙られた生肉の香りに涎が出てしまった。だが、これはグレイブを呼び出すための物である。食べたいと言う気持ちを抑えながら、必死に匂いを樹々の方へと送り続ける。他の獣が釣れる可能性はあるけども、その時は私が撃退すれば良いだけの話である。それから十分くらい経ったところで、何やら此方へと向かって来る気配がした。
「よ、よう、やく。帰って、来るん、だね」
涎が止まらず、腹の音がなり続け、必死に肉を焼き続けても20枚目になる。焼けた肉については、お皿を取り出してその上にのせている。さて、先ほどの戦闘で疲れている中で、ただひたすらに肉を焼いていれば、お腹が減るのは当たり前である。
(じ、地獄だよぉ。お腹が、空いたよぉ)
空腹の中、お預け状態で肉を焼き続けると言う拷問に何とか耐え続けていた。当然だが、神殿の方からやって来たリューちゃん達が「何やっているんだ?」と、質問されたのでグレイブが居ないことを伝え、この方法で呼び出すと伝えると「頑張ってくれ」と一言のみを伝え、背後でジッと見守ってくれた。私の心では『手伝って欲しいなぁ』と、この十分間何度も思っていたのだが、人間――もとい、獣人族も我慢しようと思えば出来るのだなと実感した。
「嬢ちゃん、よく頑張ったな。嬢ちゃんなら、出来ると分かっていた。ただ、一言『変わって欲しい』と言えば、儂が変わってやったのだが。流石は嬢ちゃんだな」
「ぁ」
何故、そんな簡単な事にも気付かずに、ジッと私は我慢して鹿肉を焼いてたのだろうか。始めから、リューちゃんたちに手伝って貰えば良かったのだ。そうすれば、こんな無意味な拷問を自分自身に課すことはなかったのだ。何故、気づかなかったのだろう。過去に戻って、私は私を殴りたい。そんな謎の敗北感で気持ちが沈んでいる中、七輪の上で焼かれた肉を見つめる。そして、私は何も言わずに、七輪の上で焼いていた肉を箸で掴み、なんのタレも付けずに食べる。こうなれば、やけ食いである。さらに載せていた冷めてしまった肉については、グレイブのために残しておく。
「さて、嬢ちゃんの事は置いといてだ。ジュデッカ達は、聖堂の中で待機していてくれ。鍵はもう手に入れているのだろう。もうしばらくすれば、ダイヤモンドウルフの死体があった場所に転送魔法陣が出現し、すぐに起動状態になるはずだ。魔法陣が起動状態になったら報告を頼む。儂は嬢ちゃんに話があるのでな」
「分かりました。では、僕たちは中で休憩してます」
肉を頬張りながら、ジュデッカ君の方へと顔を向けた。ニコニコと微笑みながらジュデッカ君の尻を抓るキャティちゃんにも、頬を引きつらせながら微笑むジュデッカ君。彼らは黙って頷いた後、そのまま聖堂の中へと戻って行った。あれは相当根に持っているのだろう。うん、キャティちゃんはジュデッカ君の手綱をしっかり握っているようだ。ホムちゃんたちの説教は、キャティちゃんたちに任せて、私は引き続き肉を焼いて食べる。一度口にしたことで、もう止まらない。私の胃袋を満たすまで、この手は止まらない。
「まぁ、ほどほどにしとけ。それにしても、グレイブは番を見つけ出せたのだろうか。ん、何やら近づいてくるな」
リューちゃんが言うが、箸が止まらず黙々と焼けた肉を食べながら前方を見つめた。確かに、目の前の草木がガサガサと揺れ動いている。どうやら、ようやくグレイブが帰ってきたようだ。ただ、私の手が肉を焼き、口へと運ぶと言う一連の動作を続けているので、喋ることが出来ない。それをただ何も言わずに見つめるリューちゃんの視線を感じながら、私は最後の一枚を口に入れ手を合わせた。
「ごちそうさまでした。いやぁ、美味しかったぁ」
「ふむ、それは良かった。後片づけはしっかりとやるんだぞ」
「うん、さっと終わらせるよ」
七輪の炭を取り出し、地面に一列に並べる。そして、水魔法を炭にかけて火を消した。その後、七輪を収納指輪に戻した。炭については土の中に埋め、しっかり後処理は完了した。焼けた肉がのっかった皿を両手で持ち、グレイブが戻って来るのを待つだけである。
しばらくグレイブが戻って来るのをジッと待つと、草むらからグレイブの顔が出た。そして、もう一匹も同様に草むらから顔を出した。グレイブとは対照的に、真っ白な毛と青い瞳ではあるが、間違いなく巨大な狼の顔である。皿を地面に置くと、グレイブたちは草むらから出て、一度匂いを嗅いでから肉を食べ始めた。見た目も体の大きさも、グレイブと同じ大きさの白狼。
「アレがルナだな。元々『沈まぬ太陽』のフレアと『祝福の月』のルナは、神に仕える魔物と言われている。この世界に来る前に調べてみたが、ここまで姿形がグレイブとそっくりだとは驚きだな。違いは毛と瞳の色違いなだけだな」
「うん、そうだね。今思ったんだけど、グレイブたちもダイヤウルフと同じだよね。混力を発動して、こんなに元気なのは変だよね。グレイブ達を連れて帰って、調査する必要がありそうですね」
「確かにそうだな。まぁ、それについては――ん?」
リューちゃんは聖堂の方へと向きを変えたので、私は立ち上がり聖堂の方へ向いた。聖堂の中で、準備が整ったのか私たちの方へ向けて手を振るうキャティちゃんが見えた。しかし、すぐにその光景は消される。聖堂の中から外へ向けて、凄まじい紅い光が放たれた。中にはホムちゃんたちが居るのだが、悲鳴のような声は聞こえない。
「強制転移!? リューちゃん、これって、まさか!!」
「ッチ!! 仕方がない、行くぞ!!」
私たちは急いで教会の中へと入ると、ジュデッカ君たちの姿はなかった。どうやら、強制転移で私たち以外全員が転移されたらしい。皆がバラバラで飛ばされていないことを祈りつつ、私たちは現状を確認することにした。
聖堂の中央に『紅い翼の絵』が描かれた魔法陣があり、先ほどから赤く発光している。まだ転移機能が生きていると言う事だろう。また、急な転移起動だったとは言え、荷物などの忘れ物が無い。つまり、帰る準備が整った時に転移した可能性がある。転移の魔法陣自体は特に問題はない様だが、転移先がどこなのか判明しない。この世界から脱出するかもしれないが、何処に飛ばされるか分からない。用心に越したことはないが、無謀に魔法陣に飛び込むのはやはり怖い。
「仕方がないか。グレイブ達も着いて来たようだしな。覚悟を決めて、行くしかないだろう。こっから先は、儂らの仕事だ。嬢ちゃん――いや、ミーア。これより、四人の後を追う。ここから先は何が起こるか分からんが、儂に着いて来れる自信はあるか?」
「うん、自信はあるよ。ねぇ、私を誰だと思っているのかな、竜仙。私は、第零部隊の一員だよ。この先に何が待っているか分からないけど、私は旅人として皆を救う。それが、私の使命でもあるのだから。こっから先は、旅人としての――本来の私で行く。貴方こそ、本気の私に着いて来れる自信はあるかしら」
「ハッハッハ!! 昔の嬢ちゃんに戻ったようだな!! 実に頼もしい限りだ。だが、儂とて旦那の相棒。遅れはせんさ」
私は指を鳴らし『灰色のコート』を呼び出した。旅人の戦闘服である灰色のコートを羽織り、旅人時代からの相棒であるロストエデンを呼び出しグリップを握る。転移先で戦闘になる可能性がある為、シリンダーに弾丸を装填しておく。そして、この魔法陣を観た時から感じる『嫌な予感』から、ダイヤウルフの血液を再度生成し『特殊弾丸』を二つ作製した。
「ほぉ、弾丸を生成したのか。それにしても、その弾丸は何だ? 炎属性の弾丸ようだが、神性も含まれているようだが。見た限りでは、ダイヤモンドウルフの魔力の色と同じに見えるが、まさか此奴はダイヤモンドウルフの血液を精製をして作った弾なのか?」
「うん、そうだよ。これはダイヤウルフの血液を精製し、再度弾丸として作成した弾丸だよ。この弾丸を作ってなんだけど、ジュデッカ君じゃ使えないレベルのが出来ちゃった。これは私専用の弾丸になるね。だからかな、威力が、まぁ、ね」
「なるほどな。だが、使わないで済むなら越した事が無い弾丸を作ってどうする。はぁ、まぁ、嬢ちゃんだから、滅多な事が無い限り使わないだろうが。さて、そろそろ行くとするか。おっと、その前に此奴を嬢ちゃんに預ける」
リューちゃんが指を鳴らすと、ダンジョン殺しの刀『妖刀夜兎』が現れた。それを、リューちゃんは手に取り、そのまま私へと手渡した。ただ手に触れただけなのに、その重圧が私の手に伝わって来る。まるで、この刀に『神』が宿っているような、凄まじい重みが手に圧し掛かる。
「嬢ちゃん。この刀は、旅人にしか使えない。元々はダンジョンを殺す為だけに作られた刀だと言ったが、あれは嘘だ。本来の力は『初期化』だ。異常が起こったモノを初期化させ、本来の正常な状態へ戻す。それが、その刀の力なのだ。初期化と言えば、嬢ちゃんの得意分野だろう。任せたぞ」
「うん、分かった。ただ、収納指輪に入れておくよ」
「あぁ、そうしてくれ。さて、さっさと行くぞ」
収納指輪に夜兎を入れ、私たちは魔法陣の真ん中へと向かう。近づくに連れて、発光する赤い光が強くなっていく。どうやら誘われているようだが、私たちは恐れることなく向かう。ただ、何か嫌な予感が先ほどからする。いや、胸騒ぎと言えばよいのだろうか。皆は無事であることを祈りながら、私たちは魔法陣の中央に止まり魔力を流し込んだ。
「さぁ、行くぞ」
「うん」
魔法陣の光が強くなり、その光が私たちを包み始める。そして、何故か魔法陣の光に赤黒い稲妻のようなノイズが走るのが観えた。ノイズが走る度に、その隙間では何かの映像が現れる。それは、赤黒いドラゴンと戦う灰色のコートを羽織った青年の姿。その姿は、間違いなく五十鈴さんである。そして、ようやくこの異変の原因が分かったような気がした。そして、私の転移先も決まったわけだ。
「リューちゃん」
まだ、転移が発動準備の中、私は顔を向けることなくリューちゃんの名を呼んだ。
「ん、どうした?」
「ごめん、皆の事お願いね」
「どう――」
そして、視界が完全に赤く光るのを見て、転移が完全に始まったのだ。こうして、私とリューちゃんは別々の場所へと転移した。きっと、リューちゃんは皆と合流できるだろう。しかし、私だけは違う。転移される場所はもう決まっている。私が向かわねばならない『戦場』へと転送されるだろう。その場所で戦闘をしている仲間の元へ、急がなくてはならない。
(五十鈴さん、待っててね)
完全に赤い光に飲み込まれながら、そのまま転移されていく。
そう、五十鈴さんの待つ戦場へ――




